プロローグ 愛と青年と時計塔
ある世界のとある国、
辺りには西洋風の建物が密集して建っており、その中央にその国の象徴ともいえるような大きな時計塔がそびえ立っている。
青年は時計塔の最上部の踊り場から静かに身を乗り出し、街を見渡した。
街からは橙色の光がぽつぽつと煌めき建物を彩り、昼間とは変わった景色を見せてくれる。この国は今、祭りの最中のようで、上からでも町中の住人の楽しそうな話声や歌声が響いてくるようだった。
ふと彼は思う、またあのにぎやかな場所に飛び込みたい、どうにかして戻れないだろうかと
無言で思考を巡らせるが、この考え自体が無意味である事に気づき、溜息をついた
「そろそろ時間か」
誰にも聞こえない嘆きを漏らすと、南の空からヒュウと人工的な風が流れてくることに気づく
彼は街から空へと目をやると、数メートル離れた場所に箒にのった赤髪の女が、にやにやしながら自分の顔をじっと眺めていた
「冴えない顔ね」
「もとからこの顔だよ」
「あはは!」
話の内容なんてどうでもいいような様子で彼女は箒に乗ったまま楽しそうにゆらゆら揺れている。
嫌味では無く、彼女は本当にどうでもいいのだと思う。
同族の僕たちはそう出会うことも殆ど無いし、もし会ったとしてもすぐに離れなくてはならない
そういう決まりなのだ
「離れがたいの?」
気づくと彼女は自分の目前まで迫っており手の甲でそっと頬を撫でた
「可哀そうに、でも慣れないと」
「そういう君は?もう慣れたのか」
流浪の魔術師、流れ者、ノーマディ
いろいろな呼ばれ方をしてきた、が要は次元を旅する流浪の魔法使いの種族の事だ
僕たちは魔法を覚えたその時から旅を”続けなればいけない”と決まっている
流れるように次元を超え、その国で暮らす。でも決して一か所にはとどまり続ける事は出来ないのだ
身を置く国で番を探す。番とはその国で自分の心を共有できる相手を探すということ
女や男、犬や猫、その国に漂う霊体でもいい、たった一人その国での番を探し、心を通わせる。
そして、心を通わせた相手と自分の思いの詰まった物体としての宝物を一つ集める事で、次の次元の扉が開かれる。
その宝物を集めれば集めるほど流浪の魔術師の力は安定し、生き続ける事ができる。
だが同じ場所に留まる時間が長いほど、自身は消耗し、それに反して力の制御を失い、その国を破滅へ導くという
自分も初めのうちは去る事が名残惜しく、一つの国に長い間滞在することがあったが
徐々に記憶が薄れ、日に日に恐ろしい力が増していく感覚はまさに化け物に成り代わるようで
どうしても途中で耐え切れなくなり、仕方なく次の次元へ飛ぶ事が何度かあった。
今は…どうだろうか、少しづつ慣れてきたように思う。
「私たちの運命は決まっているのよ、だからその置かれた状況で楽しむこと、割り切ることを学ばないと」
「君は楽しいのか」
「勿論よ」
爽やかな笑顔だ
彼女は自分の頬から手を引くと、空中で箒を巧みに使い、ダンスを始めた。
彼女は、怖くないのだろうか。短い期間であっても愛する人や愛する国に永遠に別れを告げなければならないというのに。
深くため息をつくと心の奥で声が響いた
ーー時間だー時間だ
ーー早くーさあ、はやくー
「もう行かないと」
楽しそうに踊る彼女に軽く会釈をし、自身の箒を手に取る
彼女は依然楽しそうではあったが、最後に微笑み軽く手を振ってくれた
「行ってらっしゃい!」
ーあなたの旅路に多くの愛と光があらんことをー
次元の隙間に吸い込まれていく青年を見送り一息つく
彼女は誰もいない星空に向かって深呼吸をし呟いた
愛を司る魔術師がこの世で一番孤独だなんて…皮肉よね
プロローグです
1,2週間に1本のペースで書いていこうと思います。
見ずらい文章になってないでしょうか…
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