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第十七話:おっさんは強敵と戦う

 今日も【紅蓮の火山】に訪れていた。

 再配置までに一レベルでも上げておきたい。


「セレネ、その籠手は手になじむか?」

「ええ、まるで長年使い続けていたみたい。……これほどの品は王城でも見たことがないわね。ユーヤおじさま。本当にありがとう」


 セレネの左手にはオリハルコン特有の白っぽい金色に輝き、赤い宝玉を埋め込まれた籠手が装備されていた。

 それは、蟲紅玉とオリハルコンを主材料として、フレアガルドでも有数の腕をもったドワーフによって鍛え上げられた防具だ。


 物理防御力と魔法耐性の大幅な上昇に加えて、持ち主の呪力の強化。上級ダンジョンの宝箱から得られるものにも引けを取らない。


「その籠手でパワーアップしたセレネの活躍を期待する」

「ええ、任せて。呪力が強化された今なら【回復ヒール】もうまく使えるはずよ」

「さっそく見せ場だ。ルーナが敵を見つけたみたいだぞ」


 最近、ルーナのキツネ耳の動きを見るだけで何が起こっているのかわかるようになってきた。


「敵が近づいてきてる! 大きい、速い、すごく強い。この形、巨人?」


 大きくて速くてすごく強い巨人。

 該当する魔物は一体しか存在しない。……ボスを除けば間違いなくこのダンジョンで最強。今の俺たちでも勝てるか怪しい魔物だ。


「全員、気を引き締めろ。次の魔物は、ただの魔物じゃない。ボスに挑むつもりで戦え!」


 ボスが存在するダンジョン限定で、ボスほどではないが、それに近い強さを持つ魔物がごく稀に現れる。

 ……そいつらは再配置の度に現れるわけでもなく、現れたとしても広いフィールドに一体しか出現しない。

 その性質のせいで、いつ出会ってしまうかわからず、遭遇した冒険者が無残に殺されるケースが多い。

 発見されればギルドが討伐クエストを即座に発行するぐらいに危険視されている。


 地響きがしてきた。

 フィルとティルが矢を番える。


「ユーヤ、もうすぐ、角を曲がってくる。来た!」


 ルーナの言葉のとおり、曲がり角から一体の魔物が出現する。

 それは巨大な石人形だった。三メートルはある。

 横幅もかなりのもので、上半身が異様に膨れ上がりアンバランス。


 かつて戦ったロックゴーレムに近い。

 違うのは、体が溶岩で出来ていること。それも表面が煮え滾り、熱で周囲の空気が歪んでいる。

 さらに顔が竜の彫刻になっている。

 奴の名はマグマロック・ドラゴーレム。こいつに出会ったことは運が悪く、ある意味では幸運だ。


「全員、もしものために【帰還石】を取り出せるようにしておけ。いくぞ!」


 俺の言葉で、ルーナたちは動き始める。


「キュイイイイイイイイイイ!」


 まずは、エルリクが【竜の加護】でパーティの防御力、炎、水(氷)耐性を強化。


 次にいつものようにフィルが【魔力付与:水】を発動。氷を纏った、フィルとティルの矢が降り注ぐ。

 矢が何本も、溶岩の体に突き刺さるが、突き刺さった矢は溶岩の熱で燃え尽きる。

 矢をものともせずマグマロック・ドラゴーレムが突っ込んでくる。


「お姉ちゃん、あいつ、止まんないよ! というか、矢が効いてるの!?」

「黙って放ち続けなさい! 確実に削ってます。今は一本でも多くの矢を放って削ることだけを考えて!」


 フィルの額には汗が伝っている。

 冒険者経験が長いフィルには、あれがどれだけやばい代物かわかっている。

 ティルの上級雷撃魔術【神雷】により雷が降り注ぐも、ほとんど効果がない。

 ゴーレム系統の魔物には、風(雷)属性はほとんど通用しない。

 マグマロック・ドラゴーレムが足を止める。

 矢と雷に怯んだわけじゃない。あれは奴の攻撃モーションだ。


「セレネ、【城壁】だ!」

「任せて」


 セレネが前に出て盾を構え、【城壁】による青い障壁が生まれる。次の瞬間、マグマロック・ドラゴーレムの竜の口が異様なまでに開き、炎が吹き荒れ【城壁】とぶつかる。


 視界が真っ赤に染まる。

 危ない。【城壁】がなければ前衛が全滅しかねない攻撃だ。

 ようやく視界が戻る。

 マグマロックゴーレムは、もう目の前まで来ていた。あの炎は必殺の威力を持ちながら目くらましでもあったようだ。

 奴は拳を振り上げる。溶岩により超高熱の一撃が【城壁】に叩きつけられた。セレネが歯を食いしばる。


 セレネを助けようとルーナがアサシンエッジで足元を攻撃したが、ゴーレムの急所は胸の奥深くでありクリティカルは発動せず、弾かれる。


「こいつ、固い! ……きゃっ」


 ルーナが蹴り飛ばされて、宙を舞った。

 だが、うまく衝撃を受け流しており、空中で体勢を整えて着地する。


「フィル、【魔力付与:水】をくれ」

「はい!」


 俺の剣を氷が纏う。

 マグマロック・ゴーレムの二度目の殴打によりセレネの【城壁】が砕かれた。


 セレネに追撃を加えられるまえに、やつの足を狙いスキルを放つ。


「【バッシュ】!」


 高威力で燃費がいい剣のスキルを放つ。

 足を狙うのは機動力を奪うため、上半身に比べて細い足を砕けば楽になる。

 剣が深々と突き刺さり、断ち切ることはできず止まった。

 そして、異変が起こる。奴の傷がついた足が一瞬溶けてマグマになり、固まった。


「こんなのありか」


 溶岩故の自己再生、最悪なのは剣まで一緒に固められたこと。

 奴が俺を見て燃える拳を振り下ろす。剣を手放し、後ろに跳び、ルーナの傍に着地。

 重い拳で大地が割れ、マグマが飛び散る。


「UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 マグマロック・ドラゴーレムが吠える。

 口から炎が漏れ始めた。さきほどの炎をまた放つつもりだ。

 セレネが盾を構えて、【城壁】を使おうとするが、ディレイが長い【城壁】はまだ再使用できない。

 これはまずいな。


「ルーナ、俺の後ろに。俺なら耐えられる」


 俺とルーナの位置ではセレネと盾の後ろに隠れるだけの余裕がない。


「ん。わかった」


 マグマロック・ドラゴーレムの炎が吹き荒れる。

 セレネは盾があれば耐えられる。

 後衛の二人には届かない。

 俺は大きなダメージを受けるが、魔法戦士の属性耐性と竜の皮で作られた鎧なら死にはしない。だからこそ、一撃で致命傷を負いかねないルーナをかばった。

 炎の直撃の寸前、冷気に体が包まれる。


「【アイスベール】!」


 フィルの声が聞こえたあと、マグマロック・ドラゴーレムの炎に飲み込まれる。

 氷の守りのおかげで威力は軽減されているが、それでも皮膚をちりちりと焼かれ、火傷を負う。

 呼吸器官を守るために腕を口に押し当てる。

 熱い、息苦しい。……氷の軽減がなければ危なかった。


 突如、炎の中からマグマの拳が眼前に現れた。

 流す余裕がない。二本目の剣、黒い魔剣を引き抜き、全力で振り下ろす。

 拳と俺の剣がぶつかり合い、力負けして吹き飛ばされた。

 威力の大半は殺したが、肩が外れる。なんて馬鹿力。


「フィル、助かった」

「自然と共に生きるドルイドのスキル、三種の守りです」


 なるほど、ドルイドは三種の属性の付与を攻撃だけじゃなく守りにも使えるのか。

 横目でセレネを見ると、セレネも氷のオーラに包まれていた。

【アイスベール】の範囲はパーティ全体のようだ。さらに評価を上げる。


「GRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY」


 一人も倒せなかったのが不満なようで、マグマロック・ドラゴーレムが苛立たしそうに咆哮する。


「ユーヤ、どうする? あれに、ルーナたちの技、通用してない

「通用している。きっちり奴の体力は削れてるんだ。あとは根競べだ。セレネ、回復魔法を頼む」

「わかったわ。【回復ヒール】」


 セレネの魔法で、脱臼と火傷が癒えていく。


「みんな、あきらめるな。心が折れたら負けだ! 俺たちの攻撃は効いている! いくぞ!」


 ボスやそれに準じるものは、ひたすら体力が多い。

 そして、厄介なのはこちらの攻撃が効いていないように感じること。

 効いていないはずはないのだ。

 俺たちの攻撃力で、弱点である水(氷)属性の攻撃を続けているのだから。

 最悪なのは諦めること。諦めてしまえばそこで終わりだ。


「わかったよ! 矢がなくなるまで撃ち続けるから!」

「ルーナも、あきらめずに何度でもアサシンする」


 俺の見立てでは倒せる。

 気合を入れて行こう。


 ◇


 戦いが始まってから三十分たった。

 重傷者はいないが、フィル以外、異常な量の汗をかき、動きも鈍くなりミスも増えている。

 極度の緊張と恐怖の中での戦いが、普段の何倍もの疲労となっているようだ。

 呪力を増したセレネの【回復ヒール】のおかげで、戦線が崩れていない。

 みんな、よくやってくれている。


「ユーヤ兄さん、お姉ちゃん、どうしよ!? もう、矢がなくなったし、魔力もすっからかんだよ。なんで、あいつ、まだ立ってるの!? おかしいよ!」

「ティル、落ち着きなさい。矢は私のを使ってください。もうすぐ敵は倒れます」


 ティルの悲鳴が聞こえる。

 フィルとティルの絶え間ない矢により、マグマロック・ドラゴーレムは針ねずみのようになっていた。


「フィルの言う通りだ。ティル、気付かないか? 奴にはもう矢を燃やす余力すらない」

「あっ、ほんとだ!」


 戦闘開始時は常に膨大な熱量を放出しており、突き刺さった矢が燃えていたが、水(氷)属性の攻撃を受け続けたことで、体内の熱量を使い切っている。


 それでも、最後の意地を見せるかのように、竜の口から炎が漏れ始める。


「セレネ、フィル!」

「だめ、ディレイは終わっているけど、魔力切れで【城壁】を使えないわ」

「ごめんなさい。さっきの【魔力付与:水】で魔力切れです。【アイスベール】は使えません」


 最後の最後に窮地が来た。

 セレネは防御役に加えて、ヒーラーの役割を果たしたせいで、フィルは低レベル故の魔力量の少なさで魔力切れ。


 そして、フィルの魔力がないということは、もう、【魔力付与:水】は受けられない。

 今、かかっている【魔力付与:水】の効果時間が切れるまでに決めなければ、詰む。


 なら、防御している暇すらない。

 賭けにでる必要がある。


「ルーナは、セレネの後ろに隠れろ。フィル、ティルは距離を取れ」

「ユーヤは!?」

「突っ込む!」


 マグマロック・ドラゴーレムが炎を吐き出した。

 ……広範囲属性攻撃は嫌いだ。これだけは剣の技量が役に立たない。

 歯を食いしばり、炎に焼かれながら前に進む。

 限界まで集中力を高めながら、加速する。

 炎を抜けた。集中力の極致で、痛みすら感じない。

 切り札を使う。

 ステータスの正体、全身を包む白い力を知覚し、引き出す。

 白い力が一気に噴き出る。

 これこそが、低ステータスであがき続けた俺が、死の淵で会得した切り札。


 一瞬だけだが、ステータスを跳ね上げられる。

 魔法の詠唱を始める。

 詠唱しながらも、体は動き続ける。奴の死角であり足元に体を潜り込ませ、螺旋の動きで全身の力を剣に集中して渾身の居合い斬りを放つ。

 同時に詠唱が終わり、魔法が発動。

 それは、攻撃力倍化魔法【パワーゲイン】カスタム。


「【神剛力】!」


 数十秒の間攻撃力を上昇させる魔法を、コンマ数秒まで圧縮したことにより、倍率を十倍以上にまで引き上げた最強の攻撃力倍化魔術。

 それが白い力により強化された渾身の一撃と交わり、ゴーレムの足首を断ち切った。


 奴が崩れ落ちる。

 まだだ! 腰を落とし剣を引き、倒れて目の前にある奴の心臓の位置に剣を突き立てる。

 俺の剣が、奴の胸部を貫く。【魔力付与:水】の効果が切れて、剣を纏う氷が消えた。

 浅い、仕留めきれていない。

 ……ここから先は、あの子に任せよう。

 後ろに跳び、叫ぶ。


「ルーナ! 胸の宝石が奴の弱点だ。倒れて装甲が抉れた今なら届く!」

「ん!」


 ゴーレムの急所、それは胸部のコア。

 通常時には岩に覆われているうえに高い位置にあり狙えないが、奴は転倒し、俺の一撃はコアを砕けはしなかったものの、胸を抉りコアを露出させた。これなら狙える。


 ダメージを受けすぎた奴は、マグマを使った再生もできない。

 キツネ尻尾をたなびかせながら、ルーナは走る。

 それは、ルーナがもっとも得意とする突進突きの動き。

 突進の速度を突きに上乗せして、ルーナの短剣が走り奴のコアに吸い込まれていく。


「【アサシンエッジ】!」


 クリティカル特有の甲高い音が響き渡る。クリティカル時のみの超倍率攻撃が成立した。

 マグマロック・ドラゴーレムのコアが砕かれる。


「UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」


 奴が青い粒子に変わっていき、ドロップアイテム、突き刺さっていた無数の矢と、俺の剣が地面に落ちた。

 俺はその場で倒れる。

 集中力が途切れたことで、全身の火傷の痛みに蝕まれ気絶しそうになる。


「ユーヤ、大丈夫なの?」


 セレネが駆け寄ってくる。


「大丈夫だとは言いがたいな。火傷に極度の疲労、死にそうだ」

「すぐに【回復ヒール】するわ。【城壁】ならともかく、【回復ヒール】するぐらいの魔力は残っているの」

「さっそく、籠手が役にたったな。戦闘中、今までのセレネの【回復ヒール】の回復量じゃ持ちこたえられなかった」

「ええ、それにこうしておじさまを癒してあげられる」


 火傷の痛みが引いていく。

 やっぱり、回復魔法があると便利だ。

 これだけの火傷を治すには、中位以上のポーションが必要となる、【毒蠍の猛毒】で高額の報酬を手に入れたということは、逆に言えばそれだけ中位ポーションが高いということ。

 回復魔法はパーティの財布に優しい。


「ありがとう。助かった」


 白い力を使ったのも一瞬だけ、これならすぐに動けるようになりそうだ。


「ユーヤ、疲れた。もう、動けない」

「うん、何、あの化け物。ユーヤ兄さん、あんなのと二度と戦いたくないよ」

「私も同感ね。それに、たくさん狩りをするつもりだったのに。みんなボロボロになってしまったわ」


 俺とフィル以外は、もう立っているのも辛そうだ。


「おまえたちの言うこともわかるが、悪いことばかりじゃないぞ。中ボスはボスと近い強さだ。それに勝てたということは自信になる。それに、レベルが上がっているだろう?」


 それぞれ、はっとした顔で自分のレベルを確認する。


「ほんとだ。あの虫の群れを倒してから全然あがらなかったのに」

「強いだけあって経験値がすごいんだね」

「これなら、今日の狩りをこれで終わらせても問題ないわ」


 レベルが三十を超えると、この前のようにふざけた数の群れなどに遭遇しない限り、そうそうレベルは上がらない。

 普通は三十から四十にレベルをあげるだけでも三、四年はかかると言われている。

 だが、中ボスの破格な経験値であればこうしてレベルがあがる。


 それだけでなく中ボスは強力なユニークアイテムをドロップする。

 傷が癒え、呼吸が戻った俺は立ち上がり剣を拾い。

 ドロップアイテムを拾う。赤くほのかに暖かい岩で、ところどころに赤い宝石が露出しており、鼓動している。


「【紅蓮の炉心】。こいつはすごいぞ。さあ、帰ろうか。帰ったら、温泉に行こう。疲れを癒さないとな」

「やった! 温泉」

「うん、疲れを取るには温泉だよね! 温泉に入りながら、冷たいジュースをきゅーってやりたいよ」


 これを得られるなら、今日一日の稼ぎどころか、一月分の稼ぎに匹敵する。

 強敵を相手に苦労した甲斐があったというものだ。

 今日は帰ろう。体力も魔力も精神力も尽きた。これ以上ルーナたちに無理をさせれば取り返しが着かないことになる。

 それに、経験値も金も十分すぎるほど稼いだのだから。

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