第四話:おっさんは神樹の森を歩く
記念すべきグリーンウッドの初ダンジョンは使い魔を得られるダンジョン、神樹の森だ。
ここに来た理由は二つある。
一つ目は受けたクエストが豚肉(並)の収集であり、神樹の森にいる猪の魔物、ホーン・ボアを倒すことで肉が収集できること。
二つ目は神樹に実る使い魔の卵を手に入れるための情報収集だ。
一か月に一度だけ数百本ある神樹のいずれかに使い魔の卵は実る。
……ゲーム時代ではNPCのパーティ五組との争奪戦だったので入手はまだ容易だった。ヒントなしでも手に入るときは手に入る。
だけど、今は違う。おそらく競争相手は五十組以上、人数で言えば二百を超える。
初めから数百本のうちのどの樹にいつ実るかを知っているぐらいのアドバンテージがないと争奪戦に勝てない。
ここに張り付いている冒険者たちは経験則で使い魔の卵が実る日をおおまかに察している。
聞き込みで情報を得ることはできるだろうが、向こうだって競争相手に教えたくはない、嘘情報を掴まされるのがオチだ。
だから、足で情報を得る。
まともな探索をしていれば絶対に気付かない方法で、使い魔の卵の情報を得られる。
……そして、情報を得られる場所では超効率的な狩りができるし、貴重なアイテムや装備も手に入る可能性が高い。
◇
「ユーヤ、すっごくたくさんの人がいる」
「ううう、これじゃ獲物なんて残ってないよ」
二人が言う通り、神樹の森にはたくさんの冒険者たちがいた。
みんな、使い魔の卵探しに夢中だ。
使い魔の卵が実る日をおおまかにでもわかっているものは一握りであり、大多数の冒険者たちは、使い魔の卵が実っているかもわからない神樹の一本一本を調べている。
彼らはそのついでに狩りをしているのだが、たくさんの冒険者がいればあっという間に魔物は狩りつくされてしまう。
豚肉(並)なんて手に入りやすい素材の収集クエストが出ているのは、この時期は一通り魔物が狩られて市場に出回る量が少なくなるからだろう。
「大丈夫だ。獲物がたくさん残っている穴場がある」
まともな神経をしていれば、絶対に入らない。
自殺志願者でもない限り立ち寄らない場所にこの時期でも大量の魔物がいる狩場がある。そこでは使い魔の卵の情報も得られる。
レベル上げ、クエスト達成、情報ゲットの一石三鳥だ。
「ユーヤ、すごい。はやくいこ」
「だね、こんなところじゃまともな狩りなんてできないよ」
「ああ、そうだな」
俺は苦笑する。きっとこの子たちは、狩場の入り口を見たら恐怖で顔を引きつらせるだろう。
噂をしたらなんとやらだ。
さっそく、狩場へのチケットが現れた。
周囲の冒険者たちが悲鳴を上げ始めた。
「うわあああああああああああああ、来たぞ、森喰らいだ」
「逃げろ」
「神樹だ。神樹に張り付け、星食蟲は神樹だけは食わない!」
大地が揺れる。
そして、それは現れた。
巨大な外殻で覆われた芋虫のような生き物だ。
体長が30メートルに達する。十数節の体節がある巨体は濃緑色の強靭な外殻に覆われている。外殻にはアゲハ蝶の幼虫のような巨大な眼を思わせる毒々しい模様があり見る者に恐怖を与える。
足は見えないので移動方法は不明だが這っているわけではなさそうだ。この振動からすると小さな足がいくつもあるのだろう。
なにより特徴的なのは巨大な口だ。
神樹と神樹の間を大きく口を開け、すべてを飲み込みながら進んでいく。土も石も魔物も関係なく。
神樹の森の名物、星食蟲。
神樹との共生生物であり、神樹の森の掃除屋だ。
……一応、倒せないこともない。
どこかの酔狂がレベル50のパーティ二十組で挑んだことがあり、その際には、三十五人の死者を出しつつも何とか倒した。
強い魔物ほど、いい素材とレアなアイテムを手に入れられる。
星食蟲を狙いたくなる気持ちもわかる。これだけ手軽に会える最強クラスの魔物は珍しい。
倒した際に非常に高価なドロップアイテムがいくつも出たそうだ。
星食蟲の外皮や星食蟲の眼を使えば最上級の装備を作れる。
素材だけでなく、希少な魔剣や魔鎧もドロップアイテムに含まれていた。
破格のドロップアイテムと言えるだろう。
だが、それを踏まえても割に合わない。
鍛え抜かれた超一流の冒険者たちが三十五人も死んだのだ。割にあう報酬などあるわけがない。
この話には続きがあり、星食蟲を倒した瞬間。濃緑色の外郭が赤く染まり、眼のような模様は吊り上がり、より強く狂暴で一回り大きい星食蟲が現れて荒れ狂ったそうだ。
そいつは一週間以上暴れまわり、その間誰も神樹の森に足を踏み入れることができなかった。
その後、いつの間にかいつもの星食蟲に戻り、再び神樹の森で狩りができるようになった。
……元の星食蟲ですら、素晴らしいドロップアイテムを落とす。
強化された星食蟲なら、もっと素晴らしいアイテムを落とすかもしれないし、それどころか【試練の塔】のように何かしらの特典が得られると冒険者の中では噂になっている。しかし、試した者はいない。強化星食蟲に勝てるなんてお花畑な冒険者はいないのだ。
ゲーム時代の知識を得ている俺は、強化星食蟲を倒した後のこともしっかり思い出している。
特典があるという想像は合っているし、報酬面も凄まじい。だが、あれに挑むのは最低でもパーティ全員が転生し、最高クラスの装備を整えた後だ。
でないとただの自殺になる。
できれば、転生カンストパーティが二つの共同作戦で挑みたい。
それぐらいに強化星食蟲は強い。
そんな、恐ろしい星食蟲も逃げるだけなら簡単だ。
あいつらは戦闘モードに入らない限り、神樹を絶対に傷つけないという性質を持っているので、べったり神樹に張り付きさえすれば通り過ぎていく。
「うわああ、気持ち悪う」
「……ユーヤ、震えがとまらない。あれ、強すぎる」
反応こそ違うが、二人とも星食蟲に恐怖を感じているようだ。
だが、それでは困る。最高の狩場に向かうにはあいつの力が必要だ。
「二人ともついてこい」
「ユーヤ、待って。そこはあの虫の進行方向」
「食べられちゃうよ!」
いつもは黙って従う二人もさすがに俺を止めようとする。
「食べられるのは当然だ。俺はあいつに食べられるためにここに来たんだから。……実はな、あいつの腹の中が絶好の狩場なんだ。お宝もたくさんある。おまえたちが怖いと思う気持ちもわかる。俺は行くが二人は先に帰ってもいいんだぞ?」
俺がそう言って笑いかける。
すると、まずルーナが俺の隣に並んだ。
「ルーナはユーヤとずっと一緒だって決めた。だからユーヤを信じる」
ルーナはそう言っているがキツネ尻尾の毛は逆立ち限界まで膨らんでいる。
よっぽど怖いのだろう。
「しょーがない、私も付き合うよ。ユーヤの言うことだからね。ありえないことでも信じないと」
ティルも来てくれるようだ。強がって笑ってはいるが声も足も震えていた。
「二人とも、俺を信じてくれてありがとう。今日の夕食になんでも好きなものを頼んでいいぞ」
いつもなら、飛び上がるほど喜ぶ二人だがそんな余裕もないようだ。
星食蟲がどんどん近づいてきて、地響きが大きくなる。
さいごの曲がり角をまがり、俺たちの正面に来た。
全長30メートルの化け物、真正面から見ると迫力がすごい。
右腕にルーナが、左腕にティルが抱き着いてきた。彼女たちの震えが伝わってくる。
奴は口を開けて、すべてを喰らいながら前進する。
でかい口だ。俺たち三人を余裕で一口で飲み込める。
そして、来た。
「んっ!? ううううううううううううう」
「きゃあああああああああああ」
俺にしがみついているルーナとティルが目を固く閉じて絶叫し、俺たちは星食蟲に飲み込まれる。そしてあたりが暗闇に包まれた。
◇
目を開ける。
しかし、真っ暗だ。
「ここどこ、天国? ユーヤ、なにも見えない」
「ううう、死んじゃったのかな。初体験の前に死んじゃうなんて、こんなことなら勇気を出しとけばよかったよ」
ルーナとティルは俺に抱き着いたまま、物騒なことを言う。
俺は魔法の袋から光水晶を取り出し頭の上に紐で固定する。
それは、ステータス上昇値固定化の部屋から拝借したものだ。
なにせ、松明と違って永久機関だし、照らしてくれる範囲も広く、安全といいこと尽くめ。
地下のダンジョンでは使えると思い、五つだけもらってきた。
……ゲームのときは持ち出せなかったが、こっちではできてしまったので、ありがたく使わせてもらう。
「天国なんかじゃない。ここは星食蟲の腹の中だ。こいつの腹の中は異界なんだよ。周りを見てみろ」
光水晶で周囲が照らされる。
すると、石の壁で区切られた迷宮になっていた。
道幅は広く五メートルほどはあり、出口はまったく見えない。
体長三十メートルの巨大な魔物とは言え、体内に収まるわけがない広大な迷宮。
……そう、あの星食蟲は隠しダンジョンへの入り口なのだ。
実のところ、星食蟲は魔物ではなく神の作った生物兵器。
口に含んだものを異空間のダンジョンへと転送する。
普通の冒険者はこのことにまず気付かない。
なにせ、神樹に張り付きさえすれば簡単に避けられる。わざわざ星食蟲に喰われるなんて酔狂はいない。
もう一つ地雷があって、戦闘モードに入った星食蟲に喰われた場合はここには来ずに奴に消化されてしまうので、星食蟲に挑み戦いの中で食われるとここにはこれない。
ルーナとティルが光水晶に照らされた周囲を見渡す。
「うわあ、大きな迷路」
「ユーヤが言っていたのはこれだったんだね」
「ユーヤ、魔物の気配がたくさんある。猪の魔物に、ゴブリン、虫の魔物も」
「あいつに食われた生き物はここに転送されるんだ。ここなら魔物が狩り放題だぞ。あいつは魔物もしっかり掃除してるからな」
競争率が激しい超人気ダンジョンである神樹の森で魔物狩り放題なんてすさまじい贅沢だ。
ここは素晴らしい穴場なのだ。
「でも、ユーヤ。どうやってここから出るの?」
「二つ出る方法がある。一つは帰還石を使う。一番確実だがもったいない。もう一つはこの迷宮を突破することだ。出口には魔法の渦があってダンジョンの外に出られる」
「なら、答えは一つだね! 魔物を倒しまくって素材をいっぱい手に入れながら外を目指す!」
「だな。光水晶で照らしているとはいえ、視界が悪い。気を付けながら進もう」
「ん。わかった!」
「ふふふ、エルフの翡翠眼を舐めないでもらおうか! 私の翡翠眼は闇の中でもばっちり見えるんだよ!」
「そういえば、フィルもそうだったな。まったくうらやましい限りだ」
翡翠眼、千里眼と軽い透視能力に暗視までついている。
すべての冒険者がうらやむ目だ。
「急がないとな。ここの迷路は呪いがかかっていてな、半日以上経つと、どんどん体が重くなっていく。まる一日も経つと歩くことすら困難になって、三日で死に至る。ここの情報が表に出ないのは、入った冒険者のほとんどが死んでるからなんだ。体が重くなる前に突破するぞ!」
俺の警告に二人が気を引き締める。
今言ったように星食蟲のダンジョンが冒険者に気付かれないのは、入り口の気付きにくさだけじゃない。
このダンジョンに入った冒険者のほとんどが出口にたどり着けずに死んでしまうことからだ。
完全な闇の中で複雑かつ広大な迷宮。まともに歩くことすらおぼつかない。
それなのに魔物がたっぷりいて、魔物たちは鼻や音で冒険者の位置を掴み不利な戦いを強いられる。
つまるところ、いきなり転移させられた先が視界ゼロでも動揺せず、たまたま光源をしっかり持っていて対処できる。あるいは希少な帰還石を持っているなんて幸運な冒険者以外は、迷路の呪いと魔物の襲撃で命を落とす。
だが、種を知っており準備をしていれば獲物たっぷりの美味しいダンジョンに変わるのだ。
そして、たっぷりの魔物以外にもこのダンジョン自体に宝箱が配置されているし、死んでいった冒険者の装備やアイテムが手つかずに転がっており、大変美味しいダンジョンとなっている。
しかも、ダンジョン突破のご褒美に、出口には使い魔の卵の情報を書かれた石碑まである。
「ルーナ、ティル、こんなうまいダンジョンはほかにはないぞ。精いっぱい稼いで帰ろう。今日はご馳走だ!」
さあ、気合をいれて、急ぎ突破しよう。
動けるうちに距離を稼がないと帰還石を使う羽目になってしまうだろう。