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エピローグ:おっさんは約束する

一章の最後になります。次回からは二章です。

 進化したキラーエイプとの死闘が終わったあと、しばらく事情聴取をされ、解放されたころには日が暮れていた。

 事情聴取の終わりが近づいたころ、ギルド長が捕らえられたことを聞いた。

 当然だろう。フィルとあいつが追っていたのだから。

 ルーナとティルに肩を借りてなんとか宿屋に戻る。

 体を拭いたあとはベッドで横になる。ルーナとティルも今日は疲れたのかぐっすり眠っていた。

 強烈な悪寒が走り、跳び起きる。


「まったく、なんて物騒な剣気を放つんだ」


 着替えを済ませ、剣を持って外に出る。

 来客が来たようだ。


 ◇


 一人、宿の裏手に進む。

 俺の部屋に向かってとてつもない剣気を叩きつけた奴に会うために。


「何をこそこそとしている。顔を出したらどうだ。俺とおまえの仲だろう? 遠慮はいらないぞ」


 フィルがギルド長を追ったとき、一人ではなかった。

 二十代半ばの美青年。

 銀色の肩まで伸びた髪、甘いマスク。

 一見、優男にしか見えない。

 だが、見る者が見れば一部の隙すらない立ち振る舞いと身にまとう剣気で達人だとわかる。


「お久しぶりです。師匠」

「俺相手に敬語なんて使うな。俺はただのおっさんだがおまえは英雄だ……レナード」


 英雄レナード。

 生還率2%の【試練の塔】を踏破し、レベル上限を70まで引き上げ、その力をもって他の追随を許さない功績を積み上げ続ける英雄。冒険者の頂点にいる男だ。

 俺のすべてを叩き込んだ弟子。

 十年ぶりの再会となる。


「たとえ、どれだけ周りの状況が変わろうと僕にとってあなたは尊敬する師匠だ。ただの無謀な若者ばかだった僕を師匠が変えてくれた。そして、大事な仲間かぞくをくれた」

「……だまって出ていったことを恨んでいないのか?」

「まさか。僕には師匠の判断が正しかったとわかっています。むしろ、功を焦っていた僕が愚かだった。師匠が出ていって、フィルが離れ、冷静になれたからこそ、僕は【試練の塔】を踏破できた」


 俺の知るレナードとは雰囲気がずいぶん違った。

 十年でさまざまな経験をしたのだろう。


「観客席で見ていましたよ。凄まじい戦いでした。師匠、ずるいじゃないですか。あんな技を僕は教えてもらってませんよ」

「おまえと別れて十年経っている。俺も新たな技ぐらい身に付けるさ。だいたい、観客席で見てたのならさっさと助けろ。あんな化け物にレベル20で挑まされた俺の身にもなれ」

「僕も助けようと思ったのですがね。レベルが落ちているのに、師匠は別れたときと同じ強さで、技はさらに冴えてた。あんな素晴らしい剣を見れる機会、見逃せるわけがない。やっぱり師匠はすごい。僕はまだ”剣技”では師匠に届いていない。悔しいな」


 ぞくりとした。

 レナードからとんでもない殺気を感じた。


「僕がこの街に来たのはフィルに会うためだ。ライルの奴がこの街のギルド長から招待を受けてフィルがいると知り、僕に教えてくれたんです。居ても立ってもいられず、飛び出しました」


 あのギルド長、自分で墓穴を掘ったのか。

 わざわざライルを呼んだのは、魔物の力をアピールするためだろうが、フィルの名前を出したことでレナードが来たのは想定外だったのだろう。


「今ならフィルも僕を受け入れると思っていたのですが、振られてしまいました。十年経てば、師匠のことを忘れると思っていたのですがね……残念ながら、師匠が僕より先にフィルと再会してしまった。僕は剣以外はすべてで師匠に勝っている。なのにフィルと最初に会ったってだけで、フィルの心を独占するのはずるくないですか?」


 レナードが剣に手をかける。


「さっきから、殺気が漏れてるぞ。俺を殺したらフィルが振り向いてくれるとでも思っているのか? 十年でずいぶんと変わったな」


 今のレナードとまともに戦って勝てる確率は1%にも満たない。

 あいつは天才だ。そして、当時の俺の技すべてを習得し、さらに進化し続けている。

 なにより、【試練の塔】でレベル上限が70まであがっている。


「振り向かせますよ。でも、師匠のすべてを超えてからです。……お願いがあります。僕と戦えるぐらいに強くなってください。じゃなきゃ、僕は師匠と戦っても何も得られない。一年待ちましょう。一年後、僕は本気で師匠と戦い、技を盗んで”剣技”すら超えてから殺します。そして、フィルを手に入れる。僕は師匠と別れてから、フィル以外の欲しい物はすべて手に入れてきたんです」


 その言葉は本気だった。

 冗談だとはとても思えない。


「俺を殺したところでフィルはおまえに振り向きはしない」

「あははは、大丈夫ですよ。女を強引にモノにする方法ぐらい、僕も学びました。大事なのはフィルの気持ちじゃない。僕が納得して奪えるかだ。師匠に劣っているまま横取りはかっこ悪いじゃないですか。師匠、僕はこの街を去ります。一年後を楽しみにしていますよ」


 レナードが背を向ける。

 あいつは、いつもめちゃくちゃだったが十年前はこうじゃなかった。

 いったい何があった? 何があいつを変えてしまった?

 ただ、わかっていることがある。

 弟子が間違った道に進んでいるなら、殴り飛ばすのが師匠の仕事だ。

 今度会ったら、全力でぶん殴ってやろう。


 ◇


 レナードとの再会から数日経っていた。

 ギルド長の不祥事があったせいで、ギルドはてんやわんやでクエスト受付や、ダンジョンへのガイドという通常業務すら滞っていた。

 ここ数日はダンジョンには行かずに体を休めつつ、ルーナとティルを鍛えている。


 ギルド長はこの街で進化したキラーエイプを宣伝したあとは、逃げて他の街で魔物を売り込む予定だったそうだ。


 進化したキラーエイプと同等の魔物三匹を護衛として従えていたからこそ、あれだけ堂々と姿を見せたらしい。

 ……だが、フィルと英雄レナードの前に魔物たちはすべて切り伏せられギルド長も捕まった。


「まったく、はた迷惑な奴だった」


 ギルド長がルンブルクで事件を起こしたのは、祭りで多くの人が集まるという理由の他に私怨もあった。

 過去に起きた冒険者とのトラブルや、日ごろため込んだストレスが爆発したようだ。


 彼の狙いは、人質を見殺しにして逃げる冒険者の姿を観客に見せつけて、冒険者たちがいかに自分勝手で頼りにならないかを示すこと。

 さらに、騒ぎを聞いて駆けつけてきた英雄レナードのパーティだったフィルと盗賊ライルを倒すことで魔物の強さをアピールすること。


 そのために、盗賊ライルに招待状を出して呼び出していたし、フィルは別件で遠ざけておいて、彼女が駆けつけるころには新人冒険者が逃げるか、倒されているかという状況を作った。


「俺の存在で、全部台無しになったわけか」


 俺は圧倒的な力をもつ進化したキラーエイプを見ても逃げなかった。

 それどころか、倒してしまった。


 俺が強敵に立ち向かう姿を見せることで冒険者の誇りが守られ、新人冒険者にすら負けてしまったということで魔物の力のアピールは完全に失敗。


 ギルド長はその後、切り札の三体の魔物もたやすく倒されて捕まったのだから踏んだり蹴ったりだろう。

 ……ただ、すべてが解決というわけにはいかなかった。

 牢獄の中でギルド長は何者かに殺されてしまい、協力者や背後にいた存在を聞き出すことはできなかったらしい。

 彼に力を与えた存在の脅威は消えていない。


「ルーナ、ティル、そろそろ休憩だ」

「ん。わかった」

「もう喉がからから。冷たい飲み物がほしいよ」


 宿の中庭で訓練していた二人が駆け寄ってくる。

 薄着で汗だくなので目のやり場に困る。

 ルーナは俺が作った特製栄養ドリンクを飲みながら、難しい顔をしていた。


「訓練しながら、ユーヤの戦いを思い浮かべてた。ユーヤ、すごかった。ルーナとの稽古とぜんぜん違った。がんばって真似しようとしてるけど、遠すぎる。悔しい」

「ほんとだね、私も見てて震えちゃった。護身術の訓練をもっとがんばらないと」


 なるほど、最近二人が前以上に頑張っているかと思ったら、俺の戦いに触発されていたのか。


「二人は才能がある。いつかは追いつけるさ」

「……そう思えない。強すぎて怖くなった。いつまで経ってもユーヤに追いつけない気がして、いつか置いてかれるんじゃないかって」


 ルーナがいつの間にか俺のすぐ傍まで来ていた。

 俺の裾をぎゅっと掴む。


「あのね、ユーヤ。約束覚えてる? 大会が終わったら、ユーヤとの訓練で勝ったご褒美をお願いするって」

「もちろん覚えているさ。可愛い弟子の頼みだ。なんだって聞いてやる」


 そう言うと、ルーナはもじもじとし出した。

 キツネ耳が心なしか垂れている。


「ユーヤ。ルーナのお願いは約束をしてもらうこと」


 ルーナがまっすぐに俺の目を見てくる。

 不安と期待が入り混じった瞳だ。

 俺は目で先を促す。


「ルーナはユーヤとずっと一緒にいたい。だから、絶対に置いていかないで」

「ルーナが改まった様子でいうから、何事だと思っていたがそんなことか」

「そんなことじゃない。ユーヤはフィルを置いていった。ルーナはそんなの絶対やだ」


 ルーナは普段は図太いというか、我が道を行くというか、そんな感じなのに臆病なところもあったようだ。

 この子は俺を失うのを恐れている。

 俺は小さく微笑んで、ルーナの頭を撫でる。


「約束する。ルーナが自分の意思で離れていかない限り、俺たちはずっと一緒だ」


 それを聞いたルーナの顔が満開の笑顔になる。


「ユーヤ、大好き」


 ルーナが胸の中にとびこんで、顔をすりすりとしてくる。

 そして、キツネ尻尾をぶんぶんと振っていた。

 そんなルーナが可愛くてたっぷりと撫でてやる。

 ティルが俺たちを見て、にやにやとしていた。


「ルーナにお祝い言ってあげたいけど……お姉ちゃんの妹としては悩むね。強力なライバル登場だもん。うーん、まあ、いっか。おめでとう! ひゅうひゅう。お熱いね、お二人さん」


 ……こいつは。

 ルーナと俺がそういう関係ではないことをわかっていてからかっているのだろう。

 でも、まあ悪い気持ちじゃない。

 約束通り、ルーナが一緒に居たいと思う限り。俺は彼女と共にいよう。


 ◇


 夕食を食べ終わってもルーナは俺から離れなかった。

 俺の膝の上に座って、もたれかかって時々満足げに笑う。

 そんな俺たちのところに来客がきた。

 フィルだ。


「ユーヤ、遅くなってごめんなさい。本当はもっと早く来たかったのですがいろいろあって。……あの日、もっと早く駆けつけていればユーヤに危険なことなんてさせなかったのに」

「まあな、今回は肝を冷やした。そっちのほうこそ大丈夫か? ギルド長がああなって大変だろう」

「すっごく大変です。でも、なんとかしますよ。それがお仕事ですから」


 それからフィルはいろいろと話してくれた。

 中の人間だけあって、俺が知っている以上の情報を持っている。


「ユーヤ、今日ここに来たのは、祭りの日に何があったのかを説明するためと、それからいつかの返事をしようと思ったからです」


 フィルは小さく微笑む。

 フィルと結ばれた日、俺は彼女の人生において重要な質問をした。


「ユーヤは言いましたよね。もし、私が望むなら旅に連れて行ってくれるって。だけど、受付嬢を続けるより幸せになれるかをちゃんと考えろって」

「言ったな」

「悩んで、悩んで、悩み抜いて、決めました。……私はユーヤと一緒がいいです。受付嬢は天職です。すごく充実した毎日を送っています。だけど、私にとって一番はユーヤと一緒にいることだって気が付いたんです」

「そうか。また、一緒だな」


 フィルに向かって手を伸ばす。

 だけど、フィルはその手を取らなかった。


「でも、今じゃありません。ギルド長があんなことになって、ギルドがぼろぼろなのに、私までいなくなったら、この街のギルドは終わってしまいます」


 そうだな。

 今が一番大事な時期だ。信用を回復するには時間がかかる。


「そんな無責任なことできませんし、ギルドも冒険者さんたちも好きなんです。だから……ギルドが元に戻って、私がいなくても大丈夫になったら追いかけます。二か月、いいえ、一か月でなんとかしてみます。だから、それまで待っていてください」


 フィルと一緒の旅が後回しになったことは寂しい。

 だけど、ギルドと冒険者のことを思いやれるようになったフィルの成長が嬉しかった。

 なら、俺のすることは一つ。フィルの背中を押してやることだ。


「わかった。フィルとまた会える日を楽しみにしている。だから、がんばれ。おまえの戦いをな」

「もちろんです。絶対、ユーヤのところへ行きますから」


 フィルがキスをしてきた。

 ルーナがキツネ尻尾を逆立て、ティルが手で顔を覆いつつ指の隙間から凝視してくる。


 この街でのレベル上げはもう限界だ。

 近いうちにこの街を出る必要がある。そうすれば、フィルと離れ離れになるだろう。

 だが、必ずまた会える。その日が楽しみだ。そのときは俺の秘密を話そう。


 ルーナが俺とフィルの間に入って唸る。

 いつもの俺を取られたくなくてする行為だ。この子の場合は恋愛感情などではなく、純粋な独占欲。

 そんなルーナがおかしくて、いつか訪れるフィルとの旅が楽しみで、俺は声を上げて笑った。


 努力を積み重ねるだけ積み重ねて報われない日々をずっと歩いて生きたが、ルーナと出会った日すべてが変わり始めた。


 今までの努力がどんどん実を結び始めている。

 俺の努力は、ようやく報われたのだ。そして、これからも。それは、とても素晴らしいことだと思えた。

 こんな日々がずっと続けばいい。その願いを叶えるために頑張っていこう。

 報われる努力は、こんなにも幸せなのだから。



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― 新着の感想 ―
こうなるとギルドは、ユーヤに莫大な報奨金を払わんと成らんよな?賞金の他に慰謝料を! 幹部の報酬を削って捻出しないと!
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