第十八話:おっさんは祭りに協力する
いつものように、ギルド帰りに換金にきた。
今回はクエストは受けていないから換金だけだ。
「あのユーヤ。この前、この速度でレベル11なんて絶対おかしいっていいましたよね」
「ああ、言っていたな」
「なんで、もうレベル18になってるんですか!? あと二つでもう新人冒険者卒業ですよ!」
だいたいレベル20でいっぱしの冒険者と呼ばれるし、もう一レベル上げるとルンブルクの初心者用ダンジョンは一切使えなくなる。
ルンブルクの初心者用ダンジョンはレベル10以下と、レベル20以下のものだけで、あとは普通の冒険者用のダンジョンしかない。
レベル21以上は、もう自分の力で先を切り開いていくしかない。
レベル10上げるごとに一気にレベル上げのハードルがあがるので、そこからが辛く、このあたりで伸び悩む冒険者が多い。
「まあ、レベル20まではそれなりに努力していれば、比較的簡単にあがるだろう」
「限度があります! 普通の冒険者はレベル10になるまで二週間、レベル20になるまで一年半が平均です! 一週間ちょっとでレベル18なんて聞いたことがないですし、人に言ったら笑い飛ばされます」
「俺もそう思う」
かなり無茶な狩りをしたからな。
ハーミット・クラブをレベル11で倒したなんて、かつての俺が聞いたら絶対に信じなかっただろう。
「策はあると聞いていたから何をする気と思っていたら、よりにもよって、海底の死神に挑むなんて! 私がいつも口をすっぱくして見たら逃げろって言ってる魔物じゃないですか!」
ハーミット・クラブは、冒険者にとっては見たら逃げろと言われる魔物の一体だ。
風(雷)属性の魔術以外はほぼ効かない上に、それができる魔法使いも魔法と同射程の高火力突進技で狙われる。しかも詠唱反応付きで真っ先に狙われるおまけつき。
しかも取り巻きがいるせいで前衛が壁として機能しづらい。
「安全に倒せる自信があるから挑んだんだ」
「わかりました。もうなにも言いません。……話題を変えますが一つ提案あります。もうすぐルンブルクで四日後にお祭りがあることは知ってますよね?」
「もちろんだ」
ルンブルクでは、年に一度大規模な祭りを行う。
派手で規模が大きい。
冒険者たちが参加できる大会などもあり、それを目当てに観光客が押し掛ける。
「その中に、新人冒険者を対象にした大会もあるんです。レベル20までしか参加できない大会で、木で出来た武器を使って一対一で勝負。スキル禁止。いい一撃が入るかリングアウトで敗北。医療班も待機しているので安全な大会です」
「それがどうかしたのか?」
「出場を勧めようかと思いまして。申し込み期限は今日までですし」
「やめておこう」
俺が出るのは不公平だ。
真の意味で新人ではないし、特典ボーナスをもらっている上に、ステータス上昇値最大固定を使っている。
そもそも若い奴らの見せ場を俺のようなおっさんが奪うべきじゃないだろう。
「そう言うと思いました。……でも、賞金のほかに優勝するとこんなものがもらえます。ふふ、ユーヤは好きですよね? しかもレアものですよ。二度と手に入らないかもしれません」
フィルが取り出した書類を見て息を飲む。
これは!? まさか実在したとは。ほしい、ほしいが。
だけど、俺が出るのは大人げない気がしてならない。
「ユーヤ、遅い。おなか空いた。はやく酒場いこ」
あまりに長話をしていたため、しびれを切らしてルーナがやってきたようだ。
ん? 待てよ。
いいことを思いついた。
「ルーナ、腕試しに興味はないか?」
「腕試し?」
ルーナが首を傾げる。
「ああ、レベル20以下の冒険者たちが集まって誰が一番強いかを競い合うんだ」
「面白そう」
ルーナがきらきらと目を輝かせる。
「ちょっと、待ってくださいユーヤ。そんな小さな子に」
「見た目と強さが比例しないことぐらいわかっているだろう」
ステータスでの差が大きすぎて、実際のところ男女の筋力差や大人子供の差など誤差にすぎない。
「ユーヤ、ルーナはその大会にでる!」
「俺も賛成だ。ルーナはこのあたりで、対人戦も経験しておいたほうがいい」
ルーナは体の動かし方がうまくステータス以上の速さを見せる。
魔物との戦いも物怖じしなくなってきた。
だが、人間と戦った経験がなさすぎる。
今回のことはいい経験になるだろう。
……そしてルーナが優勝賞品を手に入れたら何かと交換してもらう。
「わかった、ルーナは出るからには優勝する! ユーヤ、鍛えて」
「もちろんだ。四日後までにルーナを強くする。結局、突き以外教えてやれなかったしな」
明日と明後日でレベル20まで上げて大会までの間はレベル上げではなく基本的な技術を習得させようと決めた。
ルーナだけでなくティルも鍛える。ティルに護身術を教えよう。敵に近づかれたときに身を守るすべを持たせるべきだ。
大会が終わるまで、レベル20以上に上げるわけにはいかないし、レベル以外の強さをじっくりと鍛えるのも良さそうだ。
パワーレベリングしているせいで経験不足で高レベルになってしまうことは危惧していた。
それを埋めるにはちょうどいい。
「わかりました。ルーナちゃんの出場申請を出しておきますね。あと、こっちはどうですか?」
フィルはしぶしぶと言った様子で手続きを進める。
「闘技場で魔物と戦うか……こっちもレベル上限が20か」
「始まりの街ですからね。ちゃんと新人が育っているってことをアピールしたいんです。……ただ、今回は魔物が魔物だけに挑戦者が決まってないんです」
冒険者の街の見世物であれば、魔物との戦いは一般的だ。
結界で覆われたリングの中、魔物と冒険者が命がけで戦う姿を観客たちは楽しむ。
「キラーエイプか、初心者が戦う魔物じゃないぞ」
「私も止めたのですが、ギルド長が勝手に決めちゃって。さすがに一対一ってわけじゃないです。近接系のクラスが三人」
大猿の魔物キラーエイプ。力が強く俊敏、その剛毛は剣を通さない。攻撃力、防御力、素早さの三拍子そろった魔物だ。
加えて、猿のくせに格闘術らしきものを使う。
レベルそのものは25程度であり、レベル20の冒険者三人なら、なんとか勝てるレベルだが、レベル以上にずっと強い。
ひよっこが勝てる魔物じゃない。
それどころか、医療班が傍に居ても万が一が十分起こりえる。
「わかった。俺が受けよう。断るのは見殺しにするようで気持ちよくない」
「ありがとう、ユーヤ! 良かった。実はもう二人は決まっていたんです。……でも、腕のほうはあれで、そのうえ無謀で自信だけはあって、尻ぬぐいしてくれる人がいないと不安だったんです」
「俺の心配はしてくれないのか」
「ユーヤなら勝ちます。ステータスは見せてくれなかったけど、前回よりずっといい上がり方をしているって話してくれたじゃないですか。強いステータスを持ったユーヤは無敵に決まっています」
俺のことなのに、自分のことのように誇らしそうにフィルは語る。照れくさくなる。
「じゃあ、俺は行くぞ」
「私の今日の仕事はこれで終わりなんです。良かったら一緒に食事をしてもいいですか。ルーナやティルにもアドバイスしたいことがありますし」
「もちろんいいぞ。俺もフィルと食事をしたいと思っていたからな」
フィルが顔を赤くする。
「だけど、酒はほどほどにしておけよ。もう酔っ払いの相手はこりごりだ」
「やっぱり、ユーヤは意地悪です」
そうして、ルーナの大会への出場。
そして、俺のキラーエイプへの挑戦が決まった。
ルーナが大会でどれほど活躍するかが楽しみだ。実戦経験がないから、しっかり修練を積んだ本物の剣士には勝てないだろう。
だが、ルーナにはもしかしてと思わせる何かがある。
フィルが私服に着替えてくるというのでホールで待つ。
すると、見知った顔が現れた。
「ユーヤさん! さっき、フィルさんとの話を盗み聞きして知ってしまったのですが、厚かましいお願いをしたく参りました」
かつて、俺に絡んできて、俺に救われた少年とその仲間たちだ。ルーナが警戒して俺の後ろに隠れて睨んでいる。
「言ってみろ」
面倒を見るぎりはないが、話を聞くぐらいはいいだろう。
「はい、俺……僕の兄がキラーエイプに挑むって言っていて。兄も僕も小さいころから剣術を教え込まれていて、その、他の人と違うって己惚れていたんです。両親がお金を出してくれたおかげで強い装備もありましたし……僕はユーヤさんのおかげで目が覚めましたが、兄が昔の僕みたいに調子にのってバカなことをしないかって心配で」
思わず苦笑してしまう。
きっと、こいつの兄がさっきフィルが言ってた、無謀な冒険者とやらだろう。バカじゃない限りレベル20以下でキラーエイプに挑まない。レベルが20近いということを考えれば、おそらくは一年ほど前から冒険者になっているはず。
「わかった。ある程度カバーしよう。おまえには酒を奢ってもらったしな。どっちみち、俺もキラーエイプに挑む即席パーティの一員だ。仲間を見捨てるなんてかっこ悪いことはしない」
「ありがとうございます! 兄をどうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
ルーナの大会もそうだが、俺のキラーエイプ戦も大変になりそうだ。
足手まといを抱えながらあれと戦うのは骨が折れるし、マジックカスタムは秘術であり見世物になっている状況では使いたくないという制限もある。
それでも、なんとかなるだろう。
それぐらいには、俺は剣だけで強い。
「ユーヤ、ルーナちゃん、ティル。お待たせしました! 行きましょう」
フィルが来ると少年たちが顔を赤くして、挙動不審になり始めた。
……フィルはギルドのアイドルだ。この少年もフィルに憧れている一人だろう。
「今から酒場に行くが、おまえたちも一緒に来るか?」
「いっ、いえ、けっ、けっこうです。ユーヤさんだけでなくて、フィルさんもなんて、おそれ多い、さそってくれたのは嬉しいですが、そのっ、あの、ごめんなさい!、おっ、おまえらいくぞ」
せっかくの好意で声をかけたのに少年たちは逃げて行ってしまった。
「ユーヤ、あの子たちは何ですか?」
「よくわからない」
フィルが不思議そうに首を傾げている。
この子は素で気付いてないかもしれない。鈍感というのは罪だ。
とりあえず、気を取り直して酒場に行こう。
今日の疲れをとって明日に備えるのだ。




