見える人 後編
あれは別の大学サークルとの合コンだった。
いつもと違うメンバーということで、みんなけっこう浮かれていた。
俺もまあ、かわいい子とアドレス交換でもできればいいなあ程度に思っていた。
けど、そんな浮かれた気分は店に入るなりあっさり消えちまった。
なんつうか、ものすごく場の雰囲気が悪い。
洒落た洋風居酒屋で俺以外のメンバーははしゃいでいたけど、俺は一刻も早くここから離れたかった。
(一人、二人……あっちにもいやがる)
くどくど言わないが、その店には霊が複数体いたのだ。
「みんな、飲み物は行きわたった? そいじゃ乾杯と行きますか!」
サークルリーダーが上機嫌でジョッキを掲げ、乾杯の音頭と共に合コンが始まった。
男子の横には女子、別の大学同士での並びになっている。俺の隣には当然別サークルの女子が座るわけで、本当なら目いっぱい明るく振る舞って好印象を与えたいところだ。
けど、それどころじゃなかった。
頭の半分が砕けて血まみれの男が、恨めしそうにこっちを見ていたからだ。
(帰りてえ……酔った振りして抜け出すか? いやいま飲み始めたばっかだし)
時おり話しかけられるが、俺は生返事を返すことしかできなかった。
ここにいる霊のうち、目の前の血まみれ男はあまりたちのよくない霊に思えたからだ。
しかし当然ながら、俺以外の人間はまったく気づかず、ジョッキを煽って笑っている。
えい、こうなったらヤケクソだ。
せっかく会費を払ったんだ、霊なんぞに邪魔されてたまるか。
俺は、猛然と飲み食いを始めた。立て続けに大ジョッキを二杯空にし、ピザや空揚げにサラダを貪り食ってやった。
ざまあみろお前ら霊はもうこんなうまいものも食えないんだろう、とっとと成仏でもなんでもしやがれ。
「あ、あの……そういうの、やめた方が」
いきなり隣の子に話しかけられ、俺はサラダの茹で卵を喉に詰めそうになった。
「な、なに?」
よくよく考えれば俺は霊に気を取られ、隣に座った娘の顔もまともに見てなかった。
そして、彼女の顔に見とれ、霊のことも一瞬忘れてしまった。
ほんの少し脱色したセミロングの髪、華奢で細い肩、美人と言うよりは可愛い系だ。
「だから、その、あまり敵意とか向けない方がいいです。あの人ちょっと怖いから」
ごくん、とビールで茹で卵を流し込んだ俺の目の前で、彼女は血まみれ男の方をちらりと見た。
まさか。
これまで俺は、自分以外の「見える」人間に会ったことがなかった。
そう言えば高校時代に「わたし霊が見えるの」と自称する女子がいたが、そいつは霊が真横を通っても気づかない、ただの構ってチャンだった。
「もしかして……見えてるの?」
「はい。でも無視してたらそのうちどこかに行きますよ」
そう言って彼女はグラスを少し掲げ、にっこりほほ笑んだ。
その日の合コンは、最後まで楽しむことができた。俺と彼女は互いに「見える人」同士ということで意気投合し、その後のカラオケボックスでも隣に座り、お互いの身の上を語った。
「おいおい、いつの間になんかうまくやってんじゃんよ~」
その時の出会いがきっかけで、俺たちは付き合うことになった。
彼女が自意識過剰のなんちゃって霊感少女でないことはすぐに分かった。
「あ……ねえ、あっちの道から行こう」
デートの最中、街中で霊を見かけるとすぐに気付いて違う道を行くのだ。もちろん俺も見えているから、彼女の行動を奇異になど思わない。むしろ同じ感覚を持った人間同士という安心感があったくらいだ。
彼女は俺と違って、十三歳ごろにいきなり霊が見えるようになったらしい。けれど生来の臆病者でホラー映画も苦手なほどなので、基本的に俺同様「無視」でやり過ごしていたらしい。
「俺はホラー映画はけっこう好きだけどな。しょせん作りものなんだしさ」
「え~、びくってなっちゃうからやだ」
霊感のない人間には到底理解できない、でもだからこそ俺たちは短期間で親密になっていった。
気の早い話だが、就職が決まればプロポーズしてもいい。霊感持ち同士が結婚したら、やっぱり子どもにも霊感は受け継がれるのだろうか。
そんなバカなことを考えたりもした。
歯車が狂ったのは、俺たちが付き合って半年ほど経った頃だった。
深夜に彼女から「会いたい」という言われ、俺はファミレスで彼女を待っていた。現れた彼女を見て、俺は絶句した。
ほんの一週間ほど前、俺と楽しくデートしていたはずの彼女は、げっそりやつれていたのだ。
「ど、どうしたの?」
とりあえず温かいものを、と注文したミルクティーに手もつけず、彼女はぽつりぽつりと語り出した。
「ストーカー?」
思わず大声を出してしまい、俺はあわてて声をひそめる。
なんと彼女はストーカーに悩まされ、この一週間ろくに寝てないというのだ。しかも相手はただのストーカーではなく、「霊」なのだという。
「相手が相手だけに警察に行くわけにも行かないし、わたしこのままじゃヘンになりそう……」
「落ち着いて。そいつは今も?」
「いる……あそこの窓の所からじっと私たちを見てる」
彼女の指す方を見ると、そこに痩せた背広姿の男が佇んでいた。
一目でわかった、これは相当ヤバイ奴だって。半開きの口に表情は浮かんでいないが、落ちくぼんだ目は穴そのもの。なのにたしかに強烈な視線を感じるのだ。
「どうしよう……どうしよう……」
がたがたと震える彼女を落ち着かせようと、俺は彼女を自分の部屋に連れて行くことにした。
本当なら初めて彼女を部屋に呼ぶのだ、ドキドキもののシチュだがそれどころじゃない。俺が彼女の肩を抱いてワンルームに向かう途中も、そいつは確実に後をつけてきた。
ゆら……ゆら……
歩く、というより宙を滑るような足取りは、たしかに生きた人間じゃない。
彼女はこんな不気味なヤツに一週間もつきまとわれていたのか。それにしてもなぜもっと早く俺に連絡してくれなかったのか。
「ごめんなさい……最初はそんなに怖くなかったの。いつもみたく無視してればいなくなるだろうって。けど、日を追うごとに視線がまるで突き刺さるみたいに……!」
「ちくしょう、ふざけやがって!」
俺は踵を返し、そいつに近づこうとしたが、彼女が腕に取りすがって俺を止めた。
「駄目、あいつ絶対マトモじゃないから! 危ないから!!」
俺は、いままで自分の霊感をただの面倒な体質だとしか思ってなかったことを後悔した。
もし俺に除霊能力でもあったなら、彼女を守ってやれるのに。
「とにかくなにか対策法はあるはずだ。ネットとかでもあるじゃん、お寺で除霊してもらうとかさ。ゼッタイ大丈夫だから!」
しかし、俺の言葉は彼女の耳には届いていないようだった。
俺は彼女を布団に寝かせ、自分は部屋の隅で毛布にくるまった。窓の外にあいつの姿は見えなかったが、きっといるに違いない。こうなったら一睡もせずに彼女をあいつから守ってやる。
そう決意したのだが、その日の俺はレポート提出に追われて睡眠不足だった。どうにか午前三時くらいまでは起きていたのだが、いつの間にか眠ってしまった。
目が覚めると、彼女はいなかった。
俺は真っ青になって彼女のスマホに電話をしたが、布団の中で着信音が響いた。
部屋を飛び出し、彼女のマンションに向かうが、部屋には鍵がかかっている。俺は管理人に彼女のスマホを見せ、緊急事態だと言って開けてもらった。それほど俺の形相がただ事ではなかったのだろう。
けれど、彼女は部屋にもいなかった。
彼女の友人は数えるほどしか知らなかったが、合コン繋がりがあるかも知れないと思い、うちのサークルの女子にも片端から連絡したが、彼女の行方はつかめなかった。
彼女に危険が迫っている。
俺は覚悟を決めて警察に行った。ストーカーのことも話したら、思ったよりも真剣に話を聞いてくれたが、ストーカーが霊だとは無論言えない。
俺も昨夜話を聞かされただけなので詳細は分からない、と言葉を濁し、彼女を見つけることを第一に考えた。サークル仲間にも協力してもらい、彼女が立ち寄りそうな場所をあちこち捜しまわったが、すべて徒労に終わった。
彼女は───行ったこともない山奥で首を吊っていた。
それからのことは記憶が飛び飛びで、よく覚えていない。
事件性はなく自殺であろうということで、ストーカーに関する捜査もされなかった。もっとも、されたところで警察など役には立たない。
葬儀が済み、俺はそこで初めて彼女の両親に会った。彼女から俺のことを聞いていたのか、彼女の両親は呆然とする俺を慰めてくれた。いい人たちだった。
こんないい両親に育てられたから、あんないい子になったんだろうと思うと、そこで初めて俺は泣いた。そして、彼女を死に追いやったあの霊───目の落ちくぼんだ背広の男に、胸をかきむしるほどの怒りを覚えた。
あの野郎、ただで済むと思うなよ。
俺にはまだ何の力もないが、いつか邪悪な霊を消滅させるような力を身につけて、お前を完全に消し去ってやる。
まるでオカルトマンガだが、俺は本気だった。
そんなある日、彼女の両親から手紙が届いた。
ご両親にあてた手紙とは別に、俺宛に書かれた彼女からの最後の手紙。
「○○くん。ごめんなさい。私はもう死ぬしかないと悟りました。あいつからは逃げられない。もうこれ以上苦しみたくない。本当にごめんなさい、あなたと生きていけなくてごめんなさい。私はあいつに殺されます。あの赤い服の女に……」
おわり
はい、本作は100%フィクションです。
作者には毛の先ほども霊感などありませんので、霊の存在は肯定も否定もしません。
ただ、「見える」人と言うのは、はたして同じものを見ているのだろうか、とふと思ってこんなお話を思いつきました。
重ねて100%フィクションなので、読んでも何の不幸も起こりませんのでご安心を。




