見える人 前編
最初に告白しておこう。
俺には見えるはずのないものが見える体質、いわゆる「霊感」がある。
自分じゃもう覚えていないが、まだ幼稚園に上がらない頃から、じっと部屋の隅っこを見つめていたり、「あしのないおばさんがいる」などと言って親をビビらせたり怒らせたりしていたそうだ。
名前も知らない友達がいたような気がする。
幼稚園の友だちでも、近所の子でもない、一緒に遊んで「バイバイ」って別れた途端に、相手の名前も顔も思い出せなくなるんだ。
後になって「イマジナリーフレンド」という言葉を知ったんだが、あれはそういう類のものじゃあなかったと思う。
小学生にもなると、幽霊だの怪談なんて言葉を知るようになるし、学校の七不思議なんて噂も耳にした。
ただ、みんなが面白半分できゃあきゃあ騒ぐお化け話を聞くたびに、俺は違和感しか覚えなかった。なぜってそりゃそうだ、他の誰も気づいていない、教室の窓からこっちを見ている青白い顔のおっさんが、俺にだけ見えていたんだから。
けど、そういうものについて、あまり人に言うべきじゃないってことはすぐに学習した。
小4の頃だったか、クラスでいちばん怪談が得意な「怪談くん」ってあだ名のヤツがいた。
そいつは本当に話し上手でクラスの人気者だった。
怪談くんは自分には霊感があって、本物の霊を実際に何度も見たように怪談を語るのが得意で、「怪談くん」の霊感を信じているクラスメイトも多かった。
ただ、そいつには霊なんてまったく見えないことに俺は気付いていた。
公園に集まって「怪談くん」の怪談話を聞いていた時、木にぶら下がった女が俺らのことをじっと睨んでいるのに、そいつはちっとも気付かなかったんだからな。
俺は「ここでそういう話するのやめようぜ」と言ったが、「びびってんのかよ」「だっせー」と言われるだけだった。
女はますます血走った眼で俺たちを、特に女が見えている俺を集中的に睨んでくるので、走って逃げだしたいくらいだった。
そのうちに、「怪談くん」が俺の視線に気づいた。
「なんだよ、こいつマジでビビってんぜ」
そういいながら、ヤツは女の方に近づいていった。筋張った女の手がヤツの顔に伸びていくのを見た俺は、「ひっ」と叫んで後も見ずに逃げ出した。
背後でクラスメイトがげらげら笑っているのが聞こえたが、そんなことはどうでもよかった。
(ああ、これで明日から俺はビビリってからかわれるな)
しかし、そうはならなかった。
怪談くんを始め、その場で怪談話をしていたクラスメイトが、俺を除いて一人残らず原因不明の高熱で欠席していたからだ。
幸いにもクラスメイトの熱は一週間ほどでけろりと治ったが、クラス内で俺に関する噂が流れた。
いわく、「俺が怪談くんたちに呪いをかけた」とか、まあそういう類のヤツだ。
当然のように俺はクラスメイトから距離を置かれ、最終的に校長先生が全校生徒の前で「幽霊などいませんし、呪いなどもありません」「怪談話は禁止」と言ったことで、なんとなくこの話はうやむやになった。
その事件以来、俺は自分だけに見えるものについては口にすまいと誓った。
ただ、小学校を卒業するまでは、裏でひそひそ噂話をされていることは知っていた。
6年になって、親に中学受験を勧められた俺は、必死に勉強して私立中学に進学した。別に勉強好きだったわけじゃないけど、私立なら俺の噂を知っているやつもいないだろうと思ったからだ。
中学で新しい友だちもでき、バス通学はちょっと面倒だったけど、楽しい日々を過ごしていた。
さすがに中学生ともなると怪談話で盛り上がるような幼稚なこともしなかったし、ただキャンプに誘われたときは行かない言い訳を考えるのが大変だった。
肝試しになんか行ってたまるかってんだ。
さて、高校は持ち上がりで、志望大学にもなんとかギリギリ合格できた俺は、晴れて大学生になった。
ずっと一人暮らしに憧れていたので安いワンルームを捜していたんだが、部屋選びがまたひと苦労だった。
そう、訳あり物件ってやつだ。
相場よりも破格に家賃や敷金が安い部屋は、まず間違いなく「憑いて」いる。
自殺者の出た部屋って言うのは、入居者に対して説明責任があるそうなんだが、いったん入居者が入ってしまえば、その次からはもう説明する必要はない、らしい。
「あんた、ここなんか安くていいわよ」
そう言って母親が見つけてくる物件が、また軒並みそういう部屋ばかりなのだ。
「ここは……どうやら何もなさそうだな」
結局、下宿先は自分で見つけることになった。
もちろん霊なんか憑いてない、普通の部屋だ。スポンサーである親には申し訳ないけど、余計な苦労はしたくない、かといって霊感のない親にどう説明していいかわからない。
中学、高校と平穏な日々を送ってきた───送っているように見えた俺だが、実を言うと霊と思しきものには時おり遭遇していた。
まあ大抵は無害なヤツばかりなんだが、こちらが「見える」と知ると、やたらと寄ってくるのが困りものだ。俺はただ「見える」っていうだけで、除霊だのお祓いなんかはまったくできない素人なんだからな。
基本的に無視、いつも同じ場所にいるやつなんかは(地縛霊とかいうやつなのだろうか)できるだけその道を通らないようにすることで対処してきた。
肝試し、心霊スポット、廃墟巡りなんてのも一切避けてきたから、それほどヤバい霊にはまだ遭遇したことはなかった。
大学じゃもちろん真面目に勉強もするが、やはり少しは学生生活を楽しみたい。
なので、俺は適当な遊びのサークルに入った。冬はスキー、夏は海、春や秋は旅行やハイキング、合間合間に合コンや飲み会って感じのやつだ。
バイトも始めて多少は懐具合もよくなったので、俺はせいぜい大学生活を楽しみ、自分の霊感のこともすっかり気にならなくなっていた。
ま、心霊スポット巡りは避けてたけど、みんな大学生だって言うのにいつまでもオカルトが好きなことに俺は驚いた。
仲間内の飲み会でも必ず心霊話を織り交ぜてくるやつがいて、おおいに閉口した。霊ってのはなぜだか賑やかな場所、例えば居酒屋なんかが好きで、心霊話をしているグループに寄ってくる傾向があるのだ。
俺はかつての経験から「そんな話やめようぜ」とは言わず、ただ興味のないふりをしていた。
彼女と初めて出会ったのも、そんな合コンの席だった。




