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聖技能学園1年C組、4月18日 三人集結の日

スマホで読みやすいように編集しました。

 聖技能学園は、将来の正義の味方を養成する学園だ。

 各学年3クラスずつで、ひとクラスの人数はたったの8人。僕たちのクラスは、男子生徒が3人で、女子生徒が4人だ。今のところ7人しかいない。

 担任の先生の話では、もう一人増えるはずなんだけど、その生徒が聖技能学園に入ることを渋っているのだそうだ。

 もったいない話だ。入りたくても入ることが超難関の学校に入学する事を渋るとは、よっぽど変わったヤツだと思う。

 

 変わったヤツといえば、今僕の目の前にいて、学食のハヤシライスをスプーンで上品に口に運んでいるドS、いやもとい、尾田真理という女の子も変なやつだ。

 

 見た目、非常に可愛い。

 授業中は丸縁メガネをかけているが、眼鏡を取ると、まつげの長い二重のパッチリした目が現れる。鼻筋も通っている。鼻の付近に少しそばかすがあるが、そんなことは気にもならない。唇はぷっくりしていて、本人は色つきのリップとかを使っていないというけど、潤いのあるピンク色をしている。そして肩まである少し天然パーマが入ったような亜麻色の髪の毛が、彼女が動くたびに軽やかにフワッとゆれ、まるで天使が地上に降り立ったようだ。

 

 だが、彼女は断じて天使ではない。僕は知っている。田畑君は、もっとよく知っているはずだ。


「ねえ、シュン君。ちょっと質問するから正直に答えてくれる? 」


 真理さんが僕に言った。

 入学式以来、僕の何が彼女に気に入られたのか、学園では彼女はいつも僕と一緒だ。

 もしかして、僕に惚れたのかなと思って、恐る恐る尋ねてみたことがあるが、真理さんに、半眼にした冷めた表情で「それって本気で言ってるの? 」と切り替えされた。…怖かった。


 だから、彼女がなぜ僕とつるんでいるのかは謎のままだ。

 天使のような可愛い子といつも一緒にいる僕のことを、上級生も含め、他の男子生徒はうらやましがっているようだが、僕はちぃーとも嬉しくない。可愛さのレベルでは真理さんより少し下だが、本橋花菜さんの方がいい。


 って、僕はまだ本橋さんのことを引きずっているじゃないか。いかん、いかん。


「ちょっと聞いてるシュン君? 」

「あ、はい。何でしょう? 」

「今、ボクたちが食べているカレーライスって、少し辛さが足りないと思わない? 」


 辛さが足りないも何もないでしょう。真理さんが食べているのはハヤシライスで、カレーライスじゃない。


 あ、そうか! 真理さん、眼鏡かけてなかったから、食券を買う時、押し間違えたんだ。


 それにしても、半分くらい食べているのに、まだ自分が食べているものがカレーライスと思っているなんて、すごい味音痴。以前、田畑君が言っていたことを目の当たりにしてしまった。


「真理さん、勇気をもって言うけど、君ってシャーロック系の能力者だよね。観察力にも優れているんだよね」


 僕は内心ビクビクしながら言った。


「ええ、そうよ」

「だったら、自分が食べているものと、僕が食べているものを見比べて何か気が付かない? 」

「それは、食べ始めた時から気付いている。シュン君のカレーとボクのカレーは色が違う」

「同じカレーなのに色が違うって、おかしいと思わなかった? 」

「全然。ボクは飲食関係のことには、こだわらないから。シュークリームだけは別だけど。だけどね、色が違うことはいいんだけれど、辛さが足りないカレーライスていうのは、いくらこだわらないボクでも、ちょっとね、と思うんだ」


 真理さんが、左手に持っていたスプーンを空中で指揮棒を振るみたいにくるりと回した。


「ハヤシライス」

「え? 」

「真理さんが食べているのはハヤシライス。カレーじゃないから、辛くないのは当然だよ」

「シュン君、今日お昼は学食でカレーライスを食べようねって約束してたよね」


 そんな約束してたっけ? 覚えがないが、真理さんが言うのならそうかもしれない。


「だから、ボクが食券買った時に、カレーとハヤシのボタンを押し間違えていたら、その時に押し間違えたよって教えてくれるのが親切ってものじゃない? そう思わない? 」

「たぶん…、そうだと思う」

「じゃあ、なんで教えてくれなかったの? 」


 いけない! いけない! 真理さんのペースに乗せられて、いつの間にか、僕が悪い事にされかけている。


「相変わらず、自分の間違いを認めんとやねえ」


 背後から以前聞いたようなような声がして、僕は振り返った。


「やあ、シュン君、久しぶり」


 そこに立っていたのは、田畑耕治君だった。

 5月に初めて会った時より、すごく背が伸びている。髪も相変わらず伸びているが、手入れをきちんとしているのか、ボサボサではない。なにか中学の時より凛々しくなった感じがして、本当のイケメンになっている。


「なぜター君が、この学校にいるの? しかも、この学校の制服を着て」


 真理さんが田畑君をにらみつける。


「なぜって、わが輩もこの学校の生徒になったから」


 田畑君が僕の横の椅子を引いて、そこに座った。


「もしかして、入学するのを渋っているという男子生徒って田畑君のこと? 」


 僕が尋ねると、田畑君が大きく肯いた。


「鶴吉さんが、わが輩の能力の事を姉ちゃんから聞いて、この学園に推薦したんよ。でも、わが輩には農家を継ぐっていう大事な役目があるし、迷っとったんやけど、この学園に入って、もし能力検定試験に合格して正義の味方になったとしても、農業と兼業するのは可能だからって、姉ちゃんに後押しされたとよ」

「ふーん。なるほどね」


 真理さんが腕組みしながら肯く。その仕草も、真理さんの実情を知らない周りの人から見るとすごく可愛らしく思えるのかもしれないが、側にいる僕には得体の知れない怖さが伝わってくる。


「ところで、ター君。あなたさっきから、自分のことを『わが輩』と言ってるけど、いつから『僕』から『わが輩』に代えたの? 」


 真理さんが質問したことは、僕も気になったことだった。


 自分の事を言う時、『わが輩』という人は、僕は一人しか知らない。今も芸能界で活躍している悪魔の人だ。あ、それから、もう一人、いやもう一匹、夏目漱石という人が書いた小説の中に出てくる『まだない』っていう変な名前の猫だ。


「去年の5月から。正確に言うと、真理っぺにシュークリームを最後に届けた日から」


 田畑君が言うと、真理さんの目が半眼になった。


「ター、ボクのことを呼ぶ時、『真理っぺ』なんていう田舎臭い呼び方をしないように、前にも注意したでしょ」


 語気を荒げることもなく、淡々と言っているのが、かえって怖い。でも、田畑君は何事もなかったかのように「ああ、そうだったね」と微笑んだ。


 なんだ? 田畑君に変化が見られる。ほぼ1年前に田畑君と出会った時は、彼も僕と同じようにドS君、いや真理さんに対した時は気弱な感じだったはずだ。それがどうした?? 


 今の田畑君は姿形が凛々しくなっただけではなく、精神的にも凛としていて余裕が感じられる。一年の間に彼に何があったんだ。


「あの日、そう君にシュークリームを届けた日、わが輩は思ったんだ。なぜ、君のことをドSだと知っていてもつき合えとる、わが輩って何なんだと」


 ドSという単語に反応したのか、真理さんの右の眉がピクッと動く。でも、そんなことは気にもとめないで田畑君が続ける。


「わが輩は自問自答した。君がドSなら、それにつき合えるわが輩はドMなのか? いや、それはなか。わが輩は断じてMではなか。では、なぜつき合える。その時、わが輩は唐突に気付いたとよ。わが輩は、真理っぺが好きだ! 」


 おお、突然の愛の告白。

 真理さんも動揺したのか、それまで半眼だった目が、大きく見開いた。


「あ、あんた。それ、本気で言ってるの? 」


 真理さんの声が、若干うろたえているのが分かる。

 田畑君は大きく2回肯いてから続ける。


「だから、君にふさわしか男になろうと思って努力した。先ず、君に対して対等にものが言えるようにすべきだと思った。そうでなかと、君が間違ったことを言った時、注意がでけん」

「あら、ボクは間違ったことなんか言いませんけど! 」

「さっき言いよったろうもん。シュン君に対して。カレーとハヤシを間違えたのは、あくまで君の責任ばい」

「仕方ないじゃない。メガネを外すと見えなくなるんだから」


 真理さんが、プーっと頬を膨らます。まるで、天使がラッパを吹いているときのようだ。すごく可愛い…。あ、いけない、いけない。危うく天使を装った**の罠に陥るところだった。


「それで、ター。ボクのさっきの質問。なぜわが輩と自分のことを呼ぶようになったか言いなさいよ」


 うまい話題のすり替えだ。

 田畑君ももちろん気付いているのだろうが、あえてそのことには触れずに真理さんの質問に答える。


「君も自分のことをボクと言っとる。わが輩も以前は僕と言っていた。まず、そこから変えようと思うた。で、色々と自分を表現する言葉を考えた。『拙者』では時代劇みたいだし、『自分は、』では、言葉の最後に『~であります!(敬礼)』と言わなければいけないみたいだし、『おいどん』では、鹿児島県人になってしまうし、『おいら』では、青洟が出た鼻を左の掌でこすっている感じだし、『それがし』も、やっぱり時代劇になりそうだし、『おら』では、『悟空だ』とすぐに続けてしまいそうだし、で、結局落ち着いたのが『わが輩』だったんよ」


 田畑君、なぜ、『俺』という単語が思い浮かばなかったのだろう。僕らの世代の男子が、一番使っている一人称なのに。


「あー、忘れてた。それがあったんだ」


 僕が発したニオイで、僕の考えたことが分かったのか、田畑君が小さく叫んだ。


「でも、今更遅いや。もうわが輩って1年近く使い続けて使い慣れているし」

「ター君、『俺』っていう単語、思いつかなかったんでしょう。あんた、肝心な時に簡単な事忘れてしまう癖があるから」


 田畑君が何も言わずに黙っていると、真理さんが、


「どうやら図星だったみたいね」


 と不敵な笑みを浮かべた。


 先ほどの突然の愛の告白の動揺から、もう立ち直ってるみたいだ。


「まあ、いいわ。でもねター君。ボクは完全主義者なんだ。だから、ボクの彼氏になる人も完璧じゃないとダメなのね。今のター君では、まだ欠点多すぎ。ボクの彼氏としては役不足。でもあきらめなくてもいいのよ。ター君がボクの彼氏としてふさわしい男になるまで、ボクのしもべとしてつき合ってあげる。シュン君も一緒に」


 わあ、そうだったんだ。真理さんが、僕と一緒にいるのは、僕をしもべにしたかったんだ。うん、納得。って、おい! 


 でも、怒る気にもなれなかった。だって、真理さん、そう言いながらすごく無邪気な笑顔を見せていたんだもの。もしかすると、真理さんも田畑君のことが好きなのかもしれない。照れくさくて、ああいう言い方をしたんだろう。きっとそうだ。


「しもべって、それはひどかろうもん」


 そう言いながら田畑君も笑っている。

 そして、その瞬間に気が付いたんだ。

 僕に、素敵な仲間ができはじめていることを。 




 聖技能学園の午後の授業は、能力を磨くための個人レッスンになる。ただし、僕と田畑君には、担当の先生がついていない。なぜなら、僕も田畑君の能力も、新しく認定された能力だからだ。田畑君の能力には、系の名称もついていないらしい。


 もう既にある系の能力なら、それぞれの能力の伸ばし方も確立されているが、新しくできた系には、それがない。したがって、各自で考えてのレッスンになる。つまり、自学だ。

 個人レッスンの時には、必要に応じて校外に出てのレッスンも許されている。

 シャーロック系の能力者は、街に出て様々な人や物を観察した方が刺激になるし、今のところ聖技能学園にも一人しかいないが、エスパー系テレパスの能力者も街中で行き交う人々の心を読む訓練をした方が実践力を養える。それに対して、ブラックジャック系やアインシュタイン系などの学術的な系の持ち主は、学校の中で専門書を読みあさっているし、ファイター(総合格闘技)系の能力者は、学校の中にある施設で自分を鍛えまくっている。


 あ、そうだ。格闘技の中には柔道も含まれるが、中学の時に僕のことを勝手に心の友呼ばわりしていた与田仁也は、中学を卒業したら地元の農業高校に入学した。地元って言っても、僕の村からはずいぶん離れているんだけど。

 仁也は高校に入ったら柔道部に入るんだと意気込んでいたが、僕は彼が気の毒で言えなかった。彼が入学する農業高校には、柔道部が無い事を。


 仁也はあきらめるのだろうか、それともまた一人柔道部を行うのであろうか。

 ――いずれにしても、かわいそうだ。

 

 で、かわいそうと言えばもう一人いる。何を隠そうこの僕だ。

 本当は、真理さんの提案で、個人レッスンの名目で、僕と真理さんと田畑君の三人で街に出るはずだったのだが、田畑君は入学手続きを未だ済ませていないらしく、「ちょっと無理みたいだ」と断られてしまった。

「仕方ないわね。じゃあシュン君、二人で行くわよ」と、真理さんは静かに言ったが、自分の思い通りにならなかったことに気を悪くしているのが、テレパスの能力をもたない僕にもよく分かった。すごく怖かった。


 僕は、真理さんに出会うまでは、ドS君としての真理さんのことを田畑君から聞いていたにすぎない。だから、実際には真理さんのドSぶりは目の当たりにしたことはないのだけれど、田畑君から聞く話だけで、直感的にそのドSの恐怖を感じとることができた。


 そして、実際に出会ってからは、直接的にそのドSの恐怖が時々伝わってくる。

 特に半眼になったときの真理さんだ。半眼の目から冷凍光線が出ているのではないかと思うほど、あの目で見られると寒気がして身体がブルっと震えてしまう。

 さっきの真理さんは、その目になりかけていた。

「手続き終わったら、すぐ行くけん」と、田畑君が言ったから、真理さんの機嫌が少し直ったみたいだけど、田畑君が用事をすませて追いつくまでは、僕と真理さんの二人きりだ。それにさっき、真理さんの僕に対しての『しもべ宣言』も出ている。だから、何となく不安を感じる。



 街に出る時には、僕たち聖技能学園の生徒は私服に着替える。自宅から通ってくる生徒は登下校時も私服だ。

 学園の中の約三分の一の生徒が、自宅から通っている生徒だ。と言っても、もともとの全校生徒の人数自体が少ないので、二十人くらいだ。あとの生徒は、完全個室の寮に住んでいる。僕もそうだ。

 寮費とかは全部タダなので何の心配もいらない。というか、聖技能学園で過ごす三年間は、全てがタダだ。さっきお昼を食べた学食も食券を買う必要はない。お金を入れなくても、食べたいもののボタンを押すだけでいい。でも、「~の食券を買う」という言い方が、慣れてるし使いやすいので、学園の生徒はみんなそう言っている。


 とにかく、聖技能学園の生徒は、全てにおいて優遇されている。もちろん、それにかかる費用は、国民の皆様の税金が使われている。

 だから、中には聖技能学園の生徒に対して反感をもっている人たちもいる。特に同世代の人たちにそんな人が多いらしい。


 そのような理由からか、僕たち聖技能学園の生徒が街に出る時には、私服に着替えることが義務付けされている。聖技能学園の薄紫色した制服を着て街に出ると、目立つし、トラブルに巻き込まれる可能性もあるからだ。

 実際に、過去においてそのような規則が無かった頃、聖技能学園の生徒がトラブルに巻き込まれた事件があったらしい。その生徒はエスパー系の能力者だったのだが、その事件以降、行方不明になって、今も見つかっていないということだ。この行方不明になった人は、男女の双子の弟の方で、姉の方はその事件後、聖技能学園を辞めてしまったのだそうだ。入学式の後にあった生徒会のオリエンテーションで、その話を聞いた。


 エスパー系の能力者でも、そんなことが起きるのだから、僕の能力なんかじゃ太刀打ちできないだろう。


 うう、極力目立たないようにしなければ。


 そんなことを考えながら、私服に着替えに行った真理さんを待っていたのだが…。


「うっ 」


 女子生徒用のロッカールームから出てきた真理さんを一目見て、思わず声をもらしてしまった。


「シュン君、今、うっ、とか言ったわね。どういうこと? 」


 驚いたのだ。真理さんの私服に。

 中学の時に美術部だった僕は、デザインの分野も極めてみようと、一応ファッションのことも勉強した。

 だから、知ってる。真理さんの私服は完全にゴスロリだ。


 黒を基調にした洋服に、フリルやレースが、「どう? 可愛いでしょう」って主張しているみたいに施されている。腰のところでフワッと広がったスカートも、なぜそんなに広がる必要があるんだと問いかけたくなるくらいに広がっている。目立つ事この上ない。特に、真理さんは外見上は天使みたいなのだから、オタク男子どもの目を引くに違いない。その上、真理さんは丸縁メガネをかけていて、一部オタクに何故か人気のめがね女子にもなっている。

 目立たないようにしなければと決意したことが、わずか2秒で崩れ去った。


「黙っていないで、うっ、の意味を言いなさい」


 真理さんの口調が厳しい。


「美しいなあ、真理さん、と言おうとしたんだよ」とか、キザなセリフが、さらっと言えればいいのかもしれないのだけども、あいにく僕にはそんな度胸もない。


「う、う、う」と言っているうちに、出てきた単語は「う~、マンボ」だった。マンボナンバー5か! 自分で自分がなさけない。


「ボクの私服を見て、驚いたんでしょう? 」


 僕は、思わずコクコクと肯いていた。


「まあ、いいわ。今回だけは許してあげる。中学の時の同級生も、私服のボクを街で見かけると同様の反応をしていたから。きっと、シュン君と同じで、ボクのファッションセンスに感動したのね」


 ――違うと思う。「思う」の最後にビックリマークを付けても良いくらいだ。


 真理さんは、須古井(すこい)大学附属中学校の出身だったはずだ。あの学校は学力も学費も高い、いわゆる超エリート校だ。その学校の生徒の中で、真理さんみたいな趣味の生徒は、異質だったのかもしれない。だから、初めて真理さんの私服姿を見た時に驚いたのだ。


 まあ、うっ、となったことを許してもらえそうだし、ファッションセンスに感動したわけではないのだが、ことを荒立てないように、「ありがとう」とだけ僕は言った。



 

 街に出ると、やっぱり真理さんが目立ってしまった。男ども、特にリュックを背負った、見るからにオタクですよーのオーラを発している男たちの視線が、真理さんに集中しているのが分かる。

 しかし、不思議なことに真理さんに声をかけてくる男は誰一人としていない。たまに近寄ってくる男はいるのだが、真理さんが一瞥すると、声もかけずにそそくさと退散していく。


 原始の頃に培われた危険動物(この場合、真理さんね。くれぐれも真理さんにはナイショ)を察知する野生の本能が、そうさせるのだろうか。決して、僕が真理さんの側にいるから声をかけづらい、ということではないと思う。それは自信をもって言える。


「シュン君、ついてきて」


 突然、真理さんが僕を振り返った。

 それまでも、僕は真理さんのしもべのように後ろについて歩いていたのだが、念を押すように言う意味は何なのだろう?

 とにかく、僕は真理さんの後ろについて歩いた。

 すると、真理さんは近くのコーヒーチェーン店に入っていく。


「ティータイムでもするの? 」


 僕が尋ねると、真理さんはキッと僕を振り返り、「黙ってついてくる! 」と低い声で言った。


 店内に入ると、真理さんがホットココアを二つ頼んだ。僕はアイスカフェオレみたいなのが良かったんだけど、こんな店での注文の仕方が分からなかったので真理さんに任せることにした。だって、コンビニもないような田舎育ちの僕が、注文に手間取って恥をかくのは目に見えているからだ。

 僕たちは、ホットココアを受け取ると、真理さんを先頭に二階席に上がった。

 通りが見渡せる窓側の席に座る。


「これから、おもしろいものが見られるわ」


 と、真理さんが外を指さす。


「何があるっていうの? 」


 外を見ても何も分からない。


「あの街路樹の所に佇んでいる男の人」


 真理さんが、指さす方向を見ると、確かに男の人がスマホを片手に佇んでいる。


「それから、あっち側の角に佇んでいる男の人」


 また真理さんの指さした方を見ると、そこにも男の人がスマホを片手に佇んでいる。


「男の人がいるのは分かったけど、それがどうしたの? 」


 僕の頭の上には、さっきからハテナマークが浮かんでいる。


「あの二人は、刑事さん」

「刑事さんて、知り合い? 」

「知り合いじゃないわ」

「知り合いじゃないなら、どうして刑事だということが分かるの? 」

「逆に尋ねたい。なぜ分からないの? 」


 真理さんが、僕の顔をのぞき込む。

 じっと同じ所に佇んで、スマホを手にしている二人の職業が、なぜ刑事だと分かる。分かる方が不思議なんだけど。


「すみません。分かりません」


 とりあえず謝っておいた方が良さそうだ。

 真理さんが、フーと大きくため息をついた。それから、ホットココアに手を伸ばし、それを一口飲んだ。

 僕もつられて、ホットココアを口にする。甘さ控えめで美味しい。


「ほら、刑事さんたちが動き出した」


 真理さんが言ったので、再び窓の外に目を移す。

 二階席からなので、男の人たち各々の動きがよく分かる。

 真理さんが刑事さんと言った男の人たちは、それぞれいた場所から、同じ地点を目指して歩いているようだ。そして、二人が歩いている方向を交錯させた場所に、一人の女の人が立っていた。


「ふーん、あの人が刑事さんが探していた人なんだ」


 真理さんがココアを飲みながら呟いた。


「あの人が犯人? 」

「犯人? つまり容疑者ってこと? そこまではボクには分からないわ」

「だって、真理さん、刑事さんが探してた人って、 」


 真理さんが、また、フーと大きくため息をついた。


「刑事さんが探している、イコール容疑者ってことは無いのね。まあ、何らかの事件の関係者ということは間違いないでしょうけど。これぐらいは知っておくべきよ。将来、正義の味方になるための聖技能学園の生徒ならね」


 そうか、そうなのか。僕が知らないことが多すぎる。

 真理さんが刑事さんだと言った二人の男の人たちは、女の人に近付くと、なにやら話しかけていた。窓越しで遠くから見ているので、もちろん彼らが何を話しているのかは聞き取れない。それに、女の人は、僕らから見て、ちょうど背中を向けているので、顔も見えない。

 三人はしばらく話をした後、揃って歩き出した。


 その時、女の人の横顔が見えた。

 その女の人の顔を、どこかで見たような気がした。


 どこで、見たんだろう? 


 しばらく考えて思い出した。


「あっ! 」


 思わず声を出してしまった。

 あの女の人は一年前、ブルーダイヤモンド詐欺事件を起こした黒崎の会社、『ジュエル黒崎』で、僕をトイレに案内してくれたお姉さんだ。


「シュン君、何かあった? 今、あっ、て言ったよね。ボクに教えてごらん」

「刑事さんと一緒にいた女の人、あの人、黒崎の会社で働いていた人だ」

「黒崎って、あのブルーダイヤモンド詐欺事件の? 」

「そう」


 僕が肯くと、真理さんがしばらく何か考え込んでいた。

 そして、


「もしかすると、ボクはあの事件でミステイクをしてしまっていたかもしれない」と呟いた。

 その時、僕の頭の上には大きなハテナマークが一つ増えていた。

 そんな僕に、この後巻き込まれる事になる大きな事件のことなど、分かるはずもなかった。

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