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中学三年生の新学期の出来事

スマホでも読みやすいように編集しました。

――明日から春休みだ。

よし、部活に燃えてやるぜ。それから、宿題は五日間で終わらせるぜ。

――去年の夏休みも、そして冬休みも無理だったけど。


 学校からの帰り道、薄暗くなった空に輝くお月さんを見上げて、僕は明日からの春休みの誓いを立てた。れんげの花一面の田んぼを通って吹いてくる風が心地よかった。

 と、思っていたのが三週間前。あっという間に春休みは終わり、新学期が始まってもう五日も経っている。

 

 春休みは部活に燃えてやると思っていたが、結局何もしないまま終わってしまった。宿題は春休みの最終日に何とか終わらせた。

 宿題と格闘している間、僕にもあの青い色をしたタヌキ…、いや違う、青い色をした猫型ロボットがいればなあ、と叶わぬ思いが何回も頭をよぎった。

 

 新入生が入学してきて、僕たちの宇布津中学の全校生徒数は十六人になった。三年生八名が卒業していって、新入生が八名入ってきたので、全校生徒数は昨年度と変化が無い。

 

 新入生が入ってきたので、美術部の人数も増えるかなと期待したのだが、新一年生は誰も入部してくれなかった。うう…。

 

 野人こと与田仁也がいる柔道部にも誰も入部する者がいなく、相変わらず仁也は受け身の練習を一人で続けている。

――ちょっぴり、かわいそうだ。


 鹿島先輩一人だけだった卓球部は先輩が卒業したので廃部になるかなと思っていたが、鹿島先輩と入れ違いに入学してきた鹿島先輩の弟が入部したので、廃部にはならなかった。

 聞いたところによると、鹿島先輩が弟に『卓球部の伝統を絶やすな』と厳命したんだそうだ。

 でも、ひたすら壁に向かってピンポン球を打ち続けるだけの卓球部に伝統なんてあるのだろうか? ――そんな伝統を受け継がなくてはならなかった弟。かわいそうだ。


 そんなことより、僕たちの中学校に大事件が起こっていた。

 こんな田舎の中学校に、東京から転入生がやってきたんだ。

 転入生が来ると僕たちの中学校は全校生徒数が十七人になる。ここ数年間、全校生徒数が十六名を超えたことがなかったので、これは画期的なことだ。


 いや、いや、いや。そんなことはどうでもいいことだ。問題なのは、その転入生がとんでもなく美少女だということだ。

 運悪く、その転入生は二年生なので教室は違ったが、またたく間に美少女の転入生が来たというニュースが男子生徒の間を駆け回り、僕も仁也の誘いに乗って二年の教室をのぞきに行った。


 彼女を見た瞬間、僕の頭の中で画家のマチスが描いた『ダンス』のように、輪になった人たちが踊り始めた。これが、心が躍るというのか。一目惚れというのはこういうことを言うのだろうか? 

 でも、その感情をもったのは僕だけではなかったらしく、「でへへへへ」という薄気味悪い笑い声がした方を向くと、仁也が鼻の下を伸ばして転入生の美少女に見とれていた。

 

 仁也が鼻の下を伸ばした顔は、ますますゴリラの顔に近くなって、僕は昔レンタルDVDで見たことのある、『キングコング』という映画のことを思い出した。勿論、映画はリメイク版の方だよ。

 

 確かあのでかい猿も美人に恋をして、そしてでかい猿は最後には死んでしまうという悲しい結末の映画だった。

 

 仁也、おまえはあの美少女に恋をしたらダメなんだ。悲惨な結末を迎えることになるぞ。

 僕は「でへへへ」と笑い続けているしまりのない仁也の顔を見て同情した。


 美少女転入生の名前は、本橋花菜といった。

 仁也のくれた情報によると、彼女の父親は東京で宝石商をしているそうだ。あのブルーダイヤモンド盗難事件のあった宝石店の経営者らしい。

 

 それが、窃盗犯が隠していたブルーダイヤモンドが偽物だったことから、父親が詐欺を働いていたのではないかと疑われることになった。

 なぜなら、父親は宝石に掛けられていた盗難保険金を受け取っていたし、卸売業者からブルーダイヤモンドを購入したときに鑑定を行ったのは、彼自身だったのだから。

 

 卸売業者も、その卸売業者に売却のためにブルーダイヤモンドを持ち込んだ成城に住む老夫婦も、確かに鑑定が行われたときには本物のブルーダイヤモンドであったと証言していた。

 

 ブルーダイヤモンドの盗難事件があったときには、その鮮やかすぎる手口から能力者が関わっているのではないかと話題になり、あの間抜けな二人組(大先輩の二人を間抜けな二人組と言ったのは仁也だ。その間抜けな二人組にやすやすと縛られた自分は大間抜けだと言うことには気が付かないらしい。さすがに仁也は野人だ)が捕まった後の顛末は、週刊誌でも取り上げられて世間を賑わせた。

 

 何しろ政府公認の正義の味方が増えたことで、今の日本には凶悪な事件があまり起こっていなかったから、小さな事件でも話題になった。

 

 詐欺を働いていたのではないかという疑惑をもたれてしまって信用を失ったことは、宝石店にとっては痛手だった。宝石を買う一般の客にとっては、店側の鑑定を信じるしかないのだから。

 

 宝石店の経営は、客足も減って、このままでは店をたたむことになりかねない状況にまで追い込まれてしまっているらしい。

 ということを、仁也が教えてくれた。

 

 仁也はあの夏の一件以来、僕に感謝し、僕のことを本当に心の友と思っているらしく、僕には優しい。

 僕の知らない情報を仁也がなぜ知っているのかは分からなかったが、おそらく二年生を脅して、本橋さん本人に聞き出させたのだろう。

 

 彼女にとってつらいだろう話をしなければならなかったことに僕は同情するが、一方で何かわくわくすることが起きるのではないかという期待感もあった。

 もしかするとそのことがきっかけで本橋さんと親しくなれるのではないかというよこしまな気持ちもあった。


「ふっ、ふっ、ふっ、おぬしも悪よのう」 

 

 僕の頭の中で悪代官がニンマリと笑った。


 その仁也のくれた情報の中で、一つだけ分からない点があった。

 

 なぜ、本橋さんと彼女の母親だけが、この宇布津市字宇布津村に越してきたのかだ。

 

 もしかすると、彼女たちはブルーダイヤモンドのことを調べに来たのだろうか? 何しろこの宇布津第三中学校が、ブルーダイヤモンド窃盗犯が捕まった現場なのだから。そして、この宇布津村のどこかに本物のブルーダイヤモンドが隠されたまま、まだあると思っているのだろうか?

 

 あの二人組の宝石泥棒が捕まった後、彼らの供述通りに警察があの教室の地面を掘ると、いとも簡単に、巾着袋に入れられたブルーダイヤモンドが見つかった。簡単に見つかるように僕が埋めておいたのだから、見つかって当然なのだけど。

 

 あ、ちなみにブルーダイヤモンドは、それまで、美術準備室に置いてあるミロのビーナスの石膏像が首から下げていた。偽物だけど、宝石は美の女神に似合うと思って僕がかけておいたんだ。

 

 見つかったブルーダイヤモンドが偽物だったので、あの二人組は嘘をついていて、本物のブルーダイヤモンドが何処かに隠されているのではないかと警察は疑ったらしいが、国家公認異能力者の立ち会いのもと取り調べを行い、彼らは嘘をついていないと断定された。

 つまり、彼らが本物のブルーダイヤモンドを偽物とすり替えたりしたのではなく、彼らが盗んだときから偽物だったというわけだ。

 

 盗難事件当時に、鮮やかな手口と思われていたのは実に簡単な方法だった。

 彼らは店長である本橋聡史氏が出かけていない時を見計らって、本橋氏に変装した二人組の一人が店に入る。

 次いでもう一人の男が客になって訪れ宝石を見せてくれと言う。

 そして金庫から従業員にブルーダイヤモンドを持ってこさせて、堂々と盗んでしまう。

 従業員は、本橋氏本人がブルーダイヤモンドを入れてある宝石箱を取り扱っているので、その宝石箱の中にブルーダイヤモンドが入っているかどうかを確認しないまま金庫に戻してしまう。

 そして、金庫に眠っていたはずのブルーダイヤモンドがいつのまにか忽然と消えてしまうというトリッキーな事件が起こったのだ。

 

 二人組の男たちは、ハリウッド仕込みの大変素晴らしいメイクアップ技術をもっていたことになる。何しろ従業員誰一人として、自分の目の前にいる本橋氏が偽物だと見抜けなかったのだから。

 

 ともかく、彼らが盗んだときからブルーダイヤモンドは偽物だった。

 ということは、それ以前から偽物が金庫の中にあったことになる。そして、すり替えることが可能だったのは、本橋氏と一部の従業員に限られる。

 でも、犯人の二人組が盗んだのは偽物だったとなると、悪者は本橋氏になってしまう。

 

 そんなわけで、母娘は一縷の望みをもって、ここに来たのではないだろうか? ここに本物のブルーダイヤモンドがまだあると信じて。

 だったら、彼女たちは無駄足を踏んでいることになる。確かにあのブルーダイヤモンドは偽物だったのだから。

 

 ただし、僕がいくら説明しても彼女たちは納得しないだろう。となると、方法は一つしかない。本物のブルーダイヤモンドを探しだし、彼女たちに渡してあげることだ。

 

 幸いなことに、僕は五月の連休の間、東京に絵の勉強に行くことになっていた。そういった関係の高校に進学するためにだ。僕の唯一の才能は、絵を描く才能だ。それを活かすためには、芸術関係の学科がある高校に進学することがベストだと思ったんだ。

 そして、今年のゴールデンウィークは連続九日間の休みがある。一昔前は、途中に休みじゃない日があったらしいが、国会議員の誰かが、それじゃゴールデンウィークとは言えない、一週間がウィークだとか言い出して、それが国民の支持を得て必ず一週間は連続した休みになった。今年は土日がうまく重なったので連続九日間の休みだ。

 その期間を利用して本物のブルーダイヤモンドを探し出す。そして、見事探し出すことができたら、僕は本橋花菜さんとムフフな間柄に。

 

 いかん、よだれが出た。(あっ、違う違う! 決してエッチなことを考えたわけではないからね! )


 東京の街は広い。広すぎる。そして暑い。

 舗装された道がどこまでも続いているのを見るとうんざりする。そしてそこを歩いている人が多すぎる。車の数も桁違いだ。僕の村とは大違いだ。

 吹いてくる風も、ちっとも気持ちよくない。

 

 僕がこっちにいる間お世話になる、遠い親戚の家をやっと探し出せたときには、到着予定時間を一時間も過ぎていた。

 と言っても、予定時間を過ぎた理由は道に迷ったからでなく、本橋宝石店の場所を確認してきたからなのだが。

 親戚のおじさんには、昼だけでなく夜も勉強があるから遅くなりますと言っておいた。

 本当は、絵を教えてくれる絵画塾があってるのは昼間だけなのだが、その後の行動を考えると、そう言っておいた方が得策だと思ったからだ。

 

 僕がブルーダイヤモンドを探し出そうと思ったのは、決して本橋さんに気に入られるためだけではない。お宝を手に入れる(今回の場合はブルーダイヤモンドなのだが)、そう考えたときに、とてつもないワクワク感を感じたからだ。

 そして必ず見つけ出せるという確信があった。その確信がどこから来るのかは、その時は分からなかったんだけどね。




「すごくうまかね」


 絵画塾で僕に声をかけてきたのは、僕と同じ中学生らしい男の子だった。

 

 絵画塾では、僕の中学の美術室より二倍くらい広い教室で、僕も含めて二〇人くらいの中学生が石膏デッサンに取り組んでいた。

 僕の背後から、僕の描いている絵をのぞき込んでいる人がいるなとは感づいていたけど、その人が話しかけてくるとは思ってもみなかった。

 

 僕に話しかけてきた彼は、中学生にしてはすごく長すぎる手入れの悪いボサボサの髪をしていて、文学青年というような感じだった。ちょっと面長な顔だちだが目鼻立ちがはっきりしていて、髪の毛を何とかすればイケメンで通るのではないかと思われた。

 

 だが、髪の毛だけならともかく、着ている服もダサかった。

 上はヨレヨレの色褪せたTシャツで、下はダメージジーンズと言うよりもダメージだらけの痛いジーンズを穿いている。


「あ、僕の名前は、田畑耕治。中学三年。僕もきみと同じように田舎から絵の勉強に来たとよ、僕は九州の田舎から。僕の家は農家をやっとる。僕は農業を継ぐことにしてるんやけど、晴耕雨読って言葉があるやろ。僕は晴耕雨絵ということをやりたかと思ったんだ。これからよろしく、柊瞬君」

 

 彼は、とても親しげに僕に話しかけてきた。

 それにしても『名は体を表す』と言う言葉があるらしいが、彼の場合は名が家業を表していた。


 ん? 


 僕はあることに気が付いた。なぜ、彼は僕の名前と僕が田舎からやってきていることを知ってるんだ?


「なぜ、キミは僕の名前と僕が田舎からやってきていることを知ってるんだい? 」


 率直に訊いてみた。


「名前が分かったんは、きみが持ってきとったバッグに名前が書いてあったから。田舎から来たと分かったんは、うーん、何となく、強いて言えば匂いかな」

「匂い? 」

「僕にも分からんとやけど、」


 彼が首を傾げて続ける。「その人が出している匂いで、色んなことが分かるとよ」

 

 僕は慌てて、自分の身体のあちこちをクンクン鼻を鳴らしながら嗅いでみる。

 田舎のニオイでは思い当たる事がある。僕の家の近所で飼育されている牛たちの糞尿のニオイだ。

 もしかして、あのニオイが服やなんかに染みついているのだろうか? だから洗濯物を外に干すのは嫌なんだ。帰ったら、母さんに言っておこう。


「僕、臭ってる? 」


 そう訊いた僕の表情は曇っていたに違いない。

 田畑君は、笑顔で右手をブンブン横に振って言った。


「いや、違うよ。そんなニオイのことを言っとるんじゃないんだ。普通のニオイではなくて、特別なニオイ。ほら、動物はフェロモンとかいう匂いを出すとか聞いたことがあるやろ? あのフェロモンという匂いは異性を引きつくっために出とるみたいやけど、僕たち人間にはその匂いを感じとれんらしかとよ」

「田畑君は、その匂いを感じ取れることができるってこと? 」


 彼は静かに笑って手を横に振った。


「僕にもフェロモンの匂いは感じることはでけんよ。フェロモンのことを例に出したとは、そのようなニオイもあるということ。フェロモンは、ここに異性に出会いたかと思っているものがおるよ、という情報を他のものに伝えとると。僕が匂いで分かると言うたとは、そのような情報を出しとるニオイを感じることができるんだ」


 僕は田畑君を尊敬のまなざしで見つめる。


「そんなことが出来るなんて、キミって能力者? 」


 彼が慌てたように手を振る。


「違う、違う。絶対にそげんもんじゃない。だって、そんな能力って聞いたことがなかろう?」


 確かにそうだ。

 色々な異能力の系があるけど、ニオイで情報が分かるという異能力は聞いたことがない。でも、もしそういう能力があるのなら、新しい系の異能力として認められるのではないかと思う。

 ただ、その読み取れる情報がどの程度のものかによるけど。


 僕は、興味津々で田畑君に尋ねた。


「他に僕に関することで分かることある? 」

「宇布津第三中学校の三年生」

「すごい! そんなことも分かるんだ! 」

 

 僕が驚いて手をパンパン叩くと、田畑君は冷めた表情で言った。


「バッグに書いとった」


 そうだった。確かに名前と一緒に書いていた。


「他には? 」

「絵がうまか」

「さっき褒められた。きみから」

「東京に来たんは、ここで絵の勉強をするため、」


 ちょっとがっかりしかけた時、田畑君が続けた。


「…だけではなく、もう一つの目的がある。何かを探すため」


 僕は、驚いて彼を見つめた。


「きみが探し出したか物は、おそらく宝石」


 すごい! 田畑君は能力者だ。

 異能力の系の名前をつけるとしたら、ブラッドハウンド系と命名しよう。

 ちなみに、ブラッドハウンドっていうのは、人間の一億倍の嗅覚をもっているという犬の中でも、一番嗅覚が優れている犬の種類だ。

 

 なぜ、僕がそんなことを知ってるかって? 


 ん? なぜだろう? 今、頭の中に自然と浮かんだ。本か何かで知ったのかな? 

 まあ、どうでもいいことだ。


「田畑君、キミってやっぱり能力者だよ。ブラッドハウンド系の」


 感激した僕は田畑君の両手をとって、ブンブンと上下に振った。


「ブラッドハウンド系? 初めて聞く名前だ」


 田畑君が訝しげに頭をひねる。


「僕が、ついさっき名前を付けた」

「ふーん。で、僕が言ったこと当たっとっと? 」


 何気に田畑君が訊いてきたので、つい答えてしまった。


「うん、当たっている」


 答えてしまってから、僕はしまったと思った。慌てて両手で口をふさいだ。


「きみって、言動が素直すぎる。ニオイから情報を得なくても分かることが多か。で、その宝石を探すことって、何か、ヤバイことなのかい? 」


 僕は、その時思いついた。田畑君の能力で手伝ってもらったら、宝石も見つけやすいかもしれない。


「田畑君、キミに頼みたいことがあるんだ」

「うん、分かった。手伝うよ」


 僕が頼みたいことを言う前に、田畑君が首を縦に振った。そして、続けた。


「僕もきみと同じで、何かワクワクすることがしたかとよ」




 その日の夕刻、僕と田畑君は本橋宝石店の前に立っていた。

 

 田畑君には、ここに着くまでに、ブルーダイヤモンドに関する一連の出来事を彼に話した。

 ブルーダイヤモンドの事件については、彼は覚えていなかった。無理もない。僕はあの二人組と関わった当事者だから覚えていたが、事件当時話題になったとはいえ、中学生の頭にいつまでも記憶されているようなものではない。

 しかし、田畑君がその事件を覚えていようがいまいが、そんなことは僕たちがこれからやろうとしている事にとって取るに足らない事だ。


「で、これからどげんするの? 」


 田畑君が訊いてきた。


「考えてなかった」


 僕は田畑君の問いに素直に答えてから続けて言った。「とにかく、店の中に入ってみよう」

 

 店の方に歩きかけた僕の袖を後ろから田畑君が掴んだ。僕が振り向くと田畑君が首を横にゆっくりと二回振った。


「僕たちは中学生だ」

「そうだよ」


 今更、田畑君に言われなくても分かっていることだ。小学生でもなければ、高校生でもない。もちろん大人でもない。百歩譲っても(いや譲らなくても)、女子中学生でもない。


 田畑君が大きくため息をつく。


「中学生が宝石店に入る理由は? 」


 なるほど、もっともな事だった。

 中学生が入るには似つかわしくない場だ、宝石店は。

 まだ僕たちが女子中学生なら、あり得るのかもしれないが。


 ん! いいことを思いついた。


 鼻息をならしながら得意満面で田畑君にそれを伝える。


「だめだよ、母の日のプレゼントに宝石なんて」


 僕が思いついた素晴らしい計画は、即座に田畑君に否定された。


「中学生が母親に宝石をプレゼントするなんてシチュエーション、有り得んやろ」

「何で? 中学生が母の日のプレゼントに宝石をあげても不自然じゃないだろ? 」

「充分に不自然かよ。柊君、君は今いくら持っとる? 」


 僕は自分の財布の中身を思い出す。


「うーんと、六千七百二十七円」


 僕の全財産だ。

 東京に出てくる前に、ブタさんに犠牲になってもらって(つまり、ブタの貯金箱をパコーンと割って)、中に貯まってた小銭をかき集めた合計だ。もちろん、そのままでは荷物になるので、JAで換金してもらった。


「こんな宝石店で、一万円以下で宝石が買えると思う? 」

「買えないと思う」


 僕は、本橋宝石店の店構えをよくよく見てから言った。


「でしょう? 店の人も、僕たちがお金を持っているとは思ってくれんだろうし」


 田畑君を見る。なるほどと思う。

 僕はともかく、田畑君の着ている色褪せたTシャツと痛いダメージジーンズ姿は、僕たちを金持ちのお坊ちゃんと思わせることを不可能にしている。


「ところで、柊君が店に入りたか理由は何んね? 」

「店長の本橋さんに、尋ねたい事があるんだ」

「なんだ、そげんことか。それなら」


 田畑君は、おもむろにジーンズのポケットからスマホを取り出し、番号を押し始めた。


「何してるの? 」

「電話。本橋宝石店に」


 店のすぐ前の道から電話をしているので、店の中で電話の呼び出し音が聞こえた。田畑君は本当に本橋宝石店に電話をかけたらしい。


でも、電話をしてどうするんだろう? 


「あ、もしもし。本橋宝石店さんですか? 」

「すいません。僕、西山中学校の畑田といいます」


 畑田? 田畑君、嘘をついてる。


「僕たちの学校で職場体験学習があるんですけど、」

「あ、はい。断られるとは覚悟していたんですが、僕たちが本橋宝石店さんに職場体験学習のことを依頼したということを証明していただくために、アンケートに記入していただきたいんです」


 すごい、田畑君。九州弁を使わずに話している。


「あ、はい。お忙しいのは分かりますが、記入していただかないと、僕たちが職場体験学習の職場探しを、ちゃんとやっていなかったと先生に疑われるんです」

「あ、はい。記入していただくのに、そんなにお時間は取らせません」

「あ、はい。ありがとうございます。そうですね、今から二十分後にはそちらに行くことができると思います」

「失礼します」


 田畑君は、電話を切ると僕の方を見た。


「という訳だ」


 という訳の意味が分からない。


 僕がハテナ? という表情をしているのを見て、田畑君が「はあ」と大きくため息をつく。


「電話している内容で分からんかったかなあ。つまり、僕たちは西山中学校の生徒で、職場体験学習をやらせてくれる職場を探しとるんよ」

「職場体験学習は二年生の時やったけど。JAで」

「奇遇だなあ、僕もJAだった。ちがう! そげんじゃなくて、僕たちが職場体験学習をやらせてくれる職場を探しているっていうのは、そういう設定」

「設定? 」

「つまり、嘘。本橋宝石店に堂々と入って、本橋店長に話をするためのね」

「あ、そうか」


 僕は右手をグーの形にして左の掌をポンと叩いた。納得した事を相手に知らせるベタな仕草だ。


「あ、でも、アンケートに記入してもらうって言ってたじゃない。そのアンケートはどうするの? 」

「大丈夫。今から作る」


 そう言って、田畑君は自分のバッグからタブレットと黒い箱形の何かを取り出した。

 タブレットの画面上を田畑君の指が優雅に動き回る。僕は画面をのぞき込んだ。

 画面上では、いかにも職場体験学習の依頼アンケートのようなものが出来上がっていく。


「西山中って本当にあるの? 」

「さっき、ここに来る途中にあったやろ、中学校が」


 確かに思い返してみると、来る途中に中学校のような所の横を通ってきた。


「校長先生の名前は適当に書いたの? 」

「さっき書きながらネットで調べた。本当の西山中学校の校長先生の名前だ」

「えー。それじゃ後から迷惑がかかったりしないかな。嘘がばれて」


 田畑君がタブレットと黒い箱形をUSBケーブルでつないだ。

「嘘がばれるようなことはなかと思う。もし万が一、嘘がばれたとしても校長先生は中学生を守るとが仕事だ。例え違う学校の生徒だとしても」

 

 変な理屈だが一理あると思う。

 ターターという音をさせながら、黒い箱からプリントが出てくる。どうやら黒い箱は小型のプリンターらしい。


「それとね。本橋店長に尋ねたかことを直接的に訊かんでも、例えばブルーダイヤモンドのことだったら、青とか一番輝いとるとか、そういうキーワードになるようなことば言って、相手がブルーダイヤモンドのことを少しでも思い浮かべたら、相手が考えたことがニオイで分かるから」


「田畑君、キミってすごい」


 僕は出来上がりつつあるニセのアンケート用紙を見ながら言った。


 本橋店長は優しそうなおじさんだった。目鼻立ちはどことなく本橋花菜さんに似ていた。


『おとうさん、よろしく』と心の中で挨拶した。隣にいた田畑君がククッと笑った。


 しまった! 今の瞬間、変なニオイを出して僕の花菜さんへの思いを田畑君に気付かれたのかもしれない。うう、あなどれないぞ、田畑君。


「ここの所に記入すればいいんだね」


 本橋さんの声はテノール歌手のような心地よい響きがする。


「はい、お願いします」


 本橋さんがアンケートに記入していく。


「色々な宝石があるんですね。あ、あの青色の宝石、綺麗だ」


 田畑君が言いながら僕に目配せする。


「そ、そうだね。すごく輝いてる」

 田畑君がゆっくりかぶりを振る。まだ、本橋さんの頭の中に、ブルーダイヤモンドのことは浮かんでいないらしい。


「でも、輝くっていったらダイヤモンドだよね」

 

 直接的なキーワードを言ってみた。田畑君が大きく肯いた。本橋さんがブルーダイヤモンドのことを思い浮かべたらしい。


「でも、ジュン君がこの前夜店で買ったのは、ガラス玉だよ。ダイヤモンドじゃない」


 田畑君が絶妙な合いの手を入れる。偽物ということを連想させるうまいキーワードだ。

 でも、僕のことをジュンだなんて。僕の名前のシュンにテンテンを付けただけの安易な偽名だ。田畑を畑田としたり、田畑君は偽名をつくることに関しては凡才だ。


「これでいいかな? 」


 ニセのアンケート用紙に記入が終わった本橋さんが、プリントを僕たちに渡した。


「はい、結構です。ありがとうございました」

 

僕たちは、大きな声で礼を言って頭を深々と下げると店の外に出た。




 五分後、僕たちは近くの公園のベンチに腰掛け、田畑君がニオイで分かったことを僕に教えてくれた。

 先ず一つ目は、本橋店長も盗まれるまで、いや盗まれてからも自分の店にあったブルーダイヤモンドは本物だったと思っていること。だから、母と娘が宇布津村にブルーダイヤモンドを探しに行くことを承諾したのだ。

 第二に、ブルーダイヤモンドの売買の仲介をしたのが、黒崎武夫という宝石商。

 いや、まて。ニオイで名前まで分かっちゃうのか。田畑君の能力ってスゴすぎ。これでは、僕がさっき思ったことなんて丸わかりじゃん。うう、恥ずかしい。


「大丈夫、きみが本橋花菜さんのことをどげん思っとったって、別に誰にも喋らんから」


 やっぱり田畑君は気付いていた。それも本橋さんの名前まで。うう、赤面状態だ。


「それはそうと、どげん思う? 」


 田畑君が訊いてくる。


「どう思うって? 」

「ブルーダイヤモンドがいつ偽物とすり替わったとか」

「本橋さんは、ずっと自分の店にあったブルーダイヤモンドが本物だと思っていたんだろ。だから、本橋さんが本物を偽物とすり替えるわけはないし、ブルーダイヤモンドを盗んだ二人組は、自分たちが盗んだ物を本物だと思っていたし」

「そう。柊君、今、きみが思ったとおりだよ。僕もそげん思う」

「つまり、一番怪しいのは」

「黒崎武夫! 」


 二人同時に言った言葉がシンクロした。


「黒崎武夫のことについて調べてみるね」

 

 田畑君がタブレットを取り出し、「さすが東京」と嬉々として呟きながらスイスイと指を動かす。

 彼が喜んでいる理由は、おそらく僕の村と同じく彼の田舎でもワイファイの環境は整っていなくて、タブレットを快適に使えている今の状況が楽しいのだろう。ちなみに僕も一応スマホを持っているが、僕の田舎では、場所によっては圏外になる場所もある始末だ。


「見つけた」


 田畑君がタブレットを扱いだしてから約四十秒、彼がネット上にあがった宝石卸売業の黒崎武夫を見つけ出した。

 残念ながら、黒崎武夫は一般人なので、彼の顔写真など貼ってない。

 もし写真が貼ってあったら、おそらく悪代官みたいな悪そうな顔つきだろう、うん、きっとそうに違いないと勝手に思った。

 黒崎武夫の会社『ジュエル黒崎』は世田谷区にあった。今いる場所からはずいぶんと離れている。今から行ったのではかなり遅くなってしまう。それに、これから先の計画も立ててない。

 そのことを僕が言うと、田畑君は大きく肯いた。


「そのとおり。無計画では失敗してしまうやろうね。で、柊君は、これからどげんしたらいいと思う? 」

「うーん」


 僕は腕を組んで考えてみる。でも、腕を組んだからといって妙案が浮かぶとは限らない。


「何か、よかアイデア浮かんだ? 」


 田畑君が訊いてくる。僕は黙って首を横に振った。


「田畑君は? 」

「僕も浮かばん。でも僕の知り合いに、こげんことに関してスゴか才能を持っているヤツがいるんだ。須古井大学附属中学校に通っているヤツなんだけどね」

「須古井大学附属中って、毎年能力検定試験に合格者を何人も出している名門中学だよね。その人も能力者なのかい? 」

「そう。本人は謙遜して自分は能力者じゃないとか言っとるけど、僕が思うにヤツはシャーロック系の能力者だと思う」

「シャーロック系っていったら頭脳明晰な天才じゃないか。田畑君てすごい知り合いがいるんだね」


 僕は言った後、「田畑君の能力もすごいけど」と付け加えた。


「僕に気を遣うことはなかよ。それより、そいつに相談しても構わんかな? 」

「うん、もちろん」


 僕はブンブンと首を縦に振った。


「そんな人が立てた計画なら失敗することもないだろうし」

「でも、一つだけ心配なことがあるんだ」

「心配なこと? 」

「ヤツは手段を選ばん。無理なこつでも要求してくる」

「具体的にどういうこと? 」

「危険なこつでも手段として必要なら、平気でやらせようとする。つまり、」


 田畑君はそこで一呼吸置いて言った。「ヤツはドSだ」


「げっ」


 僕は思わずうなった。仁也と同じ類いか。

 でも、仁也の場合が直接的な、つまり相手の身体に攻撃を加えるSなのに対して、おそらく田畑君の知り合いは、間接的な、つまり精神的苦痛を与えるSに違いないと思う。どっちがいいのだろう。ちょっぴり不安だ。


「じゃあ、今日は終わりにしようか。明日、ヤツに相談した結果ばもってくる」

「うん、わかった」


 僕たちは、一緒に駅まで歩いて、そこで分かれた。 




 翌日、絵画塾で田畑君と再び会った。でも、午前中は話をすることもなく、二人とも絵の勉強に励んだ。一応絵画塾の方も東京に出てきた目的の一つなのでまじめに取り組む。

 僕の後ろを通る時、絵画塾の講師の先生が僕の絵を見て「ほう」という声を出した。「ほう」というのは、僕の絵を見て感嘆の声を出したのか。それなら、もしかすると僕の絵の才能は井の中の蛙ではないのかな? などとにんまりしながら、絵を描き続けた。


「講師の先生、柊君の絵を見てすごく感心しとったよ。先生のニオイがそげん言ってた」


 昼休みになって弁当を食べながら、田畑君が教えてくれた。


「そ、そう? 」

「嬉しかとやろ? 」

「いやあ、それほどでも」

「ちゃんと分かるばい」

「あ、ニオってる? 」クンクンと自分を嗅いでみる。


 田畑君は首を横に振る。


「ニオイでなくても、きみの様子で分かる。興奮して鼻の穴が広がっとる」

「げげ」


 僕は慌てて両手で口元を隠した。


「そげんことより、例のドSのヤツが立てた計画書を持ってきた」


 田畑君がバッグの中から大学ノートを取り出して、僕に渡してきた。


 僕はそれを受け取るとページをめくった。

 一ページ目に『準備すること』と書いてあった。そして項目をあげて色々書いてあった。几帳面な書き方だと思った。だけど、お世辞にも読みやすいとは言えない文字だ。


【 ① 下調べ1(防犯カメラがどこに設置されているか確認すること)

   会社の中に入る方法・・会社のトイレを貸してもらうという口実で中に入る。お腹が痛くてヤバイ状態を演出すること。

 恥ずかしがらずに「も、漏れそう」と大きな声で言おう。

 作戦名『ゲリピーなのでトイレを貸してください。う、漏れる』作戦】


 もっといいネーミングなかったのか…。

 要するに、ゲリピー状態を演技するってことだな。それって充分に恥ずかしいぞ。僕はそんな演技したくないぞ。田畑君やってくれないかなあ。


 そんなことを考えながら田畑君を見たら、田畑君がブンブンと首を横に振った。

 やっぱり僕がやるしかないか。だよね。もともと僕の仕事だし。


 次を見る。

【 ② 下調べ2(防犯センサーの有無を確かめること)

   もし防犯センサーがあった場合は、現代の会社の大多数は指紋認証かカードキーなので、社員の誰でもいいから指紋を採取しておくこと。指紋の採取の方法は、中身の入っていないステンレス製の水筒を落として、それを拾ってもらう。それを拾った場合には指紋だけでなく掌紋まで採取できるので万全だ。ただし、君たちが水筒を扱うときには、余計な指紋を付けないように水筒のフタの部分のみを触ること。防犯センサーを解除するための装置、すなわち指紋認証解除装置はボクが作ってあげよう。感謝したまえ。カードキーの場合は天才ハッカーのこのボクが特別にそこに出向いて鍵を解除してあげよう。ただし、その時は⑤だけではなく高額の出張費が発生するのでよろしく】


【 ③ 防犯カメラに写る場所のダミー作成。

   防犯カメラに写り込んでいる場所を想定して、その場所の誰もいないバージョンのダミーを作ること。侵入したときに誰も映っていないと思わせるため。もしかすると、用心深い相手なら、遠隔地から室内の様子を常時見ているかもしれない。人を騙すやつほど、他人を信じないものだ。ダミー風景の作成については、ボクはそこまで面倒見ないのであしからず。】


【 ④ 金庫の鍵を開けることができる特技を持っている仲間をさがすこと。

   ※これが一番やっかいだ。そんな仲間がすぐに見つかるとは思えないし、ボクもそんな特技をもっている友だちはいない。まあ、頑張って探してくれたまえ。】


【 ⑤ ボクへの謝礼。

   貴重な時間を割いて協力してあげているのだから、当然のことだと思う。ちなみにボクはシュークリームが好きだ。どこのケーキ屋のものでもいい。】


 ずいぶん上から目線で書いてある。田畑君の言うとおりドSの片鱗を感じさせる。

 ⑤の謝礼についての記述は何だかなあと思ったが、現金を要求しているのではなくてシュークリームを欲しがっているのは、子どもらしくて、どことなく可愛げがある。


 僕は次のページをめくった。

 次のページには『ミッション』と書いてあった。


【 ① 防犯センサーがある場合は、防犯センサーを解除する。

   ボクが作る指紋認証解除装置が役に立つだろう。】

【 ② ドアの鍵を開ける。】

【 ③ 中に入る。】


 田畑君の友だちは僕たちのことをバカにしているのか。③は書いてなくても分かる。鍵を開けたのに中に入らないのでは、開錠した意味がない。


【 ④ 素早く、迅速に、手際よく、電光石火で防犯カメラにダミーを被せること。】

 大変な作業をしなければならないことがよく分かる書き方だ。うう、不可能かもしれないという一抹の不安に襲われた。


【 ⑤ 金庫を開ける。】


【 ⑥ ブルーダイヤモンドを取る。もし、ブルーダイヤモンドが無かったら、他の偽物の宝石を取る】


【 ⑦ 金庫をしめる。】


【 ⑧ ダミーを取りながら外に出る。】


【 ⑨ ドアを閉める。】


【 ⑩ 鍵をかける。】


【 ⑪ 防犯センサーを作動させる。】


【 ⑫ 次のページに挟んである『予告状』を帰るときにポストに投函する。その際、予告状の日付に、忍び込んだ翌日の日付を入れること】


【 ※ なおこのミッションは限りなくインポッシブルに近い。名付けるならば『ミッションインポッシブル』だ。君たちの健闘を祈る。】


 トム・クルーズかっ! 


 やっぱり田畑君の友だちは僕たちのことをバカにしている。

 次のページを開けると、そこに一枚のはがき大の青いカードがあった。

 表面には、黒崎武夫の会社の住所と会社名が印字されていた。郵便切手も貼ってある。そんな準備までしてくれているとは、田畑君の友だちは意外といい人かもしれない。


 裏面を見る。予告状という赤い文字が目に付いた。その下に『5月 日午後六時に、本物のブルーダイヤモンドを頂きにあがります。真実を知る者。怪盗、叶夢巡航(とむじゅんこう)』と書いてあった。


 何のためにこの予告状を投函するのだろう。それに、予告状に書いてある『叶夢巡航(とむじゅんこう)』って何だ?


「田畑君、この叶夢巡航ってどういう意味か分かる? 」

「叶夢は、そんまま読んでトム、巡航は英語に訳すとクルーズ、つまりトム・クルーズ。あいつ『ミッションインポッシブル』っていうスパイ映画のファンなんだ」

「やっぱり! 何となく気付いてた」

「まあ、スパイ映画のファンだけあって、要点はがっちり押さえとっと思うよ。ただ、金庫の中に本物のブルーダイヤモンドがある確率は二〇パーセントだそうだ」

「どういうこと? 」

「ブルーダイヤモンドは無いかもしれないってこと。ただし、金庫の中に本物のブルーダイヤモンドがなくて、その代わりその金庫の中にいかにも高そうな宝石が置いてあった場合、その宝石は全て偽物だろうって。つまり、黒崎は同じような手口で、他にも詐欺を企んでいた可能性があるってこと。もし黒崎の会社の金庫の中にブルーダイヤモンドがないならば、本物は黒崎が住んどる家にあるはずだって」

「それって、田畑君の友だちの推理? 」


 田畑君が肯く。


「そう。あいつの推理は信用できる。なにせ、あいつはシャーロック系の能力者だろうから。そげんことより… 」


 田畑君の顔つきが深刻なものに変わった。


「準備事項の④が問題だ。金庫の鍵を簡単に開ける事がでくる人を捜さんといけん。柊君、そげん能力をもっている人知っとるかい? 」

「うん、知ってる」

「えっ、本当かい。その人に連絡取れる? 」

「うん、もちろん」

 

 僕が答えた瞬間、田畑君は僕が発したニオイで察したのか、「えっ、柊君て、そんな特技があるんだ」と感嘆の声をあげた。


「たぶん、金庫も開ける事ができると思う。一回だけ、学校の金庫で試した事がある」

「金庫の中にテスト問題は入ってなかったやろう? 」

「うん、残念ながら」


 答えてから、僕は慌てて両手で自分の口を押さえた。

「やっぱ、きみは分かりやすかぁ」


 田畑君が笑った。




 翌日、朝10時に、黒崎の会社の最寄りの駅で田畑君と合流した。

 駅の階段を上ってきた田畑君を見て、あらためて田畑君の服のセンスを疑ってしまった。

 昨日のTシャツとは色違いだが、やはり色褪せていてよれよれだ。ジーンズも色違いだが、痛いジーンズである事には変わりない。


 うーん、田畑君…。


 それ以上は思うのを止めた。田畑君が近付いてきたので、ニオイでボクの思ったことを気付かれる恐れがあるからだ。


「やあ」


 そう言って僕は軽く右手を挙げた。

 田畑君の田畑君が持っているタブレットのマップアプリのおかげで、黒崎の会社はすぐに見つかった。

 ただ、見つかったのはいいが、黒崎の会社はビルの七階にあった。

 黒崎の会社の中に入るために田畑君の友だちが考えた『ゲリピーなのでトイレを貸してください。う、漏れる』作戦を行うのには無理がある。


 わざわざ七階まで行ってトイレを借りるか?


 僕がそのことを田畑君に言うと、「あいつ極端に目が悪かから、7を1と間違えたんやろう」と田畑君がぼやいた。


「とにかく七階フロアまで行ってみよう。良か案が浮かぶかもしれん」


 田畑君に即され、僕たちはエレベーターに乗った。

 あきらめなくて良かった。

 七階のフロアにある五つの会社の内、四つの会社が休んでいた。

 考えたら、今はゴールデンウィーク中だ。そんな中で黒崎の会社だけが仕事をしていた。

 さらに都合がいい事に、休業中の会社の中に『がんばろう部活くん』というホームページを作成している『毛利企画』という会社があった。中高生を応援してますよを謳い文句にしている会社だ。(ご都合主義などと言わないでくれよね。本当にあったんだから)


 僕たちは、また、『職場体験を頼みにきた中学生』作戦を使うことにした。


 『毛利企画』に職場体験学習を頼みにきた僕たちは、運悪く『毛利企画』が休みなのを知らなかった。アポイントメントを取らずに訪れたのは、中学生なので思慮が足りなかったからだ。

 そして、更に運が悪い事に、きみのお腹が急に痛くなった。とてもトイレを探しているような悠長な時間はない。


「と、いうような設定で『ゲリピーなのでトイレを貸してください。う、漏れる』作戦を発動するわけだ」


 田畑君がにこやかに計画を話す。

 いずれにしても、ゲリピーの演技をするのは僕の役目だ。憂鬱になってたら、本当にお腹が痛くなってきたぞ。

 黒崎の会社『ジュエル黒崎』の前に立つと先ず防犯センサーの有無を確認した。

 指紋認証装置が扉の横にあった。ここで指紋認証をすれば室内の防犯センサーが解除されるのだろう。指紋認証装置のすぐ上の場所に、ドアホンがあった。

 カードキーではなかったのでの田畑君の友だちのドS君の出張はなくなった。高額の出張費も取られずに済んだ。


「じゃあ、うまく演技してくれよ」


 田畑君がドアホンのボタンを押した。


「ングっ」


 おう、と言うつもりが緊張のあまり情けない返事になってしまった。


「はい、どちら様でしょうか? 」


 ドアホンから聞こえてきたのは女の人の声だった。


「す、すいません。僕の友だちが、た、大変なんです! 」


 田畑君が迫真の演技をする。


「えっ? どういったことでしょう? 」

「僕たち、毛利企画という会社に職場体験学習を頼みに来た中学生なんですけど。来てみたら毛利企画はお休みで、そしたら友だちのジュン君がお腹が痛くなって、至急トイレを貸していただきたいんです! 」

「そう言われましても」


 田畑君が僕に目配せした。僕にも演技を要求している。


「うっ、漏れちゃうよぉ! 」


 恥ずかしさをこらえて、ドアホンに向かって叫ぶ。


「ちょ、ちょっと待って下さい」


 女の人の慌てたような声が聞こえた。そしてすぐに扉が開いた。

 扉を開けてくれたのは、栗色のショートヘアの優しそうな美しいお姉さんだった。


「トイレはこっちよ。坊や我慢できる? 」


 お姉さんは、僕を見て言った。なぜ、僕が漏れそうな方と分かったんだろう? 

 一瞬戸惑ったが、漏れちゃうよと叫んだときから、無意識にお尻を押さえていたのに気付いた。


「は、はい」


 そう答えた僕の顔は、まっ赤になっていたのかもしれない。恥ずかしさで顔がやたらと火照っていた。

 でも、お姉さんはそんな僕の顔を見て、もう切羽詰まった状態だと思ったらしい。こんな所で漏らされたらたまらないと思ったのだろう、僕の左手をむんずと掴むとズンズンと歩き出した。


 お姉さんに案内されたトイレの便座に腰掛けて、それなりの時間をつぶす間、僕は室内の見取り図をノートに記入していた。

 どうしてそんなことが出来たのか、自分でもよく分からないが、室内に入ってからトイレに案内された僅かの間に、僕はどこに何があるのかを把握できていた。

 貼り絵で有名な山下清画伯の風景画も、山下さんはその場所で絵を描くのではなく記憶していて後から描いていたというから、絵が得意な人はみんなそんなことが出来るのかもしれない。これは、あくまでも僕の憶測だけど。


 室内にある防犯カメラは全部で三つ。

 二つのカメラは室内の右側と左側をそれぞれ撮っていて、残りの一台は奥にある金庫を見張っている。その金庫はダイヤル式とシリンダー式の複合のやつで、ダイヤルの方はおそらくあの大きさなら四つの数字の組み合わせだろう。右に何回か回して数字を合わせて、左に何回か回して数字を合わせてというやつだ。それを四つの数字で行うから、その数字の組み合わせ方はばく大なものになり、一般の人には数字の組み合わせ方を知らない限り、その金庫を開けるのは不可能だ。鍵の客当番の人でも時間がかかるだろう。


 僕が、同じような作りの学校の金庫を開けたときでも三分かかった。

 以前は鍵開けの特技をネガティブに考えていて、こんな特技をもっていても犯罪にしか使えないと思っていたが、今はポジティブにこの特技は人の役に立つ素晴らしい特技だと思っている。実際に本橋花菜さんの役に立とうとしているのだから。


 それにしても、こんな旧式の金庫で助かった。マグロック式やICカードロック式、極めつけは顔認証ロック式などだったらお手上げ状態だった。黒崎が金庫に金を使わないケチで助かった。それにしても、なぜ僕は金庫の種類など知っているんだろう? ま、いいか。


 トイレを貸してもらってから黒崎の会社『ジュエル黒崎』を出るまでの間に、僕たちは下調べの1と2を遂行することができた。

 水筒に誰かの指紋を採る作戦は、僕がトイレにこもっている間に、田畑君がうまくやってくれていた。


 僕たちに対応してくれたお姉さんに、トイレを貸してもらったお礼を言って頭を下げると、「今度はちゃんとアポイントメントをとって来るのよ」と優しく微笑んでくれた。


「はい」


 と、元気よく返事をしたが、明日の夜、ここに来るときには、もちろんアポなど取れるはずがない。

 僕たちはお姉さんに別れを告げ、エレベーターに乗り込んだ。


「じゃあ田畑君、ドS君に指紋認証解除装置の製作を頼むのお願いするね」

「うん、分かった。防犯カメラのダミー風景の方は柊君に頼むけん」

「うん、あ、それからこれ」


 僕は、財布から千円札を抜き出すと田畑君に差し出した。


「ドS君へのお礼。これでシュークリームを買って行って」 

「こんなにいらないよ。ヤツにはコンビニのシュークリームで充分だから」

「いやいや、これから先も協力してもらう事があるかもしれないし」


 田畑君が千円札を返そうとするのを押し戻した。


「わかった。貰っとくよ。でもヤツには値段が張るシュークリームはもったいなかけどな。ヤツは味音痴だから安物でも分かりはしないんだし」


 ぶつぶつ呟きながら、田畑君が千円札を自分の財布にしまった。

 田畑君はそう言ったが気持ちの問題だ。

 それに、その人がシャーロック系の能力者なら、すぐにコンビニのシュークリームだと気付いて気を悪くするかもしれない。

 できればドSの人の機嫌を損ねるようなマネは避けたい。後が怖いからだ。

 エレベーターが一階に着くと僕たちはそこで別れた。ドSの人が住んでいる所は、電車で行くよりバスで行った方が便利なのだそうだ。

 僕は帰宅するべく一人で駅に向かった。




 防犯カメラに取り付けるダミー風景を描くのに、一枚につき一時間もかかってしまった。

 カメラのレンズ部分に貼り付けるために、超細密画で室内の絵を描いたからだ。直径二〇ミリの円の中に記憶していたジュエル黒崎の室内の様子を細かく描くのは、さすがの僕でも苦労した。

 でも、そんな絵を描くのは初めてだったので楽しかった。

 僕は完成した三枚の絵を小さなビニール袋の中に入れた。これで僕がやっておく準備はばっちりだ。あ、忘れてた。ヘアピンと精密マイナスドライバーも用意しておかないと。

 

 いよいよ、明日の夜、僕と田畑君は『怪盗、叶夢巡航』となって裏社会にデビューする。そう考えるとドキドキした。いやワクワクした。

 あんまりワクワクしすぎて、布団に入った後もなかなか寝付けなかった。修学旅行の夜と一緒だ。

 

 早く寝ないと明日が大変だぞ。

 

 そう自分に言い聞かせて、羊の柵越えを試みた。羊が二五六匹、柵を越えたところでやっと睡魔が訪れた。

 

 夢の中で、水泳大会が行われていて、僕はそれを見ていた。なんで僕はそんな夢を見ているんだろう? 夢の中の僕は、冷静に自己分析していた。そして気がついた。早く睡魔が来てくれと思っていたからだ。睡魔とスイマー、ドS君の叶夢巡航の影響らしい。

 

 うう、早くも僕の精神に関与してきているドS君、あなどれないぞ。

 

 次の朝、起きた時、僕は寝汗をかいていた。何か悪夢を見ていたような気がする。ドS君のせいだと思う。

 洗面所で顔を洗い鏡を見た時、僕はふと何か忘れているような気がした。不安な気持ちになる。

 じっと鏡に映る自分を見ながら、僕は考えた。

 ギリシャ神話に出てくるナルシスではないから、自分の顔に見とれることは無かったけれども、忘れている何かが、自分の顔に関係していると思った。

 一〇分近く、自分の顔とにらめっこしていただろうか。ようやく僕は、忘れている何かについて分かった。

 絵画塾に行くまで、まだ時間はある。僕はドS君も忘れていた物の制作を始めた。二つの物を作るのに、型作りに三〇分、着色に三〇分もかかった。




 絵画塾での一日を終えると、僕は田畑君と一緒に近くのファミレスで夕食を食べた。二人ともカレーライスだ。僕は、カレーライスの上に、トンカツやチキンカツやハンバーグなどが乗っかっているようなものは嫌いだ。カレーライスはシンプルな方がいい。でもカレールーだけだと寂しいので、少し野菜が入っている方がいい。僕の母さんが作ってくれるカレーはそれだ。でも店では野菜カレーという名前になって値段も高くなる。だから今食べているカレーはルーだけの安物だ。お腹が膨れればいいんだい! 


 黒崎の会社『ジュエル黒崎』の終業時間は夜8時らしいので(ネットで調べた)、その後あれやらこれやらして従業員が帰路につくのは夜9時近くになると思われるので、それまでの間僕たちは時間をつぶさなければならない。

 僕たちは、ルーだけのカレーを時間をかけて食べ、その後はフリーのウォーターを三回お代わりしながら、お互いの中学生活について話し合った。


 以下、田畑君の話。(僕が田畑君にした話は省略する。どうしても僕がした話を訊きたいなら、一ページ目に戻ってほしい)


「僕は、熊本県にある字那珂土井村に住んどる。君の住んどる字宇布津村と同じような田舎だ。田舎といっても、ちゃんとJAもあっから、そこそこの田舎かな。でも理容店はないので、髪切れなくて困っとる。

 前にも言うたとおり、僕の家は農業を営んどる。僕の家は主に野菜を栽培しとる。

 僕がニオイで情報を読みとれるようになったとは小学一年生の時から。僕がそのことに気付いたとは、国語の授業中だった。先生が僕たちに質問した後に漂ってくるニオイの中に、その質問の答えがあることに気付いたんだ。だから、僕はいつもパーフェクト。だって、質問と一緒にその答えがセットになっとるんだから。

 今、うらやましかと思ったやろう。いや、ニオイじゃなか。君の鼻の穴が膨らんだ。

 ただ、テストの時にはそげんはいかんかった。周りのみんなが出した答えはニオイで分かるんだけど、それが正しいとは限らんからね。僕のクラスに、飛び抜けて秀才の生徒がいれば良かったんだけどね。

 テレパシーのようなエスパー系の能力者なら、遠くの人の心も読みとれるとだろうけど、僕がニオイで情報を読みとるっとは、僕の周囲の半径五メートル内にいる人のものだけ。だから、能力とは言えんと思う。そんな能力じゃ役に立たんからね」


 僕は、ブンブンと首を横に振った。


「そんなことはないと思う。だって、現に僕の役に立っている」

「そげんかなあ」


 田畑君が謙遜したように照れていた。

 そんな話をしながらファミレスで時間をつぶし、夜9時をすぎたあたりで僕たちはジュエル黒崎の入っているビルに向かった。

 ビルの中に入った時から、僕はドキドキしていた。いや、ドキドキという言い方ではちょっと違う。ワクワクとも違う。うん、そうだ! ワクドキしていた。今から、人の会社の中に忍び込み泥棒みたいなマネをするのに、ワクドキするなど不謹慎と言われそうだが(誰に? )、そうなっていたのは僕の意志じゃない。と、思う。


「はい、これ」


 エレベーターに乗り込む前に、田畑君が薄手のゴム手袋を渡してきた。


「何、これ? 」

「ドSが作った指紋認証解除装置」


 ゴム手袋を受け取って、しげしげと見る。普通のゴム手袋にしか見えない。


「これが、指紋認証解除装置? ただのゴム手袋だよ」

「僕もドSから受け取った時、同じ質問ばした。ヤツは半分目を閉じたような冷めた目をして僕に言うたよ。これだから凡人は困る。手袋を手にはめて、よーく見てごらん。そうしたら、凡人の君にも分かるからって」


 ドS君の冷めた目って、どんな目だったのだろう? 冷凍光線が目から出ていたのかもしれない。


 はあぁと深いため息をつきながらドS君とのやりとりを教えてくれた田畑君を見て、僕はその場にいなくて良かったとつくづく思った。

 

 僕は、両手にゴム手袋をはめた後、そのゴム手袋をよーく観察した。すると全部の指の部分に指紋らしきものがついていることに気付いた。

 なるほど、指紋認証解除装置という名前は大げさだが、確かに良くできている。持ち運びにも便利だし。


「あと、これも」


 田畑君が、バッグから目だし帽を取り出した。


「運悪く防犯カメラに映ってしまった時の用心だそうだ」


 さすがシャーロック系の能力者だ、ドS君は。このことをドS君が忘れていたと思っていたのは間違いだったぞ。やはり理路整然とものごとを考えることができる人は違う。


 でも、


「もっといい物、持ってきたよ」


 僕は自分のバッグから、今朝作った、ゴム製のフェイスマスクを取り出した。一つを田畑君に渡し、もう一つを自分で被る。


「それって、トム・クルーズ? 」


 田畑君が笑いながら訊いてきた。


「そうだよ、似てない? 自分ではスーパーリアルにトム・クルーズの顔を再現したと思うけど」

「いや、マスクは神的にそっくりやけど。わざわざトムのマスクを作ってくるなんて。シュン君て凝るタイプ? 」

「うん、そうかもしれない」

「それだけの技術をもっていたら、将来ハリウッドでメイクアップアーティストとして活躍でくっかもしれんね」


 田畑君が本心から褒めてくれていたみたいだったので、嬉しかった。マスクを被っていたので、田畑君に鼻の穴が広がるのを見られずに済んだ。


 で、ツインズのトム・クルーズになった僕たちは、エレベーターに乗り込み、7階に上がった。7階のフロアに降りると緊張で胸がドキドキした。

 僕たちは、『ジュエル黒崎』の入り口に立った。


「いよいよ、ミッション開始だ」


 二人同時に言った。


「健闘ば祈る」


 これは田畑君が言った。どうやら困難なミッションは僕の仕事のようだ。言われなくても何となく分かった。まあ、いいけど。

 僕は、バッグから監視カメラに貼るための絵を取り出した。貼るといっても、円筒状になったものを取り付けるだけだ。つまりカメラの蓋みたいな感じかな。筒の底に室内の景色を描いた僕の力作が貼ってある。蓋状になっているから暗くなるけど、本来、カメラには暗い室内が映っている時間なので問題はない。


 むしろ問題があるとすれば、指紋認証装置で防犯システムを解除した時に、同時に入り口のドアも開錠され、室内の照明も点くということだ。入り口に指紋認証装置がある場合は、ほとんどがそうなるらしい。ということを、田畑君がドS君に注意されてきた。

 つまり、数秒だけ監視カメラに、明るい室内が映ってしまう事になる。僕がダミー風景を取り付けるのに手間取ったら、もっとそれが長引くことになる。せ、責任重大だ…。汗っ。


「準備はいいかい? 」


 訊いてきた田畑君に、湧いてきた唾をゴクリと飲み込みながらうなづく。

 田畑君が、指紋認証装置に指を押し当てた。

 ピピという電子音がした後、ドアの鍵が開く音がした。

 僕は、ドアを開け、室内に身体を滑り込ませた。監視カメラに映らないように注意を払いながら、次々と監視カメラにダミー風景を取り付けていった。


「すごかとね、シュン君て」


 ダミー風景を取り付け終わって、ハアハアと肩で息をしている僕に向かって田畑君が言った。


「すごいって何が? 」

「だって、三台のカメラにダミーを取り付くっとにかかった時間は、わずか六秒だよ。一台につき二秒だ。それも、あの高さまで跳び上がって 」


 田畑君が言われて、防犯カメラを見た。確かに防犯カメラの取り付けてある場所は、床から二メーター八〇センチくらいの高さにある。本来ならば、椅子などを使わないと届かない場所だ。早く取り付けないとと焦っていて、椅子を使う事など忘れていた。


「さっきの君の動きって、まるでビデオの早送りみたいやった。あんなに高速で動ける人なんて見たことがなかよ。きみって能力者? 」


 トム・クルーズの顔が僕をのぞき込みながら訊いてきた。その僕の顔も、今はトム・クルーズだ。ややこしい。


「違うと思う。そんな能力、聞いた事がない」

「でも、きっとそげんだよ。なければ新しく認定してもらえばよか」


 そうだった!


 僕はすっかり忘れていたが、能力者検定制度には、今まで登録されていなかった能力を新しく認定してもらえる制度があった。僕はともかく、田畑君のブラッドハウンド系の能力は認定して貰おう。


「ダメだよ。そげんことしないでね。前にも言うたように、僕は農業を継ぐんだから」


 僕が発したニオイで、僕の考えたことが分かったらしい。


「それより、早く金庫の鍵を開けようよ」


 田畑君にせかされて、僕は金庫の前に立った。

 金庫の扉に付いているダイヤルに手をかける。

 鍵屋さんがこのようなタイプのダイヤル式の金庫を開ける時は、聴診器などを使って内部の音を聞いて番号を探っていくらしいが、僕の場合はそんなことはしなくてすむ。

 なぜか分からないけど、ダイヤルに手を添えて集中していると、回す回数と合わせる番号が自然と頭の中に浮かんでくる。その頭の中に浮かんだとおりにダイヤルを動かすと必ず開錠する。むしろ難しいのは、ダイヤルの横にあるシリンダー式の鍵を開ける作業だ。と言っても、僕の手にかかればそんなに困難な作業ではない。開始してから三分後には、金庫の扉は開いていた。  


「すごかね、シュン君。やっぱり君は新しいタイプの能力者かもしれない」


 仁也の時と同じく、田畑君も驚嘆してくれたが、ちぃーとも嬉しくない。こんな能力が正義の味方として役に立つとは思えない。

 人を助けるという意味では、鍵を無くして困っている人の役に立つかもしれないけど、そんな正義の味方がどこにいる。テレビドラマでもアニメでも、鍵を開けるだけのヒーローなんて見た事も聞いた事もない。それに、鍵を開ける事ができて、尚かつ素早く動ける能力なんて、ますます泥棒に向いているではないか。僕は、決して泥棒なんかになったりしない。


 ん? あっ、僕は今、それをしているんだった。


 金庫の中を見回すと、札束が沢山あった。ざっと二千万円くらいだろうか。これに手を出すと本当の泥棒になってしまう。金庫の中にはブルーダイヤモンドは無かった。代わりに、高価そうな宝石が3個並べて置いてあった。


「ブルーダイヤモンドは無いみたいだね」


 田畑君が金庫をのぞき込んで言った。

 むなしさがこみ上げてくる。本橋花菜さんの喜ぶ顔を見る事ができる、とワクワクした気分はあっという間に消え失せた。


「高そうな宝石はある」


 僕はその宝石に手を伸ばした。手に取った瞬間、それが偽物だと感じた。次々と手に取ってみた。


「…全部偽物だ」

「やっぱりドSのヤツが予想していたとおりだったな。本物は黒崎の家にあるんだ。とにかく今は残りのミッションばやってしまおう」


 田畑君が力強く言った。おそらく僕が落胆したニオイを発していたんだろう。


「うん、分かった」


 僕は、3個の偽物の宝石をポケットに入れた。それから金庫の扉を閉め、シリンダー式の鍵をヘアピンと精密マイナスドライバーを使って施錠した。


「田畑君、先に出てて、僕がダミーを回収してくる」

「うん、シュン君に任せた」


 さっきは出来ていたという高速の動きが、また出来るとは思えなかったが、少なくとも田畑君よりは素早く動ける自信はあった。


 田畑君が部屋の外に出ると、僕は一度大きく深呼吸をした。

 ダミーを取り外していく順を考える。先ずは金庫を撮しているやつ、それから部屋の右半分を撮しているやつ、最後に部屋の左半分を撮しているやつだ。


 高速で動く事に自信は無かったが、防犯カメラのダミーを外すために跳び上がることは出来るに違いないと思った。何しろさっきは跳べたのだ。

 学校のみんなが僕の跳躍力を知っていたら、きっと僕はバスケット部に誘われていたに違いないぞ。そしてダンクシュートを決める僕を見て、女子たちが『きゃー、シュン君』と騒いでいたに違いないぞ。ムフフフフ、いやー惜しい事をした。今頃になってバスケ部には入部できないからね。いやー、ほんとに残念。

 

 てなことを考えながら、助走をつけ、防犯カメラの下の位置でジャンプした。思い切り伸ばした右手は、防犯カメラから二〇センチ下ぐらいの所で空を切った。


「あれ? 」


 そう思った時には、着地していた。そして勢い余って身体が前のめりになってしまい、何とか体勢を立て直そうとしたんだけど、無理だった。ドテッ、という効果音がよく似合うよなこけ方をしてしまった。


「シュン君、大丈夫? 」


 田畑君がドアから顔を出して声をかけてきた。

 彼の被っているトム・クルーズは笑顔なので、本当に心配してくれているようには見えない。実にさわやかな笑顔で僕を見ている。


「だ、大丈夫…」


 ちょっと痛いところもあったが、無理して笑顔を作る。笑顔を作ってから思い出した。僕もトム・クルーズのマスクを被っているんだった。


「田畑君、僕ほんとにさっき跳べてた? 」

「跳べとったよ。まるでプロのバスケット選手みたいに」

「なぜ、今度は跳べないのかなあ」

「僕が思うんやけど、最初の時は何も考えずに集中してたからじゃなかかな。今はシュン君、妄想いっぱいだったから」


 げっ! 田畑君にさっきの妄想、全て知られてたぞ。でも今更、無心になれそうにもないし。


 結局、僕は椅子を使うことにした。でも椅子に乗っても、精一杯手を伸ばして防犯カメラにやっと届くくらいだ。全てのダミーを外すのに五分もかかってしまった。つまり、明るい室内が映っている時間がそれだけあったということだ。さすがの僕でも、そのことがまずいということが分かる。


「ごめん…」


 部屋を出ると、僕は田畑君に頭を下げた。もし、僕がドジったせいで、田畑君に迷惑がかかったら謝るだけではすまないかもしれない。


「謝る必要なんてなかよ。防犯カメラには僕たちの姿は映っていないだろうし、もし映っていたとしても、僕たちはゴム手袋をしてるし、マスクも被っとる。それに僕たちは中学生だ。誰も僕たちのことなんか疑わないよ」


 指紋認証装置を操作してドアを施錠しながら、田畑君が言った。


「でも、正義の味方が捜査したら、すぐにばれてしまうかもしれない」

「あ、その点は安心してよかよ。もし、正義の味方が捜査するような事件になったら、一番困るのは黒崎なんだから。自分が詐欺を働いていた事がばれるかもしれんから、絶対に事件を公にしたくないはずだって。ドSのヤツが言うとったとだけどね」


 そうかぁ…。ドS君て、やっぱりすごい。


 僕たちはマスクを取ると、非常階段を使って階下に降りた。ドS君の指示で、帰りはエレベーターを使ってはダメなんだそうだ。なぜ、使っていけないのか分からなかったが、ドS君の指示だから間違いないんだろう。これが7階に上がる時なら、「えー、なんでぇ」と文句を言ったかもしれないが、降りるだけなら、そんなに苦にならない。

 ビルの1階に着くと、ドS君の指示通りに、ドS君が作った予告状をポストに投函した。


「ねえ田畑君。前にも思ったんだけど、予告状を出す事に、どんな意味があるんだろう? 」


 田畑君が、「はあー」と大きなため息をついた。


「それを僕も疑問に思って、昨日ドSのヤツに訊いたんだ。そしたらドSのヤツは冷めた目でこげん言った。そんなことも分からないのって」


 田畑君の表情を見るだけで、その時の状況が分かってしまった。ドS君て、やっぱり怖い。


「で、ドS君は教えてくれたの? 」

「分からないって、僕が正直に言うたら、ドSのヤツはニヤリと笑いながら、こげん言った。金庫の中にあるブルーダイヤモンドは偽物である確率が非常に高いから、その時のための布石だって」

「布石? 布石って何? 」


 僕の質問に、田畑君がまた、「はあー」と大きなため息を漏らした。どうやら、僕と同じ質問をドS君にしたらしい。


「布石は囲碁で使われる用語で、後々のためにあらかじめ備えておく事なんだそうだ」

「後々のため? 」

「そう、金庫の中には本物はないから、黒崎に本物のブルーダイヤモンドを彼の家から持ち出させるためのね。具体的にどげんやるのかは分からないけど」

「ドS君に訊かなかったの? 」


 田畑君が無言で肯いた。


「その質問をしようかと迷っていたら、ヤツの方から言われた。具体的な行動については、追って指示するって。指令を待てって」

「ドS君、すっかりミッション・インポッシブル気分だね」

「僕もそげん思う」


 僕と田畑君は、「はあー」と大きくため息をついた。

 何だかドS君に操られている気分だ。


 でも、今更止めるわけにはいかないもんね。本橋花菜さんのためにも。


「じゃあ、今日はこれで。シュン君お疲れさん」


 駅で田畑君と別れる時、田畑君が疲れ切った表情のまま、バイバイと右手を振った。

 無理もない。これから帰った後、田畑君はドS君にメールを送らなければならないからだ。

直接電話でやりとりをするよりマシじゃないかと思うのだが、田畑君の様子を見ていると、メールのやりとりだけでも気が重そうだ。どんだけの精神的圧力をかけることができるんだ、ドS君という人は。

 会ってみたい気もするし、いやいや、そんな気になってはダメだ。第一、僕はMじゃない! …と、思う。




「ドSのヤツから指示が来た」


 翌朝、そう言って田畑君が彼のタブレットを見せてくれた。タブレットの画面にはこの前のノートと同じように、箇条書きで指示が書かれていた。


【 ① 『ジュエル黒崎』の近くで、情報収集をすること。これにはター君の能力が役立つだろう。昼頃、あのハガキが『ジュエル黒崎』に届くはずだ。それをきっかけに事が動き出すはずだ】 


「ター君て、誰? 」


 僕の質問に田畑君が、自分で自分を指さした。


「田畑君て、ドS君からター君て呼ばれてるの? 」

「うん、知り合った頃から、ヤツは僕の事をそげん呼んどる」

「で、田畑君のニオイで情報が分かる能力の事も知っているんだ? 」

「うん、知っとる。でもドSのヤツのニオイだけは分からん。ヤツのニオイからは、何も情報が伝わってこん」


 恐るべし、ドS君。僕なんかニオイだけではなく、表情からも田畑君に僕の考えている事が筒抜けだというのに。


「ドSのヤツも、シュン君みたいに素直ならよかとにね…」


 僕の考えた事が分かったのか、田畑君が苦笑いをしながら言った。


 次の指示を読む。


【 ② その情報で分かった事を、すぐにボクに知らせる事。おそらく、ボクの考えたとおりに事が進んでいくと思うが、念のためだ。以上。その後の事は追って指示する。】


「これだけ? 」

「うん」


 田畑君が肯く。


「とにかく、ドSのヤツが言うたとおりにせんといけんやろうね」


 田畑君がため息混じりに言った。


「でも、危険じゃない? ジュエル黒崎の近くに行くのは…」

「僕もそげん思うが、ドSのヤツが組み立てた計画だから、間違いはなかと思うばってん」

「でも、前に田畑君が言っていたよね。ドS君て、危険な事でも手段として必要ならやらせようとするって。これって、それじゃないかな? 」

「でも、今更、他の計画を立ててくれとは言いにくかし…」


 田畑君の表情が曇ったのを見て、僕は即断した。


「うん、分かった。ドS君を信じよう」


 僕は力強く言った。

 午前中の絵画塾を終えると、僕たちは『ジュエル黒崎』へと急いだ。午後の絵画塾は今日は、パスだ。まあ、決して自慢して言っているわけだけど、絵画塾に行って分かった事は、僕は井の中の蛙ではなかったこと。絵画塾に来ている中学生の中では、僕が、いちばん絵がうまかった。


 だから、午後からさぼっても平気なんだい! 田畑君には悪いけど。

 

 『ジュエル黒崎』のあるビルに到着すると、僕たちはエレベーターに乗って7階まで行った。7階には、『がんばろう部活くん』の『毛利企画』があるので、いざとなったら、そこの訪問客を装えばいい。

 僕たちは、『ジュエル黒崎』の近くの廊下で、誰かが出てくるのを待った。

 20分ほど待ったら、『ジュエル黒崎』のドアが開いて、中年の男の人が通り過ぎていった。田畑君でなくても、かなり慌てている事が僕にも分かった。

男の人がエレベーターに乗り込んだのを確認してから、田畑君が僕に耳打ちした。


「今んとが、黒崎武夫」


 やっぱり、僕もそう思った。ちらっと顔を見ただけだが、キツネみたいな顔だった。本物のキツネには悪いが、かなりずるがしこそうな感じがした。


「金庫の中にあった偽物の宝石が無くなっている事に気付いて、いっぺんは偽物が盗まれただけと安心したばってんが、予告状に書いてあった、『本物のブルーダイヤモンドを頂きにあがります』という言葉と、『真実を知る者』という言葉が、黒崎を不安にさせたみたいだ。いま黒崎は、本物のブルーダイヤモンドを確認しなければと焦っとる」


 田畑君が、ささやくような声でニオイから読みとった情報を教えてくれた。


「黒崎は本物のブルーダイヤモンドがあるところに向かうっていうこと。じゃあ、後を追わなきゃ」


 僕が、エレベーターの方に向かおうとするのを、田畑君が僕の腕を掴んで止めた。


「無駄だよ。黒崎が僕たちみたいに、歩きや電車を使うたりして行くと思う? 」


 そうだった。黒崎は、自分の車で行くに違いない。


「それより、今のことばドSのヤツに伝えて、ヤツの指示をもらおう」


 田畑君がタブレットを取り出して、ドS君にメールを送った。


 メールを送って1分も経たないうちに、ドS君からの返信が来た。

 僕もタブレットをのぞき込む。


【 これで、黒崎武夫が本物のブルーダイヤモンドを所持している事が確実になった。そこで、新しい指令を発動する。 】


 ドS君、完全に楽しんでいると思う。


【 ③ 近くの交番に行って、偽物の宝石を警官に渡す。その時、「知らない美人のお姉さんから、交番に届けてほしいと頼まれた」と言うこと。

 注意1・『ジュエル黒崎』のあるビルからは、警察署のほうが近いが、警察署には行かない事。もし、正義の味方、つまり異能力者がいたらまずいことになるから。交番に異能力者がいることはまずない。もし、仮にいたとしたら、君たちの嘘がバレバレになるだろう。もし、いたとしたら、その時は潔くあきらめたまえ。自分の運の悪さを呪いながら。

 ちなみに、そこから一番近い交番は、ビルを出て右に三〇〇メートル行った交差点で、左にまがって四〇〇メートル行ったところにある。 】


【 ④ 名前や住所を聞かれたら、嘘をつくこと。嘘の付き方としては、『塾』『テスト』『開始時間』の3つの単語をうまく使って行おう。 

 注意2・ター君は九州弁を使わずに標準語で話すこと。 】


【 ⑤ 以上、終了したら帰って寝る。 すると明日には全てが解決している。…はずだ。 】


 どういうことだ? 本物のブルーダイヤモンドはどうするんだ? 


 今、僕の頭の上に、大きなハテナマークが現れているに違いなかった。


【 ⑥ ター君は、明日ボクへのお礼のシュークリームを買ってくること。ボクは確かに味音痴だけども、シュークリームの味だけは分かる。決してコンビニのシュークリームで済ませようと思うな。コンビニの名誉のために言っておいてあげるが、コンビニの物もまずいわけではない。むしろ美味しい。でも気持ちの問題だ。安易にコンビニで済ませようとすることが許せない。分かってるだろうね、ター。 】


 何か、最後の方は怒りが伝わってくるような文章だ。どうしたんだろう?


 僕が疑問をもったことを、ニオイで察したんだろう。田畑君が呟くように言った。


「ドSのヤツにシュークリームを届けた時に、言うてしまったんだ。シュークリームの味の違いなんか、どうせ分からんやろうもん、て」


 あちゃー、それは言ってはダメだ。でも、田畑君、ドS君相手にそんなことがよく言えたなあ。


「だって、ドSのヤツは、ハヤシライスとカレーライスの味の違いが分からんほど味音痴なんよ。そんなヤツがシュークリームの味の違いだけは分かるなんて、信じられるもんか」

「そうだね」


 僕は、田畑君に同情した。確かに、それなら言いたくもなる。


「でも、とにかく、ドS君の指示通りに動こう」


 僕たちは、ドS君の指示通りに交番に向かった。




 けっこう交番までの道のりは長かった。歩いていて、少し汗をかいた。

 交番に着くと、僕たちはお互いの顔を見て、ヨシという気持ちを込めて肯きあってから、交番の中に入った。


「どうかしたかい、君たち? 」


 交番の中にいた優しい感じの中年のおまわりさんが、僕たちに気付いて声をかけてきた。

 指令③の実行の時だ。


「知らない美人のお姉さんから、交番に届けてほしいと頼まれました」


 田畑君が言った。僕は緊張するとうまく言えないような気がしたので、直前に田畑君に言ってくれるように頼んだのだ。さすが、田畑君だ。きれいな標準語だった。

 でも、おまわりさんは、?という顔をしている。何でだ? 


「ジュン君、あれ」


 囁くような声で、田畑君に脇腹を肘でトントンとされた。


 あ、そうか! 


「これです」


 僕は、慌てて右ポケットから3個の宝石を取り出して、おまわりさんに差し出した。

 おまわりさんは、受け取った宝石をしげしげと眺めてから言った。


「これは、宝石だね」

「そうです、でも全部ニセ物です」


 僕が元気良く答えると、おまわりさんが露骨に変な顔をした。あ、しまった! 言わなくていい事まで言ってしまった。


「その宝石はニセ物だと、知らない美人のお姉さんが言ってました」


 田畑君、ナイスフォローだ。

 でも、おまわりさんはまだ疑っているようだ。直球の質問を投げかけてきた。


「いたずらじゃないだろうね? 」


 僕たちは、ブンブンと首を横に振った。


「まあ、いい。運が良いというか、もしかすると、君たちにとっては運が悪い事かもしれないが…」


 おまわりさんの意味深な言葉に、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。何があるんだろう? 


「今日は、この交番に正義の味方が来られている。正義の味方に訊いてみれば、君たちが言っている事が本当かどうか、すぐに分かるんだよ」


 僕は、げげっと言いそうになって、慌てて自分の口を押さえた。ドS君は異能力者は交番にはいないと言っていたのに。僕たちは、自分の運の悪さを呪わなければならないのだろうか。


「すみませーん、花谷さん。こちらに来ていただけませんか」


 おまわりさんが奥に向かって言った。


「はい、何でしょう? 」


 透き通るようなきれいな声がしたかと思うと、奥から、これまた透き通るような、きれいなお姉さんが現れた。


 この花谷さんという名前のお姉さんが、正義の味方なのだろうか?


 少し茶色味がかった肩まであるストレートの髪が、花谷さんが歩くたびに、風もないのに風になびいているようにフワッと揺れる。目鼻立ちが西洋の人のようにはっきりしている。もしかすると、眼の色はブルーではないかと目を凝らして見てみたが、黒かった。

 服のセンスもいい。と言っても、僕には女性の、特に大人の女性の服装について語れるような知識は持ち合わせてはいないが、たぶんいい。「実は私、キャリアウーマンなのですよ」、と服が物語っているようだ。すらりと伸びた脚にタイトスカートがよく似合っている。でも、僕が勝手にイメージしているキャリアウーマンというような、お高い印象は感じられない。


 こんなお姉さんが、僕のお姉さんだったら…


 トントンと田畑君に横腹をつつかれて、僕は我に戻った。


 いけない! 妄想の世界に入り込むところだった。


「ふふ」


 花谷さんが小さく笑った。

 もしかすると、僕の妄想がばれたのだろうか。心配だぞ。警察関係機関に訪れているような正義の味方だったら、エスパー系かそれに近い異能力の持ち主だろう。

 いや、僕の妄想がばれてしまうことより、もっとやばい事がある。

 ブルーダイヤモンドのことがばれてしまう事だ。


 ひえー、どうしよう。心を読まれないように、別のことを考えなければ。決してブルーダイヤモンドのことについて考えてはいけない。

 あっ、いけない! ブルーダイヤモンドのことを考えてはいけないということを考えてしまっていたぞ。考えてはいけないんだ! ブルーダイヤモンドのことは。

 あっ、また考えてしまった! ひえー、どうしよう。


 僕が、パニックに落ちかけているとき、田畑君が小さく呟いた。


「姉ちゃん…」


 すると、花谷さんが、左手の人差し指を唇にあて、シーというようなポーズをして、田畑君に向かってウインクした。どういう意味だろう? 


「この子たちが、この宝石を女の人から届けてくれるように頼まれたというのですが、本当のことですか? 」


 おまわりさんが、花谷さんに尋ねた。

 運命の時だ。もう終わりだ。僕たちの嘘は、もうとっくにばれているはずだ。もしかすると、過去の事も知られてしまっているかもしれない。ああ、僕は犯罪者になってしまうのか…


「はい、本当ですよ」


 花谷さんの口から、真実が告げられた。

 ああ、これで終わりだ。…ん? 違う! 花谷さんは真実を言っていない! 僕たちの嘘を見抜けていない。やったぁ、助かった。もしかすると花谷さんの異能力ってたいしたことないのかも? 


(ちゃんと心が読めているわよ)


 花谷さんの声がした。でも花谷さんは優しく微笑んでいるだけで、唇は動いていない。腹話術? 


(腹話術じゃないわよ。あなたの頭の中にダイレクトに話しかけているのよ。あら、?のマークがいっぱいね。耕治君には、もう事の成り行きが分かりかけているみたいだから、後で尋ねてみてね。とにかくブルーダイヤモンドの件については、私にまかせておきなさい)


 すごい、すごすぎる。初めてテレパシーとかいう異能力を体験できた。花谷さん、すごい!


「それより、この偽物の宝石が、過去のブルーダイヤモンドの事件に関係している事が分かりました。至急、本署に連絡を取ってください。あ、それから、この子たちにはもう帰ってもらって結構です」


 おまわりさんに花谷さんが指示を出した。花谷さんが、何のために嘘をついているのか分からなかったが、僕たちは解放されることになった。


「バイバイ、気をつけて帰ってね」


 交番の外に出た僕たちに、花谷さんが手を振って見送ってくれた。




「田畑君、姉ちゃんて呟いてたけど、どういうこと? 」


 近くの駅へと向かう道の最初の角をまがってから、僕はすぐにでもしたかった質問を田畑君にした。   


「あれ、僕の姉ちゃん」

「そうかぁ、お姉さんなのか…。って、ええ! 本当? 」


 田畑君が肯いた。


「でも、名字が違うよね。あのお姉さんの名字は花谷さんだった」

「六年前に結婚して名前が代わったと。元は田畑華菜」


 じゃあ、今は花谷華菜さんなんだ。あの華やかなお姉さんにぴったりの名前だ。本橋花菜さんとも、名前が同じ読みの『かな』だ。何となく嬉しい。


「シュン君、どうしても僕に根ほり葉ほり訊きたそうやけん、そこのマックに寄ろうか」


 田畑君が、近くのマクドナルドを指さしながら言った。


「僕のニオイが訊きたいって言ってる? 」


 僕が言うと、田畑君が「表情」と冷めた表情で言った。田畑君、話すのを本当は嫌がっていると、僕も彼の表情で分かった。



 マクドナルドに入ると、一番安いセットメニューを頼んで奥の席に座った。田畑君が注文してくれた。


「あんまり話しとうはなかったけど」


 そう前置きをしてから、田畑君はストローを口にくわえた。どうでもいい事だけど、セットで頼んだ飲み物は、田畑君はウーロン茶で、僕はダイエットコーラだ。

 ウーロン茶を一口飲んでから、田畑君が話し出した。


「さっき言ったとおり、花谷華菜は僕の姉ちゃん。僕と歳が一〇歳離れている。姉ちゃんは小さか頃からエスパー系テレパスの異能力をもっとって、中学を卒業したら聖技能学園に入った。オヤジもおふくろも、本当は姉ちゃんに農業を継いで欲しくて、野菜作りが上手になるようにと願いを込めて、華菜という名前をつけてたみたいなんだけど、それは無理になった。エスパー系の異能力は貴重だからね」


 エスパー系の異能力は貴重だということは、僕も知ってる。なにしろ世界に数人しかいない異能力者だ。もしも彼らが手を組んで、悪の味方、すなわちダークサイドに立ってしまったら、世界は滅びるとも噂されているほどの力をもっている。…らしい。


「だから、オヤジやおふくろの期待を僕は背負っとる。農業を継ぐという期待をね」


 なるほどと思った。彼が農業を継ぐ事に執着しているのは、そんな理由があったんだ。田畑君て、なんて感心な子なんだろう。


「そんなに褒めないでよ」


 ニオイから僕の考えたことが分かったのか、田畑君が言った。そうか! 田畑君の能力はお姉さんほどではないのかもしれないが、姉弟だから人の心が読めるという同じような能力が備わっているのか。なるほど、なるほど。


「シュン君、君、勘違いしとるかもしれないけど、兄弟や親に同じような異能力が備わっていることは、ほとんど無かとよ。兄弟と言っても、双子の場合は同じ能力を持っている場合もあるらしいけどね。僕の場合、姉ちゃんとたまたま同じようなことが出来るだけで、姉ちゃんの能力とは全く別もんやけん」

「へえ、そうなんだ」

「シュン君、納得するの早すぎ。とにかく、姉ちゃんは聖技能学園を卒業した後、能力認定試験に合格して正義の味方になってしもうた。まあ正義の味方になっても農家との兼業はしてもよかろうもんと両親は思っていたが、姉ちゃんは聖技能学園で知り会うた男の人と結婚した。で、上京してこっちに来とる。そして、こっちで正義の味方として活動しとる」

「なるほど、なるほど。だから、お姉さんは僕たちの嘘に気付いても、僕たちの味方をしてくれたんだ」

「それは違うと思う。でも、そう僕がそう思った理由を説明するとが、ちょっと難しかけん、ちょっと考えさせて」


 田畑君がそう言った後、ハンバーガーに手を伸ばした。ハンバーガーを食べながら、説明の仕方を考えるつもりのようだ。

 田畑君がハンバーガーを食べ始めたので、僕も自分のハンバーガーに手を伸ばした。


 僕の方が後から食べ始めたのだが、ハンバーガーを食べ終わったのは、僕の方が早かった。田畑君は、僕にどう説明したらいいのかを色々考えながら食べているためなのか、まだ半分も食べていない。田畑君が食べ終わって説明を始めるまで時間がかかりそうなので、僕は仕方なくフライドポテトに手を伸ばした。


「やっぱりドSのヤツが全て仕組んどる」


 僕がフライドポテトを半分ほど食べた時、田畑君が唐突に言った。

 田畑君は食べかけのハンバーガーを置くと、「うん、間違いなか」と力強く肯いた。そして話を始めた。


「さっき、僕が兄弟や親に同じような異能力が備わっていることは、ほとんど無かと言ったけど、親戚関係に同じ異能力をもつ者がおることはあるらしいんだ」


 そうなんだ。


 声に出さなくても田畑君は僕の考えていることが分かると思ったので、あえて言わなかった。


「でね、姉ちゃんが結婚した相手はシャーロック系の異能力者の人。名前は花谷鶴吉。鶴吉っていう、ちょっと古くさい名前やけど歳は姉ちゃんと同じ二五歳。結婚式の時、会うたけど、背も高くてすごくイケメン。ただ、ハゲとんしゃんのか、自分で剃っとんしゃぁのか分からんけどツルツルのスキンヘッド」


 田畑君のお姉さんが結婚した相手については分かりかけてきたけど、さっき田畑君が言った『ドSのヤツが全て仕組んどる』に話がつながらない。


「そのドSのヤツと花谷鶴吉さんはいとこなんだ。ドSのヤツとは姉ちゃんの結婚式の時に知りおうた」


 なるほど。何となく話がつながった。


「ここからは僕の推察なんだけど、おそらくドSのヤツは花谷さんに協力を願い出たと思う。だって、僕らがいくら頑張ったところで所詮は中学生だ。やれる事が限られとる。僕たちは結局は大人に頼らんといけんかったとよ。そのことばいち早く気付いたドSが頼んだに違いなか。もしかすると、僕がドSのヤツに相談した時から、ヤツはそのつもりだったのかもしれん」


 田畑君がウーロン茶の入ったコップに手を伸ばした。ゴクゴクっと田畑君の喉が鳴った。


「だから、さっき偶然のようにして僕の姉ちゃんが交番にいたんだ」

「じゃあ、ドS君は初めから正義の味方のお姉さんが交番にいることを知っていたの? 」

「おそらく」


 僕の質問に田畑君が大きく肯く。


「そうしたら、指示の中に書かれていた、三つの単語を使った嘘の付き方や、あの注意書きは何なのさ。『交番に異能力者がいることはまずない。もし、仮にいたとしたら、君たちの嘘がバレバレになるだろう。もし、いたとしたら、その時は潔くあきらめたまえ。自分の運の悪さを呪いながら』っていうあの注意書きは。あの注意書きがあったせいで、正義の味方が交番にいると分かった瞬間、僕は自分の運の悪さを呪いかけて、頭がパニックになりかけたのに」

「シュン君、あらためて言おう。僕の知り合いの尾田というヤツは、可愛い顔をしとるがドSだ。他人をいたぶるのが趣味のヤツだ」


 初めてドS君の本名を聞かされた。尾田君というのか。

 その時、田畑君の持ってるバッグの中で、ブーブーと音がした。おそらくバイブ設定にしてあるタブレットのメール着信の音だろう。

 田畑君がタブレットを取り出し操作する。


「ドSのヤツからのメールだ。読むよ。『驚いたか、ター君。でも、これで何もかもうまくいくだろう。後のことは、鶴ちゃんと華菜ちゃんにまかせておけば大丈夫だ。指示の⑤を実行せよ。しかし、ター君は指示の⑥については、くれぐれも忘れないように』だそうだ。思った通りだ。ヤツは知っとったんだ。姉ちゃんにあの交番にいるように頼んだのもヤツかもしれん」


 田畑君は、まだ手もつけてもいなかった自分のフライドポテトを僕の方に差し出した。


「シュン君、これあげる」

「えっ? 」

「僕、急に食欲が無くなった。これからドSのヤツのところにシュークリームを届けなければいけないと思うと、気が重か。そして悔しかぁ。何の活躍もせんうちに終わってしもうた」


 それは、僕も同じだ。もっとわくわくする冒険ができるかもしれないと思った途端にゲームオーバーだ。


 ブーブーと田畑君の持っているタブレットから音がした。


「ドSのヤツから追伸だ。『ター君の友だちになったシュン君とやら。目的を忘れるな。このミッションはブルーダイヤモンド事件を解決する事が目的だったはずだ。その目的が達成されるのだからミッションはクリアされたのだ』だって」


 そうか。そうだった。僕は自分のワクワク感を持続させるために、本来の目的を忘れかけていた。僕の目的はブルーダイヤモンドの事件を解決して、本橋花菜さんに喜んでもらう事だった。

 本当ならば予定では、僕が本物のブルーダイヤモンドを手に入れて、本橋花菜さんに手渡しして、「ありがとう、柊君」と花菜さんが目をうるうるさせながら、僕の両手をぎゅっと握りしめて、


「シュン君、妄想モードに入りかけてる」


 田畑君に注意されて、僕は現実世界に戻った。


 でも、本当にブルーダイヤモンド事件はこれで終わるのだろうか? 

 少しの不安もあったが、後は花谷さんたちに任せることになった。

 そしてゴールデンウィークの休みを終えた僕と田畑君は、それぞれの田舎に帰ったんだ。




 これが、ぼくが中学三年生のときの話。

 ブルーダイヤモンド事件のその後は知ってるよね。

 え? 大体知ってるけど、僕の口から詳しく聞きたいって。

 まあ、話してもいいけど。


 『怪盗、叶夢巡航』という正体不明の者から警察に電話があったのは、僕たちが交番を出てから一時間後のことだった。女の声だったらしいから、僕が思うに、ドS君がボイスチェンジャーなんかを使って電話したのだろう。

 そして、その正体不明の者は、高価そうな宝石を『ジュエル黒崎』から盗み出したこと。そして、その盗み出した宝石が偽物だったので、憤慨して交番に子どもたち(僕と田畑君のことだ)を使って届けさせたということを話したらしい。


 二年前のブルーダイヤモンドの事件に関わった黒崎の会社の金庫から、精巧に作られた偽物の宝石が3個も出てきたことで、警察は事情を聞くために、任意で黒崎武夫を警察に呼んだ。 普通の宝石の偽物だったのなら、黒崎も警察に出頭を求められることもなかったのだろうが、その偽物の3個全てが、『何とかの泪』というような名前がつけられた世界的に有名な宝石と、台座まで同一の偽物だったので、疑惑を持たれるには充分だった。


 以前、黒崎武夫に警察が事情を聞いた時には、参考人ということで正義の味方は立ち会っていなかったが、今回は被疑者として呼ばれていたので、正義の味方(田畑君のお姉さんの華菜さん)が立ち会った。黒崎武夫は、嘘をつきまくって言い逃れようとしたみたいだけど、正義の味方の前では嘘なんか役に立たない。ブルーダイヤモンド事件の全てが、黒崎武夫の仕組んだことだったということが暴露された。ブルーダイヤモンドが偽物だと発覚する前に、偽物を本橋さんの宝石店から、二人組の泥棒が盗むように仕向けたのも彼だった。

 そして、ひどいことに、黒崎はもう一度、あの優しそうな本橋さんを騙そうと計画していたらしい。詐欺師って、一度詐欺にひっかかった人を、また騙そうとするんだね。


 本橋花菜さんとは、どうなったかって? 


 どうなるもこうなるも、彼女は僕たちが彼女のためにやったことについては何も知らないんだから、彼女に話しかけるきっかけもないままだった。そして事件の真相が全て明らかになると、彼女はまた転校していった。残念だったけど仕方ないよね。


 彼女が学校を去る時、ゴリラの咆哮みたいなものが聞こえてきた。

 もう、きみには察しがついていると思うけど、あの与田仁也が泣いていたんだ。


 これでブルーダイヤモンドに関わる説明終わり。

 とにかく、この事件に関わったことによって、こんな僕にも異能力があったということが分かり、能力検定試験を受ける気になったんだ。

 能力検定試験を受けるように勧めてくれたのは、田畑君のお姉さんの花谷華菜さん。花谷さんから突然メールをもらって、「あなたの能力には、まだ未知数の部分があるから能力検定試験を受けてみたら」と書いてあったんでビックリしたよ。そして数日後に受験票が郵送されてきたんだ。で、だめもとで受けてみたら合格したんだ。合格の知らせを受けた時は、絵を描く以外に何の取り柄もないと思っていた自分に自信がもてた瞬間だった。


 え、嬉しかったかって? 


 そりゃあ、嬉しかったよ。だって、憧れていた正義の味方になれるかもしれないと希望がもてたからね。

 僕の冬の時代が終わったというのは、きみからしてみれば少々大げさな言い方に聞こえるかもしれないけど、自分に自信がもてないのは辛いことなんだよ。


 へえ、自分に自信をもてることを自尊感情って言うんだ。初めて知った。


で、結局僕の能力は何だって? 


 あ、ごめんごめん。シャーロック系の能力の持ち主のきみでも分からないだろうね。

 だって、新しく認定された能力だから。

 僕が何かに集中した時には、普段の何倍もの力が発揮されるらしいんだ。絵を描く時もそうだし、鍵なんか開ける時もそう。偽宝石を見破った時もそうらしい。運動能力も格段に上昇する。脳も活性化されて、全ての記憶から条件にあったものを検索できる。…らしいんだけど、運動能力と脳の活性化に関しては、今のところ自分でコントロールできていない。


 で、僕の能力に付けられた名称が『火事場の馬鹿力系』。でも、そのネーミングでは格好悪いから、僕は密かに『FF系』と呼んでいる。火事のファイアーと力のフォースのFFね。


 あ、そんなに笑わないでよ。


 ところで、気になってたんだけど、真理さんて言ったけ、なぜ僕みたいな、田舎臭い男に声をかけてきたの? 


 えっ、自己紹介の時に名前を聞いて興味をもったから? 


 僕の名前の柊瞬って、そんなに興味深い? 


 ボクは、名前自体に興味をもったのではなくて、名前を聞いて僕自身に関して興味をもったからって。

 そうじゃないかな、と思ったけど、僕の話を聞いて、やっぱりそうだったんだって思ったって。


 うーん。きみの言っている意味はよく分からないけど、まあ、いいや。

 それより、怒らないで聞いてね。さっきから気になってたんだけど、きみって女の子なのに、自分のこと「ボク」って言うんだね。きみ、本当に女の子?


 「おだまり! 」って、そんなにきつく言わなくてもいいじゃない。冗談なんだから。きみってボクっ子とかいう人だろう。分かってるよ。

 

 えっ! おだまりって言ったのは、違う意味? どういうこと?

 

 紙に書いたら分かるって。

 

 ああ、そうか。きみの名前が「尾田真理」なんだ。

 ん? 尾田っていう名前、どこかで聞いたことがある。って、さっき僕が話した中で、田畑君が言ってたドS君の名前だ。

 

 も、もしかして、僕、勝手にドS君が男と思いこんでいたけど、きみが田畑君の知り合いのドS君なの?


 


 ドS君こと尾田真理さんが、僕の事を見て「これから、よろしくシュン君」と、にんまりと冷笑を浮かべた。それから、「ボクのことをさんざんドS呼ばわりしてたみたいね。あとで、ターにもお仕置きしないとね」と低い声で囁くように言った。

 ひえー!


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