トリプルスターズ誕生 カウントダウン1
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僕の能力と同様に、田畑君の能力にも限界がある。
相手が考えている事や思った事が分かるという点では、エスパー系テレパスの能力とほぼ一緒だが、田畑君の場合、相手から発せられるニオイを感じ取れないとそれが出来ない。つまり、田畑君が鼻風邪をひいていたりとか、ニオイが風で流されたりとか、相手と田畑君を遮断するものがあった場合は、その能力を発揮できなくなるらしい。
今、僕と田畑君は、池永澄子が昨日の夕刻にいた場所にいる。その場所に建っていたのは二〇階建てのオフィスビルで、様々な企業が入居している。真理さんの情報収集能力(ハッキングも含む)によって、そのビルに入居している企業の名称や設立時期と、企業の業績などが確認できた。それによって、怪しいとにらんだ(にらんだのは真理さんね)企業を三つに絞り込む事ができた。しかし、アジトはここだという決定的な確証が無い。
そこで、真理さんが立てた計画は、そのビルのエレベーターホールの近くにたたずみ、エレベーターから出てくる人のニオイを田畑君がチェックするという、気の遠くなるような地道な作戦だった。
三機あるエレベーターの中には、『ジュエリー祭り開催』というポスターと絵画の個展(印象派っぽい画風)の案内ポスターを貼った。ポスターはどちらも架空のもので、エレベーター内に無断で貼らせてもらった。そして、それを見た組織の人は何らかのニオイを発するのではないかというわずかな期待をもちながら、僕と田畑君は、朝からそこにいた。
ただ、困るのはエレベーターのドアが開くまで、どのような人がその中にいるのかが分からない事だ。エレベーターの扉にニオイが遮断されていて、扉が開くまでは田畑君の能力が発揮できないからだ。ヤクザっぽい人が乗っていて、エレベーターを降りた途端、僕たちに因縁をつけてきたりでもしたら怖い。
それより怖いのは池永澄子と鉢合わせすることだ。池永澄子が、変装していない僕たちを見て、模写小路実篤とその妹の静子だと気付くこともありえる。ギョエェー。
ただ、池永澄子を表す赤い光点は、今『画廊・みやび』の方にあって、ここには池永澄子はいない。しかし、あの名刺を他の者が持って『画廊・みやび』に行ったという可能性もわずかながらある。だから油断は出来ないのだ。
外から池永澄子がやって来る場合も想定して、その時は外で見張っている真理さんがスマホですぐ連絡してくれる手はずになっている。と、同時に、真理さんにはもう一つの役割がある。田畑君がニオイから読みとった情報で、この人じゃないかなと当たりをつけた人に、キャンペーン中の無料プレゼントを装って、盗聴器が仕組まれたマスコット付きのストラップを渡すことだ。
渡し方もただ渡すのではない。クジを引いて貰って、当たりを引いた人には、スワロフスキーで飾られた豪華な感じのするマスコットを渡す。そのマスコットに盗聴器が仕組まれている。真理さんが言うことには、当たりで貰ったものは稀少であるという心理が働いて、大事に扱ってくれるのだそうだ。
「でも、目指す人だけに当たりクジを引かせること難しくないのかなあ? 」と僕が心配したら、「マジックを使えば、そんなの簡単よ」と笑われた。
真理さん、マジックのタネも知ってるんだ。いつかマジックを披露してもらおう。
もちろん、怪しまれないように普通のストラップも用意して、他の人にも配る。マイクロ盗聴器は真理さんが製作し、この作戦にかかる費用も真理さんが負担した。費用が幾らかかったのかは分からないが、少なくとも数万円分にはなったのではないかと思う。僕がみんなで費用を割り勘にしようかと提案したら、「いいのよ。ボクんち超お金持ちだから」と断られた。
超が付くお金持ちってどんなものだ? 真理さんてセレブ? ゴスロリのセレブ?
色んな?マークが頭の中を飛び回ったが、とにかく真理さんの好意に甘える事にした。
作戦開始から二時間後、エレベーターから出てきた、縦縞が入ったちょっと派手めの紺のスーツを着ている三〇代後半くらいの男の人が通り過ぎてから、「今の人」と田畑君が僕に合図を送った。僕は気付かれないように、その男の人の後ろ姿をスマホでビデオ撮影した。ビデオ撮影されたものは、すぐに真理さんの持っているスマホに転送される。真理さんが、その映像を確認して、盗聴器付きのストラップを渡す手はずになっている。
その日、田畑君がニオイから組織の人じゃないかなと判断した人は、男女合わせて五人いて、その人たち全員に、盗聴器付きのストラップを渡すことが出来た。池永澄子と鉢合わせする事もなく、この日の作戦は成功に終わった。
午後八時過ぎになって、僕たちはナボコフにいた。当然のように、真理さんはゴスロリに着替えている。真理さん曰く、一日に一回はゴスロリの格好をしないと気分が滅入ってしまうのだそうだ。ホントかなあと疑いもあるが、そこはスルーしなければならない。
「この人ね」
盗聴器から拾った音を分析していた真理さんが言った。
「会話の中に、モネの絵のことや収集家という単語があったわ。だから、彼らのアジトかもしれない場所は、七階にあるこの企業」
タブレットの画面上に、あのオフィスビルに入っている企業の名称がずらっと並んでいる中から真理さんが指さしたのは、『株式会社あさぎり企画』という企業だった。
「何で、この企業と分かるとかな? 」
画面をのぞき込んでいた田畑君が、真理さんを見上げる。田畑君の方言禁止令は解除になっている。さっき真理さんが許してくれた。
「簡単よ。怪しいと思って三つに絞り込んでいた企業がある場所は、それぞれ五階と七階と十八階にあったわ。だから、会話から詐欺組織の人だと判断した人が、エレベーターを使った時の扉の開閉音と、扉が開いてから歩き出した足音から階数を導き出したのよ」
田畑君が首を傾げる。僕も首を傾げた。まだ理解できてない。
「はあぁ」と真理さんがため息をついてから、理解できない僕たちのために図解入りの補足説明を始める。
「いい。エレベーターのドアの開閉音がして、次に開閉音がするまでの秒数を計ったら、どれだけエレベーターが動いたかが分かるわよね。だから、階数が分かる。ここまでついて来れてる? 」
田畑君も僕も肯く。
「でも、エレベーターには他の人も乗っている事もあるのね。だから他の階でエレベーターが止まることもある。でも、自分の目的の階に着いたら、エレベーターから出て歩き始めるでしょ。だから、他の人が乗ってて途中でエレベーターが止まったとしても、歩き出した所までのエレベーターの動いた時間を計算すれば必然的に階数が分かるのよ。おわかり? 」
「わかった」
僕と田畑君は返事をシンクロさせて肯いた。
「明日、彼らのアジトに忍び込むわよ。一番危険なミッションになるかもしれないわ」
「忍び込んで何をするとかな? 」
「彼らのパソコンからデータを盗むのよ。彼らのパソコンの中には、これまでの、そしてこれからの詐欺に関わるありとあらゆるデータが保存されているに違いないわ。そのデータを盗み出すの」
「盗むの? それって泥棒じゃない? 」
僕が心配してると、真理さんが「泥棒じゃなくて、スパイよ」とニヤリと笑って続けた。
「だから、この一番危険なミッションの作戦名は『ミッション・インポッシブルⅡ』よ」
何かシリーズ化していきそうな不吉な作戦名だ。先が思いやられるぞ。
翌日、とっぷりと日が暮れてから、僕たち三人はあのオフィスビルの非常階段を上っていた。
三人とも黒ずくめの服装だ。見るからにスパイっぽい! って言えるのは、僕と田畑君だけ。でも、その田畑君も二個のプンプンバッチを上着の裾につけているからスパイっぽさが半減している。真理さんは黒ずくめと言ってもゴスロリだ。場違いな事この上ない。
「黒を基調にした服装で来てね」と言っていた真理さんが、その格好で待ち合わせ場所にやってきた時、田畑君は何か言いかけたが結局何も言い出せなかった。僕も「うっ」と言いかけたが、かろうじて我慢した。『マンボナンバー5』がいつまでも通用することはない。
確かにゴスロリは黒を基調にした服装だ。間違ってはいない。
ゾクッとした悪寒が走った。一昨日に電車の中で感じたものと同じだ。誰かの視線を感じる。でも、振り返ってみても、非常階段に僕たち三人以外誰もいるはずもなかった。
(誰か僕たちを見ているような気がする)
田畑君に心の中で問いかける。
「いや、わが輩、何も感じとらんが。シュン君の気のせいじゃなかとね」
囁くように田畑君が返答した。
(それなら良いんだけど…)
その時には、もう気配は消えていたので、若干の不安はあったけど、僕は気にしないようにしようと思った。
七階に着いた。
非常階段と七階の廊下を隔てている扉を開ける前に、真理さんがタブレットを取り出し操作した。
「何をしとるとね? 」
田畑君がタブレットを覗きこむ。
「彼らのアジトの『あさぎり企画』の部屋にある防犯カメラを操作しているのよ。部屋の中の様子を見ているの」
「そんなことができるんだ。僕にも見せて」
僕もタブレットを覗き込んだ。タブレットの画面には、部屋の中が暗くて赤外線映像になっているのか、少しだけ画像の解像度が荒くなっているが、無人の部屋が映し出されていた。
「すごいね。でも、どうやったの? 」
「このビルの管理システムにハッキングしたのよ。だから防犯カメラもこのタブレットで操れる。もっともセキュリティを突破するのにお昼いっぱいかかったけどね」
なるほど、だから今日の授業に真理さんが現れなかったわけだ。そんなことをしてたのか。
「じゃあ『ジュエル黒崎』に忍び込んだ時も、防犯カメラを操作してくれたら良かったとに」
田畑君がボソッと言った言葉に、真理さんがキッと田畑君をにらんだ。
「あの時は、まだボクが未熟だったの! それに文句をつける気。プンプンバッチ貰いたいの」
慌てて田畑君が首を横に振った。
今のは真理さんが正しいぞ、田畑君。過去のことをとやかく言う男子は嫌われるぞ。
田畑君に伝えるために思ったことではなかったが、田畑君が僕の方を見て、悲しそうに肯いた。
『あさぎり企画』に誰もいないことを確認した僕たちは、非常階段の扉を開けて、七階の廊下に出た。非常階段のすぐ近くにある『あさぎり企画』の部屋の前に進む。
『あさぎり企画』のドアの鍵は、やっかいな事に指紋認証システムだった。指紋認証のやつでは、いくら僕が鍵開け名人でも無理だ。
と、落胆していると、真理さんが指紋認証装置に人差し指を伸ばした。カチリとドアの鍵が解錠された音がした。
「え、どうやったの? 」
「前に作ってあげたことがあったでしょ。指紋認証解除装置よ」
真理さんが手を広げてみせる。真理さんは、薄い手術用みたいなゴム手袋をしていた。
「でも、どうやって指紋を手に入れたの? 」
「ストラップを渡す時にクジを引いて貰ったでしょ。そのクジの表面には特殊なコーティングがしてあって、指紋がつきやすいようになってたの。さあ、よけいなお喋りはこれくらいにして中に入りましょ」
先ず、田畑君がドアを少し開けた。部屋の中が無人なのは確認済みだが、念には念を入れてだ。中に誰かがいると田畑君がニオイで分かる。
「誰もおらん」
田畑君が合図を送り、僕たちは素早く部屋の中に入った。防犯カメラや室内の照明装置の管理システムは真理さんの手の内にあるので、前回『ジュエル黒崎』に忍び込んだ時のように焦る必要がない。ただ、部屋の照明を点けられないので真っ暗だ。目が慣れるまで時間がかかった。
田畑君がペンライトを取り出し点灯する。その僅かの光の中、僕たちは部屋の中を移動し、部屋の隅にあるパソコンを見つけた。
真理さんがそのパソコンを起動させる。次いで、真理さんが持ってきた、もう一台のタブレットとそのパソコンをUSBケーブルで接続した。
「フン。当然だとは思っていたけど、やっぱりパスワードでしっかりガードしているわね」
パソコンのディスプレイを見ると、パスワード画面が表示されている。正確なパスワードを打ち込まないと、それ以上前に進めない。
「でも、こんなパスワードなんか、ボクの手にかかると…」
真理さんがタブレット画面上で細い指を華麗に動かす。するとパスワード画面に●印が並んでいき、最後に真理さんがOKボタンをクリックするとパスワードが解除された。
すごい、パスワードを解除するのに5分もかからなかった。
僕は真理さんを尊敬のまなざしで見た。でも、暗いのでよく見えなかった。
真理さんがパソコンを操作している間、僕と田畑君はタブレットの画面を見ていた。このビルの防犯システムをハッキングして管理下に置いているタブレットだ。画面にはこのビルの出入り口やエレベーター内部、そして七階の廊下の防犯カメラの映像がマルチ画面となって映されている。もし組織の人間がやって来たら、すぐに逃げ出さなければならないからだ。
しかも、その人間が池永澄子(神谷美佳)と昨日見た男の人なら、組織の人間とすぐに分かるのだけども、その他の人だった場合は組織の人間とは分からない。だから、誰かがビルに入ってきて、エレベーターのボタンの七階を押したら、組織の人間であることを疑わなければならない。
「データ量が多すぎるわ。ダウンロードするのに、あと三分二七秒かかる」
真理さんの呟きが聞こえた。
真理さんが呟いてからしばらく経った時、ビルの入り口に人影が現れた。
「誰かビルに入ってきた」
真理さんに伝える。
「エレベーターに乗ったら、何階のボタンを押すかをよく見ておいて。それで、もし七階を押したら、そのタブレットをボクに渡して。ダウンロード完了までは、あと一分三十四秒。それまでは時間をかせがないと」
真理さんの声に若干の焦りを感じた。
ビルの中に入ってきたのは男の人だった。男の人は真っ直ぐにエレベーターホールに向かいエレベーターに乗り込んだ。
男の人が何階のボタンを押したのか確認するために、僕と田畑君は目を凝らしたが、男の人の身体が邪魔をして、エレベーターの操作パネルがよく見えない。ようやく見えた時には、エレベーターは五階を過ぎていた。
「真理さん、七階を押しとる」
田畑君が、慌ててタブレットを真理さんに渡す。
「三秒遅い」
そう言い放ちながらタブレットを受け取った真理さんの指が、高速で盤面上を動いた。
「エレベーターを七階をスルーさせ、九階で止めたわ。うまい具合に、七階に着いたと勘違いして降りてくれた。エレベーターを最上階まで行くように操作したから、彼がまたエレベーターに乗って七階に着くまで、約六十三秒。無理、時間が足りないわ。そうか、一旦他の階で停止させて、誰かが乗り込んだ様に装えば」
真理さんは、ぶつぶつ呟きながら、指を休むことなく動かし続けている。
「これでいい。あとはエレベーターを待つ事にしびれをきらして、階段を使うことを選択しないように祈るだけね。ター君、もし、この男が非常階段の扉を開けたら、すぐに報告して」
真理さんが、タブレットを田畑君に渡した。
田畑君が手にしたタブレットを僕ものぞき込む。
男の人は、九階のエレベーターの扉の前で、イライラしたように階数の表示を見ていた。ところが、なかなか降りてこないエレベーターに業を煮やしたのか、非常階段の方に向かって歩き出した。
「真理さん、男の人が非常階段に向かった! 」
「ダウンロード完了まで、後三十二秒。男が階段を下りて、ここの階に着くまで、普通の速度なら約二十七秒。だめ、三秒足らない。ダウンロードが完了しても、この部屋から逃げ出せなくなる」
真理さんが焦っていた。
「仕方ない、逃げるわよ! 」
僕は、部屋の中をすばやく見回した。眼が暗闇に慣れてきていたので部屋の中の様子が少しは見える。机やソファーなどがあり、隠れる場所はあることが分かった。僕は、パソコンをシャットダウンしようとしてマウスに手を伸ばした真理さんの手を制した。
「真理さんと田畑君は先にこの部屋から出て、このビルの照明を消して」
「シュン君、何言ってるの! 」
真理さんが怒ったように言う。
「僕は、ダウンロードが終わったら闇に紛れてうまく逃げ出す」
「シュン君、あんたバカぁ? そんなことできるわけな・ 」
僕は真理さんの言葉を遮った。
「大丈夫、自信はあるんだ。さあ、出てってよ」
僕は、真理さんと田畑君の背中を押した。
「早くしないと三人とも捕まってしまう」
僕は二人を外に押し出すとドアを閉めた。
ドアの外から、「ちょっと、シュン君! 」という真理さんの声が聞こえたが、すぐにやんだ。
真理さんのことだ。今後の展開を冷静に分析し、最良の方法をとったに違いない。おそらく非常階段を除くビル内の全ての照明が消え、真理さんと田畑君は廊下の奥で闇に潜んで、エレベーターに乗る機会をうかがっているだろう。
ダウンロード完了まで、後六秒。男の人は今頃、この階に着いたところだ。ただし、非常階段のドアを開けたら、廊下は真っ暗闇になっている。眼がある程度慣れるまでは、普通には歩けないはずだ。
データのダウンロードが終わった。
僕はパソコンからUSBコードを引き抜くと、パソコンのシャットダウンを行った。こんな時、シャットダウンにかかる数秒の時間がもどかしい。画面が明るいままだと、男の人が部屋に入ってきた時に、すぐにばれてしまう。
ガチャっとドアが開いた時、パソコンの画面が消えた。間一髪だ。部屋の中が真っ暗闇に戻った。
僕は、タブレットを小脇に抱えながら、ソファの後ろで身を潜めていた。スキンヘッドの大きな男の人が部屋の中に入ってきたのが気配で分かった。
「ちっ、部屋の中も停電か」
男の人の声がした。すぐに、ぼうっと明るくなった。おそらく男の人が懐中電灯か何かの灯りを点けたのだろう。
僕は、その灯りから遠ざかるようにしてドアの方に向かった。
男の人には気付かれなかったみたいだ。ドアの所まで来ると、ドアノブに手をかけた。ゆっくりとドアを開ける。身体が通れるだけの隙間をつくると素早く廊下に出た。廊下に出たことに安心してしまったのがいけなかった。
ドアノブが元に戻る時に、カチャッという音が鳴ってしまった。「誰だ! 」という男の人の怒鳴る声が、部屋の中から聞こえた。僕は大慌てて非常階段に向かった。自分でも信じられないくらいのスピードで、一気に一階まで駆け下りた。
ビルの玄関を出た時、目の前に人がいた。
「残念だったな」
いきなり腕を捕まえられた。凄い力だった。
僕を捕まえたのは、中年のおじさんだった。顔を見ても知らない人だったが、以前聞いたような声だったから、その人が神谷美佳からクリスタルと呼ばれていた人だと思った。
「捕まえたぞ」
おじさんが、ビルの奥に向かって叫んだ。その後、ゴホゴホと咳き込んだ。
まだ、病院には行ってなかったのだろうか? 嫌だなあ、風邪うつさないでよね。
カツカツカツとヒールで廊下を歩く音がして、女の人が現れた。神谷美佳だった。
「うちの事務所に忍び込むとはいい度胸をしているわね」
神谷美佳が、腕を組みながら僕を見た。
「何の目的で、ぼくみたいな中学生の坊やがうちの事務所に忍び込んだのかは知らないけど、忍び込んだ事を覚悟して貰うわよ」
ガーン! 僕って高校生には見えないんだ。でもって、僕と以前会っていることは気付いていないんだ。って、そんなことを思っている場合じゃないんだった。僕はピンチだったんだ。
「うん、そうなの。だからぁ、今、彼とそっちに向かっているところなんだけどぉ、よく分からないのよ」
妙に甲高い透き通る声が、通りの向こう側から聞こえてきた。真理さんの声だ。そっちを見ると、真理さんと田畑君が、こっちに向かって歩いてくる。真理さんはスマホを持っていて誰かに電話しているみたいだ。んでもって、真理さんと田畑君は仲良く腕を組んでいる。その様子はまるで恋人同士だ。
やばいよ、来ちゃダメだって。
僕の心の中での呼びかけも、風に流されてニオイが田畑君に届かないのか、二人はどんどんこちらへ向かってくる。
「あっ、あそこに人がいた。あの人たちに訊いてみるから待っててね」
真理さんがそう言って、僕たちの方へ向かってきた。クリスタルが僕の左腕を背中の方へねじ上げて、
「余計な事を喋ったら、腕をへし折るからな」と囁いた。
「あのう、すいません」
真理さんが、天使の微笑み(仮)をつくって、クリスタルの方に寄ってきた。つまり僕の方にだ。
真理さんは類い希なる美少女で、おまけにその格好はゴスロリだから、まさかその娘が僕の仲間だとは微塵も思わなかったのか、クリスタルは「何でしょう? お嬢さん」と紳士的な声をつくった。
「道を尋ねたいんですけど。この場所なんですけど」
真理さんが、スマホの画面を先ず僕に見せた。スマホの画面には地図らしきものと、その下に『ビリッとくるけど、ガマンしてね。男の子でしょ』という文字があった。ん? 何なんだ?
僕が首をひねると、「おじ様は分かりますか? 」と言いつつ、真理さんはスマホを僕の後ろ側に立っているクリスタルの方へ向けた。
バチッという音と共に、青白い光が出た。瞬間、僕のひねり上げられた腕に電気が流れた。
「いたっ! 」
僕はちゃんとした悲鳴をあげる事ができたが、クリスタルは、戦隊ヒーロー(派手な正義の味方)物に出てくるその他大勢の怪人さんが出すような「ギッ」という短い声を出して、僕を掴んでいた手を離すとその場にうずくまった。
「シュン君、逃げるわよ」
真理さんが僕の手を掴んで走り出す。
「お待ち! 」
神谷美佳が、僕らの前に立ちはだかったが、真理さんが青白い光をその先端から発しているスマホを彼女の目の前に向けると、たじろいだのか身を引いた。田畑君が、すかさず神谷美佳を押し倒した。その横を走り抜ける。
「スタンガン? 」
駈けながら訊いた。
「そう、一〇〇万ボルトのね。でも一度使うとスマホのデータが消えてしまうのが難点ね」
以前、真理さんの改造したというスマホからは、ムチでも飛び出してくるんじゃないかと妄想した事があったけど、まさか、スマホにスタンガンが仕込んであるとは…。
「データって言えば、もしかしてこのタブレットにも影響が出るんじゃない? 」
僕は右手に抱えていたタブレットを見た。
「大丈夫、もうそのタブレットのデータは転送されてるから」
転送って、どこに転送されてるんだろう?
そう思いながらビルの角を僕たちが曲がった時だった。
暗がりの中から、大きな男の人が、僕たちの行く手に立ちはだかった。
「そこまでだ! 」
僕たちは、すぐに立ち止まった。その男の人が手に物騒な物を持っているのに気付いたからだ。男の人が持っていたのは拳銃だった。その銃口をこちらに向けている。
「動くなよ。動くとぶっ放すからな」
その声から、その男の人がさっき部屋に入ってきた人だと分かった。でも、それが分かってもどうすることも出来ない。僕たちは立ちすくむしかなかった。
「サファイヤ、ゴホッ、良くやった」
僕たちの背後から声がした。クリスタルの声だ。目の前の、この大きな男の人はサファイヤというのか。全然似合わない呼び名だ。でも、スキンヘッドの頭の光りかたは、サファイヤの輝きに似ているのかもしれない。うん、きっとそうだ。ダイヤモンドでは眩しすぎるから。
「おまえたちは何者だ? 」
僕たちの前に回り込んだクリスタルが、真理さんの顔をのぞき込みながら怒鳴った。さっきスタンガンでやられた事を、そうとう怒っているようだ。
「正義の味方よ」
真理さんがしれっと言い放った。真理さん、こんな時にも冷静だ。さすがだ。ドSの鏡だ。
「正義の味方ぁ。ふん、笑わせるな。ゴホ、おまえらみたいなガキが正義の味方のわけないじゃないか。ゴホッ、おい、サファイヤ、こいつらを事務所に連れて行くぞ。そこで全て吐かせてやる」
「さあ、とっとと歩きやがれ」
大男サファイヤが、その名前に似つかわしくない時代劇口調で僕たちを追い立てた。
てっきりビルの中に連れ込まれると思っていたのだが、僕たちが連れてこられたのは、ビルの裏手にある駐車場だった。
「さあ、そこの車に乗りな」
クリスタルが、黒いワンボックスカーを指さした。誰かがリモコンで操作したのか、後部のスライドドアが自動で開いた。そこに乗り込めということだろう。僕たちは仕方なく後部座席の3列目に乗り込んだ。真理さんを真ん中にして僕と田畑君が両側に座った。膨らんだ真理さんのスカートが、座るのにちょっと邪魔だったが、文句は言うまい。
「ボクたちをどこに連れて行く気? 」
真理さんが2列目の座席に座って僕たちを監視している大男サファイヤに訊いた。
「俺たちのアジトだよ」
大男サファイヤがニヤリと笑う。上の前歯が一本欠けていた。虫歯だろうか?
さっき田畑君に突き飛ばされた時に痛めたのか、腰の辺りを押さえながら、数分後にやって来た神谷美佳も2列目の座席に座った。
「見かけが変わっていたから気付かなかったけど、模写小路実篤先生、妙なところで会いましたね」
神谷美佳が田畑君を見て薄ら笑いを浮かべた。
「まあ先生には利用価値がまだありますから、手荒な事はいたしません。絵を描くのに大切な手を傷つけでもしたら、大変ですものね。安心してくださいな」
神谷美佳が、右手の甲を口に添えて、「おーほほほ」と漫画みたいな笑い方をした。
やばいぞ。田畑君には手荒なマネをしないということは、僕と真理さんには手荒なマネをするという宣言だ。どんな手荒なマネをするつもりなんだろう?
「ボクたちを殺す気? 」
「まさかあ、私たちは悪人だけども、人殺しまではしないわ」
そう言った神谷美佳の目が右上に動いた。以前、真理さんに教えて貰った、人が嘘をつく時の目の動きだ。この人たちは、僕たちを殺す気なんだ。非常にやばいぞ。
当然、観察力が優れている真理さんの事だ。神谷美佳の本心を見破っているはずだ。もちろん、ニオイで相手の心が分かる田畑君もだ。僕たちは顔を見合わせた。
田畑君は落ち着いていた。真理さんを守り抜くという決意を胸に秘めているに違いない。真理さんも落ち着いていた。計り知れないドSの風格が感じられる。
そして、不思議な事に僕も落ち着いていた。どうやら危機に接すると集中力がアップされるみたいだ。こうやって冷静な分析ができているのも、そのおかげだろう。
田畑君が、一瞬きょとんとした表情をした。
「真理っぺ? 」と小さく呟く。真理さんが肯く。すると、田畑君も肯いた。何なのだろう?
僕たちを乗せた車が動き出した。
約二〇分ぐらい走っているだろうか。車はどんどん街中から離れていく。つまり人気のないところに僕たちを運んでいるわけだ。ますますヤバイ展開になってきている。
やがて車が、大きな建物の前で止まった。トラックがそのまま入れそうな大きな扉があるから、倉庫なのだろうか。
「おい、降りるんだ」
大男サファイアが、銃口をこちらに向けて僕たちに命令した。
僕たちは無言で車を降りた。潮の匂いがした。暗くてよく見えないが、近くに海があるのだろうか。
一瞬、遠くから誰かに見られている気がした。最近感じている気配だ。僕は辺りを見回したが誰もいなかった。
「何してる、さっさと歩け! 」
大男サファイヤが怒鳴り、僕たちは倉庫の前に連れて行かれた。倉庫には大きな扉の横に小さなドアがあった。クリスタルがそのドアの鍵を開けた。
「中に入るんだ! 」
またしても大男サファイヤが偉そうに命令した。
倉庫の中に入る時、何かが落ちたような微かな音がした。でも、悪人三人組は気付かなかったみたいだ。
倉庫の中は薄暗かったが、真っ暗というほどでもなかった。
また、何かが落ちた音がした。
今度は、大男サファイヤが気が付いた。なぜなら、その落ちた物は、彼の足下に転がったからだ。大男サファイヤはかがみ込んで、それを拾った。
「なんだ? このけったいなバッチは? 」
大男サファイヤが拾った物を手のひらにのせて見ていた。
その時、たった今入ってきた倉庫の入り口の方で、パン! と何かが弾ける音がした。
「誰だ! 」
大男サファイヤが、背後を振り返り、銃をそちらに向けた。クリスタルも神谷美佳もそちらを向いた。次の瞬間、今度は大男サファイヤの手の中で、パン! と何かが破裂した。
「いっ! 」
大男サファイヤが小さな悲鳴をあげ、持っていた銃を落とした。カラカラからと音を立てて銃が床を滑った。
「シュン君! 」
真理さんが全てを言わなくても、僕は自分のするべき事が分かった。自分でも信じられないスピードで床を転がり、銃を拾った。すぐに起きあがり、銃を悪人たちに向ける。もちろん、撃つ気なんか毛頭ない。大男サファイヤもスキンヘッドだから、毛頭ない。いけない! ふざけている場合ではないのだ。
「ガキが、舐めた真似してくれるねえ」
そう言った神谷美佳の手には銃が握られていた。銃口が真理さんに向けられていた。
「銃を捨てな。さもないとこの娘を殺すわよ」
「シュン君、捨てちゃダメよ」
真理さんが叫ぶ。でも、真理さんの命が大切だ。だって仲間なんだ。
僕は、持っていた銃を床に捨てた。
「いい子だねえ。その素直さに免じて、おまえから先に殺してあげるよ。死にな」
銃口が、僕に向けられた。
「やめてぇ! 」
引き金にかかっていた神谷美佳の人差し指が動いた。
その瞬間、僕の脳内で何かが活性化した。真理さんの叫び声が途中で消えた。周りの全てが無音になった。ゆっくりとした速度で、発射された弾丸が、真っ直ぐこちらに向かってくるのが見えた。
僕は、その弾丸を身体をひねって避けた。僕の肩の上を弾丸が通り過ぎていった。
「な、なに? 今の動きは」
気付くと、神谷美佳が動揺していた。
「弾を避けただと! ふ、ふざけやがって! いい! おまえより先にこいつらを殺ってやる!」
ヒステリックに叫んだ神谷美佳が、銃を真理さんたちの方へ向けた。田畑君が素早く真理さんの前に立ちはだかる。
いけない!
僕はとっさに真理さんたちの元に駆けた。その時、おかしなことが起こった。神谷美佳の身体は真理さんたちの方に向いているのに、銃を持った彼女の右手だけが彼女の右横に立っていたクリスタルと大男サファイヤの方へ大きく動いたんだ。
パン! パン! と乾いた音が二発響いた。
「な、なぜ」
苦しそうな呻き声をクリスタルがあげた。腹部を手で押さえていたが、指の隙間から血がにじんできていた。大男サファイヤも同様だった。彼も太股を撃たれ、うずくまっていた。
「な、なぜ俺たちを撃った! 」
大男サファイヤが、神谷美佳に向かって吠えた。
「わ、分からないわよ。手が勝手に動い…、な、なに? 」
銃を持った神谷美佳の手が、ブルブル震えながら自分の頭の方へ向かっていく。
「や、やめてぇ」
神谷美佳が泣き叫び、それでも手の動きは止まらなかった。銃口が神谷美佳のこめかみに押しつけられ
た。
このまま引き金が引かれると彼女は即死してしまう。僕は、神谷美佳に向かって走った。
「空、止めなさい! 」
女の人の声が倉庫の中に響いた。
次の瞬間、銃を持った神谷美佳の手がビュンと上に向かって伸び、パンという音と共に、天井に向かって銃弾が発射された。呪縛が解けたのか、神谷美佳が、へなへなととその場に座り込んだ。
僕は、女の人の声がした方、つまり倉庫の入り口の方へ顔を向けた。そこには、甘ロリの衣装に身を包んだピーチさんが立っていた。
サイレンの音が遠くから聞こえてきた。
あれから一週間が経った。
僕と田畑君と真理さんの三人は、警察で叱られた。特に、真理さんは、花谷華菜さんや花谷鶴吉さんにさんざん叱られていた。
華菜さんは、真理さんが事件の事で情報分析をすることは真理さんのシャーロック系の能力を磨くためには良しと考えて、ある程度の警察情報を教えてくれたらしいのだが、まさか真理さんが、こんなに深く事件に関わろうとするなんて思ってもみなかったのだろう。メールのやりとりでは、テレパスの能力も役に立たないのだ。
でも、真理さんの性格(ドS)を理解していれば、こんなことになることは、ある程度予想はついただろうに。
宝石詐欺事件から始まった事件は、その後の警察の捜査によって解決した。
詐欺グループは、神谷美佳とクリスタル、それに大男サファイヤの三人組の他にも後六人もいた。そのことは、真理さんのタブレットから警察のPCに自動転送されたデータによって分かった。
詐欺グループは次々と逮捕された。神谷美佳に銃で撃たれたクリスタルも大男サファイヤも、幸いな事に命に別状はなかったらしい。
でもって、僕たちは今、ナボコフにいる。
店の奥の席で、僕と田畑君が並んで座り、僕たちの前にはゴスロリの衣装の真理さんと、甘ロリの衣装のピーチさんが座っている。二人ともホットココアの入ったデミタスカップを、優雅に口に運んでいる。
僕たちが、ここに集まった訳は、ピーチさんがなぜ、あの現場に現れたのか教えてもらえるからだ。それに、後二つ、僕の頭の中で、仲良くペアでアイスダンスをしている?マークの疑問もある。それは真理さんに訊けば分かることだが、ついでにそれも教えて貰おう。ピーチさんがいる前では、ドSさも少しは控えてくれるかもしれない。うん、期待しよう。
「私には、双子の弟がいるのね」
カップを置いてピーチさんが話し始めた。
「以前話したからマリちゃんはもう知っているけど、私は聖技能学園にいたの。双子の弟の空も一緒にね」
僕は、思い出した。入学後の生徒会のオリテンで聞いた話だ。確か、エスパー系の能力者の双子の弟の方が行方不明になったと。
「ピーチさんて、能力者なんですか? 」
僕は訊いた。
「そう、エスパー系サイコキネシスの能力者よ。弟の空もそうだったわ」
「サイコキネシスの能力って、念じるだけで物体を動かせる能力ですよね。エスパー系の能力の中でも最強の能力だ。そんな能力の持ち主の人がなぜ、事件に巻き込まれて行方不明になったのですか? 」
田畑君は、ピーチさんのニオイでもうすでに全てを理解してしまったのか、質問するのは僕だけだ。
「事件に巻き込まれたのは、弟じゃなくて弟の恋人だった子。中学の時からの同級生で、彼女の方は普通の子だったから、違う高校に通っていた。空が家に連れてきたことがあったから、私も会ったことがあるけど、笑顔が可愛い明るい子だったわ」
ピーチさんの表情が暗く沈んだ。
「でも、弟と一緒にいたから、彼女も能力者と思われたんでしょうね。異能力を利用しようとした犯罪組織に拉致され、彼女が能力者じゃないと分かると無惨にも殺されてしまった。遺体で発見された彼女を見た時の空の怒りの感情は凄まじかったわ。犯人を絶対に見つけだして復讐してやると叫んでいた。でも、正義の味方になる者は、私怨に自分の能力を使う事は許されない。だから、空は身を隠した。そして、人殺しも厭わない犯罪者を見つけ出しては抹殺しようとしている」
もしかしたら、度々感じていた気配は、この空という人のものかもしれない。何となく、確信があった。
「そうか、それでピーチさんは、空さんの復讐を止めさせるために学園を去ったのですね? 」
「そうね。そうとも言えるかしら」
ピーチさんが微笑んだ。
「でも、私一人の力じゃ無理だから、マリちゃんにもマリちゃんが中学の時から、警察情報を収集してもらっているの」
「つまり、警察のコンピュータへのハッキングね」
真理さんが威張ったように付け加える。って、それ犯罪だろ!
「いいのよ。正義の活動のためなら」
僕が考えた事を見透かしたように、真理さんが言い放った。
「あの日、真理ちゃんから緊急信号が届いたの、空が関わっていそうな事件があったら、緊急信号を発信してくれるんだけど、今回は真理ちゃん自身も巻き込まれていると知って驚いたわ。で、急いで駆けつけたの」
「緊急信号って、どうやって送ったの? スタンガンとして使って、スマホはもう使えない状態だったんじゃないの? 」
真理さんに訊いてみた。
「もちろん、スタンガンとして使う前よ。それにGPS発信装置は彼らのワンボックスカーの中にあったわ」
「もしかして、神谷美佳は、まだ模写小路実篤の名刺を持っていたの? 」
「そう、だからピーチちゃんにそれを頼りに現場に来てもらったの」
「じゃあ、もし神谷美佳が名刺を持っていなかったとしたら? 」
「私たちは空さんの復讐劇を最前列で目撃することになっていたわね」
真理さんが、そう言ってニタリと笑った。……こわっ。
その後、真理さんが、もったいつけながら教えてくれた、僕が疑問に思った事、その一。
「なぜ、倉庫でパンと何かが破裂したの? 」
「あれは、ター君がつけていたプンプンバッチよ。あのバッチ、安全ピンを外したまま一分経つと破裂するようになっているの。でも安心していいわよ。大怪我はしないように作ってるから。…たぶん」
真理さんがニコッと微笑む。おいおい、そんな物騒な物作っておいて、その天使の微笑みはないでしょ。そう言えば、あのバッチ、田畑君から借りて盗聴器が仕組まれていないか確かめた事があったけど、あの時、もし安全ピンを外したままだったらと思うと、――ひえぇ。
で、疑問、その二。
「どうやって田畑君に、そのバッチのことを伝えたの? 真理さん喋ってなかったし」
「その質問にはわが輩が答えよう。あの時、真理っぺ。いかん、真理さんのニオイが読みとれたんだ。真理さんはわが輩に、プンプンバッチを外して落とすように命令ばした。だから、わが輩はその指示に従った。…ん? でも、なぜ急に真理さんのニオイが読みとれたとやろう? 今は、また読みとれんごとなっているのに」
「フフン」
真理さんが鼻で笑った。
「シールドを解いたからよ。あの時は非常事態だから、ボクの心をター君に読ませてあげたの。もうシールドを張っているから、読みとれないわよね、ター君」
「うん、残念ながら」
田畑君、本当に残念そうだ。うなだれた田畑君の頭の上に、しょぼんという言葉がのっているように見えた。
シールド? シールドって何だ? 真理さん、どうしてそんな事が出来るんだ?
疑問に思ったが、この質問には、訊いても答えてはくれないだろう。
でも、田畑君。安心して良いと思うよ。あの時、銃口が真理さんに向けられた時、とっさに真理さんの盾になろうとした田畑君の後ろで、真理さん泣きそうな顔で、田畑君の前に出ようとしてたんだから。真理さんの口が、「ダメぇ! 」と叫んでいたんだから。
気持ちが直接読みとれなくても、真理さんは田畑君のことが好きなんだということは、はっきり分かっているんだよ。
そんな僕の心の呟きを読みとれなかったのか、田畑君は相変わらず、しょんぼりしたままだ。もしかすると何らかの理由で、僕のニオイが漂わなかったのかもしれない。
でもって、僕が慈愛に満ちた表情で二人を交互に見ていると、真理さんが僕の方をキッと睨みつけた。
言ったら、コ・ロ・ス。
声には出してなかったけど、真理さんの口がそう動いた。――ひえぇ。
トリプルスターズの誕生
「何? トリプルスターズって? トリプルスターズって、三人のスターってことでしょ。どこにスターが三人もいるのよ。今のところスターって呼べるのは、ボク、尾田真理だけよ。ター君もシュン君もまだまだヒヨコなのよ。スターと呼ぶには一〇年早いわ。シュン君も高速の動きが出来たのはあの時だけだし、ター君もボクのシールドを突破できないし、能力が本当に覚醒してからじゃないとスターとは呼べないわ。分かってるわよね、二人とも」
僕と田畑君は、肯くしかなかった。
でもって、トリプルスターズの誕生は、まだまだ先の事なのです。




