後編
時は流れ、私は13歳となりました。
この国には12歳から15歳の子女が通う王立学園があります。
強制では無いし、安くは無い金額を支払うことになるので、入学するのは高等な教育を受けたいか人脈を広げたい貴族や富裕層。そして、学生の一割ほどは奨学生試験を合格した、優秀だけどお金が無い貴族や平民。
私も去年入学いたしましたわ。
公爵家・侯爵家の令息令嬢が卒業したので、来年殿下が入学するまで、この学園で一番身分が上なのはこの私ですの。
まさに、我が世の春ですわ〜。
私こそ、この学園の女番長。気分は『極道の妻たち』の岩下志麻姐さん。私のシマを荒らす奴がいたら「あんたら、覚悟しいや!」だ。(あ、言葉遣いが戻ってしまう)
授業が終わって渡り廊下を歩いていると、前を歩く女子生徒に勢いよくボールが飛んで来たので、ぶつかる前に魔法で破裂させます。慌てて飛んで来たボールを蹴った男子生徒たちに
「中庭はボールの使用は禁止ですわ」
と、冷たく言って去る。ふふーん、ボールの弁償なんてしてあげなくってよ。
ボールの破裂音に反応して威嚇行動に入った花壇の蜜蜂を次々と凍結させ、目的の図書室へ足を運びます。今日から新しい司書が勤務してるはず。確か子爵家の四男とか。どんな奴かチェックしておこうと思ったのですが、どんな奴かは漏れ聞こえてくる声でわかってしまいました。
「でもねえ、あんた平民だろ? この本はとても高価だよ? ちゃんと返すの?」
「返します!」
うん、嫌いなタイプですわ。思わず淑女らしからぬ勢いで図書室のドアを開けてしまいました。
「すばらしい考えですわ!」
話していた司書と男子生徒が驚いてます。
「つまり、貧しい平民には“貸与”ではなく“贈与”するとおっしゃるのですね! さすが貴族のご子息。もちろん、贈与した本はご自分で補充されるのですね!」
ブックオフの無いこの世界、何年も前に発行した専門書の入手がどれだけ大変か思い知るがいいわ。
「さあ、お言葉に甘えましょう」と本を持った男子生徒を促すと、一度は帰ろうとした男子生徒だが「いえ! 読み終わったらちゃんと返しますので手続きを!」と司書の元へ行ってしまった。ちっ。
二人が話してる時、窓の外に見える園芸倉庫から煙が出てるのに気付いて駆けつける。あの煙は隠れ煙草だ。私のシマで何しやがる。
扉を開けるなり魔法で水をぶち込むと、ずぶ濡れの男子生徒二人が逃げて行きました。床には不格好な手巻き煙草の残骸。学園長に報告ですわね。全生徒の顔と名前は頭に入ってるぜ!
「昨日は何をしてたのだ?」
今日は、王子妃教育が終わった後に殿下とお茶です。
殿下は只今11歳。すっかり大人に…なんて田舎のばあちゃんみたいな事は言いません。いつも顔を合わせてるから特に変わったとは思えず。まだ私よりちょっと背が低い。
「昨日は学園に行ってました」
「具体的には?」
「えーと、一限が国史でニ限が」
「授業の後だ」
「普通に意地悪してましたよ?」
「ボールや蜂や司書から生徒を守って、魔道煙草を摘発したのでは?」
「何の話です?」
「……」
「早く殿下も入学して欲しいです」
「そ、そうか?」
「皆に見せびらかして、悔しがらせるんです〜。私の婚約者なのよ〜って。ふっふっふ」
「そうか…婚約者か…」
「それに、殿下が運命の人と出会えるかもしれませんしね!」
「………そう…か…」
「平民の奨学生と恋に落ちるというのもありかと思ったんですが、ほとんど男の子なんですね。やっぱり女の子は料理や裁縫が優先になるから…」
「男…? そうか学園には男がいるんだ」
「半分以上男子ですよ?」
「学園に視察に行く!」
「は?」
何という事だ。男の子に会いに行きたいだなんて。殿下はボーイズがラブする人だったのか。
「お前を愛することはない」ってそういう事だったのね。
殿下は本当に視察を決めてしまった。
そんなわけで、今、私と学園長は学園の正面玄関で殿下の馬車を待っている。
やがて馬に乗った騎士に取り巻かれた殿下の紋章を付けた馬車がやってきて、私たちの前に止まった。扉の前に御者がステップを置き、殿下が降りようとした時、後ろから「殿下ぁ~」と、甘ったるい声がした。
忘れてたー! 縁談をゴリ押しする断りづらい家ナンバーワンの人!!
振り返れば、想像通り学園では場違いな華やかなドレスを着た隣国の第三王女が侍女三人を従えて立っていた。そう、殿下の妻の座を狙っているのはこの人。今年から留学してきたのだ。
彼女の入学前に王妃様からとくと教えられた。
「殿下を狙って王女様が留学…ですか?」
「そう。隣国では、王女は美しく優雅であらねばならないの」
「それはいい事では?」
「隣国にいる間ならいいのよ…。王宮で蝶よ花よと贅沢に育てられ、彼女たちは『それが普通』となっているから、他国に嫁いでも生活水準は変えようとしないわ。例え国庫を空にしても。だって本人にはそれが普通の生活なんですもの。湯水のようにお金を使われ、やっていけなくなって隣国に援助を求めたら、もうおしまい。内と外から支配されるわ」
「怖っ!」
「ただねぇ、この話が広まってるから王女の嫁ぎ先が見つからないのよ。贅沢させられる経済力があって、誰とも婚約してない釣り合う年齢の王子がいる国なんてそうそう無いでしょう? うちもあなたという婚約者がいるんだけど、二歳年上でもいいのなら、一歳年上の王女の方がふさわしい!みたいなことを言ってるの」
「必死ですねぇ」
「留学を断れなかったわ…。でも、王女のあの成績なら、あの子が入学する前に強制送還になると思うの。その前に強引にアプローチするかもしれないから気をつけて」
「そんな人が殿下と結婚だなんて…」
「大丈夫よ、あの子が好きなのは」
「苦労して納めた税金を、そんな事に使われてたまるもんですか!」
「あ、そっちね」
言われてたのにー!
王女は当然のように殿下の横に付いた。仕方なく私と学園長が前に立ち、後ろに殿下と王女、周りに護衛、最後に王女の侍女たちという学園案内ツアー御一行様になってしまった。
頭は残念なのに、情報網は凄いな!
施設を説明しながら学園内を歩く。
ゴージャスな容貌の王女は、殿下と並ぶと中々お似合い…なんだけど、場を弁えないドレスとアクセサリーに、周りの生徒の見る目は冷たい。殿下しか目に入って無い王女は、気にする様子は無いけど。
殿下も王女を気にする様子は無く、私に話しかける。
「あそこのベンチがお前がよく本を読む場所か」
「そうなんです! って、話した事ありましたっけ?」
『王家の影』なんて単語が浮かんだけど、婚約解消前提の婚約者にまさかね。
「彼が学園の生徒会長です。時々私も仕事を手伝うんですよ」
「ぜひ詳しい話を聞きたい!」
「彼女は、私も入会してる『魔道獣クッキング研究クラブ』の会長です」
「この前の発表は興味深かった。これからも励んでくれ」
「彼は私の学年の最優秀生徒です。私も一緒に勉強会をやってますの」
「ぜひ詳しい話を!」
…やっぱり殿下ってボーイズへの態度が熱いと思うんだけど。
たくさん見て話して、学園長室に戻って来たのは結構時間が経った頃だった。
「キャア! 私のブレスレットが無いわ!」
今まで存在感の無かった王女が叫ぶ。
「まあ! ドレスがいつの間にか切り裂かれている!」
王女のドレスに何重にも縫い付けられているレースの一部が刃物で切られて、切り口からほつれている。
「これは、私の近 く に い た 人 が魔法でやったんだわー!」
と、私を見る。
頭は残念なのに、悪知恵は凄いな!
10倍返ししたる!と思う私の前に、怒りの表情を隠す事なく殿下が立った。
「彼女が盗むことはありません。あの三色の金のブレスレット。あの金は彼女が作った物ですから。彼女は誰より沢山持っていますよ」
「作ったのは職人さんですよー。指揮したのは王妃様で、私はアイデアを出しただけです」
職人魂に火が付いた彼らは、さらに色々な配合や細工を試し、前世からの憧れが具現化したのを見た私がすげーすげーと大興奮するのを気に入ってくれて、今も試作品を贈ってくれる。
「ドレスのレースを作ったのも彼女です。それを切るなんてあり得ない」
「作ったのはドロス修道院のシスターたちです」
真面目なシスターたちは、先輩の残した技術を更に繊細に、より緻密にすべく切磋琢磨して、今やドロス修道院のレースは芸術の域だ。(あれ? 私何もしてなくない?)
とにかくそのレースを切るだなんて、切るだなんて、噂以上に経済観念が無さ過ぎる! シスターが許しても私が許さん!
殿下は、王女に目を合わせて聞く。
「あなたは何を作ったのです?」
「王女が何か作るだなんて…」
「なら、何を学びに学園に来たのです?」
「王女が学ぶだなんて」
ん?
「ちょっと待ってください。王女様は、『勉強しろ』って言われて来たんじゃ無いんですか?」
「王女ですもの、『勉強しろ』なんて言われたこと無いわ」
えええっ? 王女の成績が壊滅的なのは、頭が残念なのかと思っていたのに…。なんかごめん!
「これは虐待です!!」
「め、めったな事をっ」
学園長が青くなってる。
「甘やかすだけで、必要な教育を与えないのは“優しい虐待”です! 王女様、あなたは虐待されています!」
「し……失礼な」
王女も青くなってる。が、後ろの侍女たちが納得した顔をしたのを見逃さない。
「侍女さんたち! “うちのお姫様、美貌があるんだから、あとは知性と教養があれば世界中の男が放っておかないのに!”って思ってません?」
「………」
さすがに肯定はしないけど、否定もしない。
「ほらね! あと勉強さえすれば、こんなちびっ子じゃなく、いい男が選り取り見取りですよ!」
「いい男が選り取り見取り…」
「ちびっ子…」
あ、殿下に流れ弾が。
事情を知った学園長の仕事は早かった。さすがは教育者。
留学申請書に学校名の記載が無いのを確認し、王女を王立学園から、王妃様が運営する王都女学院に編入させたのだ。女学院は「良妻賢母」の育成のカリキュラムなので家政にまつわる一般常識や家計の出納の計算などが学べる。
「隣国の王女様が入学だなんて、来年度は入学希望者が倍増だわ~」
と、王妃様は大喜びだ。
王女は、あまりにも何も知らない事が逆に「さすがは深窓の王女様」と周りの生徒に好意的に解釈されているらしい。全世界の王女様へ風評被害!
「はあ、10倍返ししそこねた…」
「何の話だ?」
今日も王子妃教育の後に殿下とお茶会。
「殿下は、いつも私を助けてくれるって話です」
「ちびっ子だけどな」
根に持ってやがる。
「ところで殿下、お好きな人は見つかりましたか?」
「ぶっ!」
「結婚相手が男だと色々大変ですわよ」
「男とは結婚しない! お前は何を望んでるんだ」
「もちろん、殿下が愛する人と結婚できるのを望んでますわ」
ふ〜ん、殿下、男性との結婚は諦めているんですのね。それでお飾りの王妃が欲しくて、「お前を愛することはない」だったのか…。
ん?
それじゃ結婚相手が私でもいいんじゃない?
『愛する人と結婚できるのを望んでますわ』という事は、「あなたを愛してます」と言われるのを待ってるんだな!
うん、いつか「ちびっ子」と言われなくなったら…。
お互いの誤解に気が付いたのは、貴族からも平民からも隣国からも祝福されて結婚してからでしたわ。