表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りのピンクブロンド【商業化予定】【全体改稿予定】  作者: 川崎悠
第2章 悪役令嬢はヒロインになる
9/115

09 新しいあなたに

『新しい貴方に生まれ変われる』


 そんな前世にもありそうなキャッチコピーが、そのお店の看板に書かれていた。

 女性向けの様々なお洒落用品を取り扱うお店。

 店名は『エルミーナ』。

 女性の名前ね。店長が女性だったりするのかしら?


 その雰囲気は、まさになんというか……前世の、そういう女性向けのお店みたい。

 清潔で透明感のある店内。

 それに各種化粧品や、慎ましい装飾品が並び、奥まった一角には加工された木材に被せられた色取り取りの『疑似毛髪』が並べられていた。


 前世と違って、なんだろう。

 作りもの感がない……というか、これ、実際の人毛だったりする?

 こちらの世界の人々の髪の色は、前世と違って赤も青も緑もあるの。

 現に私だって赤髪に赤い瞳だもの。あちらの世界では考えられないことよね。


 染め上げて赤にしているのではなく、根元から真っ赤な髪。

 他の皆だってそうよ。青い髪の人は、全部がきちんと青。

 それでいて年老いると白髪になっていくのは変わらないのだから不思議よねぇ。

 魔法のある世界だし。さもありなん、かしら。

 あまり前世の常識とかは当てにならないのよ。


「でも、疑似毛髪だから作り物なのかしら?」


 誰か、そういう髪の色の人から買い取って使い易いようにカットしているとか。

 その方がウィッグの製作難易度は低いと思うのよね。工業品ではないと思うけど。


「──レディ。何かお望みの髪の色がおありですか?」

「きゃっ」


 侍女や護衛には少しだけ下がってもらっていた。

 私は店内の商品、特にウィッグを見ていたの。

 そこに店員が話し掛けてきたから驚いちゃったわ。


「失礼。レディのような方が足を運んでいただくことが珍しかったもので」

「い、いえ……。私も周りに気を配っていなかったわ」


 護衛も警戒していたでしょうに。

 ただ、話し掛けてきた男性は、別に私にそこまで距離を詰めていたわけではなかった。

 それこそ刃物を振り回しても当たらない距離から話しかけられたの。

 ただ私が集中し過ぎていてビックリしちゃっただけだったわ。


「こちらこそ失礼。今日は、こちらにお話をしに来たの。買い物客じゃなくてよ」


 貴族の、というより公爵家の買い物と言えば商人を『家に招く』方が普通だったりする。

 でも、このウィクトリア王国。さらにその王都。

 乙女ゲームの舞台になるぐらいだからなのか、微妙な『(ゆる)さ』があるのよね。

 治安が良いからこそ成立しているのかもしれないけど……。

 令嬢が買い物のためにフラリと出歩けるような、お洒落な通りがあるのよ。

 それこそ王立学園に通う生徒が友人と一緒にお出掛けしましょうか、なんて出来そうなね。


 街の通りには巡回する騎士が居たりする。

 それから別に路地裏に行けばそこはスラム街……なんてこともなく。

 王立学園もたしか敷地が広く、警備は厳重だけれど。

 王都のこの通りは、かなり力を入れて管理されている。治安がいいのだ。

 そのお陰で、今みたいなことが起きちゃうんだけどね。


「そうでしたか。先触れ、或いは何か約束などがおありですか?」

「ええ。事前に話をしたいと申し入れているわ。私、シェルベル家のアリスターよ」

「……ご本人?」

「そうだけれど……?」


 どうしたのかしら? 何か雰囲気の掴めない方ね、この店員さん。

 ただ、立ち居振る舞いがきちんとしている様子。

 だらしなさがない。ちゃんと『接客』を分かっている。

 前世の感覚と合わさっていたせいで違和感がなかったけど。

 この方は、普通に貴族か、それに連なる方?


「申し訳ございません。約束はありましたが、令嬢ご本人が来るとは考えていませんでした。

 てっきり代理の者が来られるのかと」

「ああ、それは……まぁ、そう思われても仕方ないわね」


 まぁ、普通はそうよね。公爵令嬢。王太子の婚約者。外には馬車で乗り付け、護衛数人。

 店内までも同行させて。

 それが当たり前という感覚と、すごく迷惑……って感覚が同居している。

 買い物ぐらい1人か2人、せいぜい友人や家族とだけで来い! なーんて感覚があったり。

 私の身分からすると、割りととんでもない。


「令嬢ご本人となると少し用意した部屋の具合が悪いですね。

 店外にも護衛の方は来ているでしょうか? どうか護衛の方と一緒に来ていただければ。

 それとも、私自ら、令嬢のご指定の場所まで出向きますか?」

「あら?」


 彼の言い方からすると。


「もしかして、貴方がこの店の責任者なのかしら?」

「……はい。申し遅れました。

 私は、この店『エルミーナ』の店長、カリオスと申します」

「あらまぁ」


 男性が店長? 意外だわ。

 たしかにカリオスと名乗った男性の見目は麗しい。

 こういう方であれば、女性向けの商品を取り扱っていても不思議じゃなさそうね。

 カリオスからは騎士のような逞しさは感じられない。

 でも、なんだか体格は良さそうね。

 うーん。前世基準で言うとイケメン、細マッチョ……?

 でも何か、正確な雰囲気が掴めないというか。絶妙に影が薄い……?


 私も、私の近くに居る護衛も、カリオスが話し掛けてくるまで、彼の存在に意識を向けられなかったのよね。これは相当なことだと思う。

 足音とかさせてないんじゃない?

 それでいて、いつのまにか店の雰囲気に馴染んで。

 若い男性。パッと見た以上に、それでいて手練れ? 影の薄い。

 あれ。もしかして彼って……私が探していた男性、ヒューバート・リンデル……?


 ウィクトリア王国における『王家の影』は、暗殺集団とかそういうのじゃなくて諜報機関の方が近い。

 SP兼、調査機関のようなもの。一人二人ではなく組織的な存在で。

 だからこそ王家の影の一部は、表向きは一つの貴族家門という立場を持って国に溶け込んでいたりする。

 『攻略対象』の一人、ヒューバート・リンデルの家、リンデル家もそういう家門のはずだ。


 リンデル家の、この『疑似毛髪』事業は、きっと変装に使う技術の流用だと私は考えている。

 それは真相から逆算して考えてのことだけれど。

 こういう店が表向きにあれば、変装関係の商品を仕入れていても怪しまれないだろう。

 王都で店を構えていることで、周辺をうろついていても不思議がられないでしょうし。


 でも、たしかゲーム上の攻略対象、王家の影という暗部キャラ枠のヒューバート・リンデルの髪の色は『青髪』だったはずよね。

 瞳の色も同様に青色のはず。

 対して目の前に居るカリオスと名乗った男性の髪の色は『灰色』だった。

 銀髪とかじゃなくて灰色。微妙に輝きを発していないの。

 そんな髪の色がより彼の影を薄くしている。

 ただカリオスの瞳の色も『青色』だ。

 ブルーサファイアの瞳。それはヒューバートのものと同じだわ。

 ということは、髪の色さえ青色なら彼は確実に……。そして、ここにはウィッグがある。


「……あなた」

「はい」

「綺麗な瞳の色をしているわね」

「……はい?」


 私は、じっと彼の目を見つめた。


「あの」


 動揺するわけではないけれど、私のそんな視線にたじろぐカリオス。


 ……年齢、若いわ。私と同じぐらい。

 そんな人が王都に店を構えられるような店舗の店長?

 羽振りのいい商人の子息とかならあり得るかしら。

 前世よりも一般の就業年齢は低いとはいえ。

 私が視線を外さずにその瞳を見つめていると、彼は困ったような様子になったの。

 ちょっとした隙ね。その間に私は彼の髪の毛の生え際を確認してみた。

 灰色の髪の下に青髪があれば分かると思うんだけど……。

 ウィッグを完璧に装着しているのか。

 はたまたカリオスは、ヒューバートとはまったくの別人か。


「……あの?」

「ごめんなさいね。ちょっと見惚れてしまったの。貴方の瞳の色が綺麗だったから、つい。ふふふ」

「……そうですか」


 ニコリと私に微笑み返してくれたけれど。

 あ、これポーカーフェイスというか。心を許してないような笑顔よ。

 貴族がよくやるものね。警戒させちゃったかも……。

 私の視線の動きも察していたような。彼を探っていると気付かれた?


「──レディ。今日は、どのようなご用件で?

 我が『エルミーナ』は貴方の望みを叶える場所です。

 この店では、新しい貴方に生まれ変われますよ」


 そして流れるように営業トーク!

 場の緊迫した空気を流そうとしてるわね!

 ていうか、話ごと誤魔化そうとしてる!


「新しい私に生まれ変わる、ねぇ」

「ええ。ぜひ、その手助けを私たちにさせてください。

 もっとも今の貴方も美しい。生まれ変わる必要なんてありませんけれど、ね」


 ……ちょっとキザじゃない?

 あ、そっち方面でおだてれば『この女はチョロいだろう』とか思われちゃった?

 くっ。悪くない気分だけどねっ。

 ただ、これだけは言わせていただけるかしら。

 その店のキャッチフレーズに対して。


「生まれ変わりは、もう間に合っているわ」

「……はい?」


 でもね。

 彼とのやり取りのお陰で、私の今後のプランの『種』が浮かんだと思うの。

 そう。悪役令嬢アリスターの破滅回避のための、ね?

 キーワードは、そう『生まれ変わり』よ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ