【08】王への交渉
「私、学園生活では自由に過ごしたいのです」
私は王宮のある一室で同席した二人にそう訴えていた。相手は国王陛下とお父様だ。
準備を整えた私はお父様を頼り、陛下との秘密の会談を開いてもらったのだ。
部屋の中には私たち三人だけで護衛や従者たちは部屋の外で待機している。
「自由……?」
首を傾げる二人を相手に私は微笑みを浮かべる。
「今の私の淑女然とした在り方は令嬢教育、王妃教育の賜物です。ですが私は今の私のような『私』ではなかったこともご存知でしょう? お父様はとくに」
元々は天真爛漫な性格、言動だったのが『私』だった。かつては元気いっぱいに令嬢らしからぬ奔放さで周囲に笑顔を振りまいていた。そんな私が今や淑女として完成された佇まいをしている。
それは私の努力の賜物でもある。だが、それは私が『変わってしまった』ともいえた。
「あくまで他家の令嬢と変わりない、一介の学生。ただの女性生徒として振る舞いたいのです。かつての私のように」
「いや、アリスターよ、それは難しいのではないか?」
「学生時代だけの話です、陛下。卒業すれば、今日まで私が見せてきたように淑女として振る舞ってみせます」
「いや、だが、王妃となる者がそんな振る舞いを見せるなど」
「若気の至りなど許しはしない、たとえ学生であろうと若いのだから、今だけだから『許してやれ』など決して言わない、と。お父様と私の前で、そうおっしゃるのですか、陛下」
私はニコリと挑発的に微笑んでみせる。
「私にそういった理由で奔放に振る舞うことを許さないのであれば、レイドリック殿下の最近の振る舞いも陛下は正してくださいますよね?」
「それは……」
今日までレイドリック殿下の学園での振る舞いについては調べていた。
殿下は学園で数多くの女子生徒たちと関わりを持っているらしい。
……正直に言ってがっかりである。知りたくなかったことだ。
じゃあ、女遊びがしたくて婚約者の私を冷遇していたのかと。
でも、ダンスパーティーでの彼の態度や言葉はそれだけではないように思える。
「レイドリック殿下は学園で随分と奔放に振る舞っていらっしゃるそうで」
「誰からそんなことを……」
「とくに隠していらっしゃらないのですもの。公爵家でなくとも耳に入りますわ」
陛下は私の言葉を聞いて、額に手を当てて冷や汗を流す。
「だが、レイドリックは不貞行為をしているわけではない。学園にアリスターが通うようになれば、君を優先して……」
「恐れながら、陛下」
手を上げ、陛下の言葉を遮る。
「私は殿下の不貞を責めたいわけではありません。もちろん、紳士的な振る舞いではないとは思いますが。そうではなく、陛下が殿下の奔放な振る舞いを許す方針であるならば、私にもそれを許していただきたいだけなのです」
「まさか、他の男子学生と親密な関係になるということか!? そんなことを未来の王妃になる者に許せるはずがない!」
「いえ、違いますが。……あら? 陛下がそうおっしゃるということは、つまり」
声を荒らげた陛下に、私は淡々と否定した上で首を傾げる。
「もしや私が知らないだけで、殿下は他の女子学生と親密な関係とやらになられていたのですか? だから、私も殿下と同じことをするとおっしゃるのですか」
「ち、違う! そんなことはない!」
失言を悟ったのか陛下は慌てて否定する。
そうでしょう。そうであってたまるものですか。
「であるならば、どうか誤解なさらないでください、陛下」
私は淑女の微笑みを浮かべたまま陛下を見据える。
「私は不特定多数の男性と深い関わりになりたいなどと思いませんわ」
人によっては違う考えかもしれないが、少なくとも私はそうだ。
「また、別に他の男性の、特定の誰かに強く興味を抱いているわけでもなく、私はレイドリック殿下との婚約関係に不満を抱いているわけではありません」
「……そうなのか?」
「はい、陛下。ですから、そういった男女の奔放な関係の話ではなく、もっと子供らしいお願いをしていますのよ」
「子供らしい?」
お父様と陛下は互いに顔を見合せ、首を傾げる。
「自由に過ごしたいのです。自由に、奔放に。淑女らしからぬ、かつての私らしい態度と振る舞いで過ごすことを、陛下たちに咎めないでいただきたいだけなのです。せめて学生でいる間は、かつての私のように。お父様ならば私の主張をわかっていただけるかと」
「……かつてのアリスターのように、か」
私の訴えにお父様は思い出に耽るような遠い目をする。
王家との婚約が決まる前の、自然体の私の在り方。私はそのように在りたいと願う。
そして、それが私の破滅回避のための、最初の一手となるのだ。
「王妃教育で『仮面を被る前』の私に。学生の間だけで構いません。あの頃のように私は元気で自由でいたいのです。男女関係についてはもちろん気を付けますわ」
私の言葉にお父様が言葉を返してくる。
「しかし、アリスター。そのように奔放に振る舞って学園での評判を落とせば、お前の将来の立場が危うくなる。学園生活でも淑女として振る舞ってこそ皆に未来の王妃だと認められるのだぞ」
「そうだ! だから」
「ええ! ですからですわ! お二人には良いご提案がありますの!」
陛下の言葉を遮って強引に話を進める。
「今の私はシェルベル公爵家の教育と王妃教育もあって、学園生活での授業など不要だといっていいほどの学力がありますわ。つまり今やもう私は学園に通う必要がありません」
「まさか、学園に通わないと?」
「いいえ、学園には通います。ですが、その代わりに。私に『あること』を認めていただきたいのです。今日はそのためにお二人にお話しをさせていただきました」
お父様たちの注目が集まったところでニコリと私は大きく微笑みを浮かべる。
「私が『別人』として王立学園に通うことを認めて欲しいのです、国王陛下、お父様」
「……別人だと?」
「どういうことだい、アリスター」
「実は、王都にあるエルミーナという店で『疑似毛髪』というものを見つけました。その店はリンデル侯爵家が管理する女性向けの装飾品店です」
「……リンデル家の? 珍しいな、あの家か」
「あまり目立つことはお嫌いな家門ですわね。ですので、このことは広めたくないそうですので。お父様も他言無用でお願い致しますわ。ね、陛下」
「う、うむ……。そうだな。侯爵家のすることだ。問題ないのであればそうしてやれ」
『王家の影』の事業だからね、陛下も掘り下げたくはないだろう。
二人の様子に私は頷いて続ける。
「そちらで私の髪色とは異なる『疑似毛髪』を用意していただけます。化粧や振る舞いを変えれば、『アリスター・シェルベル』と関わりない人々ならば、私だと気づかないと思うのです。私は別人となって学園に通い、そして……」
私は笑みを深めて陛下をまっすぐに見つめる。ここがこの作戦の『要』だ。
「──レイドリック殿下を篭絡してみせます」
思いも寄らない提案に驚きを隠せない様子。
こちらのペースに呑まれてくれているわね。
彼らのその反応に私は確かな手応えを感じる。
「篭絡……?」
「先日のダンスパーティーでレイドリック殿下のお考えを聞き、また、学園での奔放な振る舞いも耳にしました。その上で過去の私たちの交流を思い返しまして。私、気づいたのです」
「いったい何に気づいたのだ?」
「レイドリック殿下の好みが『昔の私』だということです」
「……この、み?」
陛下は、あまりにも意外な言葉を聞いて言葉を失ったようだ。
対してお父様は顎に手を当てて、なぜだか遠い目をしている。
その反応は『ありえる』と考えているのだろうか。
お父様は、以前までの私たちの関係を知っているからね。
「つまり、レイドリック殿下が最近あのような態度になったのは、私が変わってしまったから。私が『昔の私』のように振る舞えば、おそらく彼は私に再び好意を寄せ、以前のように円満な関係に戻れると思います。しかし、そうしますと別の問題があるのです」
「……別の問題?」
私は大仰に頷き、話を続ける。
「淑女としての態度を学んだ私だからわかりますが、以前の私の、ああいった態度は、未来の王妃に相応しくない。レイドリック殿下には快く思われるかもしれませんが、高位貴族や高等教育を受けた貴族子女にとっては目に余るだろう振る舞いです」
いえ、心を動かされるぐらいなら別にいいけど。それで婚約者を蔑ろにしていなければね!
「レイドリック殿下も、そういう時期だと思うのです。ですが、それでも殿下は王太子。その奔放さにすべての貴族が寛容とは思えません。とくに女性側からすれば殿下の評価は著しく下がると思います。そうしましたら殿下の治世にも影を落とし、王家に対する不信にも繋がるかと」
「ぐっ……。それは確かに」
陛下も一応そういう判断力はあるのよね。陛下は決して、ただの親バカではないのだ。
それでも身内だから甘くなることはあるのだろう。今回はその点を逆に利用させてもらう。
「レイドリック殿下に寛容になるのはいいですが、この件は私たちが寛容であればいいという話では済みません。殿下ご自身の、ひいては王家の評判に関わることです」
「……そうだな」
「当然、婚約者に一途な態度である方が、貴族も平民の評価も高いでしょう。奔放な態度は男性受けだけは良いかもしれませんが、プラスよりもマイナスの評価の方が大きいと思います」
陛下は私の言葉に小さな唸り声を上げて考え込む。
実際、レイドリック殿下があのままであれば評判が下がることは理解しているはずだ。
「けれど、殿下の態度を変えるのは難しいのではないでしょうか。陛下の言葉も『親からの言葉』と軽く聞き流してしまうかもしれません。お父様や私からでも殿下の反抗心を煽るだけだろうと」
「……そうだろうか」
「王の資質というよりも学生の、幼い子供の性分であると。まさしく卒業する頃には治まっているだろう、一時期の病のようなものかと」
私がそう告げると、お二人とも深く頷く。
やはり大人の目線だとそう考えるものなのだろう。未成年そのものだものね。
「……それでアリスターはなんとすると?」
「私は、王立学園に通う際に普段は『別人』へと変装して通います。お父様は公爵位の他にも爵位を保持しておられましたね? それらの内のどれかの爵位を私個人に継がせてくださいませ。できれば男爵か子爵が望ましいです。それをいずれ私が継承するよう手配していただいて『下位貴族令嬢』として学園に入ります。そしてレイドリック殿下に近づき、彼を『篭絡』してみせますわ」
私はそう断言してみせる。流石にここで『攻略』という言葉は使わない。
「待て、そこがわからない。レイドリックを篭絡とはなんだ?」
「殿下は学園での振る舞いを『お遊び』だと思っていらっしゃるのでしょう? ですが、それは不評の元。私の提案は今後の王家のためであり、かつ殿下の評判を支えるための施策ですわ。もちろん、私自身もそう振る舞いたいという思いもあります」
私は、陛下たちの顔色を窺いながら続ける。
「私が下位貴族令嬢として殿下に近づいて、それで以前のように仲睦まじくなれるなら、それで私たちのすべてが上手くいくと思いませんか? 殿下の振る舞いは私が正体を明かせば、だらしがないのではなく『純愛』と評価されます。市井の評価も良くなるでしょう。貴族間においても笑い話に収まりますわ。なにせ他ならない『婚約者の私』がレイドリック殿下のお心に沿っていただけになりますもの。それに殿下が『昔の私』を求めているのなら『今の私』がそう振る舞えずとも、別人としてなら。そう、私自身が『殿下が侍らす、好みの女子生徒』になるのです」
突拍子もない提案。だけど、ただ陛下をせっつき、『殿下の態度を改めさせて!』と訴えるよりは、それこそ『可愛げのある』提案じゃない?
私が彼を愛していることを前提としているならなおのこと。
婚約を台無しにしたいのではなく、現状を受け入れつつ円満に解決しようとする提案だもの。
「……だが、すぐにバレるんじゃないか?」
「バレた時はそれでも構いませんわ。殿下があっさりと私の正体を見抜けるほど私のことを見ていたということですもの。その際もすべきことは変わりありません。むしろ、レイドリック殿下にとっては好ましかった『昔の私』と一緒に過ごせて良いと考えられるのでは? これは、殿下のお心を私が取り戻すための、学生の時分だからこそ打てる『策』です」
もちろん、これは建前だけどね。私の本命はヒロイン対策だ。
悪役令嬢として立ち回って破滅を回避するのではなく、新たなヒロインとして立ち回り、ゲーム期間をやり過ごす。
私の記憶にはあるのだもの。ヒロインとして殿下を攻略するシナリオが。
悪役令嬢の生活には様々なリスクが伴うものだ。
その中には『冤罪を押し付けられる』といったパターンも含まれている。
よくあるでしょう?
『アリスター様が私を虐めていたのぅ!』と陰口を王子に吹き込むようなやり口。
でも『悪役令嬢が最初から不在』であれば、そういった手は打てなくなるのだ。
同時に、私は別人として潜伏することで、学園生活を誰にも邪魔されずに謳歌できる。
悪役令嬢として忍耐ばかりの辛い学園生活を送らずに済むということだ。
「陛下、私は悪くない提案ではないかと考えます」
「公爵……。そうだな……」
陛下は悩まれていたようだけれど。
「わかった。アリスターの提案を認めよう」
「……! ありがとうございます!」
やった! 第一関門突破よ!
お父様と陛下が動き、すぐに手続きが済まされる。
お父様が有している爵位『セイベル子爵』が、娘である私に正式に継承されることを証明する書類が作られ、それに国王陛下の印が押された。
「さぁ、アリスター。君もこれを持っていなさい」
「はい、お父様」
書類は全部で三つ用意され、それぞれで保管することになる。
確認してみると確かに公の機関でも正式に認められる書類となっていた。
学園を卒業すると同時に私は正式にセイベル子爵を継ぐと陛下に認められたのだ。
「名はどうする? 別人として潜伏するのであれば多少は融通を利かせるが」
「名前ですか。セイベル子爵令嬢の……名前」
何がいいだろう。前世の名前……は覚えていないから無理か。
アリスターのままでは良くないが、かといって最高で三年間も名乗る名前だ。
自分の名前だと反応できるものが望ましいだろう。
そう考えた時、私の脳裏には婚約したばかりの頃のレイドリック殿下の姿が浮かんだ。
あの頃は……そう。あの頃は『お前』なんて呼ばれず、私は彼にこう呼ばれていたのだ。
「……アリス」
そう、アリスターの愛称として『アリス』と呼ばれていた。
しかし、そう呼ばれていた時期は、あまり長くない。
互いの教育過程が進み、公の場では正式な呼び方を心掛けるようになって。
いつの間にかレイドリック殿下からの呼び名も愛称ではなくなっていた。
「アリス、か。それでいいのか? アリスターよ。……本当に、いいのか?」
国王陛下が改めて私に問いかける。
その問いは名前だけのことを指しているのではあるまい。この件に関わるすべてについて。
「私は……」
本当にこのやり方でいいの? 後悔しない選択だと、そう言い切れる?
別人になって学園で過ごす。名案のように思えた作戦。でも、それは『逃げ』ではないの。
公爵令嬢として毅然に振る舞うことこそ『王道』ではないのか?
まだこの段階ならば引き返す選択肢もある。きっと陛下もお父様も許してくださるだろう。
なんとなくでこの道を選んではいけない。これは私の人生の選択なのだ。
私は目を閉じ、考える。思い浮かべるのは……レイドリック殿下の姿。
三年前の彼、仲の良かった姿。成長し、ダンスパーティーで相対した彼の姿。
冷たい、怒りとも取れる敵意を私へ向けるレイドリック殿下。
彼に嫌われ、傷つかなかったといえば嘘になる。悲しくて泣きそうだった。
耐えられたのは私が前世の記憶を思い出すという特異な状況に陥っていたからだ。
彼の気持ちを取り戻したい、とも思っている。まだ諦めて切れていないのだ。
でも、同時にそれは難しいだろうなとも……思っている。
この選択はレイドリック殿下との関係に対する『結論』の先延ばしかもしれない。
ただ私が置かれた状況は殿下との関係だけの問題ではなくなった。
乙女ゲーム『レムリアに咲く花のように』の世界。私はその悪役令嬢だった。
もうレイドリック殿下との仲を修復すればいいだけの話ではないのだ。
私が破滅する未来を避ける手を打たなければならない。
そのやり方は私が私らしく、納得のいくやり方であるべきだ。
人生に後悔が残るような手段は取りたくない。
だから私は強硬手段を取らないと決めた。
アリスター・シェルベルがどのようにして『敵』と戦いたいか。
それは相手の得意分野で戦うこと。同じ舞台でダンスを踊るのが私らしいやり方だ。
それが私、アリスター・シェルベルのやり方である。
だからこそゲーム上の『私』だってヒーローたちに彼らの得意分野で挑み続けた。
私は転生者だけれど、アリスター・シェルベルのままなのだ。
そして悪役令嬢である私が対峙すべき『敵』とは……ヒロインだ。
だから、ヒロインと戦うのなら私はヒロインになる!
それが、きっと私らしい戦い方だと思うから。
「──はい、私はこの道を後悔しません」
私は決意を込めて、陛下にそう宣言する。
陛下は私の表情を見て、深く溜息を吐いてから受け入れてくれた。
そうして私は、新たなる名と身分を手に入れたのだ。
公爵家の屋敷に帰り、やり遂げた気持ちのまま外を歩き、これからのことに思いを馳せる。
子爵令嬢、アリス・セイベル。それが今日からの、もう一人の私。
今までのアリスターのままではない。
かつての『私』を取り戻して、不自由な運命も不当な忍耐を強いる環境も跳ねのけて。
破滅の運命を覆す、新しい私!
「本物のヒロイン、レーミル。現実にいる貴方がどんな人か、まだわからないけれど」
私はニコリと微笑み、空を見上げた。
「同じ舞台でダンスを踊りましょう?」
私はアリス。アリス・セイベル子爵令嬢。
ピンクブロンドの『偽りのヒロイン』だ。
※2026年6月11日、改稿しました。




