【07】新しい私に②
──『新しい貴方に生まれ変われる』
前世の国にもありそうな、そんなキャッチフレーズがその店の看板に書かれていた。
店名は『エルミーナ』。女性向けの様々な品を取り扱う装飾品店だ。
店へ入ってみると、その雰囲気は、まさに前世のそういう女性向け店舗のもの。
清潔で透明感のある店内。各種化粧品や装飾品が並んでいる。
奥まった一角には加工された木材に被せられた色取り取りの『疑似毛髪』が並べられていた。
疑似毛髪。そう、ウィッグである。
「へぇ……とても出来がいいのね」
この世界では髪の色や瞳の色が前世よりも多種多様だ。
私も薔薇のような赤髪で瞳の色もワインレッドの赤い瞳をしている。
前世では考えられない色合いだろう。
だから、この店に並んでいるウィッグもなんともカラフルなバリエーションがあった。
これらを着けていても特に違和感は持たれず、それほど目立たないのだろうなと思う。
流石は異世界だといっていいだろう。うんうんと私は頷いた。
前世と違ってなんというか作り物感がない。もしかして実際の人毛だったりする?
こちらの世界の人々の髪は赤も青も緑も天然だもの。当然、根元からその色だ。
リンデル侯爵家が抱えている店舗でこういう商品があるということは、やっぱり『変装』のためではないかと私は考えたのだ。
なにせヒーローの一人『王家の影』一族の家門だから。
「──レディ、何かお望みの髪の色がおありですか?」
「きゃっ」
突然話しかけられた声に、私は大げさに驚いてしまった。
「失礼、レディのような方に店まで足を運んでいただくことが珍しかったもので」
「……いえ、私も周りに気を配っていなかったわ」
私が気を抜き過ぎだったわね。大げさに驚いてしまって少し恥ずかしい。
「こちらこそ失礼。今日はこちらに話をしに来たの、私は買い物客ではないわ」
私は恥ずかしさを取り繕うように髪を片手でかきあげ、目の前の男性店員にそう告げる。
「そうでしたか。先触れ、或いは何か約束などがおありですか?」
「ええ、事前に話をしたいと申し入れているわ。私、シェルベル家のアリスターよ」
「……ご本人?」
「そうだけれど?」
私は首を傾げて目の前の男性店員を見た。灰色の髪に真っ青な瞳をした男性。
若い? でも年上のような。なんだか不思議な雰囲気の人物だ。
「申し訳ございません。約束はありましたが、まさか、公爵令嬢ご本人が来られるとは考えていませんでした。てっきり代理の者が来られるのかと」
「ああ、それは……そう思われても仕方ないわね」
公爵令嬢、王太子の婚約者、そんな人物がこうして軽々しく出てくるとは、ねぇ?
「ご本人が来られたなら、少し用意した部屋の具合が悪いですね。店外に護衛の方は来ているでしょうか? どうか、護衛の方と一緒に来ていただければと思います。それとも私自ら、ご指定の場所まで出向きますか?」
あら? この言い方からすると、つまり目の前の彼が?
「もしかして貴方がこの店『エルミーナ』の責任者?」
「はい、その通りです。申し遅れました。私が『エルミーナ』の店長、カリオスと申します」
男性が店長なのね! 女性向けの店だから少し意外かも。
でも、カリオスと名乗った彼は見た目が整っているし清潔感もある。
こういう人物であれば女性向けの店長でも違和感はないかもしれないわ。
騎士のような逞しさは感じられない。でも、なんだか体格は良さそうね?
ただ、雰囲気がわかりづらいというか影が薄い感じ? なんだろう、この違和感。
そういえば距離を空けていたとはいえ、私に近づいたのに護衛が動かなかったわね。
それに足音とかしなかった?
それでいて、いつの間にか店の雰囲気に馴染んで。
あとカリオスの顔立ちに見覚えがある……? ん? んん?
若い男性、細マッチョな体格、美形な顔立ち、青い瞳。
公爵家の護衛騎士に、護衛対象への接近を悟らせない手練れ。
あれ、このカリオスって人。
もしかしてヒーロー役の一人、『王家の影』ヒューバート・リンデル本人じゃない?
でも、髪の色が青色じゃなくて灰色だ。あ、ウィッグで変装しているの?
「レディ? どうかされましたか」
「……ええと、その。貴方とは以前にどこかでお会いしたことがあった?」
「どうでしょう。レディのようにお綺麗な方は、一度見れば忘れはしないと思うのですが」
「まぁ、お上手ね」
店員らしい小粋な返しを自然と行う男性。
さて、どうなのだろう?
ウィクトリア王国における『王家の影』は暗殺集団などではなく『諜報機関』の方だ。
SPであり捜査機関のようなもの。一人や二人ではなく組織的な存在となる。
王家の影の一部は表向き一つの貴族家門という立場を持っていて国に溶け込んでいる。
それがメインヒーローの一人であるヒューバートの家、リンデル侯爵家だ。
私がこの『エルミーナ』に目をつけたのは疑似毛髪という如何にも『変装グッズ』を取り扱っていたからだった。
何か『ヒューバート』の情報が掴めないかと思って、ここへ来たのだ。
レム恋のヒーローの一人、ヒューバートの髪色は『青色』なのだけど、髪の色はウィッグで誤魔化せるはず。
カリオスを名乗った目の前の男性はヒューバートと同じ青い瞳をしている。
私はじっと、その瞳を見つめた。
見れば見るほどゲーム上の『彼』と同じ顔に見えてくる。
「レディ?」
「貴方、綺麗な青い瞳をしているわね。サファイアのようだわ。貴方の瞳の色が綺麗だったから、つい見惚れてしまったわ」
「……ありがとうございます、レディ」
彼はニコリと微笑み返してくれたけれど。心を許していない笑顔。
私の視線の動きも察していたような。彼を探っていると気付かれた?
そういうところが、ますます本物っぽい。
うーん、あやしい。あやしいというか、本人としか思えないわ。
「……レディ。それで、今日はどのようなご用件で? 我が『エルミーナ』は、貴方の望みを叶える場所です。この店では新しい貴方に生まれ変われますよ」
そして流れるような営業トーク! 何か誤魔化そうとしているわね!
「新しい私に生まれ変わるねぇ」
「ええ。ぜひ、その手助けを私たちにさせてください。もっとも、今の貴方も美しい。生まれ変わる必要なんてありませんけれどね?」
そう言って明るく微笑み、見つめてくる店長カリオス。ちょっとキザじゃない?
そっち方面では『チョロい』と思われた?
くっ、悪くない気分だったけど!
ただ一点。これだけは言わせて欲しい。
「生憎と『生まれ変わり』なら、もう間に合っているわ」
「……はい?」
こうして私はエルミーナの店長カリオスと話すことになったのだ。
装飾品店『エルミーナ』の奥にある応接室へ案内される。侍女と護衛たちも一緒だ。
ただ、彼とは個人的に話したいことがあるため、侍女や護衛たちには扉を開けた状態で部屋の外に待機してもらった。
「カリオス様、先ほどから気になっていたのだけど。貴方の髪、この店の商品なの?」
出し抜けに髪について指摘する私。見た目は地毛にしか見えない。
これはゲーム知識に基づいたカマかけだ。彼がヒューバートなのかどうかをまず探る。
「それに貴方、本当はすごく若いでしょう? その見た目は化粧? 青年実業家のように見せているけれど、実は私と同じぐらいの年齢ではないかしら」
如何にも洞察力で正体を見破りましたよ、とばかりに攻める。
まったく見た目では、はっきりとわからないのだけどね。完全にハッタリよ、ふふ。
「それは……」
困っているわね、カリオス。見た目は完璧だもの。見破られないと思っていたはず。
……これで、実はカリオスが普通に別人で髪の毛も地毛だったら恥ずかしいわね。
「参りました。確かに私は見た目よりも若いのですが……。私が、この店『エルミーナ』の店長であるのは本当ですよ。他の従業員に聞いていただいても構いません。決してシェルベル公爵令嬢を騙すつもりはありませんでした、申し訳ありません」
あっさりと認めたわね。でもウィッグを取ろうとはしない。微妙に話を逸らされた。
「実は、若い以前に、私はかなり童顔で。仕事柄、見た目で侮られないために大人びた顔付きに見えるように工夫しているのです。こうもあっさりと見破られるとは思いませんでした。流石はシェルベル公爵令嬢ですね」
「どういたしまして。カリオス様、私この店の『疑似毛髪』に興味がありますの」
「先ほどもご覧になっていましたね。あれは我が店の人気商品なのです。髪型、髪の色は人の印象を大きく変化させますから」
「確かにそうね。髪の色だけでもまったく印象が変わるわ」
皆、カラフルな髪色をしているのだ。強く印象が引っ張られるに違いない。
「私、作りのいい疑似毛髪に興味がありますの。カリオス様の頭のそれは一際よくできているように見えますわ。店に出されているよりも、ずっと」
変装用のウィッグなのだとしたら、より地毛らしく見える特注品なのかもしれない。
「貴方が今使っているその疑似毛髪、私に見せていただけない?」
カリオスがヒューバート本人なら、その変装について多くの人に知られたくはないだろう。
案の定、ウィッグを外して見せることを躊躇する彼。
「ふふ、そんなに出し渋るような品なの? 口外しないように契約書でも書きましょうか?」
私は彼が『王家の影』であることを前提に話す。
きっと口約束では見せられない企業秘密もあるのだろう。
だから、契約といった手段で自ら縛りを課してみせる。
「……そうですね。それでしたら簡易の契約を交わしていただいても?」
「まぁ! 冗談だったのだけど契約が必要なほどに革新的な商品なのね! 素晴らしいわ!」
なーんて言ってみたりするテスト。白々しいとはこのことである。
「もちろん口外しない契約を結んでも構いませんわ、カリオス様」
「……そこまでおっしゃるなら」
「ふふ。では、やはりカリオス様のその髪の毛は?」
「それは契約書を書いてからのお楽しみです」
「まぁ、とても楽しみだわ。ふふ」
ちなみに契約といっても魔法契約のようなものはこの国にはない。なので、ただの紙の契約だ。
「はい、これで如何でしょう、カリオス様」
私はさらさらと契約書にサインを済ませ、カリオスに差し出す。
「……はい。問題ありませんね」
「では、貴方の着けているそれを見せていただける?」
「……わかりました、少々お待ちください」
カリオスは髪留めをパチパチと音を立てて外していく。
彼が灰色のウィッグを外すと……やはり地毛は青色の髪!
レム恋のヒーロー役の一人『王家の影』ヒューバートと同じ青髪だ、間違いない。
「やっぱり地毛じゃなかったのね、カリオス様」
「はい、ご明察です。シェルベル公女はとても優れた観察眼を持っていますね」
彼がヒューバート本人なら、もう少しだけ探りを入れておこう、今の内にね。
「その青い髪とサファイアのような青い瞳。もしかして、カリオス様はリンデル侯爵家の縁者なのかしら? よく見れば顔立ちもリンデル家の者に似ているわね。それにその若さ。もしや、貴方はリンデル家次男のヒューバート・リンデル様? あまり社交界に顔を見せないという噂の」
さも、今ある情報だけで真実に辿り着いた風を装ってみる。
こうなると公爵令嬢や王太子の婚約者の肩書きもハッタリに効果があるわね。
「……本当に参りました。貴方には何もかも見抜かれてしまうようだ」
「では、カリオス様は本当にヒューバート様で合っているの? そうとしか見えないもの」
「……はい、ご指摘の通りです。この件も口外してほしくないのですが」
「かまわないわ。でも、ヒューバート様。どうして変装を? 侯爵家の次男なら身分を明かした方が信用のある商売ができると思うけれど」
「理由はやはり年齢ですね。私も公爵令嬢と同じ年齢。この若さでは侮られてしまいますから。少し落ち着いた雰囲気の大人に見えた方が、商売には都合がいいいのです」
「そうなのねぇ」
流石に『王家の影』に関わるとは明かさないわよね、この流れで。
「どうぞ」
「え?」
ヒューバートは私に向かって、彼が被っていた灰色のウィッグを差し出してくる。
「直接ご覧になりたかったのですよね? 洗ってからの方がよろしいですか?」
「あ、いいえ。それは構いませんわ、おほほ……」
彼は首を傾げる。
うん、ウィッグじゃなくて貴方の地毛が見たかっただけなのよねー。
などと言えない私は誤魔化すように灰色のウィッグを受け取った。
観察し、触れてみると地毛のようにしか感じられない。
前世のそれより質がいいのでは?
「他にも髪の色はあるの?」
「様々な色合いを用意しています。そちらとは品が異なりますが、他の色もお持ちしますか?」
「お願いするわ」
私は灰色のウィッグを返す。彼は手早くウィッグを着け直していた。
着け外しがとても手慣れているわね。鏡とか見ずに自然にできる訓練をしたのかな。
私は『変身』していくヒューバートの姿を見つめる。
「本当に見た目の印象が変わるのね。別人のように見えるわ」
「ありがとうございます。言ったでしょう? 『新しい貴方に生まれ変われる』と」
「────」
……その時だ。私はヒューバートの言葉に天啓を得た。
前世の記憶を思い出してから、レイドリック殿下の態度に気づいてから。
ずっと悩んでいた『破滅回避』のための手段、その私らしいやり方。
それにピタリと嵌まるアイデア。多くの知識があるからこそのひらめき。
「……ヒューバート様。特注品の疑似毛髪は私のために作ることはできますか?」
「こちらを?」
「ええ」
「どのような色合いをご所望で……いえ、サンプルとして商品をお持ちしましょう」
ヒューバートは灰色のウィッグを着け直した状態で一度部屋を離れる。
私は今思いついたことに密かに興奮していた。
忘れないように心の中に刻む。
レイドリック殿下の態度の変化、かつての私たちの関係、そこにある違いは何なのか。
ゲーム知識にある彼と『ヒロイン』の関係、これまでに得てきた数々のヒント、光明。
多くの『物語』が示して来た悪役令嬢たちの立ち回り、それを知っているからこその。
それらが先程のヒューバートの姿と言葉によって私の中で確かな形となっていく。
「こちらがエルミーナにある疑似毛髪の髪色となります」
運ばれてくる数種類のウィッグ。
その中に私の中のイメージにピッタリのものがあった。
「……これだわ」
私はその色のウィッグを手に取る。
その色合いは……ピンクブロンド。
流行した乙女ゲームのヒロインのテンプレート、その髪色。これがあれば私は。
──ヒロインになれる。
「……あは」
私は最高のひらめきに思わず笑みを浮かべる。
そう、私は『悪役令嬢』アリスター・シェルベル。
このままでは乙女ゲームの運命通りに破滅してしまう女。
私が『私』のままでは悪目立ちし、学園でもつらい時間を過ごすことになるだろう。
確かに公爵令嬢の矜持を以て、毅然とした態度で学園生活を送ることも手段の一つだ。
多くの悪役令嬢たちがそのように振る舞って『最後に』逆転して見せたことも知っている。
だけど、私はそのやり方には疑問を抱いていた。だって、そうでしょう?
『婚約者がいるのに延々と不貞を繰り返す王子』と、そのままの関係で二年以上も過ごす。
それは忍耐と我慢の日々だ。確かに『物語』ならばそれでいいのだろう。
気持ち良く最後に逆転して、めでたしめでたしだ。
だが、実際に数年間も苦痛の時間を強いられるのは当事者として許容し難い。
学園生活という膨大で、人生において貴重な時間を棒に振るような真似はしたくない。
あれは『物語だから』許せることなのだ。何年もただ我慢し続けるなんて。
確かにそれは『正しい』戦い方なのだと思う。正道であり、王道。誇りのある戦いだ。
だけど、私はその道を選ぶことを否定したい。
『正しいやり方』に拘って、理不尽に長く耐え忍ぶ道を選んで。
そうやって『自分の人生』を長い時間に渡って犠牲にするべきではないのだ。
二度目の人生だからこそ私は強くそう思う。
だから……耐えるだけではない『別のやり方』を見つけ、それを実行する。
ただ、我慢するだけじゃあない。かといって現実的な問題を無視するわけでもない。
私とレイドリック殿下の婚約を今すぐどうこうすることは困難だろう。
このウィッグは、それらの問題をクリアするための足がかり。
それに、このやり方は『私らしい』やり方でもあるのだ。
アリスター・シェルベルは『相手の得意分野で勝負をして敵に勝ちたい』性質の悪役令嬢だ。
それはゲーム上の『私』も、現実の私もそういった性格をしている。
では、私の敵とは誰か。ヒーローたち? それももちろん含まれる。
だけど、それ以上に……ヒロインだ。少なくとも私にとっては。
だってゲーム上、レイドリック殿下だけは婚約者がいる。
他のヒーローたちをヒロインが攻略する分には文句はないけれど、殿下を攻略するというのなら、それは間違いなく私の『敵』だ。
そんな『敵』を相手に戦う、私らしいやり方。
ヒロインの得意分野、それは『攻略』だろう。
だから私はヒロインになる。
このやり方ならば私が〝納得〟できるのだ。
これが私のやり方なのだと、それにこれなら『過去の私』に戻ることだって……できる。
「どうされたのですか、シェルベル公爵令嬢」
「いいえ、ただ考え事を。良いことを思いつきましたの。貴方のおかげね」
「……それはどうも?」
ヒューバートは私の言葉を理解できるはずもなく首を傾げた。
今日はこの『エルミーナ』に来て良かった。
たとえ将来の敵でも彼に出会えて良かったわ。
「ヒューバート様、貴方に出会えたことに感謝するわ」
私の言葉に、彼は困ったような表情を浮かべていた。
とにかくアイデアは思いついたわ。
なってやるのよ、『新しい私』に。
──ピンクブロンドの偽りのヒロインにね!
※2026年6月11日に改稿しました。




