48 悪役令嬢の試練②
「私からの予算は、2人に同じだけを与える。人員の制限はない。
自身の伝手があれば自由に動員してもいい。人を雇う資金もまた采配するのはお前たちだ。
商材の指定はしない。見極めるのは総合成績だ。
監査が入る小商会を任されるものと思いなさい」
お父様に質問をするとスラスラと答えが返ってきたわ。
特に隠すことではなく、聞くなら答えるというスタンスか。
ならば、これからも積極的に確認はした方がいいだろう。思い込みで失敗するのはよくない。
ただ、この時点での慎重さを評価されたとしても『総合成績』という言い回しからして、微々たる差に過ぎないはずだ。
やはり、最終的には店としての成功、売上も重視されると思われる。
それに今回の疑問は、どの道、3日後には改めて説明される内容だろう。
「店を出す土地を確保するのに掛かった資金は、計上されますか?」
「競い合いの採点基準についての質問には答えない。アリスターにも、ジークにも」
「……道理ですね」
お父様は公平な勝負を心掛けてくださるようだ。
それだけで十分だろう。
この場合は土地確保の資金は当然、考慮に入れるべきことと見做そう。
王都の一等地に店を出すというのなら、きちんと、それに見合った収益を出さねばならない。
マイナス分を考慮せず、期間内の売上だけを誇っても実際は火の車の赤字経営。
そんなことは許されないだろう。
将来的に広大な公爵家の領地を担うというのだから尚更。
目先の競い合いのことばかりを考えたやり方なんて下の下よね。
「他に聞きたいことはないか? ならば、もう下がりなさい」
「……わかりました。お時間を取っていただきありがとうございます、お父様」
うん。大通り狙いは『ナシ』にしよう。
商材の自由は認められた。
なら私は、以前から私が計画していた『前世知識の玩具』路線の商店を出す。
それに合った店にしなければいけないわ。
大通りの土地を確保した場合、そのマイナス分を補うために高めの商材を扱う必要が出てくる。
それは、私のやりたい事とは合わない。
だから大通りの一等地はジークに譲ることを前提で、確認作業の時間を他のポイントに絞ろう。
他にお父様に聞いておきたいこと……あっ。
「お父様。話は競い合いのものから変わるのですが」
「うん?」
「『魔王』について、何かご存知なことはありますか?」
「……魔王?」
お父様は首を傾げた。知らない?
高位貴族は裏で把握しているとか、そのようなことではないのかしら。
「実は先日、教会へ赴いたのですが。
そこでアルセイム・マーベリック大司教のご子息、アルス司祭様にお会いしました」
「大司教の子息、アルス司祭か。たしかアリスターとは同学年だったな」
「はい。お会いしたのは、その日が初めてでしたが」
「……ああ。学園では彼に会っていないか」
学園で私が彼と会うわけがない。本来なら会っていたのでしょうけど。
まぁ『アリス』として会う可能性もあったんだけどね。
ちょっと気まずいのは無視して、と。
「口外すべき事ではないとは思いますが、私の立場ならば、と伝えられた事があります」
「それは、なんと?」
「教皇猊下が『託宣』を賜ったらしいこと。そして、その内容を枢機卿様が大司教へ伝えに、王国に来られていたそうです」
「……託宣、とはな。まさか」
「そして、その内容が『魔王が蘇らんとしている』なるものだったそうです」
「なるほど。それで魔王か。魔王……魔王?」
「何か王国の伝承だとか、そういう話に出て来るものですか?」
「いや。私は耳にしたことはないな……」
これは少し意外。公爵でも知らないことなのか。
本当、どこから生えてきたの、魔王なんて。
「でも『魔王』という言葉は伝わって、いますかね?」
「それは、まぁ、なんとなくだが。魔獣共の王、魔法を使う王。
とにかく禍々しい存在、人に害為す存在、あたりか?」
「私に聞かれても困りますが、まぁ私も同じイメージを持っています」
ウィクトリア王国。そういう創作物は既にあったかしら?
思えば公爵令嬢アリスターの私は、前世ほど、そういう創作物系には触れていないわね。
だいたい、手に取る本は勉強事の本だったから。
「魔王、魔王か」
「まだ大司教に伝えられた段階だそうですから。これから陛下に伝わってから、お父様にも話が来るのでは、と思います」
「そうだな。今すぐにどうこう、という話ではなさそうなのか?」
「おそらくは。アルス司祭も、詳細を把握しているわけではなさそうでした」
「そうか……」
「教会になら何か話が伝わっていたりするのでしょうか」
「それはあるかもしれないな。そのような存在が居るならば教会の管轄だろう。
蘇らんとしている、とは。
過去にそういう存在が居て、教会の『奇跡』によって封じられていたということか?」
……まず、乙女ゲーム世界に『魔王』が登場するとして。
私の視点から言わせて貰えば、それを倒すのは当然、『ヒロイン』レーミルの役目だろう。
レーミルとヒーローたちが協力して魔王を倒す展開が来ると予測できる。
『原作』は、バトル系エピソードならば普通にある世界観だった。
令嬢であっても身体強化による肉弾戦もある、というか。
RPG的な要素がゲームに落とし込まれたような話は、流石に私は知らないけれど。
『続編』や『オマケ』にそういうものがあったとしたら?
「どのような存在か。正確には分からないのですが。
もしかして、この先、兵力の強化などに国の方針が傾いていくことになるでしょうか。
戦争の前のように……」
「託宣の話が真実であれば、否定は出来ないな」
『アリスター』の私も、前世の私も、戦争経験などない。
ネットの向こう側の遠い国では起きていたし、少なからず影響も受けていたのかもしれないが……。
私自身の生活にまで大きな影響を受けたことはなかった。
私の生きていた時代の日本は、そういった国に比べれば平和で、恵まれていたのだ。
「お父様。大規模な戦争のような事態に陥ったとして。
私たちは、その戦争に動員されるでしょうか?」
私たちは『貴族』だ。そして、この世界において貴族は魔力量が高く、高等な魔法を修得している者たち。
戦争となれば、その戦線に出る必要がある。
でなければ相手も魔法を使うのだから、自国が敗れかねない。
高位の貴族ほど魔力の高い傾向が強く、私の魔法の才能も、おそらく高い。
今は、まだ初級魔法を修得している程度だが、国全体が『戦い』に方針を傾けていくのなら、より強力な魔法の修得を望まれる立ち位置にあるということだ。
騎士団や魔術師団が存在するのも事実だけど。
王立学園が私の年齢で通うように、私たちはまだ『子供』と見られている。
わざわざ戦争に駆り出すかというと微妙なラインではあるのだが。
だけど、そこは貴族。『名誉』も絡むもの。
その時の国内の空気次第だけれど、戦いに出ないことを『臆病』だと罵られる事態もあるだろう。
「必要とあらばな」
あっさりとお父様はそう告げた。ですよね。
「戦いが怖いか? アリスター」
「……どうでしょう? 経験のないことですから。ただ」
ただ。私、前世は日本人だったけど。
気質が日本人かと言うと、そうではないと思うのよね。
今の私は、やっぱりどこまでいってもアリスター・シェルベルなのだ。
「必要とあらば。それが貴族の義務ですから」
「……それでいい。もう下がりなさい」
「はい。お父様」
魔王の復活イベントとやらは乙女ゲームの規定路線か。
それとも原作にはない不測の事態か。
……ヒーローたちは戦闘に動員されるんだろうなぁ。
大人たちが頼りないわけじゃないんだけど。
やっぱり、彼らの能力は抜きん出ているはずだから。
王太子であるレイドリック様には華やかな戦果があった方がいいだろう。
魔王が、どの程度の存在かによって変わってくるけれど。
そうすると当然、婚約者の私も同行せざるを得なくなる。
魔法があるから、女だから、戦力にならないなんてことはない。
前世でだって相応の時代には女騎士が居ただろう。
今までの、ゆるふわ乙女ゲーム世界の雰囲気から言って。
正直、ヒロインとヒーローたちだけのパーティーを結成しそうな気がするのは、私の気のせい?
それでどうにかなる相手なのかしら、魔王って。
うーん。なるのかな。なるんだろうな。
ヒロインは魔術鍛錬をきちんとしているのかしら?
レーミルが、切り札的な存在になるとしたら、その能力が低かったら目も当てられない。
私は私で、やっぱり実力を磨いておいた方が良さそうねぇ。
ま、夏季休暇でやりたかった事と変わらないんだけどね?