46 競い合いの課題、1つ目
魔王なんて。断じて言うが私の『原作』の知識にはない存在だ。
考えられるのは、私がシンプルに知らないだけなパターン。
私の知らない要素があった。或いは『リメイク作品』とか。
元の作品か、リメイク作品には、その要素が当然にあったけど、私が知らなかっただけ。
「乙女ゲーム世界で出て来る魔王、それに悪役令嬢が居るタイプのシナリオ……?」
ねぇ、それって『悪役令嬢』と本当に無関係?
私が呼び出すとか、召喚するパターンじゃない? むしろ私が魔王に変貌するとか。
『大司教の子』アルスのルートで、彼がアリスターと敵対した理由は、もしかしてそれ?
彼は終始、うさんくさいキャラクターだったのだけど。
それはヒロインには話せない事情があったから?
この段階で教皇が予言を聞いていて。だから、アルスが動き始めて。
それでヒロインの前にチラホラ現れるって、魔王要素が、その辺にあるってことじゃない?
じゃあ、ほとんど確定で私が原因で魔王が復活するのでは??
「いやぁああ……」
「お、お嬢様?」
聞いてないわよ! 魔王ってなによ、本当に。
別に一般的な伝説にもなっていない。
教会が秘匿しているとか、王家だけが知っているとか?
でも、ここ、ゆるふわ乙女ゲーム世界だからねぇ。
魔王って言ってもイケメンでヒーロー、攻略対象の一人だったりしない?
私が知らないだけで。その場合、どの道、私が悪役令嬢であることは変わりなさそうだけど!
魔王なんかが現れるってことは、この世界は意外とピンチだったりするんだろうか。
平和な世界だと思うんだけれど。戦闘能力、意外と本気で必要?
でも才能はあるけど、結果が伴わないのが悪役令嬢アリスターなのよね。
ゲーム上のアリスターは、何を血迷ったのか。
それぞれのルートで、対応するヒーローの得意分野で争いを引き起こす。
『近衛騎士』のロバートが相手であれば剣での決闘を。
『魔塔の天才児』クルスが相手であれば魔法での勝負を。
『大商人の子』ホランドが相手であれば商売での売り上げを。
そして負ける。常に負ける。負けるために戦う。
わざわざ相手の得意分野で戦って。
まさか、そんなバカなことを現実のこの私が……。
……そう言えば、ジークとの競い合いなんて持ちかけたっけ。
私から言いだしたことよ。
あれも言ってしまえば『公爵令息』ジークの得意分野での勝負だ。
ゲーム上には、なかった話なのに。
アリスター・シェルベルの性分が、そもそも相手の得意分野で、その相手の鼻っ柱をへし折りたい、というもの。
……その可能性は否めない。
何より私、ヒロインに抗うためにヒロインになっているし。
レイドリック様相手には、好いた嫌ったの『恋の駆け引き』で勝負を仕掛けている。
『アリス』の私に惚れてしまったら貴方の負けよ、なんて。
そうか。私は、そういう性分だったのか。
わざわざ相手の得意なところで喧嘩を吹っかけて……そして。
負ける、と。
そりゃそうよ。
なんで騎士を相手に剣で勝負を挑むの?
なんで魔法使いを相手に魔法で勝負を??
相手は、その道のトップエリート。
いくら才能があっても、もはや負けるために戦っているのと大差ない。
「はぁ……!」
そうかー。こういう性格だからゲーム上の私は、毎回、敗北しまくっていたのね!
『ピンクブロンドのヒロインへ変身』作戦の根本原因が今、明らかに!
負けたくないんだ、私。
そして勝ち方に拘りたいタイプ。
この点は、どうも変えられる気がしない。
そんな性格でいて、万能な才能を持つけれど、各分野ではヒーローたちに一歩及ばない。
まさに負け役。倒されるためにいるような女。
そんな私は、魔王が復活するような世界で。
これから一体どうなっていくのだろう。
◇◆◇
公爵邸へ帰ると、お父様から呼び出しを受けた。どうやら義弟ジークも一緒のようだ。
そのことで、私は話の内容に当たりをつけた。
きっと公爵位を懸けた競い合いについてだろう。そして、その予想は当たった。
「お前達にさせる競い合いは、すべてを合わせて3回だ。
3つの競い合いをさせ、その結果で、どちらを正式な『次期公爵』とするか決める」
3本勝負! 慎重ね、お父様。まぁ、軽々しく決められる立場じゃないもの。
「1つ目の競い合いの内容は決めてある。残り2つは今後、また伝えることにしよう」
「はい」
「……はい」
さぁ、気になる内容は何かしら?
お父様だもの。きっと公平な内容にするに違いない。
「1つ目の内容は『商会の運営』だ」
「商会の」
「……運営?」
あら? これは、私が夏季休暇でやろうとしていた事と被る?
「『アリスター商会』と『ジーク商会』を立ち上げ、その商会の総合成績で競い合わせる。
他人が納得できる基準を設けるつもりだ。また、結果はすぐに出るものではない。
当然、長期的な視野が必要となる。
短期的な結果だけで、成績を誤魔化して済む話ではないからな」
……なるほど。領地の運営ではなく、商会の運営ときたのね。
たしかに令嬢・令息に課す試験としては妥当かもしれない。
おそらく私たちが失敗したとしても公爵家は揺らがないだろう。ある程度の補填もできる。
領地に手を出させて失敗したら領民への被害が大きい。
けれど、これならどうにかフォローできるはずだ。
「結果は、長期的な目で見ることになるだろう。少なくとも1年以上は、それぞれの商会の運営に携わって貰うことになる」
「……はい。義父上」
「わかりましたわ、お父様」
むしろ私にとっては渡りに船の話だ。
「より細かな条件は、また追って報せるが……差し当たってだ。
アリスターとジークには、初めの店を出す『場所』を指定してもらう」
「場所ですか?」
「そうだ。店舗は、まず1店舗のみ。そして、その店舗の場所は王都の中。
私が押さえられる候補を挙げるから、その中から、さらに細かい場所を選ぶように」
「……王都のどこかに2店舗分の土地を確保してくださる、と」
「そうだ。土地の確保は私が行おう。お前たちが最初に決めるのは、それをどこにするのか? だ。
3日間。候補地を決めるために考える時間を与える。
よく考えて決めなさい。競い合いは、この時点で始まっているものと思うように」
「……はい、分かりました。義父上」
「承知しましたわ、お父様」
そして、お父様は私たちに地図を渡した。
王都の地図で、商店を出すための候補地がいくつか印をつけられている。
「王都の土地は高いからな。早く動かなければ確保もできない。
この選択の決断は伸ばせないぞ。心して考え、決めるんだ」
お父様が念を押してそう告げた。
私たちの競い合いなんて世間は知ったことじゃないものね。
ボヤボヤしていたら、より良い候補地が奪われてしまう。
ジークだけじゃなくて、他の誰かにも。
「……すぐに決めてしまってもよろしいのですか? 義父上」
「ああ、構わない。3日は最長の猶予だと考えろ。
それ以上、答えを出せないようであれば、私が店の場所を指定する」
「お父様が」
「ああ」
シビアだけど、当然ね。
逆に言えば候補地選びが遅れたって、別にその時点で見切りをつけるつもりはないってこと。
大事なのは店の場所ではなく、そこでどのような結果が出せるか。
「当然、先に指定した方の意見が優先される、ということでよろしいですか? 義父上」
「そうだな。より良い場所は早い者勝ちだ」
「……わかりました」
ジークは、先に良い立地を確保する方針かしら。
それでも、この場で即決しない辺りは慎重ね。
まずは、それぞれの土地を確かめてからの方がいい。
「では。アリスター。ジーク。また3日後。お前たちの店を出す場所を決める時に顔を合わせよう」
私とジークは、お父様の言葉にコクリと頷き、返事をした。
いよいよ、原作にはないヒーローとの対決が始まったわね!