45 『大司教の子』アルス
『大司教の子』アルス・マーベリック。
攻略対象としての彼を一言で表すなら『うさんくさい男』よ。
9人もヒーローが居るからね。
だから『色物枠』も居るっていうか……。
正統派ヒーローなのがレイドリック様たちだとしたら、彼はその色物枠。
まず彼のキャラ特徴としては、目だろう。
『糸目』キャラなのである。うさんくさい糸目キャラクターよ。
『顔はいいけど裏切りそう』
『こいつは絶対に裏切る奴』
『声優は誰それ確定』
……とか。
そういうことをユーザーから言われるタイプ。
実際、彼のルートでは途中まで黒幕は彼なんじゃない? 疑惑が持たれる造りになっている。
アルスを信じるかどうかで最後に『彼を信じる』を選択して……結果は。
当然、黒幕は『悪役令嬢』のアリスター。
彼は、アリスターを疑っていただけの正義の味方だったというオチだった。
「シェルベル公爵令嬢?」
「ああ、いえ。どうも、はじめましてかしら? アルス・マーベリック様」
「はい。お見掛けしたことはありますが、こうして話すのは初めてです」
アルスの年齢は私と同じだ。
今、彼が身に付けている衣装は、国教の司祭服ね。
ちなみに教会の役職は上から教皇、枢機卿、大司教、司教、司祭、一般信徒……だけど。
教皇と枢機卿たちの拠点は、国外よ。
教会の権威は複数の国を跨いでいるものなの。
だから、王家や貴族家も教会の権威は無視できない。
教皇・枢機卿が常駐していない王都の大教会でのトップは、この地の教区を管理しているアルセイム・マーベリック大司教。つまり、アルスの父親ね。
ある意味で彼は、レイドリック様に勝るとも劣らない権威を有しているヒーロー役だと言える。
あんまり日本人ユーザーにはピンと来ない設定だったわ。
アルスもまた父の後を継ぎ、いずれは大神殿を担う大司教になる。
それが彼のグッドエンド。
ヒロインは彼の妻として、大司教となった彼を支えていくことになる。
キャラクター人気とは逆に、あまりシナリオ人気がないのが彼のルートだった。
エンディングの『大司教の妻』という終わり方のウケが悪かったのよ。
みんな『王妃になりました』なら手放しでハッピーエンドだなって認めるんだけどね。
『大司教の妻って……どのぐらいの存在なの? むしろ貴族じゃなくなったよね?』って。
うーん。実際は凄いことなんだけどな……。
大司教というポジションの重要性がいまいち日本人にはピンと来ない……。
ただ、それは凄いのは、あくまでヒーローの方になっちゃうから?
王妃になったら、ヒロインの方もきちんとした身分だもの。
比べてしまうとユーザーの多くが、わざわざ、そちらのエンディングを選ばないというか。
「シェルベル公爵令嬢は、本日はいかがなされたのです?」
「もちろん。神への祈りと、少しばかりの喜捨ですわ。
公爵令嬢として恥ずかしくない程度のものです」
「それは。教会を代表して感謝を……」
攻略対象たちとあまり接触したくないのが本音よ。
でもヒューバートのように味方についてくれるなら、ある意味でこれほど頼もしい存在もない。
能力的にはトップクラスのはずだから。
……ただね。この状況はちょっとね。
「アルス様はお一人ですか?」
「ええ。そうですよ」
侍女は少し離れた場所に居る。お祈りのためにここに居るのだもの。
物々しい公爵令嬢の周囲の人間は遠ざけてしまった。
至近距離で、信用をまだしていないヒーローが目の前に居る悪役令嬢の気持ち。
蛇に睨まれたカエルじゃないけど、気が気じゃないわ。
「もう十分に神への祈りは捧げさせて貰ったわ。そろそろ帰るわね」
やっぱり深く関わり合いになりたくなくて、私は早々に帰ることにした。
アルスだって今の段階で私に用なんかないでしょう。
そう思ったのだけれど。
「アリスター様」
「……なにかしら?」
呼び方を変えて、私を呼び止めるアルス。
「一つ、お伺いしてもよろしいですか?」
「まぁ。一体、なに? 私が司祭様に応えられることがあるかしら」
「貴方自身のことですよ」
「私?」
「ええ。どうして学園に通われていないのでしょう?
挨拶ならば、学園でしたかったものです。
私も今年、入学したばかりで。夏季休暇の間は、この大教会へ戻っているのですよ」
あー……。そりゃ聞くわよね。気になるわよね。
盲点だったわ。今の『アリスター』はゲーム上からは全く異なる行動をしているんだもの。
「……今後に向けて、色々としております」
「学園を休んでまでですか?」
「ご想像にお任せしますわ」
糸目キャラな彼は、読めない表情で私の言葉を受け止める。
「……貴方はレイドリック殿下の婚約者です。貴方の行動は、将来のこの国の行く末をも左右する。
その自覚があっても尚、そのように振る舞われますか?」
「もちろん。国王陛下にも、お父様にも認めていただいていますもの」
押さえるべきところは押さえているので問題ない。
「レイドリック殿下はご不満のようですが」
レイドリック様ねぇ。
彼の様子だと『アリスター』を認める気が最初からなかったと思うのよね。
だったら、彼の前に立っても幻滅してしまうだけというか。
「殿下が不満だから何だと言うのかしら?」
「なんですって?」
「私の目はない方が殿下も自由に振る舞えてよろしいのでは?
まだ私たち、学生ですもの。今の内に自由に振る舞いたいわ。お互いにね」
「……それは」
私はアルスから視線を外して、歩き始めた。
「どの道、私と殿下の振る舞いについて、何かを言うならば陛下とお父様だけでしょう?
殿下が咎められなかったように、私も咎められない。ただ、それだけの話。
殿下がご不満とおっしゃるけど、まるで私には不満がないかのようね?
本当に。この話は、ただ、ただ、お互い様なだけだと思うわ」
「……そうですか」
アルスの立場はレイドリック様寄りかしら?
ヒロインと関わらなければ中立、とはいかないわよね。
「それではね。次に会える機会があるか分からないけれど」
さっさと立ち去るに限るわ。
「アリスター様。最近、何かおかしなことはありませんか?」
「……はい?」
まだ何か言いたいことがあるのかしら。
どこかで彼の憎しみを買っている? ジークみたいに。
悪役令嬢だもの。物語が始まる前から嫌われていてもおかしくない。
「おかしなこと、とは?」
「教会は、王国に暗雲が立ち込めると。そう感じています」
「はい? 暗雲?」
「とはいえ、私も夏季休暇に入ってから聞いたことなのですが」
「……何かありましたの?」
「ええ。枢機卿がこの国を訪れたそうで」
「枢機卿が?」
枢機卿は、単なる教会のトップ層という立場ではない。彼らは教皇の最高顧問。
補佐でもあると同時に、教皇を選定する際の権限も持つ。
そう簡単に王国に姿を現わしたりはしない立場のはずだ。
「ええ。公爵令嬢だから、お伝えしておきますが。
教皇猊下が『託宣』を賜ったと。よって枢機卿が訪れ、そのことを父に伝えました」
「託宣……」
何それ。託宣ってアレよ? 神様からの予言のようなもの。
魔法のある世界だから、そういうファンタジーな要素があってもおかしくないけど。
そんなシナリオあったかしら?
前世の知識、曖昧なところは曖昧だものねぇ。
これって、もしかしてアルスルートでの伏線か何か?
でも、なんで私に言うのよ。ヒロインであるレーミルに言いなさいよ、そんなこと。
「これは、徒に広めて欲しくはないことなのですが」
「じゃあ、私は聞かない方が良いのでは?」
「……いえ」
いえ、って。何? 私に聞かせたい? なんで?
絶対にイヤな予感しかしないんですけど!?
「──この地に『魔王』が蘇らんとしている、と。
そう教皇猊下が神より告げられたそうです」
「はぁ……!?」
私は間抜けな声を上げてしまった。
ま、魔王!? そんな設定、この世界にあったの?? 知らないんだけど、私!
「ま、魔王って、なんですか、それは」
「分かりません。我々もその存在について調べているところなのです。
アリスター様であれば、何かご存知ではないかと」
「ええ……? 知らないわ、そんなこと。それに魔王ってなに? 怖……」
本当に知らない。変に『原作』の知識がなくて良かったわ。
ここで何か知ってたら変に疑われてたもの。
「…………」
こちらの様子を窺ってくるアルス。
だから、うさんくさいキャラにそういう態度取られるの、不穏なんだってば。
「そうですか。アリスター様ならば何か知っているものかと」
「公爵令嬢でも、王妃教育を受けてても、そんなこと聞いたこともないわ。
教皇猊下が託宣を賜ったなら、教会の方がよくご存知なのでは?」
「そうだと良いのですが。今はただ不安になるばかりで、何も分かっていないところです。困ったものだ」
それは本当に困ったことだわ。
「魔王……。魔王、って」
それって、どういう存在? 実は私の知らないルートでヒロインたちが討伐に向かうとか?
『ファンタジールート』の2人に『近衛騎士』のロバートと、戦闘要素があるのが原作だった。
魔獣だって存在する世界。なら、その延長線上に魔王も存在する?
……それって『悪役令嬢』の私に何か関係していたり、する?
「申し訳ありません。ただ不安にさせてしまったようですね、これでは」
まったくだ。聞きたくなかった。
「お帰りの際は、どうかお気を付けて」
「……ええ。では、さようなら」
本当に。ただ、いたずらにアルスは私の不安を煽ったのよ。