【44】決勝戦
「私が……負けた、だと?」
膝を突き、呆然とした表情を浮かべるレイドリック殿下。
その手には剣は握られていない。ショックを受けているみたい。
自信があったのに負けた。女に負けた。婚約者に負けた。などなど?
つまり、ここは〝攻め時〟ね! 精神攻撃は基本!
ねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ち?
ススっと私はレイドリック殿下のそばに近寄って話しかける。
「レイドリック殿下。もちろん剣の実力では貴方が上でしたが、油断しましたわね?」
「アリスター……」
「私の笑顔に見惚れて手を鈍らせるなんて。可愛いところがおありではないですか。貴方が私に、惚れた弱みで負けたのですよ」
「な、にを。ふざけるな……」
笑顔で私は続ける。
「違うとおっしゃるの? つまり、貴方が学園へ入る一年ほど前。私たちの間であった交流、貴方が浮かべた表情、抱いた感情は、ただの演技であったと。ならば国王陛下とお父様にそのことをお伝えしておきますわね。レイドリック殿下、変わったのは私ではないわ。変わったのは貴方。間違いを先に犯したのは貴方。生徒会で私を待ち構えて、仕事をさせるだけさせてから捨て置くご予定だったのでしょう? 私を侮辱し、見下すような環境に置き、道具にするつもりだった」
「……な」
私の言葉に驚愕するレイドリック殿下。
私は微笑むのを止め、膝を突いたままの殿下を冷たく見下ろす。
「浅はかな。レイドリック殿下がそのような腹積もりだと教えていただきましたの。ですから私は学園でこの赤髪を晒していなかったのですわ。国王陛下の『影』は優秀ですわねぇ。いつだって貴方様の思惑を陛下はご存知よ」
「……!?」
殿下が私を見上げながら顔色を悪くする。
「王太子の婚約者である『私』が学園へ通わない。国王陛下がその許可を出されたのよ? 私が、ただの問題児ならばそんなことを許されるはずがないでしょう。つまり、私じゃなくて王子である貴方の方が問題だったの。だから今後も私は学園ではこの赤髪を見せませんわ。貴方がいつまでも私に対して妙な傲慢さを発揮する限り」
「アリスター……」
「『王家の影』が私を見張ってくれていますから。これから先、貴方や他の誰かが私を貶めようとしても無駄。私の行動は逐一、陛下に報告されていますから。楽しみですわ? この先のことを考えると。私に監視がついていると知らない愚か者たちがどんな嘘を吹き込もうとするか。『私、アリスター様に虐められたんですぅ、信じてください、殿下ぁ』なんてね? レイドリック殿下がそんな愚か者の言い分を聞いてハニートラップに引っかかったとして。それらすべて陛下の手の平の上。私はなんの傷も負わず、貴方だけが落ちぶれる。ふふ、素敵な未来でしょう?」
悪い顔を浮かべておく。悪女っぽく。
同時にハニートラップへの警戒心を植えつけておく。
ほら、パターンってあるじゃない?
悪役令嬢を陥れるためにヒロインが打ってくる手段とか。
ぜひ騙されないでほしいわ。貴方を騙すのは私だけよ、レイドリック殿下。
「貴様っ……」
「ふふ、ジャミルやロバートみたいに女を知らない相手から外堀を埋めて。次にレイドリック殿下を罠に嵌めるなんていうのもアリよね? そう考える女子はどこにでもいそうだわ。もちろん、私はそんなことには関わりません。殿下や側近の方々が自らどうにかすることですもの。常に潔白を証明し続けるために、私は陛下の監視下に置かれますわ。腹黒な女の取る手段なんて似たりよったりですもの! ええ、殿下だけじゃなく、ジャミルやロバートにも一緒にすり寄る女がいれば用心なさってくださいませね? レイドリック殿下からの愛を感じられなくなって長く、貴方への気持ちが、すでに冷め始めた婚約者からの忠告ですわ」
そこまで言葉を叩き込んでから、さっさと私は去ることにする。
議論や話し合いは、まだできそうにないので。今、プライドが傷ついてショックだったところに情報を吹き込むことで忘れられないようにしておいた。
「アリスター!」
「私、次のロバートとの試合が楽しみですの。もう終わったレイドリック殿下とは話すことはありませんわ」
背を向けて手を振る私。逆上して私を殴ろうとは……しないわね。
流石にそこまではしないか。ちょっと疑っていたわ。
『アリスター』の私としては好感度が死滅してそう。
仕方ない。さんざん言ったものね。婚約解消の意思もチラつかせている。
彼の気持ちが冷めているのなら『わかった、じゃあそうしよう』で終わるかも。
それはそれで明らかに『レム恋』の宿命から外れていそうだからアリかなぁ。
とにかく次のロバート戦に集中ね。なるようになる。たぶん。
それからロバートの試合を観戦し、休憩を取る。
魔法でカバーしているとはいえ、かなり疲労は溜まってきているわね。
それはロバートも同じでしょうけれど、そこは鍛え方が違う。
剣技においてはレイドリック殿下を上回るのが『近衛騎士』ロバート・ディックというヒーローなのだ。
でも対策はヒューバートが見せてくれた。
おそらくレイドリック殿下との対決でこそ見られただろう、攻略対象同士の試合。
番狂わせはすでに起きているはずよ。
そして、とうとう決勝戦へ。いよいよ剣技大会も大詰め。
私は装備の点検をしつつ、意識を研ぎ澄ました。
「ロバート・ディック伯爵令息!」
対戦相手の名が読み上げられ、歓声が上がる。盛り上がっているみたい。
「アリスター・シェルベル公爵令嬢!」
私の名に対しても、ちゃんと盛り上がってくれる観客。
その反応に安心したわ。まだ私、嫌われ者にまでなっていないみたいだから。
学園に通っていたら、どういう評判を立てられていたか。
「…………」
ロバートは気合の入った視線で私を睨みつけてくる。
生来、無骨なキャラクターではあるけど。
私はさっさと剣を構え、笑みなど浮かべずにロバートを睨み返した。
憎悪は込められないが、殺気……を感じられるように。
「……!?」
私の態度と表情の変化が意外、いえ、予想外だったのだろう。
〝調子に乗った私〟を断罪でもするかのような表情だったもの。
その高慢な正義感、使命感に対して、私は気合以上の感情を乗せる。
『レイドリック殿下を諫めなかった無能な側近』ロバート・ディック。
私たちの不仲の原因は、すべてこいつのせい。
レイドリック殿下のせいでもなく、彼にすり寄る女たちのせいでも、ヒロインのせいでもない。
全部、すべて、何もかも悪いのはコイツのせい。
……そう『設定』する。
私がこれまで感じたストレスのすべての原因はロバート。
だから私の憎悪と殺気をこの男にぶつける。
『殺しても構わない』と悪役令嬢らしく、悪心を全開に傾けて。
全魔力を解放。継戦を狙わず、一撃の下で殺すつもりで殺意を研ぎ澄ます。
模倣した技術から最適な型を組み上げて。
勝つために最善を尽くし、全力を注ぎ込む。
ロバートの表情や審判が息を呑む態度を、ただの情報として頭の隅に追いやった。
「……はじめっ!」
「ハッ!」
ロバートは定型通りに開幕で突進を仕掛けてくる。
同時に私もだ。怯むことはない。精神の切り替えぐらいはできる。鍛錬などなくとも。
そして私自身の『悪女』としての才能にすべてを賭ける。
「死ねッ!」
「!?」
『殺すつもり』の一撃で。首を狙った一撃を繰り出す。
これまでの〝試合〟の体裁をかなぐり捨てた〝殺し合い〟の構え。
今まで見せてきた受け身、模倣、優雅さ、繊細さ、余裕。
それらすべてを捨てる〝必殺〟の狂気。
「ぐっ!」
ガキィイイ!
当然、ロバートの才能はそれにも対応してくる。だけど〝受け〟に回らせたわ。
パワー・スピード・テクニック、すべてが私の上であるはずの騎士が。
私相手に受け手に回ったの。意図せずにね。
「はぁあああああああッ!!」
裂帛の気合を示すように声を吐き出す。
魔力の残量など気にせず、全力を以て鋭く、力強く、相手を殺すつもりで。
後のことなど考えない。この場で出し尽くし、全力を持って目の前の男を殺す。
「うっ、ぐっ……!?」
狙うは首。眼。心臓。その3点。
剣を弾き飛ばして優雅に無力化するなどという生温い手は狙わない。
ただ、この場で男の命を絶つことですべてを終わらせる。
殺すために私の才能のすべてを最適化する。すべての一撃に必ず殺意を込めて。
ガギィイイ!
「くっ!?」
開幕から魔力全開。私のすべてを注ぎ込んだ、試合の体裁をかなぐり捨てた狂気の立ち回りに、ロバートは気圧されている。ペースなど考えない剣技は彼との力の差を縮める。
「死ねッ!! ロバート・ディックッ!!」
「う……!」
殺意を言葉に乗せて、表情で、魔力で、全身でそれを示す。
剛の剣技どころか狂気の剣。
私から発露される情報にロバートの動きが後手に回る。
そのすべての隙を逃さない。ただ愚直に、策を弄するわけでもなく。
ただ殺意を込めて。殺すためだけにすべてを動かす。
相手の剣が私を狙おうとも。肉を切らせ、骨を断たせて、命を絶つ覚悟で。
「せやぁああッ!!」
ガン! ドゴッ! ゴッ!
本来の彼の剣技は活かされず、後手に回り、防戦に回り。
実力差からくる余裕は削ぎ落され、初めて直面する殺意に翻弄される。
所詮は鍛錬で作り上げられた天才。お綺麗な試合のもと純粋培養された男。
ただ、ひたすらに命を奪う一撃を繰り出してくる狂気を前にして。
そして、まだ致命的なほどの差がない実力者を相手にして。
「うっ、ぁあああっ……!」
ロバートは呑まれた。
魔力の揺らぎは膨らみ、型通りでありながら純粋で力強かった。
ムラのある流れでも、その実、まっすぐだった。
そんなロバートが発する魔力は乱れ、力が入り、バランスなど度外視で、狂気に立ち向かう勇気と変わる。
「シッ!」
そこで私は動きを切り替えた。
これまでやってきたスタイル通りに。観察し、分析したロバートの動きに合わせて。
剣を合わせず、避けることに集中し、『負けない』スタイルへと変化させる。
ヒューバートの戦い方をロバートは苦手としている様子だった。
どこまでもまっすぐ、愚直。武骨で正攻法、お綺麗に整えられた剣の達人。
才能が溢れるが故に、己よりも強い相手に恵まれず。
身体が成長した今となっては余計に誰も彼もが力が下の者ばかり。
だからこそ己に匹敵するレイドリック殿下への忠誠を抱く男。
実力ある自分が唯一認めた相手だと。
ええ、まさに高潔な騎士。実力ある騎士。ヒーローの器。
ヒロインであれば、それは気持ちのいい好漢と映っていたであろう男。
だけど私の狂気に毒された、そんな男は、まんまと私の『魔力観測』の術中に嵌った。
読める。彼の動きが。そして対処できる程度のスピード。
パワーはわからない。だけど、その速度に私は匹敵できる。
加えて私はヒューバートの動きを模倣する。
私には伝わっていた。ヒューバートが私のためを思っての動きをしていたと。
ヒューバートは教えてくれていたのだ、ロバートに勝つための方法を。
「はぁあああッ!」
「シッ!」
ドゴッ!
「がっ!」
ヒューバートはあの試合で、あえてカウンターをしなかった。
ロバートの動きを引き出すだけ出して。
何度も、何度も。カウンターで剣を振るうタイミングがあったはずだ。
なにせ攻略対象同士の対決。実力に遜色ない者同士の対決だったのだ。
ヒューバートにだって勝ち筋はあったはず。だけど、あの試合で彼はそれを見せなかった。
私が決勝でその戦法を取る余地を残すために。
ガッ!
「ぐっ!」
必殺の一撃ではなく、手や胴狙いのカウンターを叩き込んでいく。
乱れたロバートの剣は一切、私に影響を与えず。代わりに悉くカウンターで翻弄される。
すべてにおいて計算し、相手にペースを握らせない。
試合始めの狂気の剣から今や冷え切ったカウンター狙いの剣へ。
乱れた動きならば、すべて予測の範囲内。
才能も、本来の実力も、すべて私を上回っているはずの騎士は面白いほど思い通りに踊る。
性根が単純だからこそ。まっすぐだからこそ。
精神の乱れがそのまま試合運びに影響している。
「ロバートッ!!」
その時、レイドリック殿下の喝が飛んだ。激励だ。
……まずい。
その声に反応して、ロバートの魔力の乱れが収まるのが見えた。
殿下の言葉だけで精神がクリアになったか。本当に単純ね。
だからこそ即座に死角に潜り、ロバートの目の前から私は姿を消す。
その動きにも反応されたけど。
わかっている。私の動きも予測も、きっと凌駕してこそのヒーローなんだろう。
ならば、ここで本当の意味での全力を出す。
負けて元々とは考えない。私のすべてを出し切り、勝つ。凌駕してみせる。
全霊を持った本当に最後の一撃。魔力を底からすべて吐き出すつもりで。
「はぁあああああああああああッ!」
横薙ぎの一閃。
相手が対応し、防御しようともお構いなく、ただ避けられなければいい。
死角に入り込んだのは大振りの攻撃をするため。全力の一撃を私は振り抜いた。
ロバートの剣が攻撃ではなく受け身に回る。受け流しをする余裕など与えない。
防御に徹するしかない一撃が相手の剣の横腹に打ち込まれる。
バギィイイッ!
「なっ……」
力量差を埋めるほどの魔力量こそ本当の私の武器。
体格差や筋肉量で劣る私がなぜここまで騎士相手に肉薄できるのか。
それが魔力量と魔力コントロールによる圧倒的な暴力。
そんな私の力をすべて一撃に込め、当てるだけの隙を作った。
ドゴッ!
「ぎっ……」
私の剣はロバートの剣を叩き折り、ロバートの体を真横から打ち据える。
前世ではありえないほどのパワー。
重機で動かす鉄球をぶち当てるような、そんなエネルギー量。
「……ぉおおお!!」
ロバートの体を『場外』へと吹っ飛ばし、ついでに私の方の剣も叩き折れた。
ドゴォッ!
ロバートは試合会場の端の壁にまで吹っ飛んでいく。
試合会場は横長だから、壁までの距離が短い場所を飛んだのだけど。
ロバートは壁に激突した。
「かはっ……」
これで試合は終了。互いの剣は折れ、一方は場外。一方は舞台の上。つまり。
「……はぁ。はぁ……審判? 決着ではないかしら?」
魔力消費による消耗が激しい。一気に体がダルくなったわ。
呆気に取られていた審判役の騎士だけど状況が示す結果は一つだけ。
「しょ、勝者! アリスター・シェルベル公爵令嬢! ……剣技大会、本年度の優勝は! アリスター・シェルベル公爵令嬢ですッ!!」
審判が正式に宣言する。
やっちゃったわー、私! 剣を始めて1ヶ月未満なのだけど?
攻略対象の一人、『近衛騎士』キャラのロバートに勝っちゃった。
すっごい才能。これは調子に乗ってしまうのも仕方ないわ、私。
こうして1年生の剣技大会で、私は優勝したのよ。
※2026年6月19日に改稿しました。




