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偽りのピンクブロンド【商業化予定】【全体改稿予定】  作者: 川崎悠
第6章 アリスとアリスター
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44 アリスターの商品開発!

「音が鳴るぬいぐるみ、ですか?」

「ええ。市井にそういったものってあるかしら?」

「聞いたことはありませんね……」


 私は日々の魔術鍛錬と新魔法の開発をしつつ、前世知識を活かした新商品について考えていた。

 この国の在り方は、あまり前世の歴史上にある国々を参考にできない。

 転生者であるにも拘らず、別に日本食に未練のない私のように。

 ただ、あちらの国の知識に基づいたものを出しても『ウケない』のよ。

 とにかく今世にはないものを探していく。

 前世では身近過ぎて見落としていたものがあるといいなと思って。


 でも、学生寮があれだけ綺麗で、上下水道などのインフラが成立している国。

 衛生観念も、いつナイチンゲールが生まれたのか、徹底されているらしい。

 学生たちは綺麗な制服に身を包み、前世基準でも『お嬢様学校に通う生徒』みたいな、そんな存在として生活している。

 そういう文化水準の国なの。

 ここから新しいインフラ関係を生み出し、何らかの結果を出そうとするのは骨が折れるわ。

 多くの分野が開発された後……とまでは言わないけど。

 私の前世知識では技術的なブレイクスルーは起こせそうにない。


 あるあるネタで言えば農業とかだけど。

 そもそも国土が違う。

 風に湿度、気温も何もかも日本とは違うこのウィクトリア王国で、果たしてどれだけ知識が活かせるか。

 アルカリ性と酸性を混ぜて中性にするのよ、と意気込んで、下手したらアルカリ性の土地に、さらにアルカリ性の肥料を撒いて作物を腐らせてしまうかもしれない。


 農業は長期スパンを見据えた根気と努力、積み重ねた歴史がモノを言う。

 軽々に手が出せるものじゃないわ。やるなら家庭菜園とか、その程度でしょう。

 もしくは農業研究所を作り、そこに出資するか。

 しかも、こちらの世界には魔力という要素もあるため、植物の成長にどう影響するのか分かったものじゃない。

 あちらの世界で培われた知恵と技術は、あちらの世界のモノってことね。


 ……なので。

 私が着手できるとすれば『文化・娯楽系』かなって思うの。

 インフラ系や農業系はちょっとダメよねって。

 芸術文化的な開発か娯楽の提供。

 或いは、本当に庶民に寄り添った、なにがしかの細かい便利グッズの流布とか。


 今世での私が真に庶民……平民の暮らしを知っているかと言うと、かなり怪しい。

 そのため、何がいいか? と考えては、片っ端からノートに書き出していっている。


「うーん。ネイルアートは、あちらの歴史では古くからあったはずだけど、令嬢たちはしていないし」


 やっていないのは、さて、文化が存在しないからか、そもそも興味がないからか。

 ファッション系は、どうしても社交界を通じて、誰かが発信していかなければいけない。

 流行を作り出すなんて前世日本でも誰かが意図してやっていたもの。

 公爵令嬢の私なら、奇抜なものを広められなくはないんだけど、それはちょっと私の計画とは噛み合わない。


 そこで『下敷きの静電気で遊ぶ』という発想から広げた『子供の玩具』路線を今は模索している。

 意外にバカにできないジャンルのはずよ。

 人気のカードゲームなんて数万円で取引されていたとか。

 フィギュア、子供用のヒーロー玩具、そういったものは長く、かつ定番の親しみやすさがあった。

 ぬいぐるみは、いつの時代でも子供に需要があるでしょう?

 大人だって好きな人は好きなまま。

 狙い目としては某人形の家族とか、その路線?


 或いは『マスコットキャラクター』商品よ。

 『ゆるキャラ』とか言われていたっけ? そのキャラクター関連でグッズを作るの。

 つまり『キャラクター商売』をするのよ。

 これなら別に前世知識が戦いの火種になるとか、そんな方向へは進まなそうでしょう?

 下手に火薬の開発とか、そういうのはナシの方向で。

 そもそも武器系は私の知識では出来そうにない。

 ピストルとか、火薬の部分は魔法で代用すれば……とは思う。仕組み自体はシンプルだし。

 『誰でも使える』という最たるメリットは無視することになるけれど。

 自分の魔法に活かすなら、視野に入れておくのもいいわね。


「似たようなことは、ヒューバートがやっていたっけ」


 彼は指先程度の小さな『水の剣』を撃ち出して、ヒロインの魔法をかき消していた。

 あれも、けっこうな速度だった。

 やっぱり、この世界だと武器系は魔法で代用可能なのかしら。


 とにかくグッズ系、キャラクター系で、何か開拓できればいいなと思ったの。

 そうして考えていく中で『音が鳴るぬいぐるみ』って、この国にあるのかしら?

 と、そう思ったのね。

 押せば『キュー』と可愛らしい音が鳴る。

 電池式じゃないものがいいわ。『鳴き笛』とかのアレよ。

 そうして考えていくと魔石ではない動力源で動く玩具は、安上がりで出来てウケが良いんじゃないかしら? と思った。


 ネジを回して動作するようなタイプの玩具。

 魔法でどうこうすれば、ぬいぐるみだって動かせるのは簡単な世界だけど……。

 商品に小さな魔石を詰め込むのは制作コストが嵩んでしまう。

 平民に手が出せないのはね、ちょっと違うと思うし。


「ネジ式の……、なんて言ったかしら? プルバックとか、そういうアレは?」


 ほら、小さな車の玩具よ。

 ちょっとバックさせて中のネジで動かして、手を離すとギューンって前に進む玩具。

 アレの馬車バージョンとかどう?

 車のデザインは流石にね。こっちの世界だと『何これ?』って思われそうだし。

 ネジ巻きで動くなら、ドラミングするゴリラの人形とかいいかも。

 ……ゴリラってこの世界に居るのかしら? 魔獣図鑑とかあるかな。

 玩具路線で考えるなら『ストーリー』も考えるのはどう?


 キャラクター商売をするんだもの。

 何かこう、前世の物語をこの世界風にアレンジして紙芝居とか……。


 あ、でも『ゆるキャラ』とか可愛いキャラって別にストーリーはなくてもいいかな?

 私もわりと別に原作のストーリーなんて知らない可愛いキャラのグッズに惹かれた。

 見た目がキャッチーで可愛ければいいのよ。

 でもヒーロー系も捨てがたいかしら?


 ヒーロー系と言えば、修学旅行で定番のアレ。

 ドラゴンと一緒になった剣のキーホルダー……あれは、この世界の子に人気はあるかしら。

 凶器扱いはされないと思うけど、一応は刃にはならないようにして。

 騎士が身近な、この国の方がむしろウケがいいかもしれない……?


「ふんふーん」


 前世の世界の、様々な人たちが頑張って作った商品たち。

 申し訳ないけれど利用させて貰うわね。

 敬意を払って彼らの名前を出すとか……、いえ、余計に『パチもん』くさくなって不敬かしら。

 別に誰にも咎められはしないでしょうけれど。気持ちの問題がね。

 まぁ、商売として失敗する危険もある上で計画を進めていくつもり。

 『お天道様』に顔向けするためにもアレね。

 売上の一部は、きちんと孤児院等に寄付する方針でいきましょう。


「あー……」


 ちょっと宗教観がズレているかもしれない。

 私、あんまり神へのお祈りをしてこなかったのね。

 この国、きちんとした宗教、国教があるんだけど……。

 どちらかと言うと教会の権威がきちんとあって、国が成立するに当たって重要というか。

 教会から破門されたりすると色々と困ることになる。

 そういうレベルでの重要な機関。

 前世日本人だとビックリするほど、宗教は重要な立場にあるということ。


 うん。神への不遜にならない路線、というのも大事な視点ね。

 『企画書』をまとめてヒューバートに相談した後は、教会へお祈りでもしに行きましょうか。

 高位貴族からの喜捨は重要なのよ。


 そうして、私は様々なアイデアをまとめた企画書を持って、事前連絡しておいた『エルミーナ』へ向かうことになったの。

 夏季休暇が始まってからまだ1週間ほどね。

 でも、なんだか久しぶりだわ。

 ヒューバートとは『アリス』として1学期の間、長く時間を過ごした。

 ゲーム上の彼がそうであったように、彼とは『相棒』のような関係を築けていると思う。

 今のところヒロインのレーミルにヒューバートが惚れ込む気配はない。

 中身が違う疑惑があるものね。


 ……私が『アリスター』としか言えない以上、レーミルもレーミルかしら? 転生者であっても。

 そう考えて『原作』を思い返してみれば、かなり胡散臭いヒロインではある。

 特にヒーローたちにぶつかりまくるところね。中庭や廊下、食堂とか。

 意図的じゃなきゃありえないシチュエーションが多かった。

 私も彼女も、どちらも前世の記憶なんて思い出さなかったら。ゲーム通りの運命を迎えたのかな。

 といっても、その運命とやらが9分岐しているんだけど。

 いや、もっとか。

 ノーマルエンドとバッドエンドを含めると運命の分岐点はかなりの数がある。


 そうすると、まぁ、あんまり運命なんて考えても仕方ないものか。

 私たちが前世の記憶を思い出すこと自体が『隠しルート』と言えるかもしれないわ。

 それまでのゲームの常識を覆す展開。

 悪役令嬢の大逆転は『アリ』なのよ、きっとね。


 ヒューバートとの再会に、どことなくワクワクのようなものを感じてエルミーナを訪ねた。

 もちろん『アリスター』として。侍女と護衛付きでね。なのだけど。


「え……? 今日は居ない?」

「はい。申し訳ありませんが……。ご返事はされたと思いますが、すれ違いになったかと」

「そ、そう……なの」


 しまった。ちょっと浮かれていたかもしれないわ。

 企画書を作って完璧だわって浮かれて、ヒューバートはなんて言うかしらって反応を想像して。

 先触れは出したものの、きちんと返事が待てなかった?

 早い方がいいとか、自分のことばかり考えていたから。


 ……困ったわね。今日、彼と話せるつもりでいたのに。どうしましょう?


「……お帰りになられますか。アリスターお嬢様」


 どうしようかな。やる事がなくなっちゃった。

 でも一人で考えてもなぁ。ヒューバートは居ないのか。

 そっか。……ああ、だったら。


「教会」

「はい?」

「王都の大教会へ寄ってくれる? お祈りしてから帰るわ」

「かしこまりました」


 どうせ喜捨をして、お祈りするつもりだったから。

 前世の色んな人たちに、その知恵を貸していただきます、って。

 誰に打ち明けれることでもないけれどケジメとして。

 そう思って私は大教会へ向かった。

 ヒューバートと話すつもりの時間もあったから、まだ昼過ぎよ。


 喜捨をしてから、聖堂へ向かう私。

 物々しい護衛は、流石に人数を減らして中へ入る。


 木製の長椅子が整然と並び、厳かな雰囲気の場所で。

 遠くから聞こえる讃美歌を耳にしながら、私は神に、そして前世の世界に祈りを捧げた。

 ……そこで。


「──シェルベル公爵令嬢」


 私の祈りが終わったところに声を掛けられたの。

 まだ若い……神父、いえ……彼は……。


「はじめまして。私はアルス・マーベリックと申します。

 大司教アルセイム・マーベリックの息子です」


 ニコニコと私に微笑みかけてくるのは、私とあまり歳の変わらなそうな青年。

 金色の髪に、紫色の瞳をした……美しい男性。


 『大司教の子』アルス・マーベリック。……攻略対象の一人だった。


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[一言] 玩具の話。『ネジ』ではなく『ゼンマイ』では?
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