43 アリスターの魔法開発!
電気はなぜ発生するのか。
分かっているようで分かっていない。
前世知識があると言っても、私に残っているのは、スマホがある時代の日本の一般的なものだ。
たしかに学校で習ったが、科学的なその知識が果たして日常生活に必要だったか。
……必要はなかった。
スイッチを入れれば灯りが灯る。
ライフラインの確立された場所で生活してきた私。
原子核のまわりをまわっている電子が、どのように刺激を受ければ動いて、どうなるのか。
電池の仕組みを、この世界で再現するにはどうすればいいのか。
それらを正確に魔法で再現して……?
「……アプローチが違うわよね、たぶん。これは」
私がしたいのは科学としての『電気』の解明や、そこから発展する技術確立ではない。
魔法による『雷』のコントロールなのだから。
ならば、その方向性の努力をしなくてはならない。
なので、私は侍女リーゼルに頼み事をした。
「『羊毛』ですか? どうでしょう。取り寄せますけど」
「頼める? でも、数が欲しいわけじゃないのよ。屋敷にあれば、それで事足りるわ。
だから探して貰える? 誰かが持っているなら譲って欲しいわ。もちろん資金は私が出すからね」
「かしこまりました。アリスターお嬢様」
発展していく人類文明は、はたして電気と無縁でいられるものかしら。
『魔石』という形で人の魔力を込められる石がある。
これはバッテリーとか電池とか、そういうものだ。
魔法回路によって、そこからエネルギーを引っ張ってきて、魔道具が事象を引き起こす。
この国に『発電所』に相当する施設は作られていないと思う。
あるとしても『自家発電機』ぐらいね。
……そもそもだけど。
王都ですら、日本の首都や大都市群に比べれば人口が少ない。
5階以上のマンションが乱立して、ようやく住居スペースを確保していたような街じゃないのだ。
高くて3階建ての家屋だけで、それ以上は『塔』とか、そういう類の建物が並んでいる。
端的に言うと『発電所』を必要とするようなレベルじゃない。
それぞれの家庭で魔道具と魔石を確保し、家の設備を整えるぐらいが主流であり、人々もそれ以上を求めていないでしょう。
「静電気クラスでいいのよね。あのバチバチを体験して、魔法で『模倣』する」
魔法の原初は、自然現象の『再現』だったという。
人類が欲したのは火と水だ。そして土も。
土魔法の始まりは、穴を掘り、壁を作り、住居を作ることだった。
雨風を凌げる場所を欲したのよ。
原始的な要求を満たすものは発展しやすい。
だから、そのためだろう。
『電気』という過程ではなく『光』という結果を、人は先に求めた。
「──ライト」
指先に仄かな光を放つ球体を生成する。
魔力によって再現される光。『光魔法』よ。
ゲーム的な聖なる要素は付与されていない、純粋なただの光。
ここに電気的なアプローチは存在しない。どころか熱すらないわ。冷光というタイプね。
私は、ふっと光魔法を消して、自身の記憶を省みる。
初級と呼ばれる低出力の魔法は、今の時点で私も修得している。
また、生活に有用となる魔法もだ。洗濯魔法とか。
それもまだ向上する余地がある。低レベルのものだけど。
この歳まで、魔法関係で最も頑張ったのは『魔力コントロール』だった。
魔法を暴発させて、怪我をしないように。
高位貴族になるほど、魔力量が多い傾向がある。
だから高位貴族は、まず意図しない暴走を防ぐことを徹底して学ぶの。
特に私は、王宮に足を運ぶ頻度が高かった。王妃教育のためにね。
だからこそ高度な魔法の修得より何より、暴走しないことを重点的に学ばされた。
魔力は身体の成長に伴って成長する傾向がある。
鍛錬によって増やすことも。
これは『運動』と『筋力や運動神経』の関係と似たようなもの……。
『ヒロイン』レーミルは、コントロールや魔力量の増加よりも先に『結果』を先に求めていた。
才能的に考えて、別にやっていれば私だって今の時点で中級魔法ぐらいは使えたはずだ。
それが1年生の最初のテストの時点で差を付けられた……ように見えた。
彼女は、結果の派手さで私を圧倒する予定だったのだ。
元平民の庶子だった彼女にとって、魔法の基礎構築なんて縁がなかったのでしょう。
もちろん彼女はヒロインだ。
魔力量とコントロールセンスが元からずば抜けていても不思議じゃない。
だから、そういった基本の部分を飛ばしても充分に結果が伴ったのかもしれないけど。
だけど、ここからの魔法は、地道な積み重ねこそが物を言う。
努力を怠れば、せっかくの才能は持ち腐れとなるだろう。
けれど逆に、努力さえ怠らなければ成功が約束されているレベルの才能が彼女にはある。
……そして私もそれは同じだ。
才能のないタイプの悪役令嬢もいるんでしょうけど『アリスター』はそうじゃないわ。
バリバリ才能があるタイプの悪役令嬢なの。
ただし、メンタル的な問題でその才能を『ゲーム上の私』が活かし切ることはない。
それこそ今のレーミルが、そのまま成長してしまったように。
才能任せに、ただ肥大化した魔力を用いて暴れ回る。
理から外れた……出力頼りの脳筋の魔法使い……。
ヒロインやヒーローたちに負けるための存在が、私。
亀とのレースで必ず油断して眠るウサギ。
努力せず、経験を積まずに足を掬われる天才なのだ。
「才能に驕らず、研鑽を惜しまず、努力を積み重ね、結果を求めてあがき続けて……」
王妃にならんとすれば、必要なのは知識と知恵、そして振る舞いと美だ。
それがもし、生き残り、勝ち残り、己の幸福を求めるならば。
これから、ゲーム上の私がしなかったことをしよう。
今までの『私』のやり方では陥れられるのだから。
もしもの時は『魔塔の天才児』クルス・ハミルトンにすら打ち勝てるレベルになりたい。
実力で、自分の身を守れるようになるのだ。
まず、この世界には騎士がいる。魔法のある世界での騎士だ。
彼らは魔法攻撃よりも、剣や槍といった武器を振るって戦う。
それは、つまり……魔力によって『身体強化』も可能ということ。
魔法をそういう方向に発展させた者は、やはり過去にも居たらしい。
当たり前のように女性が爵位を得られる。
男女の扱いの差が、そこまで露骨ではない理由も、きっとここなのだろう。
華奢な令嬢であっても魔力量が凄まじく、身体強化の魔法に長けているなら相応に動けるということ。
まぁ、肉体を鍛えていた方がいいのは間違いないんだけど。
よほどの魔力量があるなら身体能力のなさや、体力のなさを踏み倒せはする。
いくら身体強化したって身体を動かし、何かするには『技術』が必要だ。
日頃から剣を振るっている騎士を相手に、身体強化だけが取り柄の今の私が勝てるのかというと……やはり、まだ厳しいと思う。
騎士だって魔力による身体強化をするのだから。
「お嬢様」
授業で習った基礎的な魔術鍛錬をしながら、あれやこれやと自室で考えていた。
そこにリーゼルが戻ってくる。
「羊毛の衣服がございました。3着ほどありましたので、お持ちしています」
「まぁ! ありがとう! 取り寄せなくて済んだわね!」
リーゼルが持ち込んだのは、羊毛の衣服だ。
冬場に温かくするための衣服。記憶にないから私のものではないわ。
「これは、どこから?」
「メイドが持っていたものを譲って貰ったのです。
きちんと本人の了承を得て、お嬢様から預かった資金から相応の金銭も渡しました」
「ありがとう、リーゼル」
夏場に羊毛、つまりウール素材の衣服。
引っ張り出してくれたんだろうなぁ。
公爵令嬢のお願いって。客観的な自分が遠い目で見てしまうわ。
「これで一体、何をなさるんですか? お嬢様」
「んー? 特訓?」
「特訓」
最も身近な電気は、やはり静電気。
あのバチバチを体験し続け、イメージ付けをして、魔法回路を構築していく。
出力を上げるのはそこからよ。
そうして私は3日間ほどバチバチして過ごす事にした。
「痛ったぁい!」
「……何をしているんですか? 本当に」
可能な限り、静電気が溜まり易い環境を構築して、金属を触ってバチ!
魔術鍛錬は主に『身体強化』をメインにしながら。
「下敷きとかないわよねぇ、流石に」
「下敷き? 何の?」
あの素材の下敷き。髪の毛を逆立てて遊ぶのに最適なあれ。
あれ、子供用の玩具にできるかしら?
流石にアイデアとしては微妙過ぎるわね。楽しいんだけどね。
んー。でも『子供の玩具』路線は……アリじゃない?
異世界に来て、現代の知識を活かした商品! って聞くと大々的なものや、利便性に富んだものを想像しがちだけど。
下手な知識の導入は争いを招くものよ。
特に出来れば戦争に発展しかねない技術革新なんて起こしたくない。
そんな知識が私にあるかはさておき。
また、この国の文化に沿ったものかどうかが重要でもある。
現物を知っている私が、いくら『便利なのに』って思っても、この国の人々に受け入れられなきゃ商売にならない。
でも、大衆文化的な路線なら……?
需要はいくらでもあるけど、そこから大きな争いにはならないはず。
玩具。玩具ねぇ。
私は、魔法の鍛錬と商品企画に時間を費やしていった。
「…………」
そうして。私は、部屋で一人。動きやすい簡易ドレスを着て。
精神を集中させる。
バチバチ。バチィ、と。頭の中にイメージを思い浮かべながら。
そして、体験してきた静電気の感覚を再現して……。
身体全体に身体強化、保護魔法を施す。こちらもまだまだ初級。基礎の基礎。
自身に害が及ばないことを前提とした安全志向。
そして、両手の人差し指を胸の前で近付けた。
ほんの少しだけ離した状態で、そこに静電気を発生させるイメージを注ぎ込む。
魔力の集中。
──バチ、バチ。
……出来た!
自然現象ではなく、魔法による意図的な電気の発生。
新魔法の開発、という観点からすれば、あっという間に。思った以上に簡単に。
雷が、電気が、人に操れる事象だという圧倒的な確信があったからこそのイメージ。
空から落ちる雷のレベルには程遠いけれど。
「……ふふふ」
これは流石に楽しいわ。
魔法も電気も、どちらも私にとって当然にあるものだけれど。
今この瞬間。
もしかしたら、この力を持っているのは私だけじゃない? っていう高揚感。
もちろん、明確なイメージが根付けば、他の人も使えるようになるはず。
あら。これも戦いの技術革新になるかしら……。
対策も大事よね、じゃあ。
『雷』をイメージできる人が、この世界に少なからず居たとしても。
『絶縁体』をイメージできる人は、それ以上に少ないのでは?
『避雷針』という考えをきちんと構築して魔法に落とし込める人も、まだ少ない。
「高位貴族の魔法鍛錬は、まず安全第一!」
『雷魔法』に目処が立ったのなら、次は、その対策魔法の開発よ!