41 公爵位を懸けて
「競い合い……だって?」
「アリスター?」
「私とジーク。どちらがお父様の後を継ぐのに相応しい器か。
その能力があるかを、正式に、公正に。そして厳しく。
審査して欲しいの。私たちに競い合いをさせて。
そうして勝った方を、お父様には『次期公爵』と正式に公の場で認めていただきたいわ」
「な……!」
私はお父様へ向けて提案する。
その場の思いつき。別に準備なんてしていないことだった。
「……だが。アリスターはレイドリック殿下と婚約している。
お前が将来になるのは王子妃、そして王妃だろう?」
「そ、そうですよ! 義姉上は何を言っているんですか!?」
「お父様。私には、この競い合いが有用な理由が2つほど説明できましてよ」
「……ほう。言ってみなさい。ジークは少し口を慎むように」
「くっ……!」
私は、お父様の表情が変わるのを見て、頷き、語り始める。
「まず1つ目。先程からのジークの態度には傲慢さが透けて見えました。
彼は『自分が公爵を継いで当たり前』と。そう思い込んでいるのでは?
しかし、ジーク・シェルベルは、そんな傲慢な態度を取れる立場でしょうか?
他ならぬ、この私に向かって。
如何様な理由でかは知りません。ですが彼はこの私を……『見下して』いるのです。
図に乗った、その精神は、ここで叩き折っておく必要があります。
そして、自身の立場が全く安定したものではないと叩きつける必要がある。
そうしなければ彼は近い将来、このシェルベル家に良からぬ事態を招くでしょう。
そも、順当に私が王妃となり、お父様が引退した時。
王妃となった『私』に対して『シェルベル公爵』となる者が、あの態度を取るなど。
国政にすら悪影響を与えかねませんわ。
私を、実家の権力の及ばない、お飾り王妃としたいのかしら?
そのようにする悪意を、この短いひと時にて感じましたわ」
私の言葉に、お父様は無言で頷き、続きを促す。
「今、ジーク・シェルベルの器を計ること。
それが延いては、このシェルベル公爵家のためになります。
器にないというのなら、まだ『ジークではない者』を迎え入れ、教育させる猶予が生まれますわ。
……ええ。彼の『代わり』は居る。
そう突きつけることで、ジークも己の立場が危ぶまれるものだと自覚するでしょう。
日々の研鑽に身が入り、また私たちへの敬意を持つのでは?」
「……なるほど」
私の言葉に『一理ある』とでも言いたげな態度を取るお父様。
「そ、そんな! 義父上……!」
「ジークは黙っていなさい」
「ぐっ!?」
ジークは口を噤まされたから、私を忌々し気に睨みつける。
そんな彼に私は、ニコリと悪役らしい笑顔を浮かべてあげた。
うん。完全に敵対したわね。元からだけど。
「2つ目。お父様。私が正式に『公爵位を継ぐ者』と定められた方が……王家に対して強く出られるのではありませんか?」
「……なに?」
「王家と事を荒立てる気は毛頭ありません。……が。
舐められたままも捨て置けないのが実情。ではありませんか?
でなければ私とて、かような振る舞い、考え付きもしませんでした。
すべて王家の側が始めたことですのよ。
彼らが弁えているのであれば……私が今回、結果を示して見せたように。
それこそジークも納得せざるを得ない『過程』すら突きつけられたはず。
当然、その方がシェルベルにとっても良きことでしたわよね?
私自身もこれまでの高度な教育を存分に発揮できたものを」
まぁ、別に『アリス』になる必然性は、シェルベルにはなかったのだけど。
正直言って『思いつき』だし、ピンクブロンドのヒロインへの変身作戦。
「私とて、相手が王家なればこそ、一歩引いて見せたのです。
ですが、この半年ほどで、あちらの態度が改善したとは言い難い。
どころか、その心根を察するに、シェルベルへの見下しすらも感じられましたわ。
お父様の耳にも、その事実は入っていらっしゃるのでは?」
ヒューバートがお父様に報告を入れたかは微妙だけど……。
どちらかと言えば国王陛下からの依頼で、彼は私の護衛に付いているみたいだし。
「よって。私とジークで大々的に、王家や他家の者たちにすら周知する形で。
競い合いを行い、正式な次期公爵を決めていただきたいの。
公平で、かつ厳しい、誰もが納得する内容がいいですわ。
ジークが私に勝てば、これは彼の代にとって、またとない後押しとなりましょう。
『確かな実力を持った男』として、次期公爵ジークを喧伝できますわ。
私が勝てば、王家にかかる『圧』となりましょう。
そして、ジーク・シェルベルが私に対する不遜な態度の拠り所を失い、よりシェルベルに対して殊勝な態度で尽くすようになりましょう。
これは家の利点も兼ねた……ジークへの『躾け』ですわ。
未来の王妃として、見過ごせない不穏の種に対する早期の対処でもある。
そして私の『プライド』も、ですわね。
『義姉上と一緒にしないでください』と、のたまった愚弟の鼻っ柱。
わたくしに叩き折らせてくれませんか?」
つらつらと言い重ねた上でニコリと微笑んだ。
こういうことをする私を、前世の人格を拠り所とした私が客観的に見る。
『ああ、悪役令嬢ってこういう……?』なんて。
実際、レイドリック様たちヒーローの性格はゲームの通りだった。
ならば現地人。
『本物のアリスター』である私は当然、悪役令嬢の性格をしているのが『地』なのだろう。
前世の物語群のように、実は心清らかな女が悪女の正体、なんていうことはないのだ。
「……悪くない提案だな」
「義父上!? 聞き入れるのですか!? こんな馬鹿げた提案を!?」
「ジーク。私もお前が、今さっきアリスターを見下すような態度を取ったのを見ている。
そこにアリスターへの敬意というものが欠けていたのは事実だ。
お前が自分の立場を分かっていない、いや。
自分の立場が『安泰』だと思い、日々の気を抜いて過ごしているというのであれば……。
たしかに、ここでお前の考えを叩き直しておく必要がある。
だが、お前は、どんなに厳しくしたとしても……ダメなのだろう?」
「だ、だめ、とは……?」
「お前に厳しい教育を施しても、お前の中には『実子ではないから』という思いの火が燻り続ける。
それは、お前のすべての行動に、考えに悪影響を及ぼすだろう。
何を言っても、自分が実子ではないから言われるんだと思い、捻じ曲がる。
すべての教育が『次期公爵になるため』のものだと、お前はきちんと受け入れられているか?
それとも、その部分をあえて揺らがせることで……我々の愛情を試しているのか?」
愛情を試す。
たしかに、そういう面もあるのかもね。
奔放な振る舞いをして見せてもなお、お父様がジークの立場を守る態度なら。
……実際、その目論見は上手くいったんじゃない?
ジークは、この1年間、お父様に許されてきたはずだ。ゲーム上では。
もしかしたら学園生活の間、ずっとその『試し行動』は続くのかもしれない。
お父様たちは、彼を咎めないことでしかその愛を示せない、と。
「……我々が、お前の振る舞いを見逃し、甘やかすことも一つの解決手段なのだろうな。
或いは実子であるアリスターよりも厚遇してやることで、お前の心が満たされるか。
アリスターには能力があり、才がある。
彼女は王妃となった後も自力でどうにかして見せるだろう。
ならば、公爵家のことを考えてお前を優先する……ああ、一つの正解だ」
お父様はそうね。それは今の段階での私への信頼でもある。
ジークに愛情を与えることで、一人の人間として更生するのなら。
悪役令嬢アリスターが破滅すれば、私は追い出されるなり何なりの末路を辿って。
私が居なくなることで、ようやく、ジークはお父様たちの『唯一』になれるわ。
そこで真に愛を悟り、シェルベル家を……。
ジーク主観で行くと、これ以上なく綺麗なエンディング。
私は、まさに『邪魔者』と言えるでしょう。
それが理由なら、やっぱりシェルベル家やお父様たちを嫌っているわけではないわよね。
養子である彼にとって実子である私だけが目の上のこぶなのよ。
「だが、こうしてアリスターからの提案があった。
お前を甘やかすのではなく、より厳しい立場に置く。
ジーク。お前が義理の姉の器を、根拠なく見下すことは許されない。
時間を掛けて、お前の傷『だけ』を癒すことを……私は容認できない。
何故なら今、お前たちは等しく『私たちの子供』だからだ。
……『お姉ちゃんよりも甘やかして欲しい』なんて気持ちにばかり応えられんさ。
偶にならいいがね」
「なっ……!」
お父様は困ったように、ジークにそう微笑みかけた。
それを受けて顔を真っ赤にするジーク。
うふふ。恥ずかしいわねぇ、甘えん坊のジーク。
反抗期と親の愛を求めている寂しい子供。
「では、お父様」
「ああ。認めよう。お前たちに『公爵位』を懸けた、公正な競い合いの場を設けることを」
「……感謝致しますわ。彼に力を示す機会を頂けて」
認められた。こんな出来事は原作にはない。
あるはずなのは、ジークの精神的な問題を解決するのが『今の時期』ではないこと。
本格的なジークとヒロインの交流は、私が2年生に上がってからだ。
だからこそ勝算は五分。
ジークは決して無能ではないから。ヒーローだものね。
お父様の性格からしても、私に甘い競い合いにはしないだろう。
その方がいい。
公正で平等で、厳しい判定の、勝負。
勝てば利益があるわ。
ジークの鼻っ柱も折れる。彼の立場も脅かせる。
それで殊勝な態度になる人物かと言えばそうではないけれど……。
前世、悪役令嬢ものの主人公たちは、彼のような立場の者は救ってみせたでしょう。
だけど私は違う道を選ぶ。
ジークを叩き伏せておけば。そして正式に次期公爵として認められていれば。
この先、レイドリック様が……私を完全に裏切った時。
私は、婚約破棄された傷物令嬢、ではなくなる。
『婿入り可能な女公爵』になるのよ。
……そう。私とジークは、限られた椅子を奪い合う関係。
貴族家に生まれた、本当の姉弟のように。爵位を奪い合って競い合うの。
「……ふふ。ジーク。良かったわね?」
「何が……! 何が良いのですか、こんな。義姉上はどうせ、殿下の妻に!」
「だって。爵位をかけて競い合うのよ、私たち。
それは、まるで……本物の貴族の姉弟みたいではない?」
「は……?」
虚を衝かれたようなジークの顔。
「よくある事でしょう? 兄と弟が家督を争い合うなんて話。
平民の家庭とは違う形だけれど。
今、私たちがしようとしているのはまさに『貴族の家族』に相応しい振る舞いよ。
この競い合いそのものが、本当にジークがお父様たちに『家族』と認められている証じゃない?
貴方は今、私と『全く同じ立場』にいると、お父様が認めてくださったのよ。
そこには実子も養子もなく、公平に、お父様の爵位を継ぐ権利がある……ってね」
「……あ」
思い至ったか。ジークはお父様たちに視線を向ける。
私は、そんな彼に言葉を続けた。
「競い合いという形。姉弟喧嘩という形であれど。
今、真にシェルベルの一員と認められたジーク・シェルベル。
正々堂々と私にぶつかってきなさい?
私が姉として貴方を叩き潰してあげるから。
貴方だって、愛情だけでなく……実力でもお父様たちに認めていただきたいでしょう?」