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偽りのピンクブロンド【商業化予定】【全体改稿予定】  作者: 川崎悠
第6章 アリスとアリスター
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39 第二部・プロローグ ~二重生活~

「あら。大丈夫?」


 私は、ある場所へ向かっている途中の道端で、転んでしまった小さな女の子に出くわした。

 『アリスター』のままなら動き辛いところがあるけど、今の私は『アリス』。

 子爵令嬢アリスなら、こういう時はスッと動いて手を取ってもいいでしょう。

 アリスターのままだと護衛や侍女がついているから、自ら手を差し伸べるのにワンクッションが発生するのよね。


「う……ん。ありが、とう」

「ううん。いいのよ。怪我はなかった?」

「うん……」


 小さな女の子の手を取り、立たせてあげて。

 痛いところはないのか。泣いてもいない。


「あわてんぼうさん。気を付けて歩かないとダメよ」

「うん……」

「ああ、すみません! ありがとうございます!」


 『親はどこ?』と尋ねる前に、親らしい女性が駆け寄ってきた。

 よかった。近くに母親が居たのね。


「大丈夫ですよ。ぶつかったわけでもなく、この子が転んでしまっただけ。怪我もないようですから」

「あ、ありがとうございます!」


 少女は母親と合流し、笑顔を取り戻す。

 どうやら少し目を離しただけのようだ。

 ペコペコと頭を下げられて、気にしなくていいと返す。

 そうして立ち去っていく際に少女からブンブンと元気良く手を振られた。


「ふふ」


 なんだかフレンドリーなやり取りだったわ。

 誰も私を公爵令嬢だとは思っていない。

 やっぱり見た目もそうだけど、連れている人数がアレなのよね、普段は。


「お嬢は優しいですね」

「え? いや、あれは誰でもああしたでしょう」


 ヒューバートが護衛として私の近くに居たのだけれど、位置的に彼が動くより先に私が少女に手を差し伸べていた。

 とはいえ、別に転んだ少女に手を貸してあげるのは、優しいかどうかより、その時に余裕があるかどうかでしょう。


「それで、先方は、既に来られているのですか?」

「ええ。先に来てくれているわ」


 今、王都にある公爵家が所有している屋敷へ移動している。

 そこは『アリス』と『アリスター』の中継地点として使っている場所。

 アリスで移動してから変装を解き、服装を整えて、アリスターとして出て行くの。

 公爵邸へ戻る際にもそうしたわ。

 私は、これから本来の『私』の姿へ戻り、家へ帰る。期末考査ぶりね。


「でも気が重いわ」

「そうなんですか? 家族との仲が健全ではないとか?」

「ううん。父や母とは良好だと思うのだけれど」


 悪役令嬢の両親にしては、私の突飛な提案を受け入れてくれたり、変装のための屋敷を使わせてくれたりと懐が深い。

 両親は問題ないのよ、両親はね。


「家にね。義弟が暮らしているから。といっても屋敷が広いから、生活圏が離れていると言えばそうなんだけど」


 義弟、『公爵令息』ジーク・シェルベル。

 言わずもがな、攻略対象の1角。

 悪役令嬢が私であることから、お察しの通り、不仲。

 将来は、さらに拗れた関係になる予定だ。


 ジークは弟ではあるが、私とはあまり交流はない。

 私の婚約が決まってから養子として迎えられた子で、実の弟じゃないから。

 公爵令嬢で王太子の婚約者の私と、屋敷内で近しい距離に居るのは不適切だもの。

 若い年頃の男女、という見方もなくはないから。

 養子縁組がなかったら、縁戚として婿入り相手の候補に上がってもおかしくなかった相手。

 ……そして、その能力を私と比較され続ける相手でもある。


「養子の弟ですか。思惑は図りかねますが、本来なら、お嬢に家督を継がせるのが最良。

 それでは彼に求められるレベルは上がりますね」

「そうね。反対に私が出来損ないだったとしても、彼のプライドに触りそうなのが問題よ」

「ああ……」


 『出来損ないの義姉』と認識された場合は、公爵家の面汚しだなんだと言われるのだ。

 実子じゃないくせに、なんて反論は純粋な実力差が開いていれば空しいだけ。

 優秀なら優秀で拗らせてきそうで、私にとっては最も面倒くさい攻略対象と言えるでしょう。


 今のところ『大司教の子』と『魔塔の天才児』とは関わる余地はない。

 生徒会役員のジャミルとロバートとは距離を置き、アプローチをするにしてもレイドリック様にだけ。

 『王弟』サラザール様には、そもそも近付く気なんかないわ。


 このように、他の攻略対象たちとは適切に距離を置けるんだけど、ジークだけはねぇ……。

 夏季休暇中も顔を合わせる可能性がグンと高くなる。

 いっそのこと学生寮に引き籠っていたいけど、それはそれで普段は通学していないのに、とか言われそう。

 それに寮での生活時間が長引くにつれて、どうしても正体バレのリスクが高まる。

 普段は、ほとんどの時間で授業を受けているからね。

 気が抜ける寮の時間が、実は一番危険なのよ。


「じゃあ、ルーカス。また……ええと。どうしたら休暇中でも貴方と連絡が取れる?」

「そうですね。『店』でどうでしょうか? お嬢の姿によりますが……会うのなら。

 手紙であっても同様にしてくだされば、俺が受け取れます」

「あなた、夏季休暇中は、ずっとあの店に居るの?」


 女性向け化粧道具・雑貨店『エルミーナ』。

 リンデル侯爵家所有の店のようで、その店長をなんとヒューバートが務めている。

 生徒会での振る舞いからして、能力はあるかもしれないが、私と同じ歳で店長とはねー。

 流石、攻略対象の一人で優秀だわ。


「いいえ。偶に顔を出すだけです。普段は、店長代理を立てていまして。

 それでも、それなりの頻度では顔出しはしていますから」

「あら、そうだったの」


 ヒューバートの普段の生活が、あそこしか知らないから、ずっと居るって誤解していたわ。

 冷静に考えると『エルミーナ店長』の彼もまた変装なのよね。

 今の『黒髪の男子生徒、ルーカス・フェルク伯爵令息』の姿も変装で、仮の姿。

 その正体は、青髪の侯爵令息、ヒューバート・リンデル。

 『王家の影』の見習いをしている、はず。


「それでは。お嬢。1学期、楽しく過ごさせていただきました」

「ええ。ありがとう、ルーカス。私も貴方のお陰で充実していたわ」


 事情を知る公爵家の専属侍女リーゼルが出てきて、私を迎えてくれたところで、ヒューバートとお別れすることになった。

 思えば、彼には本当に色々と助けて貰ったわ。

 次にヒューバートと会うのが楽しみね。


「アリスターお嬢様。それでは」

「ええ。やりましょうか、リーゼル。『変身』しなくちゃね?」

「……今のお嬢様こそが変身した『後』のお姿ですよ」

「うふふ。そうね」


 『アリス』と『アリスター』の二重生活。

 それは、夏季休暇中も変わらないのよ。


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