38 第一部・エピローグ
「生徒会役員に、か。分かっているんだか、分かっていないんだか」
王立学園の、ある部屋。そこは学園理事のための部屋だった。
そこには普段は居ない男がいて、理事の椅子に座っている。
机の上には生徒会の役員申請書が置かれていた。
記載されている名は『アリス・セイベル』と『ルーカス・フェルク』だ。
「まったく本当に。困ったものだ。我が甥も。そして、その婚約者殿も」
男の名は、サラザール・ウィクター。この国の『王弟』。
未だ籍は王族にあり、王位継承権も有している。
金色の髪と青い瞳の色は、王太子レイドリックと同じ。
王の弟ではあるが現国王とは年齢が離れており、どちらかと言えば学生たちに近い。
そのままの姿で表へ出れば、たちまち女子生徒たちに取り囲まれてしまうだろう。
王弟サラザールには、アリスター・シェルベルの画策の話は伝わっている。
国王と公爵が容認した計画だ。
公爵令嬢が身分を偽り、王立学園へと通うなど。
当然、学園関係者側にも知っている人間がいなくてはならない。
同時に教員たちのすべてが知っていては、簡単に彼女の正体が漏れて、計画は台無しになってしまっただろう。
そのため、レイドリック入学に向けて、かねてより学園理事の職に就いていた王弟サラザールに、国王自らが話を通したのだった。
この連絡と問題の処理をする人選は、国王としても公爵としても妥当なもの。
ただ一点、不備があるとすれば。
アリスターの思惑としては正体を隠しておきたい相手であったこと。
だが、秘密を誰にも話さないアリスターの思惑は、王にも公爵にも伝わるわけがなかった。
「……本当に。面白い女性だね、アリスター・シェルベル」
サラザールもまた姿を偽って学園を歩いていたことがある。
当然、その目的の一つは、甥であるレイドリック。
そして、おかしな事をしているアリスターの振る舞いを確認することだ。
何よりもサラザールの興味を引いたのはアリスターの振る舞い。
姿を隠している自分を明確に避ける動きを見せたことは記憶に新しい。
『こちらの正体を見抜いている』のは、すぐに分かった。
彼女も同様の変装をしているためか、勘付いたのだろう。
だが彼女は、王弟の正体に気付いているのに『自分のことはバレていない』と考えているらしい。
国王から話が伝わっている、とは疑っていない様子で、自身の変装で誤魔化せていると考えている。
どこかチグハグだった。
彼女であれば考えれば、王弟に話が通っていることなど推測できただろうに。
「何を考えているのかな? レイドリックにあの姿で近付くことは確かにしているみたいだが」
だが、本当に彼を篭絡する気があるのか。
どこかその眼や表情は、演技で偽っており、既に熱が冷めているかのようで。
「レイとの婚約が気に入らない、かな?」
国王に伝えた意見は建前であり。
彼女の真の目的は、むしろ逆なのではないか。
……アリスターは、レイドリックとの婚約の解消を求めている。
その機をあの姿で窺っているのではないか?
彼女の行動や表情から、サラザールはそう予測を立てる。
ならば。
彼女らの婚約が解消されてしまった後。彼女は『誰』を望むのだろう?
「フッ」
サラザールの興味は、甥には向けられていなかった。
公爵令嬢にして未来の王妃。
そんな女性が扮する……ピンクブロンドの令嬢。
彼女が自らの正体を気付かれていないと思い込んでいるのなら。
「私に対して強く出ることが出来ないのではないかな。……アリス」
王弟は、興味を抱いた女性に接触することを決めた。
その心にあるのは、ただの好奇心か。或いは──