34 アリスターの期末考査
その日、一部の教員たちが納得のいかなさを感じつつも、ある作業を進めていた。
「え? 机? どうしたの? 転入生?」
「今日ぉ? テストだよ?」
1学年Aクラスに新しい机が運び込まれたのだ。
期末考査の試験日。
生徒たちもそれとなくピリピリとした空気をしている中での作業。
迷惑がっていた彼らが目を剥く事態が起きる。
「──私の席は、どちらかしら?」
「えっ」
薔薇を思わせる赤い髪をした……目を引く存在。
一度見れば忘れるはずがないほどの存在感を放つ、一人の女性。
「あ、あなたは……」
「ごきげんよう。はじめましてかしら。同じクラスですものね。以後、お見知りおきを」
これほど見事な、真っ赤な髪の生徒は1学年では他に居なかった。
入学式の時に見掛けた生徒がちらほらと居るぐらいで、それ以降、一度も姿を見せなかった女子生徒。
公爵令嬢アリスター・シェルベル、その人。
彼女はAクラスの教室に入ってきたかと思えば、迷いなく最後尾の、朝に教員たちが用意していた席に向かった。
淡々と、それが当然のように彼女は準備を始める。
「シェルベル公爵令嬢……?」
「ええ。どうされたの?」
「あ、いや、その」
「ああ、私の所属は、Aクラスで合っているのよ。ですから、ご心配なさらず」
「え、ああ、そうなんですか……?」
「皆さんも私のことはお気になさらず。今日は大切な考査の日でしょう?
気もそぞろですと、散々な結果を招きますわよ。
私は、貴方たちの成績を下げるためにここに来たわけではありません。
日々の努力をきちんと発揮なさいますよう」
その言葉で生徒たちは焦ったように自身の準備に取り掛かり始めた。
それでも気になることは気になると、皆がチラチラと彼女に視線を向ける。
アリスターはどこ吹く風というように、粛々と考査の時間を待った。
その後も教室にやってくる教員たちは、最後尾に座る赤髪の生徒にぎょっとしたり、訝し気に見たりと様々な対応を見せる。
波乱の期末考査となった。
「あ、アリスター様……」
考査が終わり、皆が気にしていた彼女の周りにようやく集まることが出来た。
「なにかしら? シーヴィー嬢」
「あ、わ、私のことをご存知で?」
「クラスメイトですもの。耳には入れていてよ? ケイト・シーヴィー子爵令嬢」
教室で囲まれるアリスター。クラスの人間のことも知っているらしい。
誰もが気になるのは、どうして今日……いや、今まで姿を見せなかったのか。
「えっと、あの。ど、どうして……?」
「失礼。私も考査を終えたから、もう用はないの。
また別の機会があれば、その時にお話しましょうか」
「あっ」
アリスターは表情を固めたまま。冷たい目で彼らを一瞥する。
声色もどことなく冷ややかだ。
生徒たちの顔色に『怒らせてしまった』という焦りが浮かぶ……。
「皆さん。ごきげんよう。次は来期の期末考査でお会いしましょう」
「えっ」
その言葉にAクラスの生徒たちが目を見開く。
彼女が、期末考査を受けにだけ来るつもりなのだと察したのだ。
聞きたいことや言いたいこと。
彼女と交流を持ちたい生徒たちも多く居たが、咄嗟に何かを言うことが出来ない。
まだ彼らにとってアリスター・シェルベルという人物は、未知の存在だった。
クラスメイトになったのであれば、交流を図りたいと願っていた生徒も多く居る。
なにせ、彼女は未来の王妃となる人物だ。そして公爵令嬢。
だが、その格の違いと交流の少なさ、そして彼女の冷淡な表情と態度が人を遠ざけた。
結果、生徒たちは皆、ざわめきながら遠巻きに彼女を見守るしか出来ない。
そうしている間に彼女は、さっさと学園から立ち去っていった。
後日。
発表された期末考査の成績順で、さらに生徒たちは彼女に注目することになる。
1学年全体の総合成績順位、上位30位までの者は告知される慣習だ。
上位に名を連ねることは当然、名誉となる。
アリスター・シェルベルは入学してから授業に出たことはなかった。だが。
彼女は、1年、1学期の期末考査にて。
堂々たる首席として、その名を発表されたのだった。