32 悪役令嬢の不在(レーミル視点)
「いよいよゲームスタートね!」
とうとう、王立学園への入学式の日を迎える。
やるべきことは、まとめた。
逆ハーレムルートまで選ぶべき選択肢や行動も、ぜんぶ書き留めてある。
あとは一つ一つ上手くこなしていくだけ。
運命の強制力とかが私をサポートしてくれるかもしれないし。
もちろん、バッドエンドに落ちないようには気を付けておく。
それから現実との違いだけど、これはルートを進めてみないと分からないわ。
ヒロインである私がヒーローたちと出会うのはゲームが開始した後。
特に幼馴染キャラクターとか居ないもの。
そして。入学式で私は『あの女』を見つけた。
「…………」
新入生で誰よりも目立っていたわ。
もちろん、ほとんどの生徒が壇上の王子レイドリックに注目していたんだけど。
真っ赤な血のような髪を、これみよがしに伸ばした長髪。
如何にも自分が一番でございますって顔してお高く止まった、いけ好かない女が最前列に座っていた。
どうせ、最後には落ちぶれて無様で惨めに死んでいくんだもの。
だから、入学式の今が、実はあの女の人生のピークなのよね。あはは。
はいはい可哀想、可哀想。
よく悪役に同情して感情移入するユーザーがいるけどさ。
普段の振る舞いが、ちゃんと見えていないのよね。
どれだけ、あの女が鬱陶しいかとか、邪魔者なのかとか無視すんなっての。
私はレイドリックよりも、あの女に注目していた。
転生者の私だから、一番警戒しなくちゃいけないのが、同じ転生者だって事も知っているの。
つまり、あの女も私と同じで、私の邪魔をしてくるとか。
そういうことを企んでいるか見極めなくちゃいけないってこと。
『レム花』のヒロインは、別に聖女とか、そんなんじゃない。
少なくとも浄化の魔法とかは使える設定はなかった。
だから『魔王』フェリルを浄化されたヒーローにするためには、あの女を生贄に差し出す必要がある。
そうしないと私は、せっかくヒロインに転生した意味がないじゃない?
ま、王子で妥協してあげても悪くはないんだけどさー。
それも、あの女の出方次第なのよね。
よくある『ざまぁ返し』としては、この時点でヒーローたちを既に篭絡しているとか、そんな感じ。
レイドリックも、もしかしたら絆されている可能性もある。
だから、警戒はしなくちゃいけないわよね。
生憎と私は魅了魔法だとか、そういう便利な能力は持っていないから。
バッドエンドに陥ること以外に、原作から逸れた違和感には注意を向けなくちゃ。
ていうか、悪役令嬢が抗うなら、それはそれで楽しいじゃない?
破滅から逃れられたと思い込んでるあの女を地獄に突き落としたら、それこそ絶望ってものでしょ。
私の目的は『魔王』フェリルの登場と、その浄化だからねー。
別に他のヒーローたちを落とし済みだって言うんなら、それはそれで別口の考えだってある。
要するにあの女を陥れられれば、それでいいんだから。
「…………」
レイドリックの挨拶が終わっても、私は注意深くあの女を監視していた。
そしたら、あの女と目が合ったわ。
……ここで私を睨みつけてきたり、或いは怯えたりするようなら確定よ。
その時は、プランBに移行しなくちゃいけない。
「…………」
「!?」
でも、想定していた反応は、どれも返ってこなかった。
あの女、私と目が合ったのに、困ったような顔をしながら微笑んできたのだ。
まるで何も知らないみたいに。
私は、すぐに目を逸らしたけど……。
……何? 現地人ってこと?
もちろん、その可能性だってあるわよね。
もし、あの女が現地人なら、私は気兼ねなく逆ハールートを進めるだけ。
それが一番だわ。だけど、まだ様子見よね。
次にあの女と『ヒロイン』が出会うのは魔術授業の時だ。
その時の態度次第で、あの女の中身を見極めてやるわ。
それから私は、ひとまず各ヒーローの初回イベントを進めていくことにした。
悪役令嬢が事前に手を打っているなら、彼らの反応もゲームとは変わってくるはず……。
それで、なのだけど。
正直よく分からなかったのが本音よ。
だって概ねゲーム通りの反応が返ってきたんだもの。
『王弟』のサラザールだって学内にちゃんと居たしさ。
ゲームと違った点があったのは『3人』ね。
まずはレイドリック。
中庭でのイベントなんだけど、きちんと私がぶつかれなかったのが原因。
避けられちゃって、そのせいで、きちんとイベントが進まなかった。
ゲームと現実のギャップって感じで、強引に修正する間もなく彼は去っていった。
で、2人目はヒューバート。
こっちも現実とのギャップね。
なんていうかね。格好良くなかったの、『実写』ヒューバート。
……二次元の実写化とか、やっぱり失敗する時はあるわよねー。
でも、レイドリックやサラザール、クルスにジャミルと、きちんと現実に居るレベルでの超絶美形で来てたからさ。
ヒューバートだけ俳優の選択を失敗しちゃったって感じ。
なんか、がっかりっていうか萎えるわ。
それから3人目の現実とゲームの違いがジークだった。
『公爵令息』のジーク・シェルベル。悪役令嬢アリスターの義弟。
私的にレイドリックの次に、あの女に誑かされている可能性を考えて警戒していたのだけど。
……こいつ、そもそも会えなかったのよ。
だって、初回イベントで出会う場所って『街中』だから!
ゲームのマップ上には、このタイミングで街中のマップなんて出てこない。
学園マップの正門の部分、つまり『大雑把に学園の外』を示す場所にジークのアイコンが発生する。
ゲームだったら、そこを選べば街中でジークと出会うことになった。
でも現実ではそうはいかなかったのだ。
なにせ王都は広い都市。その中から、たった一人を捜せってマジ無理ゲー。
もっと運命の強制力とか発生して出会わないわけ!?
そんな風に、なんていうか、ゲーム通りに行かない部分は『ここが現実だから』って感じで上手くいかなくてさ。
なんか悪役令嬢の妨害とか、それ以前の問題って感じだった。
こんなので上手くいかないようなら、いっそ王子ルートに絞る?
ゲーム終盤までまだ2年はある。まだ諦めるには早いけど……。
それに3人以外のイベントは、きちんと発生していた。
様子を見ながら王子ルートを確保して……。別に『王弟』でもいいけど。
あの女とレイドリックが、今の時点で仲良しなようなら計画変更ね。
『王弟』サラザールを落として、レイドリックごとあの女を破滅させてやればいいわ。
私はヒロインだからヒーローを選ぶ立場にあるんだもの。
それぐらいやってやれないことはないはずよ。
そうして。
次にあの女と会うはずの魔術授業の日がやってきたんだけど……。
……どこよ? あんな目立つ赤髪女が……。
あろう事か。あの女、姿を見せなかったのよ。
それどころか『クラスに居ない』とまで言われてて。
やっぱり、あの女も転生者? でもなに? 授業に出て来ないって。
ざまぁ返しにもパターンがある。
ここで私に、ざまぁ返ししたいって言うんなら、それこそ公爵家の財力やら何やらで魔術を鍛え上げてくるとか。
そういうのでもなく、ただ出てこないって何なわけ?
ヒロインの踏み台で当て馬、障害物で、魔王の浄化のための道具に過ぎないくせに。
勝手なことしてんじゃないわよ。
イライラしていた私の目に留まったのは……ピンクブロンドの、ぶりっ子女だった。
「泡の魔法です!」
なんていうか、キャピキャピ系みたいな。
可愛いからって平民や下位貴族の男にウケがいいタイプ。
異世界だから分かるけど、ああいうの居るのね。きっしょ……。
頭が平和ボケしてそうな女に、クラスの男共は見惚れていた。
モブ男とか、平民・下位貴族の連中なんて目じゃないけどさ。
それでも気に入らないものは気に入らない。
だから、ちょっとビビらせようとしたんだけど……。
パンッ!
「えっ」
私の魔法は、あのぶりっ子女の前で炸裂するはずだったのに。
空中で爆発するどころか掻き消えてしまって。
教師も私の魔法を特に高く評価することもなく、終わらせてしまった。
……ちょっと!
これだとクルスの登場フラグが立たないのに!
序盤の、この時点で思い通りにいかないことに、私は苛立ちを隠せなかった。
それもこれも……あの女が、悪役令嬢アリスターが出てこなかったせいよ!
それで翌日から私、あの女の動きを探ろうと思ってさ。
調べたの。イベントのない空き時間でさ。
そしたら……あの女。
アリスター・シェルベルが出てこなかったのは、あの日だけじゃない事を知った。
あの女は入学式以降、この学園に出て来ていない!
「はぁ!?」
私は思わず声を荒げる。
あの女、ゲームのストーリー全部から逃げ出しやがった!
今ここは……悪役令嬢が『不在』の乙女ゲーム世界だった。