表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/115

20 アリス・セイベル

「あ、おはようございます。私、この部屋に昨日から入ったアリス・セイベルです。1年生です」


 私は、朝方、寮の部屋から出たところでバッタリとお隣さんと出くわしたの。

 昨日は私が遅れて入寮したから挨拶の機会がなかったのよね。

 新入生たちが寮に入ったわけだけれど、当然、2年3年の先輩たちも寮に居たりする。


「おはようございます。私も新入生ですよ。私はトリス・ルーチェ。今日からよろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 ブラウンの髪と瞳の彼女は、私のことを特に警戒することもなく朗らかに挨拶を返してくれた。

 ルーチェは、子爵家の名ね。


 身分社会の我が国で、爵位持ちの数は高位からピラミッド型に増える。

 公爵家は3家門で、侯爵家は10家門。

 基本的に大規模な領地の領主になっているのは伯爵家以上の家門になる。

 子爵・男爵は数が多く、小さな領地を持っている家もあれば、領地などない法衣貴族もいるの。


 王宮に仕官したり、高位貴族の家で働いたりする者たちの多くが子爵、男爵の家系ね。

 また、正式に叙勲した騎士は、一代限りの『騎士爵』を有し、そういった方々は準男爵家か男爵家相当の身分を有する。

 騎士の中にも身分差があって、上位の騎士であれば、さらに子爵家や伯爵家と同格の扱いになることもある。


 私たち貴族の子は、正式には爵位を保有していないので無位無冠だ。

 だけど平民ではない。

 そのため、私たち子供は正確に言うと『準男爵』の身分を有しているのと同じ立場になる。

 何かの役職を持っているわけじゃないけど貴族の一員、というようなね。

 本当に、どこの家にも所属していない場合、家門はないけど一応は貴族といった状況になる。


 ……まぁ、というわけで子爵家、男爵家の数は相当数、王国には居るという話。

 本当に目立って功績のある家とか、歴史のある家門なら伯爵家クラスに覚えられているけれど。

 『子爵令嬢です』と名乗っただけでは、まぁ、どこかに居るのでしょうねー、みたいに扱われる。


 その自称を疑われないためには身なりや立ち居振る舞いで証明するのが一番。

 相応のマナーを弁えた態度を見せれば『ああ、子爵令嬢なのね』で誰もが納得して、特に言及されることはないわ。



「ルーチェ家と言えば、領地のある子爵家ですね。王国西側、セルデン伯爵領の隣領でしたか。茶葉に特産品がありましたわよね」


 私が流れるように彼女に家の話題を振ると、ぎょっとした様子で目を見開かれてしまった。

 あ、ま、まずかった?


「そ、そうね。よく知っていたわね……」

「あ、えと。ええと。色々と国について学ぶのに興味があって」

「そうなの? ふぅん。貴方、賢そうね……。でもごめんなさい。私、セイベルという家門は聞いたことがないの」


 ちなみに平民でも家名を持つ家はあるが、概ね、家名があるのは貴族だ。

 前世日本と違い、まだまだ一般家庭に家名は浸透していないのがウィクトリア王国の現状となる。

 トイレとか上下水道とか、お風呂とか街灯とか発展してる国のくせに。

 家の名前って、そこまで便利じゃない? うーん。


「お気になさらず。セイベル子爵の父ですが、その名で活動することなど滅多にありませんし。セイベル子爵としての領地もありませんから」

「そうなのね」


 嘘は言っていないわよ。お父様が活動する名はシェルベル公爵だし。

 公爵として各領地をお父様は所持している。

 保有している爵位を私に分けていただくとしても、爵位継承する段階で手続きを踏んで領地を分けて貰う時だ。

 なのでセイベル子爵に領地はない。


「……これからよろしくね。アリスさん。私のことは、かしこまらずにトリスでいいから」

「! はい! よろしくお願いします、トリスさん!」


 自家の領地について知られていたことで気分を良くしたのか。

 隣室のトリス・ルーチェさんは私に好意的に接してくれたの。

 うふふ。幸先がいいんじゃないかしら?

 ちょっと騙している点で気が引けるけどね。



 学生寮には食堂が用意されている。

 部屋に持ち帰ったり、持ち込んだ食事を食べることもあるけど。

 概ね、学生用の食堂で食事を済ませることになるわ。


 寮の設備は、まだ周っていないけど、食堂の他には談話室などもある。

 寮生が集まって過ごすような場所は、他にもいくつかあると学園案内には書かれていた。

 朝の時間に手慣れている生徒と、まだまだ不慣れな新入生が集い、ざわざわとしている。

 それでも殊更に騒ぎ立てるような生徒がいない辺り、そこはやっぱり貴族令嬢たちの場所ね。

 寮内の治安は良さそう。


 前世の私は……たしか共学の学校に通っていたはず。

 女子校などといった女子だけの場所に詳しいわけではない。

 男性がそばにいないことで、もっと開放的に、色々と……なると聞いたことがあるけれど。

 ここには、そういう雰囲気がなかった。

 貴族という立場を背負っているのだし、前世とは勝手が違うから、ね。

 仮にこの場で開放的に、乱暴な言葉使いとか、下世話な話題を振り撒いたりする。

 そうすると他の令嬢たちに当然、その姿は目撃されてしまうわけで。

 そんな話題を広げられては困るのは自分だ。

 前世でいうところの男性の目がある状態とさして変わらない状況かもしれない。


 ところでレーミルは見掛けないわね。ということは、ここの寮生じゃない?

 まぁ、全員がこの時間に揃っているわけではないでしょうけど。

 私は『ヒロイン』として学園に入り、奔放に振る舞う予定。

 でも別に寮内を騒がしくするつもりはない。今後どうなるかは分からないけれど。

 私たちは互いに距離感を見極めながら、無難な立ち回りで寮生活をスタートさせていった。

 ……そうして、授業初日が始まった。


 ゲーム上、入学式がオープニングムービーを挟んだプロローグなら、学園初日は本格的なゲームスタート地点よ。

 ただし、9人ものヒーローが居るゲーム。

 まだまだ序盤は決まった流れがあり、導入のようなもの。

 順番にヒーローたちとの出会いイベントがあり、そこで彼らがヒロインに『顔見せ』していくの。

 まずは顔出しして、どんなヒーローキャラがいるのかをプレイヤーにお披露目ってところね。


 ゲームならいいけど、現実で考えると……そうね。

 ある意味でヒューバートが一番笑えるかも。

 だってセリフテキストが『…………』の無言のみ。

 本当に顔だけ見せて彼はヒロインの前から立ち去っていく。

 ヒロインに与えられる選択肢もモノローグじみたもので、

 『あの人、なんだろう……?』『特に気にならない』の2択。

 ウケるわ。

 何の交流にもなってないんだもの。まぁ、無口キャラって、そうなるわよね。

 乙女ゲームじゃなかったら。攻略対象だと分かってなかったら関わらない相手だと思う。


 仮にレーミルが転生者でイベント総当たりする気だったら、どうするのかしら?

 一人きりで『あの人、なんだろう……?』とか呟くの?

 想像したら笑ってしまいそう。


 この顔出し期間は、彼女が前世持ちなら大人しくしているかもしれない。

 特に目立った印象じゃないし、たしか彼らの好感度の変動も、まだなかったんじゃないかしら?

 ヒーローたちの顔見せがメインのイベントなのよ。


 それで初日の行動だけど。

 まず自由行動ポイントは、普通は1日の内に3回あるのだけれど、初日は放課後のみとなる。

 朝と昼休憩時間はなし。

 昼休憩がないのは、おそらく現実では授業自体が午前で終わる予定だからだと思う。初日だものね。


 ヒューバート。その放課後に私と話したいことがある、って手紙で書いていたけれど。

 昨日、荷解きをしていた際、彼からの手紙がまぎれていた。

 どういうルートで入れられたのかは分からない。

 『王家の影』見習いである彼だから、そういう伝手がある?

 ちょっと怖いわね。

 でも私を傷付ける方向じゃないと思うんだけど。まだ、ね。


 人目がそこそこある場所へと呼び出されているの。

 でも、それはアリスターじゃなくて、アリスを呼び出しているのよ。

 このタイミングと荷物に手紙を仕込んでいたことからして、ヒューバートは陛下から私の話を聞いている?

 たしかに他の誰かと違って、目の前でピンクブロンドのウィッグを着けて見せたし。

 そもそもウィッグを用意してくれたのは彼だ。

 彼に正体を明らかにするのは既定路線。

 レーミルの動向次第だけれど、ヒューバートがヒロインに入れ込む場合は……どうなるのかしら?


 学園に姿さえ見せないアリスターに対して妙なことを言おうものなら、状況を知ってるヒューバートにとって異常に見えるのではない? まぁ、ヒロインが冤罪を仕掛けてくるとか、私のとんだ偏見なんだけどね。

 ちょっと悪役令嬢ものの記憶が邪魔をしてしまって。

 ヒロインと言えば『魅了の魔法』とか、そういう要素も流行りの一つだった。


 この乙女ゲームにおいて悪役の私には、そんな力はない。

 設定上、ヒロインのレーミルにもなかった。

 そりゃあ主人公が魅了の魔法で単に男たちを操ってるだけの乙女ゲームですとか斬新過ぎるもの。

 R18なら許されそうだけど、そうじゃないし。現実だとどうなのかしらね。

 離れた場所から第三者として見て、それでヒーローたちの様子が、あまりにもおかしいなら警戒した方が良さそう。

 現段階で、ヒロインとは出会っていないはずなのに、あの態度のレイドリック様は言い訳できないけど。



 そして、私は自分の所属するクラスの教室に着く。

 アリスの通う1年の教室。徐々に集まってきたクラスメイトたち。

 目立って身分差で優劣はつけないように組まれているわね。

 入学試験の成績順でクラス分けとか、そういうのはなかったはず。

 Aクラスが一番優秀で、とか、そういうのはないのだ。

 学力はこれから付けていくものだもの。

 レーミルは同じクラスではなさそうで、少し安心した。でもビックリしたことはあるの。


「あ……?」


 窓際に平然と座っている『黒髪』の彼。その容姿に見覚えがあったのだ。


 ……あれ。ヒューバート…、よね?

 灰色のウィッグでもなく、青色の地毛でもない、黒髪に青い瞳をした男性が教室に居た。


 え? 同じクラス? というか、学園でもウィッグで?

 表向き、彼は侯爵家の次男だ。

 だから、教室では堂々と地毛を晒しているはずなのだけど……?

 王家の影キャラとはいえ、乙女ゲームの攻略対象。

 寡黙でありつつ、その正体は……の属性。

 教室では普通の令息として振る舞うことで『擬態』しているはずなんだけど?

 口をハクハクとして彼を見つめる私に、すぐに彼は気付いたのかニコリと微笑みを返して来た。


 あの人、何なの……? どういうつもりで?

 アリスの正体を知る数少ない人物であるが、故に気になって仕方ないじゃないの。

 私の目的はヒロイン対策。

 邪魔されたくはないのだけれど。


 アリスターの子爵令嬢変身計画を、彼が知る余地があるのは分かる。

 なにせ国王陛下ご容認なのですもの。

 だから王家から彼に声が掛かった可能性はある。


 でも事前連絡なしだとビックリしちゃうじゃない。

 今すぐに話をする気はないみたいで、軽く頭を下げてからフイと視線を逸らされてしまった。

 何か話があると呼び出されているし、そこで教えてくれるつもりなのよね。

 仕方ないわ。今日は放課後を待ちましょう。

 だってレイドリック様がヒロインと初顔合わせするイベントは明後日だもの。まだ気にしなくていい。


 ヒーロー9人というゴチャゴチャのゲーム性を、この時ばかりは感謝する。

 レーミルの動きは分からないけど、イベント日を無視して先に顔見せしようとしても彼とは会えない可能性が高い。

 個人的に彼の行動を調べる術があるなら別だけど。


 こういったゲームにありがちなことで、ヒーローたちは主だった活動拠点がある。

 騎士キャラ枠のロバートは、騎士科の修練場に放課後に行けば会える、みたいにね。

 流石の私も1日1日の正確なヒーローたちの行動ルートは分かっていない。

 レーミルが覚えている可能性もあるにはあるけど。

 ゲーム上では、彼らのミニキャラアイコンがマップに表示されるため、誰に会うかは迷うことはないの。

 いつもとは違う場所に居る時でも、それで分かるわ。ゲームならね。


 彼女がどこへ動くかで誰狙いかは分かる。

 何も行動しないノーマルエンドの可能性もまだあるわ。

 私がヒロインになりすまして行動するルートは、レイドリック様攻略ルート一択。

 すぐに見破られない前提だけど、そこで親密になりながら、ヒロインを躱し、彼から遠ざけて。

 そしてレイドリック様との良好な関係の再構築を模索する。


 最初の授業では、クラスメイトたちの軽い自己紹介から始まったの。

 私の順番が早く回ってきたのは、きっと名前のせいね。

 私は席から立ち上がり、クラスメイトの皆に笑顔を向けたわ。


「私はアリス・セイベルです。皆さん、これから1年よろしくお願いします!」


第3章、終わり。次からは学園生活へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ