【21】夏季休暇と魔法開発
七月。期末考査を終えた生徒たちの頭の中にあるのは、もう夏季休暇のことばかりだ。
こういうのは前世の学生と変わらないわねぇ。
「ねぇ、アリスは夏季休暇、どうするの?」
クラスメイトに気軽に話しかけられる。これも私が『アリス』だからよね。
「私は大半、学生寮で過ごす予定だけど流石に実家に帰るつもりよ」
「アリスの実家ってー……どこ? セイベル子爵領?」
その問いかけに私はニッと笑顔になる。よくぞ聞いてくれました。
「残念ながら、我が家は法衣貴族なので領地を持っていませーん。なので実家はセイベル子爵家とは違う貴族が管理している土地でーす」
そう、シェルベル公爵様が管理している土地なのである。
「そうなんだ。あー、でも。ルーカスくん? とは幼馴染なんだよね、アリス? 彼は、ええと。彼は伯爵家だったから、もしかして彼の家の領地なの?」
「ううん、ルーカスの家も法衣貴族だよ。でも、まぁ家族としては付き合いがあるかな?」
という設定である。
「ふぅん、それでぇ? アリスはどうなの?」
「どうって?」
「しらばっくれないでよー。ルーカスくんと! 彼、婚約者候補だっていう話だけど?」
「あー……そうだけど」
これもまた、そういう設定である。
「ルーカスくんがいるからアリスにアプローチする男子が少ないんだと思うよー」
「そうだよね、アリスが気になっている男子はけっこう多いと思う!」
「んん……、そうなのかな?」
自分で言うのは本当にどうかと思うが、やはり悪役令嬢だけあって容姿はいいのだ。
「ルーカスとは……おいおい、ね?」
「ああ、魔性の女よ、この子! キープしているの? そうなの?」
「そうじゃないんだけど……!」
というか『私』には普通に婚約者がいますので、なんて彼女たちには言えないけれど。
「あ、もしかしてアリス、ルーカスくん以外に好きな人がいるの?」
「え……っと。まぁ、その。憧れ、かな。一方的な恋心……なのかも。だから、今はルーカスとのことは真剣に考えられないっていうか」
「そうなんだー! まぁ、ルーカスくんってなんだか影が薄いものね! 明るいとは思うけど掴みどころがないっていうか!」
「そうそう! 何かいつも、いつの間にか消えて、いつの間にかアリスのそばにいるよねー!」
話題がルーカス・フェルクという謎のクラスメイトに移る。
私からすれば、かなりイメージチェンジしていると思うのだけど。
彼の評価は『王家の影』ヒューバート・リンデルがそのまま学園に通っている場合と似たようなものに感じた。
まぁ、彼本来の姿のままだと、ほぼ喋らない寡黙な男子生徒と化すのだけど。
「それで? アリスの好きな人って誰?」
「それは秘密」
ああ、なんだかノスタルジーを感じてしまう。
クラスメイトと恋の話で盛り上がるなんて。
みんな若い、若いわねぇ! なんだか輝いて見えるわ!
いえ、私もまだ若いのですけどね?
ええ、もちろんまだ十代ですから。肉体年齢尊重!
私とヒューバートはいつもの学内カフェに集まる。
心なしかいつもより生徒たちの出入りが多く、発言には気をつけないといけない。
「ねぇ、ルーカス。貴方、夏季休暇の間はどうするの?」
「どうとは?」
「……私の監視はどうするのかな? って」
私は周囲に聞こえないように彼に顔を近づけて小声でそう尋ねる。
ヒューバートに命令しているのは国王であり、彼には報告義務があるはずだ。
でも、その対象はおそらく学園の中だけだと思う。即ち『アリス』だけが監視対象。
私がこの姿で羽目を外さないように、ね。
元の姿を晒せば嫌でも注目を集めるので監視の意味があまりない。
「お嬢はどうされる予定ですか? 夏季休暇中もアリスお嬢のままで活動する予定は?」
「基本は元に。でも場合によっては、かな」
そうして私は無事に一年生の一学期を終えることができた。
色々とあったけれど最後はとくに波乱も起きず、平穏に夏季休暇を迎えられたわね。
久しぶりに私は元の姿へ戻り、シェルベル家の邸宅の自室へ。
部屋にある大鏡の前に映るのは赤い髪をした私、『アリスター』の姿だ。
夏季休暇中、何をするか。
レイドリック殿下の〝固有イベント〟は一年三学期末となっている。
固有イベントとは、それぞれのヒーローに個別に用意されたイベントで、個別ルートに入る条件となるイベントのこと。
これをこなさなければ目当てのヒーロールートに入れない仕様だ。
それを発生させるためには、日々の好感度稼ぎが重要となる。
ただ、夏季休暇中でできることはゲーム知識の限りはない。
なので私は今後のために魔法の鍛錬をすることにする。
基本方針はレイドリック殿下の攻略だけど別ルートのイベントが起きないとも限らないからね。
私が着目した魔法は火でも、水でも、風でも、土でもない。
この世界、この国においては全く新しい魔法。それでいながら現代日本の前世持ちにとっては、ポピュラーな魔法をピックアップし、その修得を目指す。
下手をすれば徒労に終わりかねないが、同時並行として身体保護・強化の魔法も鍛錬していくから、そちらでカバーする予定だ。
如何なる魔法の修得を目指すか? それは。
「『雷魔法』、そして『ゴム魔法』よ」
ただし、この世界。
雷電系の魔法は元々存在しない。雷は神格化されている節さえある。
純粋なこの世界の住人からは雷魔法という発想が出にくいのだろう。
後半になるとヒロインと『魔塔の天才児』が話し合って開発に成功した、というエピソードがある。
まぁ、それも具体的な魔法開発の説明はないのだが。
先んじて修得しておき、対抗する力を得ておこう、というわけだ。
ゴム魔法についてゲームでは記述がない。
これは私が必要だと思うから、かつ、できる可能性があるから開発してみるものだ。
雷魔法を現実で使用するとなると思わぬ方向に拡散する危険性がある。
それを防ぐために、かつ雷魔法の威力を調整するために『絶縁体』の特性を強く持つゴム魔法を同時に修得していくのだ。
強力な魔法に対抗する対策魔法の同時開発ね。
いつか敵対することになる『魔塔の天才児』対策でもあるわ。やって損はないはず。
「あとはできれば銅線かな……」
これは土魔法の発展でどうにかなると思う。
土魔法と一口に言っても生み出す『土』は様々なのだ。
だから宝石のようなものも生み出すことはできるし、それができるなら鉱石も、だ。
こうして私の魔法開発の日々が始まった。
私がしたいのは科学としての電気の解明や、そこから発展する技術確立ではない。
魔法による雷のコントロールなのだから。
ならば、その方向性の努力をしなくてはならない。
なので私は侍女リーゼルに頼み事をした。
「『羊毛』ですか? どうでしょう。取り寄せますけど」
「頼める? でも、数が欲しいわけじゃないのよ。屋敷にあればそれで事足りるわ。だから探してもらえる? 誰かが持っているなら譲って欲しいわ。もちろん資金は私が出すからね」
「かしこまりました、アリスターお嬢様」
発展していく人類文明は、はたして電気と無縁でいられるものか。
この世界では『魔石』という形で人の魔力を込められる石がある。
これはバッテリーとか電池とか、そういうものの同類だと見ていいだろう。
魔法回路によって、そこからエネルギーを引っ張ってきて魔道具が事象を引き起こす。
「静電気クラスでいいのよね。あのバチバチを体験して、それを魔法で模倣する」
魔法の原初は自然現象の『再現』だったという。
人類が欲したのは火と水だ。そして土も。
土魔法の始まりは穴を掘り、壁を作り、住居を作ることだった。
雨風を凌げる場所を欲したのよ。原始的な要求を満たすものは発展しやすい。
だから、そのためだろう。『電気』という過程ではなく『光』という結果を人は先に求めた。
「──ライト」
指先に仄かな光を放つ球体を魔法で生成する。
魔力によって再現される光。『光魔法』よ。
ゲーム的な聖なる要素は付与されていない、純粋なただの光。
ここに電気的なアプローチは存在しない。
どころか熱すらないわ。冷光というタイプね。
私は光を消し、意識を集中する。
「悪役令嬢の私には、ヒロインにもヒーローにも劣らない才能がある。できるはずよ」
身体強化と身体保護の魔法を鍛錬しながら考え事をしているとリーゼルが戻ってきた。
「アリスターお嬢様、羊毛の衣服がございました。三着ほどありましたのでお持ちしています」
「まぁ、ありがとう! 取り寄せなくて済んだわね!」
リーゼルが持ち込んだのは羊毛の衣服だ。
冬場に温かくするための衣服。記憶にないから私のものではないわ。
「これは、どこから?」
「メイドが持っていたものを譲ってもらったのです。きちんと本人の了承を得てお嬢様から預かった資金から相応の金銭も渡しました」
「ありがとう、リーゼル」
夏場に羊毛、つまりウール素材の衣服。引っ張り出してくれたんだろうなぁ。
「これでいったい何をなさるんですか? お嬢様」
「んー? 特訓?」
最も身近な電気はやはり静電気。
あのバチバチを体験し続け、イメージ付けをして魔法回路を構築していく。
出力を上げるのはそこからよ。
私はそれから三日間ほどバチバチしてすごすことにした。そして。
「痛ったぁい!」
「……何をしているんですか? アリスターお嬢様は、本当に」
うぅ、リーゼルの『じと目』な視線が痛いわ……! でも私、がんばる!
可能な限り静電気が溜まりやすい環境を構築して金属を触って、バチ!
魔術鍛錬は主に『身体強化』をメインにしながら。
私は部屋で一人。動きやすい簡易ドレスを着て精神を集中させる。
バチバチ。バチィ、と。頭の中にイメージを思い浮かべながら。
体験してきた静電気の感覚を再現して。身体全体に身体強化、保護魔法を施す。
こちらもまだまだ初級。基礎の基礎。
自身に害が及ばないことを前提とした安全志向。
両手の人差し指を胸の前で近づける。
ほんの少しだけ離した状態でそこに静電気を発生させるイメージを注ぎ込む。
魔力の集中。
──バチ、バチ。
……できた! 自然現象ではなく魔法による意図的な電気の発生。
新魔法の開発という観点からすれば、あっという間に。思った以上に簡単に。
雷が、電気が、人に操れる事象だという圧倒的な確信があったからこそのイメージ。
ふふ、これは楽しいわ。
魔法も電気も、どちらも私にとって当然にあるものだけれど。
今この瞬間もしかしたら、この力を持っているのは私だけじゃない? っていう高揚感。
私は夏季休暇の大半を新魔法の開発をしてすごしたのだった。
※2026年6月15日に改稿しました。




