14 定例お茶会
※ルート8つって書いてましたけど、9つでした。修正してます。
王立学園、入学前の最後になる私とレイドリック様の、定例のお茶会。
そこには陛下とお父様も同席されることになった。
事前にお父様から陛下にも、レイドリック様が前回のお茶会に来なかったことは責めないようにお願いしている。
前回は、私もしばらく待ちはしたものの、早々に退席したものね。
だから、そこを殊更に責めるのはフェアじゃないし、逆効果よ。
入学前、かつ王妃教育が今の段階では少し落ち着き、陛下と顔を合わせる機会が減っていたため、陛下が定例会にかこつけて同席されるのは、それほどおかしな要求ではない。
怪しまれはしないはずだ。
陛下には遅れて同席されるとレイドリック様に伝えて貰っている。
だから、前回のようにお茶会に姿を見せない、ということはないでしょう。
「レイドリック様は今、私のことをどう思っているのかしら……」
乙女ゲームの記憶など思い出さなかったら、私は今回もお茶会の席で待ちぼうけていた?
それとも前回は偶々、用事が重なって来なかっただけだろうか。
……その望みは薄いわよね。
あの後、私のことを心配する手紙なども来なかったのだ。
本当、この1年間で、どうして彼の心変わりに気付かなかったのか。
忙しかったのも理由でしょうし、入学した後だからと彼を気遣っていたのが裏目に出てしまった。
ゲームのストーリーが始まるのは、ヒロインと私が学園に入学した後。
シナリオ通りなら共通ルートである1年時、ヒロインと親しくなるレイドリック様を見て、私は嫉妬心を掻き立てることになる。
ということは『私』は、その時点でレイドリック様に冷遇されていなければならないはずよ。
少なくとも彼の心に不信感を抱いていないといけない。
今の時点の情報からすると、私は入学後、レイドリック様と以前のように仲睦まじく過ごせると期待していたはず。
けれど、いざ入学してみれば、彼の周りには他の女たちが侍り、私の扱いは悪い。
そんな状況で、だんだんと特別に扱われ始めるヒロインに私は……そういう流れよね。
問題は、この段階でそこまで彼の態度が露骨なのか。
それも陛下や、お父様の前でそんな態度を取るのか。
お父様たちに同席して貰うのは、私がどうしても入学前にレイドリック様と会っておきたかったから。
こういう状況を用意しないと、また彼が来ないかもしれないからだった。
そして、私がどう出るべきか、を決めるのに重要な見極めになる。
『昔の私』に変身作戦……は『ヒロイン対策』として考えているのだけど。
でも、ここでそういう姿を見せれば、もしかしたらレイドリック様の気を引けるかもしれない、と。
そう思ったの。
そうしたら。夢見ていた学園生活が送れる……。
婚約者同士、仲良く過ごせて。私だって、それが一番だと思う。
どうしようかしら、本当に……。
レイドリック様の気持ちを揺らがせるために『昔の私』を見せ、彼の気持ちを取り戻す。
そうしたら、最善の形にできるかもしれない。
でも怖いのは、それでも彼の気持ちが私から離れていること。
私にとって最大の打つ手が、そこで打ち砕かれたら、立ち直るのが難しい。
それに、ここで彼の心をこちらに引き寄せても、ヒロインが現れた後には、やはり心変わりしてしまうかもしれない。
現に私のいない学園生活で羽目を外しているのがレイドリック様なのだ。
なら、ここで手の内を明かしてしまうのはよくないんじゃないかしら。
それに。それによ? そもそも私は『今の私』を否定されたくない。
だって王太子の婚約者になったのだ。
そして、今の私になったのは、他でもないレイドリック様の隣に立つためだった。
その結果が今の私に他ならない。
ならば……レイドリック様にだけは、そんな私を否定されたくなかった。
「……うん。そうよね」
だから。私が定例会で見せるのは『完成された私』にしよう。
王太子の婚約者。公爵令嬢アリスター・シェルベル。
微笑みを絶やさない、淑女の姿。
未来の王妃を思わせるような、そんな完璧な私を。
◇◆◇
そして私は可能な限り、完璧な淑女へと自分を仕立てあげた。
リーゼルたち侍女の手を借り、年齢と肌質を考えつつも化粧は少しだけ大人びるように。
過剰にはせず、同年代からも称賛されるだろうラインを見極める。
前世の記憶が朧げにあるお陰で客観的な評価を下せるけど、いわゆる『美人系』の雰囲気にできたと思う。
特に貴族子女が相手なら高評価をされそうな、そんな印象の顔に出来たわ。
将来、王妃になれた場合は、きっとこういう化粧をするのだと思う。
それは趣味とかじゃなくて身だしなみの範疇で。
シチュエーション的にも、陛下やお父様が同席されるのだから正しいでしょう。
2人きりなら可愛い系にシフトしても、とまだ思えたけれど。
そうするとレイドリック様に私の姿を見せることすら出来ない可能性もあったし。
まず『私』という時点で忌避感を与える可能性もゼロじゃなかったから……。
私が自覚していない何かを理由にして、私個人を彼が嫌悪している可能性もある。
悪役令嬢『本人』のため、もしかしたら私には自覚できていないことがあるかもしれない。
記憶上では、誰かに殊更に恨まれるような振る舞いはしたことはないはずだけれど。
そんな風に、様々な想いを抱きつつ、私はレイドリック様とのお茶会に臨んだの。
「ごきげんよう、レイドリック殿下」
「……ああ」
レイドリック様は遅れてやってきた。
お父様と王宮を訪れた後、陛下に挨拶するためにお父様とは別行動に。
そして私は茶会の席へと向かった。
そこで、しばらく彼を待つことになったの。
約束の時間は過ぎていたけれど、彼はすぐには姿を見せなかった。
陛下が来られる直前に姿を見せるつもりなのかと私は彼の思惑を考える。
そうして彼は遅れて現れた。
「…………」
憮然とした態度で席に着いたレイドリック様は、表情こそ変えていないけれど、そこに笑みは浮かべていない。
それに朗らかに話し掛けるような雰囲気もなく。
以前までのお茶会を思えば、困惑して不安な気持ちになるくらいだ。
私が何も知らなかったら、この態度だけで困惑して時間を使っていたわね……。
ショックはある。けれど『やっぱり』という気持ちの方が強かった。
「レイドリック様は何か思うところが、おありですか?」
「……思うところ?」
「ええ。私も、最近は王立学園への入学のため、忙しくしております。ですので、しばらく殿下とは疎遠になっていたかと。殿下のことをあまりお気にかけることが出来ず、申し訳ありませんでしたわ」
私がそう言うと彼は眉間にうっすらと皺を寄せた。
皮肉な言い回し。今まではしたことがないようなそれに彼はどう反応するか。
「……ずいぶんと思い上がっているようだな。アリスター」
思い上がり。カッと頭に血でも昇ったのかしら。
たしかに挑発めいた言葉だったけど、思い上がりとまで言うのね。
彼の目を探るようにじっと見つめる。
言葉を出さず、態度には動揺を見せずに。
普段の彼からすると、今の彼の発言と態度は高圧的に私を威嚇? したようなもの。
意図してか、しないでか。どういう態度を私に求めているのかしら。
「……学園では、どうお過ごしですか? 楽しい日々を過ごしていらっしゃるのでしょうか」
暴言に近い言葉を聞き流して話を進めていく。
威圧してくるような相手に、まともに応対していてはダメでしょう。
下手に出れば見下され、それこそ言い方は悪いけれど、つけ上がるから。
暴力的な態度でコントロールできる相手だと思われてはいけないわ。
かと言って、今の発言を取り上げて苦言を呈するのも良くないでしょう。
私が『そうあって欲しい』と願っていた態度は、この時点でもうなかった。
「……それをキミに言う必要があるのか?」
「……なるほど」
ただのおしゃべり。言う必要も何もない言葉のはずだ。
……この時期で、既にこんな態度なの? まだ学園に入る前なのに。
一体、何があってここまでになったのか。
本当に1年前までと同じ人物なのかしら。
それほど学園生活で多数の女を侍らせることが良かったのか。
「国王陛下やお父様は、そろそろ来られる予定ですね」
知りたかったレイドリック様の出方は、もう分かった。だから。
……もう、いい。
だって私は知っているのだ。この世界は乙女ゲームによく似た世界。
そして私たちが辿るだろう運命も、きっと。
警戒していたそれらが杞憂で、本当は彼に溺愛されていた、なんて都合のいい話はなかった。
ここから私が何もしなければ……破滅の未来を招くことに繋がる。
私は、これからその事についてこそ考えなければならない。
「……そうだな」
「ええ」
何を言おうと反発してきそうな雰囲気があった。
一体、何が気に入らないのか。
年齢特有の反抗期が、婚約者という私の存在を遠ざけたがっている?
中学3年生、いえ、高校1年生。そんな年頃の子に婚約者あり……ね。
日本でそれなら、気恥ずかしくて高圧的な態度を取ったとしてもおかしくはないわね?
あら。もしかして、だけど。
「レイドリック様は、私の前で恥ずかしくて照れていらっしゃるの?」
「……は?」
険悪な雰囲気から繰り出されるには、あまりにも間抜けな一言。
それが殿下も、周囲に居る従者たちにも意外過ぎたのだろう。
年相応の表情が窺えた。
あら、可愛い。
え? やっぱり反抗期とか、そういう感じ?
ウィクトリア王国、今は平和だし。
平和な世で育った子供ということを考えると、もしかして?
それに治安が良過ぎて、微妙にぬるい雰囲気のある乙女ゲーム世界。
一皮剥けばシビアな現実が待っているのも現実だと思うけど……これは。
「まぁ……ふふふ。恥ずかしがらないでくださいませ、レイドリック様。
私、あなたを取って食べたり致しませんわ?」
「なっ! 何を言っている!?」
怒った、というより困惑した? 驚愕したような態度。
さっきまでの高圧的な態度より、よほどマシね。
「今更になって婚約者がいる、それが私であることに恥ずかしくなられたのでしょう?
ですから、そのように……ふふ。微笑ましい態度をされたのですね」
「わ、わけの分からないことを!」
「図星ですか。ふふ、照れないで良いのですよ?」
「ち、違う!」
「そんなにレイドリック様が私のことを好きだったなんて。ふふ。嬉しく思いますわ」
「何を言っているんだ!? 本当に!?」
「照れてしまって。ふふ」
「ふ、ふざけるなよ、アリスター!」
うーん。反抗期少年の照れ隠し。
あるのじゃないかしら? これは。
乙女ゲームのグッドエンドに隠れたバッドエンド群、様々な悲劇や惨劇が、まさか殿下の少年的な照れ隠しから始まっていた?
場合によっては『私』って死んだり、追放されたりするんですけどねー……。
その原因がこれって迷惑極まりなくないかしら?
「なんだか懐かしいですわ。このように殿下と楽しくお話ができるの」
「どこが楽しい!? お前が勝手なことを言い募っているだけじゃないか!」
とりあえず高慢な態度だったレイドリック様を、年頃の少年をからかう気持ちでからかっておく。
人生、心の余裕が大事なのよ。
ここでギスギスして相手にペースを握られるよりは、ほんわか天然をかましてペースを乱した方が得策。
それに、すぐに……。
「あ、陛下とお父様」
「ぐっ!?」
助っ人が来てくれる予定だものね。
レイドリック様が遅れてきてくれて助かったわ。
不快な思いは、ほんの少しだけで済んだから。