【13】アリスの学園生活④
教室でクラスメイトの女子生徒たちと過ごしていると、ちょっとした出来事があった。
「このクラスにシェルベル公爵令嬢がいると思うが、もう来ているか?」
レイドリック殿下、『近衛騎士』ロバート・ディック、『次代宰相』ジャミル・メイソン。
この三人が現れたのだ。プレイヤーが言うところの『生徒会トリオ』ね。
今、私たちが居る場所は一年生の教室だ。彼らは二年生。普段はこんな所へやって来ない。
学園の中でも有名人である彼らが突然に姿を現わしたことで教室内はざわめき立っていた。
時間は午前中、一限目の授業が終わり、授業の間にある休憩時間のことだ。
レイドリック殿下は教室に現れたかと思うと手近な場所にいた生徒に問いかける。
私は他の生徒たちに交じって溶け込み、一緒になって彼らの出現に驚く演技中。
「シェルベル公爵令嬢はこのクラスではありませんが……」
男子生徒が恐縮しながら殿下の問いに答える。
「ジャミル、どういうことだ?」
「あれ、おかしいな。Aクラスだって聞いたのですが」
このクラスには確かに『私』が所属している。でも、皆に認知されているのは『アリス』だ。
殿下が『私』を捜していると聞いても誰も私に視線を向けないのでクラスメイトたちに正体はバレていないようね。
でも、気付くと肝心のレイドリック殿下が私を見ていた。
えっ、嘘。いきなりバレた……?
ドキリとして内心で焦りながらも私は『アリス』としてペコリと頭を下げる。
「レイドリック殿下?」
「あ、ああ。いや、そうか。ここはAクラス……」
彼らは『アリスター』を捜していたのだから正体がバレていれば問い詰められるはずだろう。
あの反応は『ヒロイン』に対する反応でいいのかな。つまり『アリス』に反応した?
まだ、ファーストイベントしかこなしてないのだけど。
『アリス』の顔は覚えていたってことよね。それで気付かないってどうなの?
相変わらずモヤモヤとした気持ちにさせてくれる婚約者様だ。
でも、ふと考える。レム恋はヒーローそれぞれのシナリオは短い。
なぜなら『数』で勝負する周回前提のゲームだから。
つまり、ヒーローたちは少ないイベントで落ちる。
要するに彼らは、とてもチョロい。あっさりとヒロインに篭絡される人物ばかりなのだ。
もしかしたら『アリス』はすでにレイドリック殿下に意識されているのかもしれない。
そのあと、とくに『私』の正体に言及することもなく彼らは早々に立ち去っていった。
どうして彼らは『アリスター』を捜していたのか。いったい、なんの用があったのだろう?
「あの方がレイドリック殿下なのね、お姿を見るのは入学式の挨拶以来よ」
「殿下、こちらを見ていなかった?」
「婚約者様を捜していらっしゃったみたいねー」
その婚約者は『私』だけどね! ふふ。
私はクラスメイトたちと会話を続ける。
「シェルベル公爵令嬢、そういえば私たちと同学年だものね。入学式でお見かけしたけど、とても綺麗な方だったわ」
お世辞じゃなさそうなクラスメイトの言葉に照れてしまう。いやぁ、それほどでも。
「言われてみればアリスター様はどちらのクラスなのかしら?」
「私たちもアリスター様のクラスを探してみる? お近づきになっておいて損はないわ」
「公爵令嬢様でしょ。私たち下位貴族の生徒なんて相手になんかされないわよ」
いえいえ、お相手してもらってまーす。
「高位貴族たちは学園でも派閥関係が強く影響されるらしいわ。まだ波風を立てない方がいいわよ、きっと。クラスの中で仲良く大人しく過ごしていましょうよ」
なんてクラスメイトが言うの。その考え、大賛成。
「まだまだ学園生活は始まったばかりだものね!」
私はそう言ってクラスメイトたちに溶け込んだ。
下位貴族の令嬢たちや平民出身の生徒たちに交じって談笑して平和に過ごす日々。
これこそ私が『アリス』になった意味よね!
イベント攻略もいいけど、こうして過ごす日々をきちんと大事にしたいものよ。
「だけど殿下たち、アリスター様になんの用事だったんだろう?」
「婚約者同士だから交流はあるはずよね?」
「さぁ? 私たちがわかるわけないじゃない」
殿下との交流? 半年ぐらいまともにありませーん。
「レイドリック殿下の考えることは私にはさっぱりわからないわね!」
なんて本音を、ここぞとばかりに吐き出しておいた。
さて。レム恋では序盤の確定イベントとして、ファーストイベント以外にもう一つ。
【初めての魔法授業イベント】がある。これは地味に重要なイベントとなるものだ。
ゲームでは、マップ上のヒーローたちに会いに行き、会話イベントで彼らの好感度を上げていく、【アドベンチャーパート】と、ヒロインのステータス三種『知性』『体力』『魔力』を引き上げるための【トレーニングパート】があるのだけど。
【トレーニングパート】の選択肢は『勉強』『運動』『魔法鍛錬』『休憩』の四つ。
その内の一つである『魔法鍛錬』は最初は解放されていない。
この【初めての魔法授業イベント】以降に解放されることになる選択肢なのだ。
現実では、そのまま初回の魔法授業がおそらくそのイベントに該当するのだろう。
隣のクラスと合同で行われるため、その場にはヒロインと悪役令嬢が揃うことになる。
私がAクラスでレーミルはBクラスってことね。
ちなみにA・Bはただの区分であって成績などは特に関係ないものとなっている。
それで、そのイベントでは何が起こるのか?
『現段階で使える魔法』を生徒たち全員に披露するように言われるのだ。
魔法が使えるレベル・習熟度は生徒によって大きく異なるため、そこで披露した魔法技術がそのまま生徒の評価として教師に見られることになる。
もちろん、それは今後の教育方針のためのものであり、確定の成績評価ではないわ。
とにかく、そこで悪役令嬢とヒロインが使える魔法を披露することになるのだけど。
このイベント、実は最初の『悪役令嬢とヒロインの確執』に繋がっている。
王太子の婚約者にして公爵令嬢、多才で優秀な悪役令嬢だけど、この時点では初級魔法しか使えない。或いは、周囲の空気を読んで初級魔法しか使わなかったのだ。
加えて、悪役令嬢はその立場から生徒の注目を集める最初に魔法を披露していた。
対して、ヒロインは『中級魔法』を使って見せるの。動物型の魔法を放つのよ。
ヒロインはそこで生徒たちから注目を浴び、反対に悪役令嬢は比較されてしまい、見下されることになっていく。二人の明暗を分けた一つのきっかけというわけだ。
『レーミルさん、すごいわ!』『それに比べてアリスター様は言うほどでもないのねぇ?』と。
それがゲーム上の『私』の扱いとなる。
当然、現実の私はそんなヒロインのための出来レースに乗る気はない。
何より『悪役令嬢』は現在、不在のままなのだ。ふふふ。
さぁて。じゃあ、どうしようかな?
まず現在の私の実力はゲームとそう大きな違いはない。
各種の初級魔法をバランス良く覚えているといった具合だ。
実は私、魔法が使えます。前世基準で言えば、まずそこに驚くべきかもねー。
そんな私が、というかゲーム上の悪役令嬢が得意とした魔法は『火炎系』の魔法だ。
火炎系ならばその気になれば今の段階でも出力を上げて魔獣対峙に乗り出せるレベル。
生まれ持っての魔力量も多いため、精度はさておき出力だけなら上級魔法もかくやだ。
ただし、それを使うと一発で『アリス』の正体がバレてしまうだろう。
とくにレーミルは注目するに違いない。
だから、火炎系は『アリス』の姿では使わないようにしなくちゃいけない。
あとは比較的、私が苦手とする魔法属性は『土系』だ。これも控えておく。
苦手な魔法でも『私』と結びつけられるかもしれないからね。だから火と土はだめ。
属性魔法といってもメジャーな四属性以外も普通にある。生活に使える魔法や、氷など。
でも、大別するならあとは風と水か。
悪役令嬢が不在なことで私たちが比較されることはなくなった。
そうなると、この授業自体があまり注目されないはず。
ヒロインのように中級魔法を使って見せたところで『悪役令嬢より上』でないなら興味も惹かれまい。『ふーん、そう、優秀なんだね』で終わる話だ。
ここはその場凌ぎではなく今後を見据えて使う魔法を決めた方がいいだろう。
即ち『アリス』のキャラクターに沿っているかどうか、だ。
レイドリック殿下に評価が伝わった時、魅力のあるヒロインを目指す。
ヒューバートのように本来はクール系キャラなのに、なぜか舎弟系従者『ルーカス』になっているような。そんな徹底したキャラ作りが必要だと思う。
「それにしてもルーカスって徹底的よねぇ」
「はぁ、なんのことかわかりませんけど、お嬢が言うならきっとそうですよ」
「何その盲目的な信頼は……」
原作プレイヤーのみんな、彼があのクール系寡黙キャラのヒューバートですよ!
などと言っても信じてもらえないレベルで従者キャラをしている。
「ねぇ、ルーカス」
「はい、お嬢」
「レイドリック様の婚約者って、貴方から見て素敵な人?」
男性目線では普段の私がどうなのか、気になったので聞いてみる。
私とヒューバートが今居る場所は例の学内カフェだ。
ガラス張りで外側からよく見える端の席に座っている。
昼休憩の時間を利用して、ここで今後の作戦会議らしきものを練っていた。
「フェルク伯爵家としては、ぜひお近づきになりたい女性ですね。これは聞いた話なのですが」
「うん?」
「俺の実家のフェルク伯爵家、属している派閥の寄親に侯爵家があるんですけどね?」
「初耳だわ」
でも、そういうのはあって然るべきことだ、私も設定を決めておこうかな。
「ええ。最近、めでたくリンデル侯爵家の傘下に入りまして」
「そのまんまじゃないの」
いえ、まぁそれが無難なのだけど。じゃあ、セイベル子爵家の寄親もシェルベル家でいいか。
「その侯爵家の〝次男〟が言っていたんですよ。シェルベル公爵令嬢はとても素敵な女性だと」
私は口を噤んで『ルーカス』の目を見た。ごく自然に彼は語っている。
『リンデル侯爵家次男ヒューバート』の、アリスターへの評価を。
「アリスお嬢だって彼女に負けないぐらい素敵な女性だと思いますよ。一人の男として率直な評価です。ですから何かお悩みだとしても自信を失くすことはないんじゃないですか? だいたいそういう問題って男性側の価値観が原因だったりしますから」
「……そう。……ありがと、ルーカス」
私は対面に座る彼から視線を外して遠くを見た。少しだけ胸の内が温かい。
別にそこまで深刻に悩んでいたわけじゃあないのだけど。
でも、言われたことは嬉しく思う。こういうところが彼はヒーローなのね。
※2026年6月12日に改稿しました。




