第74話 救援
暗く重たい空気の流れる塔の中。頭から血を流す天然パーマの男性は唇を噛み締めた。目の前にいるのは、十メートルを超える大きさのフロアボス。悪魔のような黒い両腕と菱形の尻尾。髑髏を模した仮面をかぶる大型のゴリラのような筋肉質な体型。
通称、スカー・コングは、怪しく目を光らせている。
「お前ら、救援クエストを緊急で申し込んだ。もうすぐ誰かが助けに来るはずだ! それまでの辛抱だ!」
背後に倒れた三人の仲間を励ますように声をかける。青空の塔第四層のフロアボスは予想以上に強く、次々と仲間が倒れていった。最後の希望を賭け、救援クエストを申し込んだが、全滅も時間の問題。絶体絶命の状況の中、男は剣を握り、身を震わせる。
だが、次の瞬間、男を目まいが襲った。視界が大きく歪み始めるのと同時に、スカー・コングが巨大な右腕を前へ突き出す。
(クソ。体が動かない!)
ここで倒れてしまえば、このダンジョン内で命が尽きてしまう。仲間と共にモンスターの食料になる最悪の未来が訪れる。頭では分かっているが、彼は何もできなかった。
(バカだな。救援クエストなんて意味ないのに……)
近くでどれだけのギルドがクエストに挑戦しているのかは分からないが、こんな短時間で助けが来るわけがない。自身のバカさに呆れながら、死を覚悟した彼は目を伏せた。ところが、死は訪れない。
「全く、この程度のモンスター相手に全滅しかけるなんて……身の程を知りなさい!」
至近距離で聞き慣れない少女の声を耳にした男は、思わず目を開けた。そこには、生存者を守るように立つ白髪の少女がいる。人間を殴り飛ばすために突き出したスカー・コングに右腕は、一瞬にして凍っていた。
(助けに来てくれただと!)
特徴的な尖った耳を持つ彼女の姿を目にした男の頬が緩む。
「ちょっと、フブキ。初対面の人に失礼だよ!」
後方から新たな声を聴いた彼が振り返る。怪我を負い倒れ込んでいる仲間の近くには、黄緑のローブのフードを目深に被った少女と、クマの獣人少年がいる。
「ホレイシア。そんなことより、あなたは怪我人の治療を始めてください。無理だと判断した重傷者は、私の能力で病院に搬送します」
「うん。任せて!」大きく首を動かしたホレイシアが、怪我人の様子を観察しながら、右手の薬指を前へ伸ばす。
(大丈夫。私が助けるから!)
自分に言い聞かせるように心の中で呟きながら、必要な薬草や銀色の筒を召喚していく。要救護者は三人。誰もが骨を折る重傷を負っている様子だ。その場に座り込み、銀色の筒を開ける。それから、右方に倒れた男の右の太ももに刻まれた傷口に筒を近づけ、中に入った水で付着した血液を洗い流した。そうして、傷口が露わになると、細長い緑色の薬草をこすり付ける。その度に彼は苦痛に顔を歪めた。
ホレイシアが一人ずつ処置をしている間に、フブキが生存者の男に問いかける。
「確認です。今回のクエストは、スカー・コングの討伐ですか?」
「ああ、そうだが……」
「では、マスター。こっちに来てください。討伐クエストを代行します」
「ちょっと待て! お前ら、何者だ?」
慌てた様子の男の前で、フブキは思い出したように両手を叩く。
「申し遅れました。私たちはセレーネ・ステップ。新人ギルドです」
「おいおい。新人のクセに、この階層のフロアボスが倒せるわけないだろ! 俺たちみたいに全滅するのがオチだ。ここは逃げた方がいい!」
男の提案にフブキは深き息を吐き出す。
「なるほど。そうやって実力を見誤った結果がこれですか?」
「おーい。フブキ。アイツ、どうやって倒すんだ?」
フブキの元に駆け付けた獣人少年が、問いかける。それに対し、フブキは敵から目を反らすことなく答えた。
「そうですね。難しいことは考えず、剣を大きく振り下ろしてください」
「えっ、それだけでいいのか?」
キョトンとする獣人少年の近くで、天然パーマの男は拳を強く握りしめながら、身を震わせた。
「バカ野郎。こいつには、攻撃を弾く能力がある。それで全然攻撃が効かなかったんだ。いくら力強いクマの獣人でも、あのバリアは破壊できないはずだ!」
「私を誰だと思っているんですか?」フブキが首を傾げながら、大きく剣を振り上げた獣人少年の右肩に触れる。その瞬間、男の目の前から獣人少年の姿が一瞬で消えた。
「なっ」と瞬きする間に、スカー・コングの首筋に大きな刀傷が刻まれる。
「バカな。あのスカー・コングのバリアを貫通しやがった!」目を見開き、動揺する男の前で、フブキ・リベアートは小さく頷いた。
「確かに、あれは厄介ですね。スカー・コングの発動するバリアが私たちの攻撃を全て防ぎ、鍛え上げられた筋肉を駆使した技で、私たちを一方的に殴り続けます。しかし、そのバリアが発動するよりも早く、急所を攻撃できれば、ダメージを与えることができます。さらに……」
言葉を紡ごうとしたフブキは、スカー・コングの動きを見逃さなかった。急所を負傷したフロアボスが、獣のように吠え、左腕を勢いよくフブキの前へと突き出す。
「マスター、壁を蹴って、もう一度攻撃です」
「おお」
上空から落ちていく獣人の少年は、近くに見えた石の壁を蹴り上げ、再び上空を飛んだ。彼は勢いをつけたまま、スカー・コングとの間合いを詰め、一気に銀色の剣を振り上げ、フロアボスの右頬を斬りつける。その一方で、地上のフブキは深く息を吐き出し、飛んでくるスカー・コングの左拳に召喚した氷柱を打ち込む。
「攻撃を放つ一瞬は、厄介なバリアが消失します。その隙を狙い攻撃を仕掛ければ、簡単に倒せます。さて、そろそろトドメを刺しましょう」
頬を緩めたフブキが、スカー・コングの両腕触れる。その瞬間、氷がスカー・コングの全身を侵食した。巨体が一瞬の内に氷漬けになると、フブキは上空から着地した少年の右隣に体を飛ばす。その両手には水色の太刀が握られている。
それを見た生存者は目をパチクリと動かした。
(あの一瞬でスカー・コングを氷漬けにしやがった。いつ太刀を召喚したのか全然分かんなかった。こいつ、何者だ?)
予想外な出来事に戸惑う生存者を他所に、獣人少年は隣に並ぶヘルメス族少女と共に、動かないフロアボスに向けて駆け出した。
「マスター、氷を砕きます」
「おぅ!」と元気よく答えた彼は、勢いよく剣を氷漬けの巨体に叩き込んだ。続けて右方からもフブキの持つ太刀が刺激を与えると、氷が砕け散り、その中に囚われた巨体が倒れた。動かなくなったスカー・コングをジッと観察したフブキは頬を緩める。既に起き上がる気配もなく、討伐は完了したようだった。
「これで終わりですね。ホレイシア。そちらの様子は?」
フブキが胸を撫で下ろしながら、視線を後方へ向ける。そこには、一生懸命に治療をしているハーフエルフの少女の姿があった。
「うん。全員の患部を水で洗って、薬草の成分を傷口から刷り込ませたよ。あとは病院に搬送すれば助かると思う」
「ホントか! あの短期間で俺の仲間を助けたのかよ!」と驚く男の前で、ホレイシアが小さく頷く。
「応急処置くらいしかできなかったけど、手持ちの薬草でできることは全てやったから。命に別状ないと思う」
少女の答えは、冒険者の男を喜ばせた。
穏やかな空気が流れる中で、ホレイシアはフブキに視線を送る。
「フブキ、早く病院に搬送しよう。この程度の怪我なら、どこの病院でも大丈夫そうだよ」
「分かりました」と答えたフブキが、天然パーマの冒険者に向け、右腕を伸ばす。
「まずは、あなたから病院へ飛ばします。軽傷ですが、何があったのかを医者に説明できますね?」
ヘルメス族少女の問いかけに男は頷く。その答えを受け入れたフブキは、男の右肩に触れ、ダンジョンから病院へと飛ばした。それから、次々に負傷者たちの体に触れていき、一瞬で病院へ搬送する。
「これで救援クエスト達成だな。みんな助かって良かったぞ!」
明るく笑う獣人の少年、ムーン・ディライトにホレイシア・ダイソンは同意を示した。
「そうだね。ところで、フブキ。これからどうするの?」
「もちろん脱出です。このダンジョンには、欲しい素材がありませんから」
「うん。分かった」首を縦に動かしたホレイシアが、フブキの元へ歩み寄る。少し遅れて、ムーンも同じように歩みを進めた。そうして、近づいてくるふたりの肩に触れたフブキは、一瞬にしてダンジョンから脱出した。




