第73話 役割
その日の午後、フブキ・リベアートはホレイシアの働く薬屋を訪れた。多くの薬草が並ぶ店内に足を踏み入れると、会計機の前にいたホレイシア・ダイソンが右手を左右に振る。
「フブキ、迎えに来てくれたんだ」赤髪のツインテールという素顔を晒したハーフエルフの彼女が明るい声を店内に響かせると、フブキは静かに頷く。
「はい。今回の討伐クエストの打ち合わせをした方が良いと判断しました。こちらが今回のクエストでホレイシアが使う術式です」
そう告げたフブキが一枚の紙をホレイシアに手渡す。それを見たヒーラーの彼女は目を丸くした。
「えっと……これって……学校で習うヤツだよね?」
「はい。午前中、ソロクエストをしながら検討した結果、この術式を選択しました。まずは、回復術式を使わずに私たちの戦闘をサポートするイメージを掴んでほしいという狙いがあります」
「なるほどね。でも、ホントにこれだけでムーンやフブキの戦闘をサポートできるの?」
半信半疑な様子のホレイシアに対して、フブキはマジメな表情で答えた。
「はい。問題ありません。この術式を使うことで、今回の獲物の隙を突くことができます。狙うべき的は動かないので、簡単に当てることができるでしょう。万が一、外れたら私がなんとかしますので、ご安心ください」
「うん。分かった。フブキ、いろいろ考えてくれてありがとう!」
フブキの作戦に納得できたホレイシアが笑顔になる。だが、フブキは表情一つ変えなかった。
それから数分後、クマの耳を生やした獣人の少年、ムーン・ディライトは、サンヒートジェルマンから遠く離れた森の中にいた。木々が生い茂る道なき道を進みながら、彼は周囲を見渡す。
「全然見つかんねー!」と愚痴を漏らすギルドマスターの少年の右隣で、純白のローブ姿のヘルメス族少女、フブキ・リベアートが溜息を吐き出した。
「マスター。まだ五分しか捜索していません。根気強く探せば見つかります」
「そうだよ。ムーン。頑張ろう」と黄緑色のローブのフードを目深に被るホレイシア・ダイソンが幼馴染を励ます。
「おお、そうだな。よし。がんばるぜ」拳を握ったムーンが気合いを入れる。その一方で、フブキは右方に見えた木の根元にあるモノを見つけた。その場にしゃがみこみ、ジッと観察した彼女の頬が緩む。
「マスター。ホレイシア。見つけました。ルートスパイダーのタマゴです。マスター。ホレイシア。準備をお願いします」
「ああ、分かった」大きく頷くムーンの隣で、ホレイシアは呼吸を整えた。
「おい、大丈夫か?」右手の薬指で空気を叩き、剣を召喚しながら、ムーンが問いかける。
「うん。大丈夫。さっきフブキから渡された錬金術書。ぶっつけ本番でできるか心配なだけだから」
「それなら大丈夫だ。ホレイシア、すげぇヤツだからな」
幼馴染の言葉を聞くだけで、少女の不安が消えていく。そのまま深呼吸して気持ちを落ち着かせたホレイシアがフブキに声をかける。
「フブキ、私は大丈夫だよ」
「俺もだ。いつでも斬れるぜ」ムーンが柄を両手で握り、戦闘態勢に入る。ふたりの答えに反応を示したフブキは、左手の薬指にオレンジの炎を灯し、木の根元にある白いタマゴに近づけた。その直後、地面が小刻みに震え始め、木の根元が浮かび上がる。鋭く尖った根がフブキに迫りくる。それを認識した彼女は、長い白髪を揺らしながら、体をホレイシアの隣に飛ばした。
「ホレイシア。今です」
「うん」短く答えたホレイシアは左手の薬指を立て、宙に紋章を刻んだ。
東に固定を意味する双子座の紋章
西と北に風の紋章
南に増殖を意味する水瓶座の紋章
中央にも風の紋章
ハーフエルフの彼女の指先に渦巻く風の球が浮かび上がる。
「大丈夫です。万が一外しても、私が何とかしますから」フブキがホレイシアの耳元で囁く。それを聞いたホレイシアは、顔を前に向け、右手を前に突き出した。その直後、ホレイシアの指先から風の球が飛ばされる。それは空気を切り裂くように、木の幹に狙いを定め、飛んでいく。
「マスター。もうすぐ、枝からルートスパイダーが姿を現します」
「おう」とムーンが答えると、木の枝から白い糸を垂らす大きなクモが出現した。三十センチほどの大きさを誇る茶色いクモの背中には、絡み合う木々の根のような模様がある。
カサカサと素早く枝から伸びた糸を揺らすクモの背中に突きを入れるムーンだが、装甲が固く弾かれてしまう。
「おい、フブキ。全然効いてねぇけど、大丈夫か?」
「問題ありません。三つ数えたら、もう一度、突きを入れてください。それで終わりです」
そう答えたフブキが、左手の薬指を立てる。その直後、ホレイシアの放った風の球が幹に命中し、木を小刻みに揺らす。それを合図に、フブキの指先に鋭い氷の柱が五本浮かび上がった。
「さん、にぃ、いち!」
声を出し、動きを止めたクモに向けて、もう一度突き技を繰り出す。追い打ちをかけるように、フブキが飛ばした氷の柱がクモの背中を打ち抜く。すると、硬いはずのルートスパイダーの背中が、簡単に傷ついた。枝から垂れたクモの糸が切れ、地中に落ちたルートスパイダーの動きがピタリと止まる。
涼しい風が木々の間を通り抜けた後、フブキは再び体を木の根元へ飛ばし、獲物の様子を観察した。
「討伐完了です。ホレイシア、ナイスサポートでした」
「うん。なんとなくだけど、これからの討伐クエストの作戦が理解できそう」
後方からフブキの元へ歩み寄るホレイシアは、嬉しそうに笑った。一方で、ムーンは納得できない様子で、首を捻っていた。
「もう終わりかぁ。一体、何がどうなってんだ?」
「では、ご説明しましょう。今回は、獲物であるルートスパイダーの生態を意識した作戦です」
自身の顎を触れたフブキが、背筋を伸ばし、視線をムーンに向けた。
「生態って?」
「ルートスパイダーは、一番近くにいる脅威にしか対応できません。まず、私はタマゴに炎を近づけました。すると、木の中に隠れていたルートスパイダーが危機を察知し、動き始めます。姿を現したクモにマスターが背中を一突き。時間差で飛んできた風の球を視認できたとしても、目の前にいるマスターを相手するだけで精いっぱいです。さらに、ホレイシアが放った風の球が、木々を揺らし、隙を作りました。あとは、私が飛ばした氷柱とマスターの突き技が同じタイミングで入れば、一撃で倒せます」
「おお、そうか。同じタイミングかぁ。俺とフブキの息がぴったりだったってことだな!」
明るく笑うムーンの前で、フブキが溜息を吐き出す。
「別に息を合わせたわけではなく、指定した秒数に合わせて氷柱を飛ばしただけです」
「フブキ、素直じゃねぇな……って、なんだ? これ?」
自分の右手の甲が白く光っていることに気づいたムーンは、目を丸くした。その現象を目の当たりにしたフブキが腕を組む。
「マスター。左手で右手の甲を隠してください。おそらく、緊急事態のようです」
「おう、こうか!」フブキの指示に従うと、すぐにムーンの右手の甲から女性の声が聞こえてきた。
「こちらクエスト受付センターです。現在、近隣のダンジョン、青空の塔第四層にて救援クエストが発注されました。ギルドメンバーがスカー・コングに襲われ、怪我人多数の状況です。およそ五分後、ギルドメンバーが全滅する可能性が高いため、早急な救援活動が望まれます。繰り返します……」
「おい、ホレイシア。フブキ。これって助けてくれってことだよな?」
緊張感を生み出す女性職員の声を耳にしたムーンが尋ねる。
「はい。そうですね。あまり時間がないようですが、このクエストには二つの問題点があります。まず、五分以内にそのダンジョンに辿り着けるかどうか? そして、もし辿り着けたとしても、彼らを襲っているモンスターは強力です。自分たちの命の危険に晒される可能性があります。この近辺でどれだけのギルドがクエストをしているのかどうかは分かりかねますが、この救援クエストに参加するギルドは少数になるでしょう。下手したら、誰もやらないかもしれません」
右手の指を二本立てたフブキが淡々と説明する。それを受け、ムーンはイライラとした怒りをぶつけた。
「そんなの絶対おかしい。困ってるヤツを見捨てろっていうのかよ!」
「マスター、落ち着いてください。それでも、私たちなら彼らを救えます」
「それ、ホントか!」ムーンがフブキの両肩を掴む。その顔には、困っている人を助けたいという純粋な思いが宿っていた。
「はい。そのダンジョンなら、素材採取で何度か訪れたことがあります。ここは私に任せてください。ということで、ホレイシア。出番です」
「うん」と答えたホレイシアの目は真剣だった。困っている人を助けたいという想いは、ムーンと同じだ。彼らは救援クエストの参加を決め、行動を開始した。




