-43- 取引内容
目を覚ましたのはロリドンにある㈱魔王の事務所だった。
自室で寝かせられていた私だったが、記憶が繋がらない。ルシフ様を守るために身を挺したところで意識を失った。死んだと思っていたため、生きていることが不思議でならなかった。
あの後、ルシフ様がヤリエス様に勝ち、私を救ってくれたとしか考えられない。きっとそうだ。
私は体を起こして、ルシフ様の部屋に足を運んだ。部屋には誰もおらず、ルシフ様の残り香だけが漂っている。しかし3階、2階、1階全ての部屋を探したが、ルシフ様の姿は見当たらなかった。
どこかに出かけているのだろう。
私は事務所扉のポストに入れられた勇者新聞を手に取った。
一面に記載されていたのはヤリエス様が討伐されたという内容の記事だった。そこには㈱勇者興業のスズ・ヤナギとルシフ様が共闘して倒したと書かれている。
やはり私の読みは間違っていない。恐らく【物見遊山】でロリドンに飛び、共闘したのだ。
2階に上がってリビングのソファに座って帰宅を待ったが、時計の針の音だけが虚しく部屋に響き、時間だけが刻々と過ぎる。次第に太陽が沈み始め、ロリドンの街並みを橙色に染めていた。
あまりにも遅い。ルシフ様を探しに行くために1階に下りた時、事務所の扉が開いた。
「ルシフ様!」
かと思ったが、そこに立っていたのはジークだけ。ルシフ様の姿はなかった。
「ルシフ様の行方をご存知でしょうか?」
ジークは口を何度も開閉させ、発する言葉を選んでいる様子だった。嫌な予感がした。
「ウチの社長が呼んでる。来て欲しい」
悲観的捉えようとも、楽観的に捉えようとも、どう考えてもルシフ様の身に何かが起きたとしか思えなかった。ヤリエス様の受けたダメージを反転させられたルシフ様が無事であるとは考えにくい。そしていつまでも帰って来ないことから導き出される答えは1つだった。
ルシフ様はもう死んでいる。
体に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちた。頭が真っ白になる。何故自分ではなく私を生かしたのか。ルシフ様のお考えが私には分からない。
ジークが呆然とする私の肩を担ぎ、無理やり立ち上がらせた。
「来てくれ」
私は答えられなかった。事実を知りたくない。行けばルシフ様の死が確定してしまう。しかし、抵抗するだけの気力は残されていない。私はジークに連れられて㈱勇者興業の本社に向かった。
普段は静かな街が活気に溢れていた。ヤリエス様を倒したことでお祭りムードになっているが、それとは対照的に私の心には影が落とされていく。
どれくらい歩いたのかも覚えていない。気付いた時にはもう目的地に辿り着いていた。
中に入ると階段を上らされた。5階まで上った先にあったのは社長室。
扉を開くと、社長椅子にスズが腰かけていた。
「お目覚めかな? ルシフ君の秘書さん」
私の感傷など気にも留めない様子で、挨拶を済ませた。
「何の用でしょうか?」
「察しがついている癖に随分回りくどい方法を取るんだね」
スズはソファに着くように促したが、私は座らずにその場に立ち続けた。
「私とルシフ君は取引をしたんだ」
「取引……ですか」
皆目見当もつかない。
「自身の能力を全て勇者側に譲渡する代わりに、リーゼロッテ・アーベルを討伐対象にせず、㈱勇者興業の庇護のもとに雇用をする。という取引さ」
ルシフ様が存命であれば、そんな取引をする必要がない。それなのに取引を行ったということは、ルシフ様は既に命を落としており、低レベルになった私を守るために能力の全てを差し出したということになる。
「君が死んでいた間の状況を教えてあげよう」
死んでいた? 私が? ならばなぜ私は今生きているの?
スズはルシフ様が物見遊山でロリドンに飛び、それから共闘してヤリエス様を倒すまでのあらましを話した。
「取引を行ったのはその後さ。しかし彼のスキルは凄いね。死体に命を与えることが出来るんだから」
そこで死んだ自分が生き返った理由が分かった。そしてルシフ様が亡くなった理由も。
「自身の命の引き換えに私を生き返らせたということですか?」
スズは口角を上げた。その仕草は肯定だった。
「君を生き返らせるとルシフ君は死んでしまう。そうなれば勇者の本拠地に1人取り残され、加えてヤリエス・ユリエスキと一緒にいる写真まで撮られている君は、必ず勇者の討伐対象になる。君を守る者はいない。しかし秘書さんを生き返らせたい。自身の積み上げたものを差し出すのは相当の決断だったと思うよ。それだけ君のことを信頼し、愛していたんだろうね」
自分には勿体ない行動だった。私にルシフ様の命を与えられてまで生きる資格はない。私が生き長らえるよりも、ルシフ様が生きた方が良いに決まっている。
悲壮感の後には虚無感が訪れた。もうルシフ様はこの世にはいないという現実を突きつけられて、自身の生きる意味を失ってしまった。私は何のために生きればいいのか。分からない。
「だから君が生きる答えを見つけるまで、㈱勇者興業で働くのが最も賢い選択肢だと思う。ルシフ君から貰った命を無駄にするわけにはいかないでしょ?」
スズの言う通りだった。ルシフ様が命を懸けて救ってくれたのだ。㈱勇者興業に入ることこそ、ルシフ様の遺言と言っても良い。
「わかりま……」
スズの提案を了承しようとした時、外から2人の男女が言い合う声が聞こえた。それを聞いたスズは表情を歪めて天を仰いだ。そして手で顔を覆う。
「だから、離せと言っておるだろうが!」
「今はダメ……。社長命令だから……」
社長室の扉が開くと、そこにはもみ合う2人の男女がいた。1人はマリア。そして。
「おお、目が覚めたか。なぜ泣いておる?」
そこには幼体化した姿のルシフ様がいた。
「ルシフさまぁ……」
私は駆け寄ってルシフ様に抱き着いた。幻じゃない。しっかりと実体がある。
泣きじゃくる私を見て不審に思ったのか、ルシフ様は顔をしかめた。
「よもやリゼを引き抜こうとしたのではあるまいな。マリアが俺の邪魔ばかりしおって、不審に思って来たらリゼがいた。リゼが勇者興業に入らねば取引は無効だ。俺の能力を返せ」
「ルシフ君がいない間にジークに連れて来させたのに間に合わなかったな」
ジークが言い淀んでいた理由が分かった。決してルシフ様の死を伝えにくかったわけではなく、全ての真実を伝えずに引き抜くことに抵抗があっただけなのだろう。
「それにしても何故……?」
私に命を与えたルシフ様が生きている理由が分からない。人に与えられる命は例外なく1つ。不条理があふれるこの世に於いて、それが唯一の平等ともいえる。その唯一を私に与えたのだから、ルシフ様は生きられる筈がないのだ。
「その件か。生殺与奪は自身の能力を与え、他者のスキルを奪うことが出来るスキルではあるが、その一方で生命についても与奪が出来る。これまで一度も使ったことはなかったがな。リゼに俺の命を与える前にヤリエスの命を奪った。意図せず行った行為であるが、それが良かったらしい。あの瞬間、俺の命は2つになった。だから俺は死ななかったというわけだ」
「何よりもご無事でよかったです」
ルシフ様は強く抱きしめる私の頭を優しく二度撫でた。
「お前の求める見た目にも戻った。俺の与えた仕事はこなして貰うぞ」
私の死に際に放ったルシフ様の指示は、生きること。外見のことは冗談で言っただけなのに律義に反論してくることが愛おしく思えた。
「これからも引き続きお仕えいたします」




