-34- 殺害命令
復讐という名の下、ルシフ様と共に過ごした日々は楽しかった。見た目がタイプの少年と日々を過ごしたという点も大きかったが、あの魔王が素直に言うことを聞き、私に信頼を寄せてくれていることが嬉しかった。
しかし元々そうだったのだ。私たちが線を引いていただけでルシフ様は変わっていない。ルシフ様は傍若無人な性格と思い込み、それが本来のルシフ様の姿を見えにくくしていた。見た目が少年になったことで余計なフィルターが消え、一緒にいると徐々にそのことが分かってきた。私の胸に刺さった罪悪感の針が更に奥へと沈んでいく。
ルシフ様の成長を妨げるため、私が【万古長青】の獲得をお願いした時も、復讐を差し置いてそれを優先した。ルシフ様の優先順位において復讐よりも私のお願いが一番上に来ている。胸が締め付けられた。嬉しさではなく後悔で。
ルシフ様が【万古長青】をジュモンクから取り返した時のことは今でも思い出す。
ジュモンクがルシフ様を殺せば、この辛い気持ちから解放される。そう思って私は力を貸さなかった。けれども、ルシフ様はジュモンクを倒し、私の要求を叶えてしまった。
ルシフ様から掛けられた、「リゼも俺に付き従わねばならんぞ」という言葉。頷いたが、私にその資格はなかった。
私はルシフ様ではなくヤリエス様の部下であり、貴方を今も騙しているのですから。
ロリドンで事務所探しを終え勇者の2人の昼食を共にした時、私は嫉妬した。女がルシフ様の腕を掴むだけでは飽き足らず、㈱魔王に入社しようとしていたのだ。
思わず㈱魔王の悪口を並べたが、それは私が当時思っていたことに過ぎず、今は違う。撤回をした際に発した「一生お仕えしたい」というセリフ。ルシフ様を陥れておきながらなんて浅ましい女なんだと自己嫌悪になった。その言葉が欺瞞ではなく本心だったことが拍車をかけていた。
勇者2人がアズワンの討伐に向かった際、ルシフ様の本心を聞くことが出来た。
ルシフ様は魔王という役目を果たすために奔走していた。魔王という役割が自分の願いでないために裏切られたと言っていたがそうではない。
悪いのは私です。ルシフ様の人となりを決めつけ、貴方に寄り添わなかった私がルシフ様を陥れたのです。
自分がルシフ様に何をしたのかを吐露したかったが出来なかった。自分の正体を明かし、嫌われるのが怖かった。このまま黙っていればバレないのではないか。そんな姑息な思考が私の脳裏を何度もよぎった。
ベリータルトと対峙した時、彼女は私にこう言った。「裏切り者」と。助けてくれると思ったのだろう。本来、ヤリエス様側の立場である私は彼女を助けるべきだったのかもしれない。しかし私は自らの手で同僚を下した。
私はこの時改めてヤリエス様ではなく、ルシフ様に付き従いたいと思っていることに気付いた。この関係は仮初で、そんな願いは叶わないというのに。
そしてとうとう、私の正体がバレる日が来た。
ルシフ様が魔王城に行くことになった。
私のことを手刀で気絶させた憎き勇者である女がこの一連の騒動の原因に気付き始めていた。状況を確認するために魔王城に乗り込むらしく、その一員にルシフ様を勧誘した。日ごろから魔王城に行きたいと言っていたルシフ様が断るわけがなかった。
私はこれまでルシフ様を魔王城から遠ざけていた。それはヤリエス様が魔王城を根城にしていたからであり、レベルが未熟なルシフ様がヤリエス様と鉢合わせることになれば、確実に殺されてしまう。
しかし、ルシフ様が魔王城に行くことは確定事項であり、策を講じなければ数日後に相対することになる。周りに勇者たちがいるとは言え、ルシフ様が殺されない保証はない。
私は取るべき行動は1つだった。ルシフ様が魔王城に行くならば、ヤリエス様を遠ざけるしかない。ルシフ様が旅立ったその日、私は【物見雄山】で魔王城へ飛んだ。
変わり果てた魔王城。辺りに漂う空気は腐敗しており、立っているだけで気絶しそうな悪臭が空間を支配していた。
魔王城の中も同様に死臭が立ち込めており、鼻で息をすることが苦痛に感じる。
ヤリエス様がいるとすれば社長室だ。私は階段を上り最上階へ向かった。
社長室の扉の前に立った私だったが中々その扉を開けずにいた。昔のようにヤリエス様に従っていた私はもういない。その些細な変化を彼は見逃さないだろう。
恐怖、不安、そして魔王城にいないかもしれないという微かな希望を持ち、扉を開く。そこには社長椅子に深く腰掛けるヤリエス様の姿があった。
「久しぶりだね。リゼ」
私の来訪に驚く素振りも見せず、初めから来ることが分かっているような態度だった。
最期に私がヤリエス様と顔を合わせたのはルシフ様が能力を奪われたその当日。その時よりもヤリエス様の体躯は一回りも二回りも大きくなっていた。
体表を覆う竜鱗は熟練の剣士ですら傷一つ付けることも出来ないほどの重厚さを持ち、その鱗の内部には緻密に編み込まれた筋肉が隠れている。背中に生えた翼は畳まれていたが体に隠れ切れておらず、既に広げられているかと錯覚するほどに巨大化していた。頭に生えた竜角は禍々しく歪曲した後、先端は天に向かって聳えている。
竜人には2つのタイプがある。頭部が竜の場合と人の場合。ヤリエス様は後者だった。
全盛期のルシフ様の姿よりも魔王と呼ぶに相応しい風貌だと思った。
「お久しぶりです。ヤリエス様」
私は深く頭を下げた。そこに込められた感情は敬愛ではなく謝罪だった。
「ここに来たということは魔王が目標のレベルに達したのかい?」
「いえ。ヤリエス様のお耳に入れておきたいことが御座います」
「何かな?」
「勇者たちがこの魔王城に攻め入ります。中にはS級勇者のスズ・ヤナギの姿もありました。1対1ならヤリエス様が負けると思えませんが、相手は複数です。体勢を整えるべきかと」
「魔王は?」
「……その中におります」
ヤリエス様は破顔した。楽しそうに口角を上げたその姿は、悪戯をする少年のような純粋な邪悪さがあった。
「じゃあメッセージを残そう。どういう内容が一番怒るかな」
ヤリエス様は虚空を眺め、唇を尖らせた。
ここでメッセージを残すということは、内通者が勇者側にいると知れ渡ることになる。そうした時、真っ先に疑われるのは私だ。ルシフ様も馬鹿ではない。直ぐに私とヤリエス様の繋がりに気が付くはずだ。
これまで隠し通してきたことが露になる。どうあがいても避けようがない状況に私は覚悟を決めた。元々私はルシフ様を裏切った。その事実は変えられないし許されるわけがない。ルシフ様に付き従いたいという願いを持ってはならない。
「ああ、そうだ。リゼに次の仕事を与えよう」
ルシフ様への伝言を考えている最中、ふと思いついたように言い放った。
「なんでしょう?」
「君が魔王を殺せ」
「……私がですか?」
ヤリエス様は私の心内を察していた。2人の主の間で揺れ動く私に差し伸べた救済の手。最後に自分に付き従うのなら見逃す。そう言われているようだった。
「出来るね?」
「……かしこまりました」
犯した罪は自分で償わなければならない。これは私に与えられた罰だった。




