-16- 勇者ジークと勇者マリア
男が連れて来たのは酒場だった。大樽と子樽が大量に置かれており、大樽は机に子樽は椅子になっている。本来の機能ではない使い方をしている点に趣を感じた。
店の壁に沿うようにバーカウンターが設置されていたがそこに店員はいない。どうやら昼は酒の提供を行っていないのだろう。
「ここは何でも旨いから」
男は料理名の書かれた紙を俺に手渡した。
・海鶏の唐揚げ
・水茸のバターソテー
・兎馬のたたき
・蜘蛛海老のリゾット
・眠牛のステーキ
……
確かにどれも食欲を刺激する文字列だ。
「その中でもおススメなのはこれだな」
男が指差した料理は、賄い丼だった。名称だけでは何の料理か分からない。
「これは何だ」
「昼限定のメニューなんだが、客先には出せない不揃いな素材を使った丼だ。色んな食材が使われていて旨いぞ」
「ならばそれにしよう」
男が店員を呼び、賄い丼を4つ頼んだ。
「ようやく落ち着いて飯を食えるよ」
「温かいご飯食べるの久しぶり……」
2人はまるで先ほどまでどこかに出ていたかのような発言をした。それも碌に食事も取れないような過酷な場所へ。
「どこかへ行っていたのか?」
「ああ。魔物退治さ」
2人は勇者だった。
この3日間の騒乱を収めに行き、今日ロリドンに帰ってきたのだろう。
「数日間はここに帰ってこれないと思っていたけど、昨日の夜から急に魔物たちが大人しくなったんだよな」
ドラコは勤勉に働いたらしい。暴れまわる元部下たち全員の耳に俺が復活した情報が入った。それに加えて、ジュモンクの1件も影響しているのかもしれない。
「君たちは何の会社なの……?」
「俺たちも同じだ。昨日から勇者業を始めた新参だがな」
「順番なんて関係ない。ここは強ければ認められる、年功序列じゃない実力社会だ」
それは㈱魔王でも同じだった。強ければ出世する。そこに年齢の忖度はない。
「こうやって卓を囲んでいるのも何かの縁だ。困ったことがあれば相談してくれ」
「貴様は良い奴だな」
勇者という人種は良い奴が多い。自分の利益など後回し。困っている人がいればどんな状況であろうと手を差し伸べる。この2人もまさしくそれに該当し、勇者の資格を持っていると言えた。
「俺たちは㈱勇者興業って会社に所属してる。俺はジーク」
「私はマリア……」
ジークとマリア。聞いただけで勇者を想像させる名前だ。
「俺たちは株式会社魔王のルシフとリゼだ」
自己紹介とリゼの紹介を済ませる。すると2人の顔色が一変した。2人の反応は彼らの見た目と同じく正反対だった。
「株式会社魔王だと?」
「株式会社魔王……!」
あれだけ明るかったジークの表情は曇り、あれだけ暗かったマリアの表情は晴れた。
「ねえ、社員募集してる……?」
「おい、引き抜きするんじゃねーぞ」
別に引き抜きなんてするつもりはない。社員を増やす気はもうない。それに俺から誘ったんじゃなくて、マリアから食いついてきているだろう。まずはそちらを止めろ。
俺の横に座るマリアは俺の腕に抱き着いた。
「お給料って良いの……?」
「良くないです」
ぴしゃりと言い切ったのはリゼだった。リゼの視線は俺の腕へ。マリアが俺の腕を掴んでいることが許せない、視線に憎悪が孕んでいた。
「弊社はブラック企業ですから。1日23時間勤務は当たり前で休みは1日もありません。残業代は出ないですから時給換算したら薄給ですし、社長はワンマン気質で誰の言うことも聞きません。部下からの信頼は全くないし、反乱を企てられる始末です」
事実とは反するが間違っていない。
しかし、信頼がないと腹心に口に出して言われると少し傷つく。
「リゼさんもそうなの……?」
「うっ」とリゼが言い淀む。
「……残業はないですし、完全週休二日制ですし、月に2回は有給を使えますし、給料という形で支払われていないですが会社の資金を好きに使えますし、最近の社長は言うことを聞いてくれますし、信頼もしていますし、一生お仕えしたいと思っています」
そうだと嘘をつけば良いものの、嘘をつくことで俺への不義理になると思ったのだろう。その従順で純粋な性格が可愛らしく見えた。
「凄く魅力的……」
「だから引き抜くなよ」
だから、はこっちのセリフだ。
「悪いが社員の募集はしていない。他を当たってくれ」
俺が断ったことでリゼの顔がぱあっと晴れた。俺が採用するのではないかと心配だったようだ。俺を裏切らずに付いてきてくれたリゼを俺が裏切るわけにはいかんだろう。
「ルシフ様を返してください」
マリアから俺を奪い返すように反対側の腕を引いた。マリアの腕がするりと抜け、リゼの方に体が引き寄せられ、その豊満な胸がクッションになった。
「いい奴だなお前」
ああ、ジークはマリアに好意を抱いているのか。だから引き留めに必死だったわけだ。
「安心しろ、仲を引き裂くことはしない」
ジークは恥ずかしそうに顔を紅潮させ、小さく頷いた。
生娘か貴様は。
「それにしても勇者の給料は安いのか? 金に困っているようだが」
「命を懸けている仕事だから貰える給料自体は悪くない。ただ時給にしたら酷いよ。非番でもバンバン出勤依頼が来るしな。ただ勇者という職業を選んだ以上、誰かが困っていたら駆け付けなければいけない。休みはあってないようなもんさ。そんな過酷さを分散させるために昔の勇者たちが会社という体制を取り、今に至るってわけ」
ジークの話を聞く以上は分散できていない気もするが、昔よりはマシになったということだろう。
ジークの薦めた賄い丼とやらは美味だった。多種多様の食材が使用されていたが、同じ味付けではなく、それぞれの食材に適した味付けがされている。ただ余った食材を丼に乗せているだけではない手間のかかった料理が安価で食べられる企業努力に感動した。
「本当にこれだけで良いのか?」
頼んだ料理は賄い丼4つだけ。俺に与えた恩に対する見返りには余りにも少ない。
「ああ、これ以上求めたら罰が当たっちまう」
「足りないと感じるなら私を雇って……」
ジークはマリアの口を塞いだ。
安心しろ、何度言われても雇う気はない。
「じゃあ俺たちは今から仕事に行くから」
「まだ働くのか」
ジークの話を聞く限りでは、2人は今日帰ってきたばかりだ。それから昼食を挟んで、また仕事に行く。見上げた奉仕精神だ。
「ああ、まだ困っている人がたくさんいるからな。一度帰って来られただけで十分疲れは取れた」
その笑顔に曇りはない。嘘偽りではない本心だということが伺える。
「じゃあな。勇者になりたての奴はから回って死にがちだからお前たちも気をつけろよ」
「誰に口をきいている。こちらのセリフだ」
ジークは俺の回答に口を大きく開けて笑った。
「ほらよ」
ジークは手の平を体の前で切った。表示されるステータス。
同じようにマリアもステータスを表示させた。
ジーク・フリードリヒ
種族:人間
職業:勇者
Lv.324
魔力:0/0
スキル:【猪突猛進】
マリア・ランドマーク
種族:エルフ
職業:勇者
Lv.317
魔力:52384/131659
スキル:【切磋琢磨】
2人とも当時の㈱魔王の部長格の力を持っていた。しかし、俺の能力が奪われたせいでその差は開いているだろうが。
「最近の魔物は強い。足元を掬われんようにな」
「俺たちはA級勇者だ。心配ないさ」
その油断が命取りになると言っておるのだ。
勇者を心配する魔王など言語道断だが、恩を返しきれていない相手に死なれるのはどうも心持が悪い。
「それに今から行くのはCランクの依頼だ。何の心配もない。それに名の知れた魔物で名前も分かっているしな。じゃあな社長」
ジークは右手を上げて去り、その後ろをマリアは付いて行った。




