黒川斑の日常
この部屋を借り始めたのは丁度二年前の初夏であった。元は一番近くにある交差点の角のマンションに住んでいた。
宿はそのマンションと通りを挟んだ向かいの近くに南北に走っている線路の東側にぴたりとある。小道を挟み借りている部屋の向かいには小学校がある。
ちょうど二階の窓を寝そべりながら覗くと、洋風の庇に古ぼけた隣家、ところどころ高く現れた学校の木々、電信柱、それらを隔てて蒼く遠い空には蝶々雲が孤立していた。
私が下宿を思い立った訳は単にどうせ狭いなら安い方が良いという部分が大きかったが、隣の高架下を潜り抜けそのまま東に向かえば直ぐに海が見ることができる程海に近いというのが一番大きかった。
そうでなくても、マンションに比べ満足できる程日当たりがよく、清潔である。
暗い部屋からみる青空は寂寞としていたが赫灼として輝いて見える。
「・・・」
さしあたってするべき事が思い当らなかった。
「海に行くか・・・」
遠近から聞こえる海猫のかかなく声を聴きながらコンクリートの地べたに腰をおろし、足を海に向け振りながら竿を投げ保冷箱に肘をつき黄昏れた。
町の方とは違い視界を遮るものが少なく、辺りには白く平く大きな建物ばかりだが趣を感じる。
勢いのある海からの風は頗る快適に感じられる。
斑は人気のない広々としたこの虚空に包まれた空間をまるで占有しているかのような感覚に酔いしれた。
暫く何と無しにそうこうしている内に陰々とした様子で雲の堤が押し寄せてきていた。
雷鳴の轟は体の奥底を揺らした。
「仕方無いな、帰るか。」
釣った魚を入れた箱を前の籠に入れ、帰路に就いた。
微妙な感情の昂ぶりを覚えながら。
高架下を潜り抜け上ると目の前に宿が見えた。
刹那、視界は消えた。
「うぅ」
目に光が洩れこんだ。ここは先の場所と同じであるようだ。
そして目に映ったのは首から上を掘削機かなにかで削り取られたような跡が残っている「自分」であった。
「自分」だったと思われる殻は雷雨の中で静かに崩壊していった.




