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『AGISS -対神機関-』  作者: 羽吹南瓜
番外編.情報整理
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番外編

番外編 


 昼休み。


 俺は購買で買ったパンを片手に、教室へ戻ってきた。


「透真、それ新作?」


「そう。期間限定らしい」


「へえ」


 クラスメイトとそんな話をしながら席に戻る。


 いつもと変わらない昼休み。


 窓の外では運動部がグラウンドを走っている。


 廊下からは別のクラスの笑い声。


 どこにでもある高校の昼休みだ。


 俺は席に座って、パンの袋を開ける。


 その時だった。


「……」


 教室の隅。


 一人で弁当を食べている男子生徒が目に入った。


 黒髪。


 少し長めの髪。


 制服はきっちり着ているが、堅苦しい感じはない。


 名前は――。


「御影だっけ?」


 俺が呟くと、隣の友達が答えた。


「ああ、御影朔夜」


「どんな奴?」


「さあ?」


「知らないのかよ」


「だってあんまり喋ったことないし」


 確かに。


 俺も名前を知っている程度だった。


 同じクラスになってからしばらく経つが、まともに話した記憶はない。


 別に目立つ奴じゃない。


 授業中も静か。


 休み時間も騒がない。


 かといって、ずっと一人でいるわけでもない。


 必要なら普通に友達と話している。


 ――なんというか。


 普通。


 それが第一印象だった。


 ただ。


「……」


 俺は何となく御影を見る。


 御影は箸を止めて、窓の外を見ていた。


 グラウンド。


 体育の授業をしている別クラスの生徒たち。


 そして、そのさらに向こう。


 校舎の屋上。


 御影の視線が、ほんの一瞬だけ止まった。


「……?」


 何を見ているんだろう。


 そう思った瞬間。


 御影がこちらを向いた。


 目が合う。


「……何?」


「いや」


 俺は慌てて視線を逸らした。


「何でもない」


「そう」


 御影はそれだけ言って、また弁当に視線を戻した。


 ……変な奴。


 それが、俺が御影朔夜に持った最初の印象だった。


放課後


「じゃあな、透真」


「また明日」


「おう」


 クラスメイトたちが帰っていく。


 俺も鞄を持って立ち上がった。


 今日は特に予定もない。


 そのまま帰ろうとした時だった。


「久城」


「ん?」


 呼び止められた。


 振り返る。


 御影だった。


「これ」


 机の横から一冊のノートを差し出してくる。


「数学のノート。先生が黒板消すの早かっただろ」


「ああ……助かる」


「明日返してくれればいい」


「ありがとう」


「別に」


 御影はそれだけ言って教室を出ていった。


「……意外といい奴だな」


 俺はノートを鞄に入れる。


 それから少しして、俺も教室を出た。


 校門へ向かう途中。


 前方に御影の姿が見えた。


 黒い鞄を肩に掛け、スマートフォンを見ながら歩いている。


 俺は何となく追いつこうとした。


「御影!」


「……」


 呼びかける。


 しかし御影は振り返らない。


「御影?」


 もう一度呼ぶ。


 今度は振り返った。


「……久城?」


「一緒に帰る?」


「悪い。ちょっと用事がある」


「そっか」


「ああ」


 御影は少しだけ笑った。


「じゃあ、また明日」


「また明日」


 俺はそのまま駅へ向かった。


 御影は反対方向へ歩いていく。


 その姿を見送ってから、俺は何となく振り返った。


 御影はもういない。


「……?」


 妙な感じがした。


 でも、その時は気にしなかった。


 ――まさか。


 あいつが放課後、俺の知らない場所で何をしているのか。


 そんなことを知るのは、もう少し先の話だった。


第二節 


 学校を出て、十分ほど歩く。


 俺は人通りの少ない路地へ入った。


「……」


 スマートフォンを確認する。


 表示されているのは、一般の学生には見せられない情報。


 俺は小さく息を吐いた。


「学校が終わったと思ったら、また仕事か」


「学生とは忙しいものだな」


「――!」


 突然、背後から声がした。


 振り返る。


「黒鉄」


 そこに立っていたのは、黒髪の少年だった。


 黒いパーカー。


 細身の身体。


 一見すれば、俺と同年代くらいの少年にしか見えない。


「任務の連絡は?」


「受け取っている」


「場所は?」


「旧市街区」


「分かった」


 俺は歩き出す。


 黒鉄も隣を歩く。


「今日は遅くなるか?」


「たぶんな」


「学校は?」


「明日は一限から数学」


「小テストがあるな」


「……それを言うな」


 黒鉄が小さく笑った。


 こいつと話していると、時々こいつがからくりだということを忘れる。


 でも。


 俺が作ったのは、ただの機械じゃない。


 黒鉄には意思がある。


 考え、迷い、笑い、時には俺と意見がぶつかる。


 俺にとっては――。


「……相棒」


「何か言ったか?」


「何でもない」


 俺たちはそのまま歩き続けた。


 目的地に到着する。


 閉鎖された地下商業施設。


 周囲に人はいない。


「黒鉄」


「ああ」


 黒鉄が目を閉じる。


 数秒後。


「地下二階。反応あり」


「行くぞ」


 俺は周囲を確認してから、内部へ入る。


 ここから先は学校とは違う。


 高校生でもなければ、普通の人間でもない。


 俺は忍者として動く。


 そして――。


「……!」


 階段を下りたところで、黒鉄が突然立ち止まった。


「どうした?」


「朔夜」


「何だ?」


「後方」


「……?」


 俺は振り返った。


 暗い階段。


 誰もいない。


「何も――」


 その時。


「……御影?」


「…………」


 聞き覚えのある声。


 心臓が跳ねた。


「久城……?」


 暗闇から出てきたのは。


 制服姿の――。


「な、なんでお前がここにいる!?」


 久城透真だった。


 俺は本気で焦った。


「ここがどこだと思ってる!?」


「いや、それはこっちが聞きたいんだけど……」


「帰れ!」


「え?」


「今すぐ!」


 俺は透真の肩を掴む。


 一般人。


 ただの高校生。


 こんな場所にいたら危険だ。


 なのに。


 透真は俺ではなく、俺の隣に立つ黒鉄を見ていた。


「……その人」


「見るな!」


「いや、でも――」


「いいから帰れ!」


 俺が叫んだ、その瞬間。


 地下の奥から轟音が響いた。


 ――ズンッ。


「……!」


 黒鉄が前へ出る。


「朔夜」


「ああ」


 俺は透真を背後へ押しやった。


「久城、絶対にそこから動くな」


「……分かった」


 俺は印を結ぶ。


 炎が手のひらに灯る。


「火遁――」


 黒鉄が腰の刀へ手を伸ばす。


 俺はまだ知らない。


 目の前にいるこのクラスメイトが。


 ただ守られるだけの「一般人」ではないことを。


 そしてこの日を境に。


 俺の日常が少しずつ変わっていくことを。


 ――まだ、何も知らなかった。

第3節


 地下施設の奥から、異形が姿を現した。


 人間の輪郭を無理やり引き伸ばしたような身体。


 腕が異様に長い。


 その先端が、刃物のように変形している。


「久城、下がれ!」


 俺は前へ出た。


 印を結ぶ。


「火遁――」


 炎を撃ち出す。


 異形はそれを避け、壁を蹴って跳んだ。


「速い……!」


「朔夜!」


 黒鉄が叫ぶ。


 俺は横へ飛ぶ。


 直後、さっきまで俺が立っていた場所を異形の腕が切り裂いた。


 壁が砕ける。


「くっ……!」


 着地。


 俺はすぐに体勢を立て直した。


「黒鉄、右!」


「了解」


 黒鉄が駆ける。


 刀を抜き、異形の腕を受け流す。


 金属音が地下空間に響いた。


 だが、敵は止まらない。


 黒鉄の身体を弾き飛ばす。


「黒鉄!」


「問題ない!」


 黒鉄が壁を蹴って復帰する。


 俺も続けて風を放った。


「風遁!」


 突風が異形を吹き飛ばす。


 距離が開いた。


 今だ。


 俺は踏み込む。


 炎をまとわせた刀を振り抜く。


 ――だが。


「なっ……!」


 異形が身体を捻った。


 避けられた。


 そして。


 俺の脇腹へ腕が迫る。


「――!」


 間に合わない。


 そう思った。


 その瞬間だった。


「御影!」


 後ろから透真の声。


 俺は振り返る。


「来るな!」


「間に合わない!」


「何を――」


 透真が俺の横を通り過ぎた。


 そして。


 右腕を前へ突き出す。


「――ッ!」


 空気が震えた。


「……?」


 俺は目を見開いた。


 透真の右腕を中心に、黒い装甲が展開されていく。


 肩。


 前腕。


 手。


 装甲が一瞬で形成される。


 さらに背中から、機械的な構造物が展開した。


「……な」


 言葉が出なかった。


 透真はそのまま拳を握る。


 右腕から光が走った。


「下がって!」


 透真が踏み込む。


 次の瞬間。


 ――轟ッ!


 凄まじい衝撃。


 異形が吹き飛んだ。


 壁へ叩きつけられる。


「…………」


 俺は完全に固まっていた。


 何だ。


 今の。


 何が起きた。


 久城透真。


 俺と同じ学校。


 同じ教室。


 昼休みに普通にパンを食べていた。


 数学の小テストを嫌がっていた。


 そんな、ただの高校生だと思っていた男が。


 今。


 俺の目の前で。


 明らかに人間ではない力を使った。


「……久城」


 声が出ない。


 透真は俺を見る。


「御影」


「……何だ、それ」


「これ?」


 透真が自分の右腕を見る。


「俺の能力」


「能力……?」


 理解できない。


 いや。


 理解したくない。


「お前……一般人じゃ……」


「……」


 透真が少し困ったように笑った。


「うん」


 そして、静かに言った。


「一般人じゃない」


 その言葉が落ちた瞬間。


 背後から黒鉄が歩いてきた。


「朔夜」


「……」


「まだ呆けている場合ではない」


「分かってる……」


 分かっている。


 敵はまだ倒れていない。


 なのに頭が追いつかない。


 俺は透真を見る。


 さっきまで教室で見ていた姿と、目の前の姿が重ならない。


「お前……何者なんだ」


 透真は少し黙った。


 そして、俺を見る。


「俺は――」


 右腕の装甲が消えていく。


 いつもの高校生の姿に戻る。


「AGISSのエージェントだ」


「…………」


 頭の中が真っ白になった。


 AGISS。


 その言葉を知らないわけじゃない。


 俺自身が所属している組織。


 世界各地で、人類には対処できない異常存在と戦っている組織。


 そのエージェント。


「……嘘だろ」


「本当」


「お前が?」


「うん」


「同じクラスの?」


「そう」


「毎日学校に来て?」


「来てる」


「昼休みに普通に飯食って?」


「食べてる」


「……」


 俺は頭を抱えた。


「何でだよ……」


「何が?」


「俺、ずっとお前のこと普通の高校生だと思ってたんだけど」


「俺も御影のこと普通の高校生だと思ってたよ」


「……」


「……あ」


 透真が気まずそうに目を逸らす。


「もしかして御影も?」


「…………」


 答えたくない。


 だが。


 ここまで来たら隠しても意味がない。


 俺は小さく息を吐いた。


「……俺もAGISSだ」


「やっぱり!」


「声が大きい!」


 地下に透真の声が響く。


 黒鉄が淡々と口を挟んだ。


「互いに正体を知らず、同じ学校へ通っていたわけか」


「……そういうことになるな」


 俺は額を押さえる。


 最悪だ。


 いや。


 最悪というほどでもない。


 むしろ――。


「……変な話だな」


「何が?」


「同じ教室に、二人もAGISSがいたなんて」


「俺もびっくりしてる」


 透真が苦笑する。


 その時。


 地下の奥から、再び音がした。


「――二人とも」


 黒鉄の声。


「まだ終わっていない」


 俺と透真が同時に振り向く。


 異形がゆっくりと立ち上がる。


「……話は後だな」


 俺は刀を構える。


「透真」


「ああ」


「俺の足を引っ張るなよ」


「そっちこそ」


「言うようになったな」


 俺は笑った。


 さっきまでの困惑が、少しだけ消えていた。


 こいつは一般人じゃない。


 それどころか――。


 俺と同じ場所で戦ってきた人間だ。


 なら。


 今は考えることなんて一つだけ。


「行くぞ、久城!」


「おう!」


 俺は印を結ぶ。


 透真が構える。


 黒鉄が刀を抜く。


 炎が走る。


 風が唸る。


 黒い装甲が展開する。


 そして――。


 三人が同時に敵へ駆け出した。


 その日。


 俺は初めて知った。


 俺の「普通の学校生活」のすぐ隣には。


 俺と同じように、秘密を抱えて生きている奴がいたのだと。

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