37 おしどり夫婦作戦①
パーティーが始まった。
サイネリアは自分の婿選びに手を抜くつもりがないようで、婿候補のカードを見ながらジルベール様やアルジャーノン、そして私を交えて熱心に検討していた。
「この人はどう思う、お兄様?」
「家柄はそうでもないのですが、素行は大変いいようですね」
「えー、でも僕、その人はちょっと危ない趣味を持ってるって聞いたよー。アレな嗜好を隠すために素行をよくしているんだよー」
「……要検討ですね」
そう言ってサイネリアが渡してきたカードを、私たちでせっせと並び替える。骨のありそうな者をピックアップし、後ほどジルベール様とアルジャーノンのエスコートを受けて一階フロアに降りたサイネリアがダンスに誘うことになっているのだ。
ちなみにその間、エドウィンは暇になりそうだけどそうでもない。私たちの中でも抜群に視力がよくて人間観察も得意だという彼は、私たちが「検討の余地あり」と判断した婿候補のカードを手に、パーティーにおけるその人の様子を窺っているのだ。私やジルベール様たちの姿が見えたら皆も猫を被るかもしれないけれど、女王家の人間ではないエドウィンなら多少なりと油断するはず、ということだ。
サイネリアが「細すぎるのはちょっとねぇ」とぼやきながらカードを捲っている傍ら、私はちらっと隣を窺った。
私たちからちょっと離れたところで、手すりにもたれ掛かって階下を見下ろすエドウィン。一見すると休憩も兼ねてしどけなく寄り掛かっているだけに見えるけれど、すがめられた灰色の眼差しは鋭く、カードに記されたサイネリアの婿候補の一挙一動を見逃すことなく観察し、カードの裏に貼り付けたメモ用紙になにやら一生懸命書き込んでいる。
「……夫の仕事ぶりに心を奪われているようだね」
こそっと耳打ちされたので振り向くと、意味深な笑みを浮かべるジルベール様が。ああ、推しの笑顔が眩しい。
アルジャーノンとおそろいの白い礼服姿の彼はくすっと笑うと椅子に腰を下ろし、目を細めて私を見上げてきた。
「今さっきエドウィンを見ているときの君、とろけそうな目をしていたよ」
「すっ、すみません! 現を抜かしておりました!」
「いや、これくらいサイネリアだって気にしないだろう。……むしろ」
不意に彼は眼差しをきつくし、私にしか見えないようこっそりと自分の背後を親指で示した。
その先にいるのは、例の高位貴族たちだ。
「……お喋りな彼らを黙らせるという点でも、非常に有効だろう。彼らも悪い人たちではないんだが、年のせいかあれこれ首を突っ込みたがってね。厄介ではあるが、味方に付ければ非常に心強い」
「まるでご自分の経験談語ってらっしゃるようですね」
「まさにその通り。私もかつて彼らには結構『可愛がられた』んだけど、今ではほどほどの関係を築けている」
ジルベール様はからっと笑い、給仕から受け取ったワイングラスを指先で弄びつつ言った。
「そういうことで、いい感じにエドウィンといちゃつけばいいよ。……というか、それが君たちのもう一つの仕事だからね」
「はぁ……」
「私たちはこの後、サイネリアを連れて一階に下りる。……そのときがある意味チャンスだ」
なるほど、と私は唾を呑み込んだ。
「女王家のペット」疑惑のあるエドウィン。確かに一時彼とは気持ちが噛み合わず心の距離ができてしまったけれど、ちゃんとお互いの思いを打ち明け合った今は良好な関係を築けている。
エドウィンは、ペットじゃない。
ちょうどこの後サイネリアたちは階下に降りるのでその間に、お喋りだけど権力のある貴族たちの前で証明しろということか。
……今、私はきっと、「カトレア」らしくもない笑い方をしていただろう。
「……ええ、やってみます」
「……。君はそういう顔もできるんだね。いいと思うよ」
ジルベール様もまた、にやりと――ゲームのスチルでは一度も見たことのない、いたずらっぽい笑みを浮かべたのだった。
カードの選別を終え、いよいよサイネリアはフロアに降りることになった。
「それじゃあ、今からわたくしはお兄様とアルジャーノンと一緒に『挨拶回り』をしてくるので……その間、この階の留守を任せるわ、カトレア、エドウィン」
立ち上がったサイネリアがそう言ったので、私とエドウィンは並んでお辞儀をする。
「はい、いってらっしゃいませ」
「お任せください、サイネリア殿下」
「ええ、頼むわ」
サイネリアは彼女のデフォルトであるちょっと怖さのある真顔で言った後、私たちの目の前を通り過ぎる際――にやりと、含みのある笑みを向けてきた。彼女のあとを軽い足取りでついていくアルジャーノンも同じような顔をしていて、エルフリーデ女王家の血筋を感じた。
王子王女たちが降りたことで、階下からわっと歓声が上がった。劇団が新しい曲を奏で始め、熱気が増したのを感じる。
……さて。
「エディ、お仕事お疲れ様」
サイネリアたちがいなくなったところで、私たちの次の「お仕事」の時間開始だ。
正面から向き直ってそっと腕に触れると、エドウィンは微笑んで私の腰を優しく抱いてくれた。
「カトレア様こそ、長い時間立ちっぱなしでお疲れでしょう。この後は俺が存分に甘やかしますから、御身をゆっくり休めてくださいね」
そう低く囁くエドウィンの声はちょっとだけ艶っぽくて、思わず背中が粟立った。
貴族の皆に証明するため、ラブラブ夫婦っぷりを見せつける必要があるとエドウィンも分かっているんだからだろうけど……それにしても、初っぱなからなかなかパンチが効いている。
もしエドウィンが戸惑うようなら私がサポートする必要があるな……と思っていたけれど、杞憂に終わるかも。いや、もしかすると、私がエドウィンの手の中でころころ転がされたり? ……それもいいかも。
エドウィンはそわそわする私を優しい眼差しで見下ろすと、「失礼します」と一言断って私の腕を取り、ふかふかのソファ――興味津々でこっちを見てくる貴族たちのすぐ近くだ――までエスコートしてくれた。




