36 婿ハントパーティーにて②
今夜のパーティーはサイネリア主催で、あえて女王陛下は参加しないことになっている。主催者であるサイネリアに全て任せるつもり――らしいけれど、サイネリア曰く、「お母様は変装して会場に潜り込むそうよ」とのことだ。
厳しいことで有名な女王も、やっぱり娘のことが心配だし、気になるんだろう。それにしても変装って……まあ、いいや。
私たちは早速二階フロアに招かれた。ここは一階フロアをぐるっと見渡せるようになっており、ここに上がることを許されるのは王族関係者とごく一部の上流貴族のみ。今回サイネリアの婿候補として招待された貴公子たちは一階フロアに集まっていて、美貌の王女殿下の心を射止めようと意気込んでいるようだ。
王女の婿選びパーティーだけど、同じ年頃の未婚女性も多く招待されている。彼女らは十九歳のサイネリアよりずっと若く、婚約者を持っていない者ばかりだ。まあ要するに、サイネリアのお眼鏡にかなわなかった者が別の令嬢を見初めるチャンスも設けているんだ。
ちなみに十九歳でありながらサイネリアが今の今まで婚約者を持たなかったのは、この国の女王は婚約者捜しも結婚も遅めなものだからだ。女王陛下も十九歳で婚約でご結婚は二十一歳、長子のジルベール様が生まれたのが二十三歳のときだったと思う。代々の女王としてはこんなもんで、むしろ女王の姉妹や従姉妹などの方が早めに結婚し、子どもを産むことの方が多いそうだ。私とサイネリアなんて、まさにその通りだね。
「こんばんは、カトレア、エドウィン」
「こんばんは、ジルベール様」
豪奢な椅子に座り、目を細めて階下を見ろしていたサイネリア。彼女の両脇を固める王子たちのうち、私が推している方がさっとやってきて私の手の甲にキスをした。
……ああ、挨拶のキスだな、と思うだけだった。
「今宵はサイネリアのために来てくれてありがとう。当の本人は、どうもさっきからご機嫌斜めみたいでね」
「人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださる? わたくしはただ、わたくしのタイプの殿方がいるか集中して観察していただけです」
椅子に座ってたサイネリアが、背もたれの陰からひょっこりと顔を覗かせてきた。もともときつめの顔立ちだけど、確かに今は普段に増して不機嫌そう――に見えなくもない。この時点でなんとなく、今日のパーティーではサイネリアの愛の奴隷――もとい婿になる人が見つからなさそうな気がしていた。
彼女の左隣の椅子に座っていたアルジャーノンも振り返り、私たちを見て笑顔で手を振ってきた。
「やっほー、カトレア姉様、エディ。見てのとおりサイネリア姉様は不機嫌だよ。踏みたくなるような男が見つからないんだってさ」
「アルジャーノン、あとで針と糸を持ってわたくしの部屋に来なさい」
「はーい! 姉様、裁縫がド下手くそなのに何を縫うのですか?」
「あなたの口を」
「わー、怖ーい!」
真顔で物騒なことを言うサイネリアと、口調と表情と態度は全然怖がっているように見えないアルジャーノン。そんな弟妹を見て「もうちょっと落ち着きなさい……」と肩を落としているジルベール様。
エルフリーデ王家の三人きょうだいは、今日も通常運転だ。私たちと同じく二階フロアに招かれている上流貴族もいるけれど、彼らも笑顔で「まあ、いつものように仲のよろしいこと」「エルフリーデ王国の未来は明るいな」とのほほんと会話している。
真面目な王子様のジルベール様、ちょっと高慢だけど可愛いところのあるサイネリア、無邪気で人なつっこいアルジャーノンはそれぞれが得意な分野を持っていて、貴族はもちろん一般市民からの人気も高いんだ。
……といった感じで王子王女たちを見ていた貴族たちが、続いて私たちの方へ視線を動かし――同時に、彼らの眼差しが厳しくなっていったのを感じた。
「ごきげんよう、カトレア様」
「ごきげんよう、皆様。今宵は夫共々よろしくお願いします」
私が手を振って笑顔で応える間、エドウィンは何も言わず私の一方後ろに控えていた。
貴族たちが私を見る目は、それほど冷たくない。もし私を快く思っていなかったとしても、女王の姪で王女サイネリアの補佐的立ち位置の私に対して、面と向かって喧嘩を売るつもりはないんだろう。彼らだって、苛烈な女王陛下のご機嫌を損ねかねない行為はしないはずだ。
でも、エドウィンは別だ。
彼らが疑うような目でこっちを見ているのは――エドウィンがいるから。
もしかすると、エドウィンの「女王家のペット」疑惑の噂は騎士団のみではなく、貴族の間でも広まっているのかもしれない。
私は顔を背けることなく、エドウィンを守るつもりで彼らの視線を受け止める。そんな中、立ち上がってそそっと寄ってきたのは中年の女性貴族。彼女は伯爵夫人で、女王家の遠縁でもある。確か、ものすごい遠いけれど王位継承権も持っていたはずだ。
ふっくらした体型の彼女はふわふわの飾りの付いた扇子を広げ、にこやかな笑みを浮かべた。
「カトレア様、結婚してしばらく経ちましたが……新婚生活はいかがですか?」
「新婚生活、でございますか」
こてんと首を傾げて――我ながら、ぶりっこ臭いと思う――問うと、伯爵夫人は扇子で隠しきれなかった目を三日月のように細めて頷いた。
「ええ。エドウィン様は、平民生活の長かったカトレア様のお気持ちに寄り添えることもあってご結婚なさったとのことですが、お二人が仲よくなさっているか、老婆心ながら気にしておりまして」
言いながら伯爵夫人はちらちらと私の背後にいるエドウィンを見やっている。
ほうほう。つまり、「平民出身の男なんて王家の姫にはふさわしくないでしょう?」と言いたいんだな? サイネリアたちがこっちに背を向けて、「あの男なんて蹴り甲斐がありそうな顔をしてますよ?」「それよりあっちの方が……」と話をしている隙に、エドウィンをディスろうってのか。王子王女が何の話をしてるんだ、ってのは今は置いておいて。
――「王家のペット」、のフレーズがよみがえる。
「ペットでもいいです」と言ったときのエドウィンの笑顔が思い出される。
野次馬根性丸出しで私たちの事情に首を突っ込む貴族たちの顔が、次々に浮かんでくる。
……いい度胸だ。
傍目から見ると淑やかに、ちょっと困ったように微笑んでいるだろう私は――内心、めらめらと闘志の炎を燃やしていた。




