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35 婿ハントパーティーにて①

 ある日、私たちは揃って公務に出ることになった。

 十九歳のサイネリアがそろそろ本格的に婿を決める時期に入ったため、婿候補たちを集めた夜会を開くのだ。そのとき、サイネリアの兄弟であるジルベール様やアルジャーノン、そしてサイネリアの従姉で補佐役でもある私たち夫妻も参加することになったんだ。


 私が呼ばれるのはともかく、エドウィンもサイネリアの側に行くことになって彼は緊張気味だった。でも女王陛下から「レディ・カトレア・ケインズの夫としての振る舞いを楽しみにしている」という挑戦的なお言葉をもらったからには辞退できず、むしろエドウィンは腹を括ったようだ。


「それにね、エドウィンがこの夜会であなたの夫として立派に振る舞えば、うるさい連中を黙らせることもできるのよ」


 そう言うのは、サイネリア。

 婿候補たちから送られてきた資料に目を通していた彼女は、私の左手薬指を飾る結婚指輪を見やる。


「あなたも知っているでしょう? ちょっと前のあなたたちの仲はぎこちなくて、エドウィンが形だけの夫なのではないかと疑っている連中もいるって」


 それは――以前エドウィン本人も口にしていた、「女王家のペット」のことだろう。さすがにサイネリアは直接的な言葉は口にしないけれど、同じことを思っているはずだ。

 私が表情を引き締めると、サイネリアは頷いた。


「正直なところ、わたくしの婿選びを始めるこの時期にあなたたちの不仲説が湧くと、ちょっと困るの。今のあなたたちが前世のこととかをちゃんと話し合って仲を再構成しているのは分かっているから、それを皆にも見せつけてやりなさい」

「分かりました。……とはいえ、見せつけるとは具体的にどうすればいいのでしょうか」

「うーん……」


 才色兼備の王太子として皆から慕われるサイネリアは、私の問いに難しい顔になって婿候補の資料を置いた。サイネリアが質問に即答できないのは決まって、恋愛がらみの話題のときだ。

 簡単に言うと、過去の私と同じく経験値が低いゆえだ。人に媚薬を贈ったりする割に、サイネリアの恋愛知識にはいろいろと穴が多いようなのだ。


「あなたたち夫妻にはフロア二階に招くつもりだけど、ひとまずいつも離宮で過ごすようにやってみれば?」

「いつも通り……ですか」


 それはつまり、並んで座ってじゃれ合うとか、頬にキスするとか、何かを食べるときにはエドウィンに世話を焼いてもらうとか?

 恋愛の階段を一歩ずつ上がっている私たちにとっては日々の大切なスキンシップだけど、恋愛慣れしているベテランの奥様方は、私たちのそういう様を見て納得するんだろうか……? 「そんなの子ども騙しです」とか「あんなに好き合っていたのにそれくらいしかできないの?」とか思われないかな……。














 そうして迎えました、サイネリアの婿狩り――じゃなかった、旦那様選びパーティー!

 揃って参加しサイネリアの側に控えることになった私たちは、事前に「本日どのように振る舞うか」についてよく話し合ったのだけれど、これといったいい案は出てこなかった。結局はサイネリアも言っていたように、「離宮で過ごしているように振る舞う」ってことで落ち着いた。


 今日の私は一日フリーだったけど、エドウィンは朝から仕事に行っていた。だから私は早めに離宮を出て本城の控え室でゆっくり着替えるけれど、エドウィンは仕事の後で本城に来ることになったから、タイミングは合わなかった。

 昼過ぎには離宮を出発し、キティたちとお喋りしながらまったり仕度をしていたけれど、夕方には全部の準備が整ってエドウィンが来るのを別室で待つことになった。


 今日のために、私たちはおそろいの礼服を準備していた。おそろいといっても女の私はドレス、男で騎士団所属のエドウィンは軍服になるんだけど、刺繍の模様、細かい装飾品を揃えているんだ。離宮に裁縫師を招いて一緒にあれこれ服のデザインを考えるのも楽しかった。試着の日もタイミングが合わなくて別々に寸法合わせをしたんだけど、「一緒に並べるのが楽しみだね」って話したっけ。


 私のラベンダー色のドレスは、高めの襟はのど元を隠していて、大きめのリボンを添えている。広がったカフス部分は幾重にもレースを重ねていて、腕を動かすたびにワッサワッサする。スカートは重ねたフリル部分にビーズを縫い込んでいるので、照明を受けながら歩くときらきらと眩しく輝くそうだ。

 既婚者の証として、髪は顔の左右のもみあげだけ残しコームやヘアピンを駆使して夜会巻きっぽくしていた。いろいろ捻ったり髪を詰め込んだりしたみたいだけど、私にはよく分からん。キティ指導のもとせっせと編み込んでくれた髪結い師の実力には、敬服するばかりだ。


 そわそわと胸元のリボンに触れたりスカートの下で足をぶらぶらさせたりマニキュアっぽい液を塗られたサーモンピンクの爪の先をすり合わせたりしていると間もなく、「エドウィン様がお越しです」とキティが告げた。


 ――とくん、と心臓が鳴った。


「お通ししますね」

「ええ、お願い」


 立ち上がり、ドアの方に向かう。キティが音を立てずにドアを開けると、廊下に立っていた人が一礼し、顔を上げた。


 きらめきを灯す、灰色の双眸。普段はきつめに吊り上がっている眦は今は少しだけ垂れ、薄い唇もほんのりと弧を描いているようだ。

 私のそれよりずっと硬質でまとめるのが大変そうな栗色の髪はいつもより重心低めの首筋で結わえていて、左肩の方に尻尾を垂らしている。髪を結ぶリボンは、私ののど元を飾るものと同じデザインだ。

 夜空のような濃紺色の軍服は、明るい色合いを好む彼にしては珍しい色合いだ。でも落ち着いた色とデザインの軍服はストイックな感じがして、腰に下げた騎士剣の美しさや彼の鋭い美貌をうまく引き立てているようだ。上着の裾に銀色の糸で施された蔦模様と同じものが、私のオーバードレスの裾を飾っている。


 彼と揃えたのはリボンと、刺繍と、ピアスだ。ピアスは男女兼用デザインのものを左右セットで買い、右耳用を私が、左耳用をエドウィンが着けていた。普段は派手めのピアスを着けているエドウィンだけど、今は私と同じ輝きを耳元に携えている。


 私たちはしばし、しげしげと互いの姿を見ていた。私はどうしてもエドウィンの顔や胸元を注視してしまうけれど、エドウィンの方は私の体全体を上から下までじっくりと見つめているようだ。


「……あ、あの」

「……すみません、あまりにあなたが美しいのでうつつを抜かしていました」


 私が話題を切り出す前に、エドウィンが神妙な口調で言った。そして彼はその場に片膝をつき、ショートグローブを嵌めた私の右手を取って敬愛のキスをする。


「結婚式の日を思い出しました。……俺、あなたに何度も惚れてしまいそうです」

「そう? でも、それなら私だって同じだよ」


 私はエドウィンを立たせ、その左腕にそっと触れた。

 着付けやメイクをしてくれた侍女たちは既に下がっていて、この場にいるのはキティだけ。その彼女も私の前世を知っているから、私は砕けた口調でエドウィンに語りかける。


「私の旦那様は、凛々しくて男らしいよ。私の方こそ……あなたのいろんな姿を見て、あなたのことが素敵だなぁ、って思えてるんだ」

「そ、そうですか? 俺、変じゃないですか?」

「すっごく似合っている。でもその服、きつくない?」

「確かに、部屋着やいつもの騎士服よりはかっちりしていますけど、なんともありません! 麗しいあなたの隣に立つのにふさわしい自分になるためなら、これくらい平気です!」


 そう言ってどんっと胸を叩くエドウィンが無理をしている様子はないので、ひとまずほっとした。

 私はこれまでにも大小さまざまな規模のパーティーに出たことがあるけれど、エドウィンは違う。ホームパーティーとか親しい人たちだけでのお茶会なら何度か一緒に出たけれど、今夜みたいに百人単位の人のいるホールに行くのは初めてだ。


 きっとすごく緊張しているし、不安に思うことも多いだろう。

 それなら、今こそ私が妻として彼をサポートしないと。守られるだけじゃフェアじゃないものね。

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