30 告白①
エドウィンの帰還を待つ五日間は長いようで、毎日気を引き締めて仕事をしていたらあっという間に感じられた。
彼が帰ってくる前の日の夜は寝る前に、キティのおかげで皺一つないきれいなベッドの前で仁王立ちになり、そのマットレスをじっと睨む。
ここで一人眠るのも今日まで。明日の夜にはちゃんとエドウィンと話をして、前のように彼にもここで寝てもらうんだ。
エドウィンたちの遠征部隊の路程は順調だったようで、予定通り二日掛けて国境付近の砦に向かって駐屯兵の交代や報告を終え、当初の予定通り五日目の昼過ぎには王城に帰還できた。
彼が城に戻ってきたとき、残念ながら私はアルジャーノンを連れて貴族の奥様のお茶会に行っていたので、彼を出迎えることは叶わなかった。
ちなみに奥様はどこからか私たちの不仲説を聞きつけていたようで、「旦那様とはうまくいってらっしゃいますか? その、平民と結婚となると気苦労も多いでしょうし――」とチラッチラッとしながら聞いてきたので、「もちろんです! 今夜、夫と寝られるのが今から楽しみで仕方ありません!」と笑顔で答えておいた。奥様はかくんと顎を落としていたし、隣に座るアルジャーノンは紅茶で噎せていたけれど、気にしない。
エドウィンは報告などを終え、湯浴みや着替えなども済ませてすっきりしてから夜に離宮に戻ってくることになった。
すぐ寝るにはまだ早い時間だったので、私はキティや料理人たちに頼んで、居間にお茶の準備をしてもらっていた。エドウィンは遠征中の五日間、ときには野宿もすることもあっただろうから、淹れたての紅茶を飲むこともなかっただろう。
エドウィンが離宮に近づいたタイミングでお湯を沸かし始めてもらったので、彼が居間に来たときにはお茶の準備が全て整っていた。
「カトレア様。ただ今戻りました、エドウィンです」
「おかえりなさい、エドウィン」
久しぶりに聞く夫の声はなぜか記憶の中にあるそれよりもちょっと低く聞こえて、どきっとしつつドアを開ける。
ドアの前に立っていたエドウィンは、私服の上に軍服の上着だけ羽織った姿だった。彼は私の姿を見るとすぐその場に跪き、私の右手を取ってキスを落とした。
「お待たせして、すみません。……お元気そうで何よりです」
「あなたが無事に戻ってきてくれてよかったです。……元気ではありますが、あなたに会えなくて寂しかったですよ」
「マジか!? ……あ、いえ。それは……まことですか?」
「もちろん」
思わず素の口調になってしまったエドウィンがなんとも可愛らしくて、ついつい笑みを零してしまう。
彼は恥ずかしがるようにふいっと視線を逸らした後、室内の様子を見て首を傾げた。
「……いい匂いがしますね。もしかして、これからお茶でも飲まれるご予定だったのですか?」
「ええ、あなたと一緒に、ね」
「俺も……いいんですか?」
「当たり前でしょう。さ、こっちにどうぞ」
彼を立ち上がらせ、手を引いて室内に誘う。キティがドアを閉め、やけにもたもた脱いだエドウィンの上着を預かって別室に持っていく傍ら、私はティーポットの蓋を開けて茶葉を入れた。
「今日は私が淹れますね。どうぞ、そこに座っていてください」
「えっ、カトレア様が!? そんな、いいんですか!?」
「もちろん。私があなたのために一杯を淹れたいのです。……キティたちほどうまくはないけれど、それでもよければ」
「もちろんです! ……ああ、カトレア様手ずから淹れてくださるなんて……遠征を頑張った甲斐があるってものです!」
ソファに座ってうわずった声を上げる彼はいつも通りで、私はほっとしつつお茶の準備を進めた。
この世界の茶器は日本のおしゃれなカフェで使われるそれらと大差ない作りで、茶を淹れる手順も同じだ。湯を入れ、砂時計を逆さまにして時間を計る。
向かいの席のエドウィンは私の手つきに興味津々みたいで、膝の上に拳を載せて背筋を伸ばしながらも、灰色の目はそわそわと私の手元や砂時計、ポットとかを見つめていて……なんかもう、本当に可愛い。どっちかというとワイルド系な見た目なのに、仕草が可愛いとかギャップがすごいんだけど。
砂時計の粒が全て落ちたところで、茶葉の入った金属製の籠を揚げる。そしてあらかじめ温めていた二人分のカップに茶を注ぎ、腰を下ろした。
「まずはお茶とお菓子をどうぞ。晩ご飯は一応食べたのですよね?」
「ええ、ちょっとだけ。……それじゃ、いただきます!」
「あっ、まだお茶は熱いから――」
「あっづ!?」
忠告したのに、早く私の淹れたお茶を飲みたいからか焦ってカップを傾けたエドウィンは案の定、悲鳴を上げた。かろうじてカップを落としたり中身を零したりはしなかったけれど、カップをテーブルに置いたときに派手な音がしたし、左手で口元を覆って目を見開いている。
「もう、だから言ったのに! ……ひとまずこれで冷やして」
「す、すみまへん……」
テーブルの端に置いていた水差しの冷水を空いているグラスに注ぎ、エドウィンに差し出す。彼は非常に申し訳なさそうな顔でそれを受け取り、私にくるりと背を向けた。多分、火傷した舌を突き出してグラスの水で冷やしているけれど、そんな自分の顔を私に見られたくないんだろう。
「焦らなくても、お茶はありますから」
「……は、はい。あの、でも、すごくおいしかったです!」
「……まだろくに飲めていないんじゃないのですか?」
「そ、そうですけど……なんというか、雰囲気で!」
振り返った彼はにっと笑っている。
……ああ、やっぱり、彼のこの顔が好きだな。
屈託がなくて、人なつっこくて、限りない愛情に満ちている晴れやかな笑顔。
彼にはいつまでも、こういう風に笑っていてほしい。
エドウィンが落ち着いたところで私は姿勢を正し、お茶で口内を潤す。
「……あなたが無事に帰ってきたことですし、五日前の話の続きをしてもよろしいでしょうか」
切り出すと、さくさくとクッキーをほおばっていたエドウィンは男らしい眉をぎゅっと寄せ、真面目な顔で頷いた。
「……もちろんです。俺からも申し上げたいことや謝りたいことはたくさんあるのですが……まずはあなたの話を伺います」
「ありがとう、エディ」
灰色の目は、真っ直ぐ私を見ている。
だから私も真っ直ぐぶつかると、決めたんだ。
私は気持ちを落ち着けるために息を吸い、吐いた。
「……エディ、あなたは前世というものを信じますか」
私の説明を、エドウィンは真面目な顔で聞いてくれた。
もともと彼は義理堅くてまめな人だ。今回も私の話を途中で遮ったりせず、頷きながら聞いてくれる。
私も、前世の話をするのはキティ、サイネリアと続いて三回目なので、だいぶ分かりやすく話せるようになったと思う。
私が話し終えると、エドウィンは何も言わずにテーブルの上の水差しを取り、空いているグラスに水を注いで私に渡してくれた。長く喋ってちょっと喉が疲れていたこともお見通しだったみたいだ。
「……ありがとう」
「どういたしましてです。……それにしても、前世ですか」
「信じてもらえなくても仕方ないと思っています」
「いえ、あなたの言葉を疑ったりはしませんよ。それにあなたが嘘をつくときの癖も知っているんで、今おっしゃったことが真実だと分かってます」
エドウィンは自分用のグラスにも手酌で水を注ぎ、少しだけ遠い眼差しで部屋の奥を見やった。
「……キティやサイネリア殿下もお気づきだったようですが、俺もなんか変だな、とは思ってました。でも、マリッジブルーって言葉もありますし、結婚前で心が落ち着かなくなっているのかと思うことにしたんです」
「……エディにもばれていたのね」
「まあ、あなたは分かりやすいですから」
そう言ってエドウィンは私を見た。
彼の灰色の目は凪いでいて、穏やかに細められている。私を責めようとか、疑おうとか、そんな気配は微塵も感じられない。
「だとしたら、カトレア様はとても悩まれたことでしょう。……『れな』さん――でしたか? 前世のあなたが優しくてスマートな男性が好みだったということなら、俺との結婚を間近に控えているとなって焦ったのでは?」
「え、ええ。思い出したその瞬間には、絶叫を上げてしまって――」
「ああ、あの日ですね。いつも皆の前では大人しいカトレア様が凄まじい絶叫を上げたと、皆が噂していました」
エドウィンはククッと笑うとグラスを持ったまま憮然としていた私の肩にそっと触れ、優しく労るように撫でてきた。




