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29 誓いを胸に

 彼を待つと約束した。

 彼も、私の宣言を信じてくれた。

 だとしたら、もうブレるわけにはいかない。


「おはようございます、ジルベール様」


 エドウィンが出発して三日目の朝。

 筋肉痛もすっかり回復して本城に出仕した私は早速、廊下で最推しと鉢合わせした。

 ジルベール様は訓練帰りのようで、いつもより薄着で腰には練習用の剣を下げている。ううむ、なかなか眼福の光景だ――でも。


 ジルベール様は私を見ると目を丸くし、小走りで駆けてきた。


「おはよう、カトレア。……サイネリアから聞いたのだけれど、先日は体が痛くて休んでいたそうだな。今日はもういいのか?」

「はい、おかげさまですっかりよくなりました。……最近公務で失敗してばかりなので、気を引き締めようと思っているところです」


 背筋を伸ばし、はきはきと喋った。

 数日前まではもうちょっと小声でしおらしく喋っていたけれど、キティやサイネリアに前世のことを打ち明けてからは、以前より「素」を出すようにしていた。


 別に、品がないと言われるほどじゃない。もっと声量を落とせ、しおらしい態度でいろ、と女王陛下に命じられたわけじゃない。

 頭の固い爺たちは「王家の姫たるもの、可憐で淑やかであるべき」なんて固定概念を押しつけてくるけれど、女王陛下もサイネリアもなかなか苛烈でアグレッシブな性格なのだから、そんなカビの生えた淑女像を真似る必要はないと分かっている。


 私は「カトレア」であり「れな」でもある。

 そして、エドウィンの妻なのだ。


 ジルベール様も私の変化を察したのか、しばし考え込むように黙っていたけれどやがてふわっと微笑んだ。

 ――その笑顔にちょっと胸がきゅんっとしたけれど、以前のように取り乱すことはなかった。


「……それはいいことだ。エドウィンも君のことを案じているようだし、健康には気を付け、公務に励みなさい」

「はい。もったいないお言葉、ありがとうございます」


 私はお辞儀をし、汗を流しに行くというジルベール様を見送った。

 少し離れたところで通りかかった騎士たちがこちらの様子を見ていたようだけれど、体を起こした私がじっと見つめると、気まずそうにさっと去っていった。


 ……騎士団では私とエドウィンの不仲説が広まっているようだし、私が夫不在の間にジルベール様に色目を使っていないか見張っているんだろう。見張られていい気分にはならないけれど、きっと彼らはエドウィンのことを思って私の素行を疑っている。これも彼の人徳のなせる技なのだろうと思うと、すっきり納得できた。


 サイネリアの部屋に向かう途中の廊下で、貴族たちとすれ違った。彼らは私たちに慇懃に挨拶をしたものの、いざ私とすれ違うと「先日、廊下を走ったと――」「なんとも嘆かわしいことだ――」という大きなひそひそ声が聞こえてきた。


 ええ、ええ、ご自由にどうぞ! 勉強のためにエルフリーデ王国の法律書物を読んだけれど、「王族女性は城の廊下を走ってはならない」なんて項目はなかったもんね! 女王陛下やサイネリアに言ったって、「あ、そう」で終わるに決まっている。


 ……ということをサイネリアに言ってみたところ。


「あ、そう。まあ、廊下を全力疾走して王子を撒く姫がいても別にいいんじゃないの? というかお母様なんて若い頃は、王城の廊下で騎士と取っ組み合いをされていたそうだし、お母様に比べればずっとましじゃない」


 なんかすごいお返事をもらった。若かりし日の女王陛下に負けた。

 書類確認をしていたサイネリアは私が差し出したブルーインクで書類に自分の名を記しつつ、にやっと笑った。


「そもそも、我がエルフリーデ王家の女に淑やかさとか儚さを求める方が間違っているのよ。沈黙が華だったのは、もう百年も前の話。わたくしたちのお祖母様はお母様以上に強烈なお方だったから、古い観念にしがみつく爺たちはさぞ肩身の狭い思いをしたそうよ。それで、お母様もわたくしも言うことを聞かないし、唯一大人しかったというフリージア伯母様はまさかの駆け落ち――そういうことで、ぽっと出のあなたに鬱憤晴らしも兼ねて自分たちの『淑女像』を押しつけようとしているだけよ」

「それは知らなかったです……」

「わたくしたちだって、あなたが大人しくて従順な子だと思っていたから爺たちに任せていたのよ。そっちの方が気風が合うかもと思ったからね。でも……前世のあなた、かしら? それを思い出してからは、随分派手にやらかすようになったじゃない」

「すみません。悪評などが立たぬように――」

「いえいえ、思う存分やらかしなさい。というより、ここ最近の女王家の女としては、あなたのやらかしなんて可愛いものよ」


 ふふふ、と意味深な笑みを浮かべるサイネリアは、なんか怖い。そういえばゲームでサイネリアについて陰口をたたく老臣たちが出てきたけれど、「サイネリア様にはなるべく逆らいたくない」「これ以上髪を引っこ抜かれてはたまらん」とか言っていたっけ。


 さすが、サブキャラなのに掲示板にファンが書き込みをするくらいのサイネリアだ!

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