28 従妹に告白
エドウィンたちを見送ってから、私はやっと追いついてきたアルジャーノンに引きずられてダンス練習部屋に戻った。アルジャーノンはどうやら途中で盛大に滑ってこけたらしく、「もう姉様と一緒に走るのは嫌です!」と文句を言っていた。ごめん、アルジャーノン。君は完全に被害者だ。
ダンス部屋に戻ると、サイネリアが難しい顔をして待っていた。講師も待っていたので、一旦着替えてからまずは時間通りダンスのレッスンをし、講師が帰るやいなや私はサイネリアに捕まった。
「さぁて、私の愛しいお姉様? ゆーっくり話をしましょう?」
「も、もちろんです」
勝手な行動を取った手前、サイネリアにも事情を話す必要があるだろう。それに、サイネリアがキティほどすんなり理解してくれるかは分からないけれど、味方になれば心強い。
私たちはヒイヒイ悲鳴を上げるアルジャーノンを送り出した後、風呂場に向かった。さっき全力疾走した私はもちろんだし、ダンスレッスンをしたサイネリアも汗を掻いている。風呂場で汗を流しながら話をすることになった。
サイネリアが侍女たちを下がらせたので、私たちは服を脱いで二人きりで浴場に向かう。夜はバスタブに温かい湯がなみなみと張られているこの広い風呂場はサイネリア専用らしく、内装もおしゃれで凝っている。今はお湯の代わりにほどよい温度まで冷まされたぬるま湯が準備されていたので、髪や体をしっかり洗った。
「……それで? あの大人しくてお母様に従順だったカトレアが城内を全力疾走するなんて、ただごとじゃないわね。何かあったの?」
さすがサイネリアは、あまり動揺を見せていないようだ。もしかするとキティのように、エドウィンとの結婚数日前から私に変化が起きていたことに気づいていたのかもしれない。
私は頷き、金属製の桶でサイネリアの背中を流しながら口を開いた。
「……はい。信じてもらえなくても仕方ないと存じておりますが……私の前世の話、聞いていただけますか」
「おもしろそうね。聞くわ」
首だけ捻って振り返ったサイネリアは、不敵な笑みを浮かべている。
本当に、この従妹には敵いそうになかった。
体を洗いながら、私は前世のことをかいつまんで説明した。もちろん、恋愛シミュレーションゲームのこととか、サイネリアもキャラクターであることとか、貧乳美少女キャラとしてファンを集めていることとか、そういうのは伏せておいて。
サイネリアと一緒に湯船に浸かる頃には、あらかたの話を終えられた。洗いたての長い髪をタオルの中に押し込んでいるサイネリアは顔の横の後れ毛を掬い上げ、ふーん、と鼻を鳴らした。
「前世ねぇ……確かにそういうものを信じている人もいるわね」
「サイネリア様は信じられていますか?」
「微妙ね。話している内容があまりにもとっちらかっていたり矛盾が起きたりしていれば、一気に信憑性は薄れる。でも、あなたの話は信じるに値すると思ったわ。だって、あなたの説明を聞いていても大きな矛盾がないもの」
……やっぱりサイネリアは女王陛下の実子だな。合理的で、指摘が鋭い。ひょっとしたら理系なのかな。
サイネリアはバスタブの水を掬って自分の肩に掛けながら、しみじみとしたような口調で言った。
「とはいえ、異世界ねぇ……まあそれはいいとしても、前世のあなたの異性のタイプがエドウィンとかけ離れていたというのなら、それは悲劇ね。なんでまた結婚直前に思い出したのかは分からないけれど、さぞ混乱したのではないかしら?」
……あのタイミングだったのは間違いなく、神を自称するペンギンのせいだ。面倒なイベントは全部終わり、あとは結婚だけ――というタイミングで前世の記憶を取り戻したとなれば、エドウィン推しだったら狂喜乱舞しただろう。
その判断自体は間違っていない。もっと大変なところで間違っていたんだ。
「……はい。その、前世の私は毎日仕事で疲れていたし、声の大きい男の人が苦手だったのです」
「ああ、なるほど。だとしたら、どっちかというと騒がしいタイプで声がばかでかいエドウィンは好きになるどころか、嫌いの部類に入ったのね」
「……は、はい」
「なるほど、なるほど。……確かに、結婚前からあなたの様子がおかしいとは思っていたわ。だってどう見ても、大好きな人と結婚秒読み状態の花嫁の顔じゃなかったのだもの」
やっぱりキティだけじゃなくて、サイネリアにも気づかれていたんだな。キティとサイネリアとは一緒にいる時間が長かったから、私のわずかな表情や態度の変化にも聡く気づいてしまったんだろう。
温いお湯に顎まで浸かり、考えるのはエドウィンのこと。
彼はやっぱり、私のタイプじゃない。私の理想はジルベール様だ。
でも……そもそも結婚って、相手がタイプの男性だからうまくいくとは限らないよね? 恋愛シミュレーションゲームはエンディングを迎えたらそこでおしまいで、あとは二次創作などで萌えを吐き出すばかりだ。
でも実際の結婚はそうもいかない。楽しいシーンだけピックアップして、それ以外のところはシナリオ外で勝手に進めてもらう、なーんてことはできない。
それに……確かにエドウィンはちょっと粗野で口を荒らしたり不良のような態度になったりすることはあるけれど、私に対してはもったいないくらいの愛情と気遣いを見せてくれる。タイプではなくても、彼がとても優しい人で、彼と一緒にお喋りをするのは思ったよりも楽しいということにも気づいていた。
「……私が何者であろうと、エドウィンと結婚したということは変わらないから。これからは……その、ちゃんと前向きに付き合っていきたいのです」
最後の方はなんだか口にするのも恥ずかしくて、お湯に沈みながらモゴモゴゴポゴポ言ってしまう。
サイネリアは胸を――見事に絶壁の胸を反らし、「なるほどね」と頷いた。
「あなたがそれでいいなら、いいんじゃないの。今のあなたは昨日までよりずっとすっきりした顔をしているし、エドウィンとしっかり話をすればお互い納得のいく結論が出るんじゃないかしら」
「……よかったです」
「後はまぁ……お母様かしら」
サイネリアの口から、最大の敵にも最大の味方にもなりうる人の名前が飛び出してきた。
「……お母様は最後まで、お兄様かアルジャーノンをあなたの結婚相手にしたがっていたから。一応エドウィンとの結婚を認めたとはいえ、不仲説が広まると――きっとここぞとばかりに離婚を勧めてくるわよ」
実の娘の言葉は信憑性がある。女王陛下が「それみたことか」と薄く笑ってエドウィンとの離婚、そして王子のどちらかとの再婚を命じる姿が容易に想像できる。
でも、女王陛下だって鬼じゃない。私がエドウィンと離婚したくないと言えば無理強いはしないだろうし、私たちが夫婦としてうまくやっていると認めてくだされば――むしろ、反対勢力を叩き潰してくださるだろう。
といっても、女王陛下頼み、エドウィン頼みにしてはいられない。
誓った以上、私は彼が戻ってくるまでの間、エドウィンの妻として行いを改めなければならないのだから。
ちなみに翌日は予想通り、酷い筋肉痛に見舞われた。
でも心配したキティが筋肉痛に効く薬を持ってきてくれたり、サイネリアが整体師を呼んでくれたりしたおかげで、その日の昼過ぎにはだいぶよくなっていた。
翌日の朝に筋肉痛が来て、昼過ぎには回復している――若い体っていいね!
「れな」のときだったらこうはいかなかった!




