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終わらぬ夜に踊って

 クラウディオは目を瞬きながら考えていたが、結局首を傾げた。


「すまないが、全くわからない。あなたは神を騙しおおせたということか……?」

「騙せていません。クラウディオさんを好きという気持ちは本当に奪われました」


 そこまで話して、真理愛まりあは口ごもった。全てを詳らかに話さなくてはいけないと理解しつつも、どうしても恥ずかしいという思いがあった。


「吸血鬼は同じひとをもう一度好きになることはないんですか?」


 クラウディオの顔がみるみるうちに赤くなっていくので、真理愛も耐えきれず抱えた膝に額を押し付けた。


「……で、でも、なぜ?」

「目が覚めた時にクラウディオさんの姿がなくて、それが私のためだと理解しても寂しいと思ったんです」


 聖域から脱出して公爵邸に連れてこられた後、クラウディオは付きっきりで真理愛の看病をしてくれた。彼の優しさは死ぬ前と全く変わっていなかった、真理愛の為に行動してくれる彼のままだった。途切れ途切れに眠り、目を開けるたびにクラウディオが声を掛けてくれた。だが、熱が引いて聖域でのことを話した後、次に目を覚ました時には側にいなかった。胸を締め付ける切なさで、奪われた感情が再び芽生えているのを知った。


「私、いつもはこうじゃないんですよ。惚れっぽくないし、本当に全然……」


 言えば言うほど嘘くさい気がして、真理愛は口を閉ざした。しかも、自分は情報を得るために好きでもない男にキスした人間で、信用される気がしなかった。


「疑ってなどいないよ。どうか顔を上げて、真理愛」


 顔を横に向けると、クラウディオが思い切り抱きしめてきた。


「すまなかった。あなたを傷つけたらどうしようと思って、あなたの話に耳を傾けなかった」

「もういいんです、私も恥ずかしがってないで大声で叫ぶくらいすればよかったんです」


 クラウディオはその場面を想像したのか、小さな声で笑った。


「ああ、本当によかった。本当に……。またあなたに想ってもらえて、私は幸運だ」

「これで約束を守ってもらえますか?」

「ああ、もちろん」


 真理愛はにやけるのを止められなかった。


「クラウディオさん。どこにも行き場がないなら、向こうの世界で暮らしませんか? 手放しで素晴らしい場所とは言えませんし、見た目で色々言われることがあるかもしれません。でも、私以外の誰もあなたを知りません」

「私の正体も所業も知っていて提案しているのだから、あなたは困った人だ」

「ええ、そうですよ。私は全てがクラウディオさんの責任だとは思っていません。今回のことの原因は、元をたどれば切りがありません」


 エヴァルドを騙して元の世界に帰ろうとした真理愛せいでもるし、クラウディオを追い込んだエヴァルドのせいでもあるし、捧げものを奪い返してしまった王のせいでもあって、誰かの大事なひとを奪った自覚のない神のせいでもあって、ドラゴンの雛を殺してしまったディアマンテのせいでもあり、しかし彼女を復讐に走らせた誰かがいて……、その気になればいくらでも過去に遡っていけるだろう。


「クラウディオさんがご自分を怪物だと思っていても、それでも構いません。もう一度世界を滅ぼそうとしても、私がもう一度止めます」


 クラウディオのため息が真理愛の首筋にかかった。それは様々な感情が入り混じったため息で、けれど嬉しそうだった。


「弱ったな。私はどうしたってあなたの前では形無しだ」


 部屋が一瞬明るくなり、それから真っ暗になった。蝋燭の火が燃え尽きたのだ。


 クラウディオが真理愛の体を離し、正面から向かい合った。かすかに差し込む星の光に目が慣れて、彼の輪郭がはっきり見えるようになる。


「ありがとう。あなたには言葉にし尽くせないほど感謝している。どうか私を共に連れて行ってほしい。私はずっと自分がわからなかった。いつか怪物に成ると言われて、実際にそう成り果ててさえ……。だが、今なら自分がどう在りたいのか理解できる、私はあなたの隣でただの吸血鬼になりたい」


 クラウディオが真理愛の頬に手を添え、宝物に触れるみたいに口づけた。


「好きだよ、すごく。大好きだ。あなたは私のすべてだ」


 とうに知っている事実を告げられても、胸が熱くなるのを感じた。せめて素直に嬉しいと言いたいのに、言葉が出てこなかった。


 クラウディオは真理愛の頬を指で撫でて、へにゃっとした笑顔を作った。何も言えずとも彼に自分の気持ちがばれていることを教えられる。それでますます胸が苦しくなる。


「ねえ、真理愛。もしも私への気持ちがまた消えてしまうことがあっても、もう逃げるなんて愚かなことはしないよ。その度に振り向いてもらえるよう頑張るから、どうか許してね」


 これが死ぬまで続くことを考えたら気が遠くなったが、どうにか気を持ち直し、頬を撫でいるクラウディオの手を握った。


「お手柔らかにお願いしますね」


 クラウディオは芯のない笑顔のまま、ところで、と言った。


「殿下が帰り際にあなたに何か耳打ちしていたようだったが、あれは何?」


 真理愛は心臓が縮み上がった。別の意味で鼓動が速まっていく。今は見えないその瞳孔の形が変わっているのではないかと目を凝らしたが、真っ白な瞼が覆い隠していた。


 白夜を終わらせるために必死だった時のことが脳裏に浮かび、噛まれた薬指の付け根の痛みが蘇る。


 そういえば、あの時の彼は様子がおかしかったが、原因は何だったのだろう?


 蘇ったばかりで動揺していたが故の言動だったのか、すべて嘘で真理愛を騙すために並べた言葉だったのか、それとも彼の素直な思いだったのか。


 真理愛、とやや冷たい声で名前を呼ばれ、とめどない思考が打ち切られた。


「あ、あれはちょっと周りに聞かれたくない質問をされただけです。殿下なんかとの仲を疑うのはやめてください。私は殿下からの褒美に婚約を解消してもらったんですから!」


 クラウディオの顔がみるみるうちに明るくなったので、真理愛は安堵した。


「それから金貨ももらいました。受け取ったのは私ですが、クラウディオさんのために渡されたものです。だから、クラウディオさんが向こうの世界で暮らしていくのにも困りません!」

「そうか、そうだったのか。あなたが解放されてよかった。しかし、ひとを殺して追放しておきながら今後のことを気遣うだなんて、本当に理解しがたい御方だ。殿下の施しで暮らすことになるのは屈辱だけれど、あなたと一緒に居るためなら何でもするよ」


 優しい笑顔と共にクラウディオは言ったが、彼の“何でも“が比喩ではないのを知っているので、絶対に無茶はさせないと心に誓った。


 ふっとクラウディオの表情に影が差した。


「……私にも何かしてほしいことはあるかい? あの時、せっかくのあなたの我が儘を聞き損ねてしまったし」


 あの時、とは特別礼拝堂でエヴァルドに罠に嵌められた時のことだろう。クラウディオを置いて帰りたくないと言ったのを、彼は覚えていたのだ。


「そんなこと、忘れてくださってよかったのに」


 そう言いながらも、嬉しくなっている自分がいた。


 彼にしてほしいことなどこれ以上思いつきそうもなかったが、頭をひねった。ようやく思いついて、あっと声を上げた。


「それなら、最後に私と踊っていただけませんか?」


 色々あってすっかり忘れていたが、夜の乙女のためのバンケットで、踊りの相手をエヴァルドに奪われたことを残念に思っていたのだった。


「ああ、喜んでお相手するよ」


 クラウディオが真理愛の手を引いて立ち上がった。バルコニーに続く硝子扉がひとりでに開け放たれ、真理愛は手を引かれて広いバルコニーへ出た。風もなく穏やかな良い日で、空の端には月が昇り始めていた。


 クラウディオが真理愛の手に口づけると、真理愛は一瞬でドレスに着替えさせられた。黒い生地にあしらわれた金と銀の刺繍が月と星の光できらめき、胸元のネックレスには赤い宝石が輝いていた。


 次の瞬間には、クラウディオもまたコートに身を包んでいた。その意匠は真理愛のドレスとそっくりで、同じように夜空のように黒い生地に金と銀の刺繍がきらめいていた。


 吸血鬼たちの眠る静寂の夜に、二人の合わせた呼吸の音とステップを踏む音がさざ波を立てる。もう彼に鼓動が伝わってしまうことも怖くなかった。感じるリードに身を委ねて、思うままに踊った。


 神に大地を回復してほしいと願ったことを後悔してはいないが、後になってもっと利己的な願いを叶えてもらえたのではと考えたこともあった。いつか王子様と幸せになるんだと言われて生きた十八年を捨てて生まれ直すだとか、人生を新しくやり直すためにとてつもない能力を与えてもらうだとか、そんなことが可能だったのでは、と。


 だが、変われなかった自分のままで戻ってきてよかったと心の底から思えた。


 クラウディオと目と目が合って、おのずと口元が綻んだ。


 ただ目が合うことが、確かな手の温もりが、呼吸を合わせることが、揃いの服が、こうして一緒に居ることが、すべて何もかもが喜ばしいのだと、それが少しでも伝わればいいと、切に願った。


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― 新着の感想 ―
不完全に創られた吸血鬼だけの世界、という設定が神秘的でちょっぴり怖くて…とてもよかったです。 クラウディオと真理愛の関係性もロマンチックで…吸血鬼と人間の恋ってやっぱり良いですね…ヒーローがずっと紳士…
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