5-7 旅の終わり
真っ暗なはずの洞窟の中は鈍い朱に照らされ、黒いモヤのようなうねうねしたぼやけた何かがはっきりと見えていた。言い間違いではない。ぼやけているのにそこにいるのは明確なのだ。変な音もしている。
「なあシオン。なんか変なものでも撒いたのか?」
ザバックにそう尋ねられる。
「いや。普通に魔物の残骸を捨てていっただけだ」
松明もないのに、洞窟の中はゆらゆらと朱い炎に照らされている。洞窟の底にはいままで俺が捨ててきた魔物の亡骸がうず高く積まれている。そして、洞窟を風が抜ける音なのだろうか。空の瓶が鳴らす音のようなものが響き渡っていた。なかなか不快な音だ。
「シオン、俺嫌だよここ」
そう弱音を吐くのはキファランガ。彼は天性の素質があるのだろうか。魔物に対しての感覚に優れているのだが、一方で本能的に魔物を恐れる感覚も優れていた。そのためよく泣いているし、今回も特に拒否感が強いようだ。
泣きながらも洞窟に入っていき、黒いモヤをいなす。おどろいたのだが彼はAランカーなのだという。若いのに大したものだ。
「確かにここは楽しそうな場所ではありませんね」
そう言いながらもどんどん先に進んでいくのは黒雷。ぼんやりと見えていた黒いモヤはなかなか攻撃的なようで、容赦なく彼に襲い掛かる。
共に旅をしている間に分かったのだが、黒雷の基本戦術は雷による先制攻撃と、電撃で麻痺させることによる防御だ。だが、当然モヤには電気は効かない。器用にそこら辺にある魔物の残骸を使ってモヤの攻撃を防いではいるが、黒雷にしては珍しく苦戦しているようだった。
「シオン。俺もここは嫌な感じがする。本当にここでの回収作業は必要なのか?」
常識人のザバックは慎重に足を進めている。キファランガや黒雷にランクでは劣るものの、冷静な状況判断や癖の強いメンツを取り仕切る能力に一番長けているのはこいつだろう。
俺はというと一番初めに洞窟の中に入り、洞窟の中心で元甲殻類の魔物の上に立ち、入口の四人を眺めていた。
「まあ大丈夫だろう。ゴーシュがお絵かきをしているということは、なんとかなるということだ」
自分の感覚も信じていたが、こういう時はゴーシュの感覚も参考になる。彼も伊達に魔境でお絵描きをし続けていたわけではない。絵を描くために生き延びなければいけないので、危険な地帯では意外と即逃げ出すし、逃げ足も速い。
ゴーシュは洞窟の入口で腹ばいになってお絵描きをしていた。完全にくつろいでいる。
「まあ一般人のゴーシュがいるのにBランカーが逃げ出すわけにはいかないな」
ザバックもそう言って洞窟の中にようやく入ってきた。
Aランカー二人とBランカーがいればなんとかなるということなのか。全くの未知の魔物だというのに何とか対応できるようになってきていた。
黒い靄の魔物はまるでリュウグウノツカイのように細長く、うねうねと洞窟を浮遊して徘徊しては、近寄る者に襲い掛かる。実体がないのか、襲われた側は直接的なダメージはないのだが、痺れるというべきか、エネルギーを吸い取られるというべきか、とにかく物凄く不愉快な感覚がある。黒いモヤとともに鳴る音も不愉快極まりない。
ダメージがないと言っても何度も襲われれば衰弱死もあり得るだろう。
そんな中ザバックはコツを掴んだのか、黒いモヤを霧散させる方法を編み出したようだ。時間がたつと元に戻ってしまうが、一時的には退散させられる。
「幽霊と戦うのは私も初めてですね」
そう言う黒雷も楽しそうだ。
「なるほど、これは魔物の幽霊か」
そううなずいてしまう。
キファランガは泣いているし、ザバックはきりがないと怒っている。
「おい、シオン。この魔物何とかしないと、素材回収できんぞ」
ザバックはそう叫ぶのだが、なんとなく、違うような気がして、三人が思い思いに戦うのを眺めながら思考の海に沈む。
「ザバック。それは逆だ」
「逆?」
しばらく考えてみて、少し何かがつかめた気がする。
ザバックは俺の言葉を理解しきれず逆側を向く。違う、そういうことじゃない。
「素材を回収しないと、この魔物は消えない」
俺の言葉に、キファランガと黒雷も不思議そうにこちらを向く。それでも手元はおろそかにしないあたりが流石だ。
「そもそもこのモヤのような魔物が通り過ぎるときに鳴る音も不愉快だったんだが、それも逆だ。モヤが通るから音が鳴るんじゃない。音こそが魔物で、このモヤはその魔物の影だ」
「つまり、音の魔物!!?」
入口でお絵描きしていたゴーシュが嬉しそうに叫ぶ。
「音の魔物なんて聞いたことがない」
ザバックがそうつぶやくように、俺も聞いたことがない。しかし、その仮説が正しければ退治の仕方が見えてくる。そして正しいかどうかは試してみればわかる。間違いであればまた新たな仮説を立てればいい。
魔物の隙をついて少しずつ魔物の残骸を回収していく。そうして甲殻類の魔物の殻を洞窟の外に出した時、ようやく音は止み、黒いモヤも姿を消した。
◇◇◇
「これはこれは、ザバックさん。いつもありがとうございます。シオンさん、ゴーシュさん。お久しぶりですね。エウローラの狩り以来でしょうか。その後の活躍、お聞きしています」
粗方の素材回収が終わり、懐かしの初期の町へと帰ってきた。受付嬢は人手が足りないのか、以前の子のままだ。相変わらず可愛らしい笑顔で歓迎してくれる。ギルドの施設も丸太で作られた大き目なロッジのような風貌で温かみがある。
遠征目的地である第三十六支部の承認印と、ログの回収をしようとギルドに立ち寄ったわけだ。クランのリーダーであるザバックが受付をしているが、ここの支部では助っ人をよくしていたようで顔が知られている。
「えっと……。その他の同行者は『魔境の狩人』キファランガさん、ですね。それに、帝国ギルドの序列2位の『黒雷』さん。なんだかすごい面子ですね。……失礼しました。ログでしたね。お渡しいたします」
受付嬢は一瞬動揺したものの、気持ちを持ち直して丁寧に対応してくれた。プロだ。
無事受付が終わり、これで今回の旅の目的は全て完了した。そもそもの目的の鎌虫はとうに捕まえて、素材を加工するためにゴーシュがジープの中で試行錯誤しているところだ。
「洞窟の魔物には骨が折れたし、今日はここで一泊していこう」ザバックが嘆くのもうなづける。あの禍々しい洞窟も、この豪華なメンバーがいたおかげで一日で方が付いたのだろう。
「だめだよザバック! 早く家に帰ってこの絵の具を試してみないと!」
鶴の一声ならぬゴーシュの一声。豪華なメンバーは魔獣イラストレーターに引き連れられてとんぼ返りすることとなった。





