4-10 シオンの怒り
「え、シオンさん怒ってる?」
「怖っ」
「……」
「怖いよ~」
ザバックのホバークラフトで町に辿り着いたシオンは、いまだ怒っていた。それを見て一度は駆け寄ってきたマリウスたちも、尻込みして後ずさる。
当たり散らすような怒りではない。それは静かな怒りだった。
表情も、普段シオンを知らない人物なら、怒っているとは判断できなかったかもしれない。単純に厳しそうな人物かと思う人もいるだろう。その程度だ。元からガタイはいいのだ。単純に近寄りがたい人間だと判断されることだろう。
しかし、普段シオンと接している人はそのただならぬ雰囲気を感じ取っていた。そして普段いかにシオンの懐が広いかを思い知った。
大柄で異国の民で好戦的な人物。本来は怖くて当然なのだ。
それでもシオンの怒りは長くは続かない。怒っていてもことは好転しないと経験から理解しているからだ。
重要な人物が危険にさらされても、やることは通常通り。
「さあ、狩りに行こう」
◇
「狩りに行くとか言って、シオンずっとここにいるじゃないか!」
マリウスに言われた通り、シオンはすぐには動きださなかった。シオンが行ったのはまず情報収集。
「ゴーシュが攫われてからここまで、だいぶタイムラグがある。つまり今更焦ったって仕方がないわけだ。なら十分に情報収集してから動きたい」
シオンには、耳と手と足がある。
花屋のおばちゃんやムラの子供の母親たちからは、貴重な情報が寄せられた。
ついでその情報をもとにギルドに動いてもらい、ゴーシュを攫ったクランの一部メンバーを強制退去、または単純に金で釣って故郷にご帰還願った。
肝心なシオンが動き回っては、情報はうまく収集できない。シオンは自室に居座り、マリウスたちに町中を駆け回ってもらった。ザバックには強面の冒険者からの情報収集を担当してもらう。
「ダフと連絡が取れたのか。すごいな」
ダフ。懐かしき、乗り合い荷馬車の商人だ。女冒険者のネリアとローレンスに引き連れられてやってきた。ネリアは冒険者を引退した後商売をはじめたようで、ダフとも顔見知りだそうだ。ローレンスはネリアの護衛及び手伝いをしていると言っていた。
「久しぶりだな。シオン」
「ダフ。来てくれてありがとう」
シオンは満面の笑みで、ダフの差し出した手を握り握手を交わす……のではなく、足元に置かれた荷物をのぞき込んだ。
「頼まれたものはこれでよかったか? なんだってこんな捨てるようなもん欲しがるんだ」
「ダフの言うとおりだ。こんなもの何になるんだ?」
ローレンスも怪訝そうな顔だ。
「まあ、そのうちわかる」
満足そうにシオンはそう答えた。
◇
ゴーシュを誘拐したクランメンバーは最初勢い込んで盛り上がっていたが、その事実をなかなかシオンに伝えられず、徐々に盛り下がっていっていた。
「リーダーが、ゴーシュの髪の毛でも切って送りつけてやれって言ってたけど、送り先がわからないんじゃな~」
「ああ。どうしようもない。Fランカーの居場所がわかるまで髪の毛なんか持っていたくないしな。見つかってからでいいだろ」
「そもそもFランカーが見つからないから困ってるのに、誘拐したってどう伝えるつもりだったんだろ」
クランの下っ端がゴーシュの監視をしながら、そう愚痴を言いあう。
「しかも、ゴーシュってなんか魔物臭いし。あんまり近寄りたくない」
「騒ぐから絵具と紙渡したらずっと静かになったしな」
「うちのクラン方向性見誤ってるよな~。だから脱退者が最近多いんだ。俺も抜けようかな」
「お前も抜けるなら俺も抜けるぜ」
この時すぐに脱退しておけばよかったと後悔することも知らず、のんびり監視をする下っ端二人であった。
◇
ゴーシュ誘拐犯のアジトも突き止めた。クランメンバーも裏から手を回して何割か減らした。必要なものもそろった。
ということで、シオンは敵のアジト真ん前に仁王立ちしていた。
目的の人物がまさに目前に迫っていることにも気が付かず、アジトは静かなものだった。そこが半端者たる所以ともいえるだろう。
アジトと言っても隠れ家的な場所ではない。ギルドが取り仕切る町中のアパート群の一つ、その中にある一棟を拠点としているようであった。
通りを挟んでマリウスたちが不安そうにシオンを眺めている。
もちろんゴーシュを心配しての不安ではない。シオンが何をするのか不安なのである。シオンの横にはなぜか火の魔法使いキファランガと花屋のおばちゃんもいる。
アジトの二階。窓際でようやく気が付いた見張りが騒ぎ出した。それを見て笑うシオン。
「どうせなら気が付いてもらいたいからな」
そう言って、乗り合い荷馬車の商人ダフからもらった、魔物の植物の種子を建物に向かって撒き始めた。いや、蒔き始めた。
「別に心配しなくていい。派手なこともしない」
周りにそう説明していたシオン。その言葉の通り、派手な戦いは特にすることはなさそうに見えた。マリウスたちなどは対人戦が見られると、わくわくしていたようだが、そんなこともない。
「それじゃ、エリザさん。頼んだよ」
シオンにエリザと呼ばれたのは花屋のおばちゃん。彼女は水魔法が得意だそうだ。
「こんなことしても、何になるっていうんだい? シオンちゃん」
事前説明は受けていたものの、いまだ不思議そうな顔をしながら水を建物と種子に向かって放出する。
「すごいな。消防車みたいだ」
シオンが驚くのも妥当な程、花屋のおばちゃんエリザの水魔法は優れていた。
「キファ。頼む」
そして、エリザの水に当てるように、火を放出するキファランガ。
「キファちゃんあんた器用だね〜」
「ありがとう、エリザおばちゃん」
照れたようにニコニコ笑い合う二人の手元から放出されたもの。それは、つまり、お湯。
「ゴーシュとアウローラの森に滞在しているときに気がついたんだ。この変哲もなさそうな種子。水をかけても、火を放っても反応はなかったが、熱湯をかけると勢いよく成長する。
アウローラの森の一部が激しく成長しては消え、成長しては消え、気味が悪くて立ち寄れなかった場所があった。だが、場所が問題なのではない。たまたま熱源があったときに雨が降ったのが原因なのだろう」
シオンの解説は誰も聞いていなかった。この変化の一因ともなっているエリザとキファランガも呆然とするのみ。背後のマリウスたちも、道行く人たちも。
植物は時に魔物よりも恐ろしい様相を呈する。一瞬にして人よりも太い蔦となったその植物は、緑のカーテンなどという生易しいものではなく、建物を内側へ、内側へと取り込むかのように囲い込み、増殖し、締め上げた。
その時点でようやくキファランガが気がつく。
「シオンさん! 建物! 締め上げちゃったらゴーシュさんが!!!」
「落ち着け、キファ。大丈夫だ。こいつはシャポンの亜種だ」
「そっか。シャポンの……って、それもダメですよ囚われるじゃないですか!」
そうキファランガが一人でノリツッコミをしているうちにも、植物の締め上げが終わり、一個の巨大で歪な荒縄のような建物ができかけていた。
そんな中、ポーン……と打ち上げられる、シャポンの玉のような物体。
シオンの想定通り、ゴーシュが脱出してきたのだ。何らかの方法を使って。
高く高く打ち上げられたシャポンの玉。それは地上を何回かバウンドし、シュールにも転がっていく。かと思ったら、突然破裂し、中から白髪の人物が。
「シオン〜!! 君ってやつは!」
目を血走らせながら走ってくるゴーシュを見て、キファランガあたりは『絶対怒ってるよ、ゴーシュさん』と思っていた。
「助けてくれるだけじゃなく、僕がシャポン入りたい入りたい言ってたのを、叶えてくれるなんて! なんて良い従業員なんだ!」
マリウスあたりが、『あ、いつもの流れかな』と推察した通り、いつも通りの流れだった。





