3-6 シオン負傷
(しまった……!)
そう思ったときは大抵もう遅い。
ギザギザとした魔獣のしっぽが俺の腹の肉をこそぐでいく。魔獣のしっぽの先が、少し前の俺の攻撃で裂けていた分長くなっていた。その分の距離を見誤ったのだ。
後からそう分析しても仕方がない。
必死で腹からの出血を抑え、魔獣からの次の攻撃に備える。
「ゴーシュ! 伏せておけ」
「……! わかった!」
今までにない事態に一瞬焦っていたゴーシュだが、俺の指示に即座に従ってくれた。
場所は砂漠地帯。お絵描きの対象は砂魚。シンプルに砂の中を泳ぐ魚型の魔物だ。ただその尾が猿の尻尾のように長く、棘状の鱗が生えているところが厄介な魔物で、今回はまんまとやられてしまった。
暑い地域で熱にやられて判断力が鈍ったのも一因だろう。
しかしここで慌てたら状況は悪化する一方だ。
久々に生命を脅かすような痛みを感じつつ、呼吸を無理やり抑える。脂汗が流れる。陽射しは焼けるように暑いのに体は冷えていく。
それでも魔物に一打を与えるために体勢を整える。
――自分の心音。呼吸音。風の音。遠くに響く魔物の嘶き。
耳を澄ませる。魂を沈める。
そうすると聞こえてくる、地底の音。砂の鳴る音。地震の前のような、土石流の予兆のような。
「ここだ」
声にならない声でそうつぶやき、剣を真っ直ぐに大地に向ける。
無理に動かすことなくそのまま構えていると、自然と奴がやってくる。向こうの方から吸い付くように、まるで剣に向かってくるかのように、砂の間から飛び出し、そのまま自ら串刺しになった。
「……おわった? シオン」
そろそろっとゴーシュが身を起こし、それからこちらに駆けつけてくれた。
ゴーシュがたどり着くまで待つ余裕がなく、俺は魔物とともに崩れ落ちてしまう。
「大丈夫? シオン」
「……大丈夫、ではないな」
今のはかなりやばかった。あと少しで致命傷だ。なんとか魔物自体はギリギリ倒せたが、まだ命の危機を脱したわけではない。
「止血を頼む」
「わ、わかった」
ゴーシュにそう言って、処置は任せて少し横になる。もちろん俺もだが、ゴーシュも危険地帯に身を置くので基本的な応急処置くらいはできる。絵描きなだけあって手先が器用なので、なんなら俺よりうまいくらいだ。
裂けた血まみれな服を剥がし、裂けた腹に遠慮なく消毒液をぶっかけるゴーシュ。
「一声かけてくれよ……」
「こういうのは一気にやっちゃったほうがいいんだよ」
そう遠慮のないやり取りをしながら、血を拭って携帯用の縫合セットで傷口を留める。これはホチキスのような器具で、かんたんに傷口を留められる。
バチンバチンという音が響く。一応麻酔のような薬剤も塗ってくれたのだが、やはり腹に響く。
「よくわからないけど、多分内臓まではいってなさそうだったよ。でも、この処置の仕方だと痕が残るだろうね」
そう言いながら、でかい絆創膏のような物を貼って一旦の処置を終える。
「砂が飛んでくるからちょっと入っちゃったかも」
「それはいやだな」
麻酔が聞いてるのか、先程よりも楽にはなった。
「それより、さっきのどうやったのさ」
「さっきの?」
「うん。魔物の方から剣に刺さりにきてたよね」
「いや、ただ出てくるところを予測して剣を構えただけだ」
「そんなことできるの?」
「まあ、できたな」
「……」
「剣を振るう余力が無かったからな。あれで外してたら死んでいた」
ゴーシュは話を聞きながら丁寧に応急セットをしまっていく。
「ところで、帰れそう?」
「そうなんだ。そこが問題だ」
そう。今回俺はしくじった。命の危機だった。しかし、それは同時にゴーシュにとっても命の危機を意味する。
俺が死んだらゴーシュも死ぬ。
ここから俺を担いで帰るのは無理だ。引きずって帰るのもきつい。かといって、一人で帰るのにも、ゴーシュは自分の身を守れないのでまず十中八九魔物に襲われて死ぬ。
ならば、俺の傷が癒えるまでここで待つのはどうか? 食料はわずかにある。魔物の肉も食えないこともないから、動けないなりに弓矢でなんとか狩りをしてしばらくは生きられるだろうが、大物が来たらそれでおしまいだ。今の俺には倒す余力はない。
今回もギルドを通さないフリーの討伐だ。ギルドからの救援は来ない。
ならばどうするか。どうにかして帰るしかない。
「ゴーシュ。頼みがある」
ここではゴーシュに頼るしかない。それがわかっているようで、いつもは落ち着きのないゴーシュも真剣な顔をして話を聞いていた。
そして、
「え〜〜」
呆れた声を出した。俺の案は気に入らないらしい。
そんなので本当に大丈夫なの? と言いながらも、言った通りに動いてくれた。
砂地にわずかに生える木々を回収して小道具を作ってもらう。そしてゴーシュでも捕れそうな小型の魔物を捕獲するようにお願いした。
しかし、ゴーシュは運動が苦手なようだ。いつまで経っても捕れないので俺が仕込みボーガンで仕留め、それを回収してもらった。
「荷物はまとめたか?」
「うん」
「棒をしっかり持っておけよ」
「うん」
「俺から離れるな」
「うん」
そうやり取りをするゴーシュが手に持つのは、釣り竿のようなお手製小道具。垂らした糸の先には先程捕獲した小型の魔物。
俺は傷をかばいながらもなんとか身を起こしてあぐらをかき、釣り竿をもったゴーシュごと抱え込む。
そうして待つこと数刻。
「まだ?」
「まだだ」
来るとも知れない相手を待つ。砂漠に糸を垂らしながら。
「まだ?」
「静かにまて」
「(まだ?)」
口パクでそう聞いてくるゴーシュを無視して、静かに大地を睨む。
息を殺して先程と同じように大地の音を聞く。一度やっているので少し慣れた。命がけだったことで研ぎ澄まされていたのもよかったのだろう。今も死にかけだ。いつも以上に集中力を発揮できた。
――今だ。
心の中でそうつぶやくと同時に、ゴーシュの手ごと竿をクイッとあげる。
それにつられて飛び出す魔物の首。
そしてそれに合わせて、俺達の座る地面も隆起する。
「わわわわ」
慌てるゴーシュを左手で抱え込み、瞬時に相手を見定めて、その甲羅の突起を掴む。
表れ出たのは巨大な亀のような魔物。どちらかといえばスッポンか。甲羅が平で大変乗り心地が良い。あちこち突起があるため掴むところも多いので尚良い。
「ゴーシュ。離すなよ」
俺の作戦は至ってシンプル。人参をぶら下げられた馬のように、餌をぶら下げられたすっぽん魔物の背に乗って帰宅するというもの。
ここらへんの魔物の生体は調べがついていたし、図鑑で見た時ちょうど乗ってみたいと思っていたものだから、思いがけず望みが叶ってよかった。
この魔物が砂から頭を出す位置と、甲羅の位置を俺達の都合のいい場所にするのには少し工夫が必要だった。
来る方向の延長線上に餌を吊り下げる。そして魔物が逃げる動作を真似てやると慌ててスッポンが飛び出してくるのも、こちらに来る際に見かけていたので応用してみた。
位置取りに失敗すれば、吹き飛ばされて終わり。推測が外れて、餌ではなく俺たちに食いつかれたらそれも当然終わり。博打だったが結果うまくいったのでいいだろう。
痛む腹を抱えながら、しばし乗馬ならぬ乗亀を楽しんで帰路につく。
突然町まで大型の魔物が来たものだから、ひと騒動起こしてしまった。だが、最速で帰ることができたのでまあ良しとしよう。
「これからもこの方法で帰ってこようか」
そう提案したが、ゴーシュに首を振られてしまった。
◇◇◇
「リーダー! シオンが帰ってきましたよ!」
「おう。ボサッとしてないでさっさと声をかけてこい」
「でも、巨大な亀の魔物に乗ってます! ちょっと近づけないです」
「は? なんでそんなのに乗ってるんだ」
「わかりません!!」
「……そんなやつ、うちに引き込んで大丈夫か?」
「……わかりません!!!!!」





