3-7 シオンを勧誘
とある小さな事務室にて。
「リーダー。なんでシオンのことを引き入れたいんですか? そもそも気に入らないんですよね?」
「ああ。そうだ」
「ボコボコにしてやりたいって言ってたときもありましたよね?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、なんで普通にボコボコにしないんですか? 俺たちそんな弱くないっすよね? シオンが怖いんですか?」
「なあ、ペッポコ。よく聞くんだ。ギルドの管轄内でクラン同士の争いは厳禁だ。そこまではわかるよな?」
「わかるっす」
「ところが、だ。クランの内部での指導については、とやかく言われない。これもわかるよな?」
「……わかるっす」
「これがいわゆる『クラン不介入』だ。つまり、指導したいやつがいるなら、クランに引込めばいい。わかったか?」
「わかったっす!!」
◇◇◇
「シオン、それ踏んじゃだめだよ!」
「おお。悪い、ゴーシュ」
本日の護衛依頼の場所で寝床を探していると、ゴーシュに叱られた。一面花畑のような場所で、気持ちよく昼寝ができそうだったのだが寝てはいけないそうだ。描きたいモノがあちこちにあるようで、踏んだらさっきのように怒られてしまう。
仕方なしに花畑の周囲にある、少し硬い岩場付近まで移動してくつろげるスペースを確保することにした。
本日の依頼はとても簡単だ。本当にただ見ているだけでよく、何もすることがない。あまりに簡単であくびが出る。
お絵かき対象はこの花畑みたいな場所。ところどころが魔物化しているらしい。植物も魔物化するのか。ともかく、それを描いているゴーシュを眺めるだけの簡単なお仕事だ。
思えば、依頼を受けた当初はこんな光景を想定していた。穏やかにお絵かきする雇用主と、それをSPのごとく見守る俺。たまにはこんな日もいいが、しかし毎回だと飽きていたかもしれない。
そんなことを思いながらお絵かきゴーシュのことをぼうっと眺める。
目の前に広がるのは幻想的な風景だった。赤茶けた禿山を登ってきた、その先に突然広がる花畑。様々な種類の草花が隙間なく生えているが、メインは大ぶりなチューリップのような種類の魔物。これも色とりどり。ほんのり光ってもいる。優しい香りもする。
それが、風もないのに靡いている。かつて日本で見た、音がなると動き出すあの例の花のおもちゃのように。
ここに来るまでにあまり他の魔物も見ず、ザバックに聞いた限りではめぼしい魔物の出現情報も特にない。かといって気を緩めるつもりもないが、いつもよりはのんびりとその滑稽で幻想的な花(及び滑稽で珍妙なゴーシュ)を眺める。
まさに、スローライフ。楽しい。
たまにはこうして何もせずにぼうっとしているのもいいものだ。
なんて思い耽っていると、ふと気がつく。彼ら(花の魔物)の動きにある程度規則性があることに。それが少し気になって、鑑賞から観察に変え、それでも長いことただ花を眺めていた。
「だからやめろって!」
だいぶ経ってからだろうか。岩場の後ろからそんな会話が聞こえてきた。聞き耳をたてるのもよくないと思いつつ、まあまあな声量なので嫌でも耳に入る。
「どのみちリーダーがボコるんだろ。なら、ここでもいいじゃないか、アニキ」
「何言ってるんだよ。外でやったらいけないから引き入れるって言ってたじゃないか。聞いてなかったのか」
「いや、聞いてたよ。でもここならバレないって。なんならリーダーに褒められるよ。なんだよアニキ。シオンってやつが怖いのか」
「いや、怖くねえよ。でもリーダーは怖い。あ〜、やっぱりコイツ連れてこないで一人で来ればよかった」
「なんだよ、一人が寂しいって言ってたのアニキだろ」
……全て会話で解説してくれた。そんな親切な二人組に声をかける。
「おい。ちょっと静かにしてくれないか。雇用主の仕事の邪魔だ」
別にゴーシュは会話どころか爆発音でも気にしないだろうが、何となくそう声をかける。
すると、あれだけの声で話しててバレていないとでも思っていたのか、二人が驚いた顔でこっちを見てきた。
いきなり剣に手をかけて切りかかってこようとする、おそらく弟分。
その弟分をたしなめて、アニキと呼ばれた方は、なんとこの期に及んでまだ勧誘してこようとする。
「悪いな。俺はクランに入るつもりはない」
そう説明するも、なかなか引き下がらないアニキと弟分。ここで揉めるのも面倒だ。ゴーシュを連れて移動するか。
そう思っていたとき、ふと鼻腔をくすぐるある匂いが……。
「伏せろ!」
二人組は冒険者だ。声だけかけて放っておく。大事なのは雇用主だ。俺の快適なスローライフを支えるゴーシュに全速力で駆け寄り、地に引き倒す。
間一髪のところで大地に伏せる俺たちの頭上を滑空していく、飛竜の脚。
どうやら獲物は別にいたようだ。飛竜はチューリップの魔物を掴んで、来たときと同じようにあっという間に消えていった。
腕の下で「絵が汚れた」とぼやくゴーシュに安堵してから、二人組の方も念の為確認した。運悪く飛竜の翼が掠めたようで、若干弟分が怪我をしたようだが、ちゃんと伏せていたため致命傷は避けられたようだ。
高速で飛ぶ飛竜の羽は、紙でスパッと指先を切るよりも切れ味があるのだろう。なかなかに痛そうだ。
「おい。助かった。ありがとう」
口の悪い弟分もちゃんとお礼が言えるようだ。悪いやつではないのだろう。
「なあ、あんた。なんで飛竜が来るってわかったんだ。音もしなかったし、姿も見えなかった」
「おい、やめろって」
「いや、いいだろ。こいつは教えてくれるよ」
そんなやり取りをしている。わざわざこんなところまで勧誘に来てくれたわけだし、悪い奴らでもない。クラン加入の意思はないが、説明くらいはしてやれる。
「まだ確証はないがな。おそらく、この花の魔物は匂いで会話をしてるんだ」
「は?」
「今日一日中見てたわけだが、動きに一定の規則があってな。天敵が来たら匂いを出して、花弁を閉じて伏せるような仕草をするんだ。さっきは一際匂いが強かったから、念の為伏せたわけだ」
「……匂いで会話するって発想もないし、しかもその匂いを嗅ぎ分けられる自信もないが、参考にさせてもらうよ」
そんな会話をしつつ、弟分の怪我を至急手当する必要もあったため、二人はいったん帰るようだ。けが人を放っておくほど薄情でもないので、俺たちも一緒に帰ることにした。
ゴーシュも文句を言いつつ納得してくれた。
そのあと帰路でアニキと弟分はいろいろと質問してきた。なんだか懐かれたようだ。
「花が閉じるところをまた描きたいから、飛竜を連れてこよう!」というゴーシュにドン引きしながら。
どうやらこの二人組、俺を締めるために勧誘していたらしい。助けた恩義でリーダーとやらにとりなしてくれるとのことだ。
しつこく勧誘されなくてよかったと思ったのも束の間。
「シオンさん! また一緒に狩りに行きましょう! クランの奴らには手出ししないよう言い聞かせますよ!」
「シオンさんを歓待します! ぜひ一緒のクランでやっていきましょう」
無駄になつかれて、さらに勧誘がしつこくなってしまった。





