0『傾国の宝石令嬢』
王宮は異様な雰囲気に包まれていた。
外は春の陽気に包まれ、平穏そのものだったが、王宮の内部はまるで敵国に攻め入られたかのように荒れ果ててしまっていた。
すべての扉が開け放たれ、壁や床が打ち砕かれ、切り裂かれた死体がいたるところに転がっていた。
生きている人びとも、みなひどく乱れた身なりをしていた。中には泥をかぶったもの、血に塗れ、死体と見紛う有様の者もいた。
彼らは臣下であり、衛兵であり、ある目的のために王宮を訪れていた貴族たちだった。
謁見の間に集まる彼らは、身なりを気にする余裕もなく、食い入るように、ある三人を見つめていた。
一人はこの国の若き王、クレイ・アーバスノット。
金髪碧眼で、鼻筋の通った凛々しい顔立ちとすらりとした長い手足を持つ彼は、一目見てわかる美青年だった。
ふだんは立っているだけで賞賛を浴びるような美貌だ。
けれどそんな彼も、残る二人の前では形無しだった。
今この瞬間、彼の容姿は誰の目にも際立つところのない平凡なものとして映っていた。
それだけ、残る二人が美しかったのだ。
彼らの美しさは、壮絶と言ってよかった。
およそこの世のものとは思えない、天上の美玉だった。
一人は、長身痩躯の男だった。
黒ずんだボロキレをまとい、その身は枝のように細く、肌は青白かった。
長く伸びた髪は、烏の羽のように黒く、汚れ切っていた。
彼のいで立ちはまるで墓から掘り起こされたばかりの死人だったが、それでも隠し切れない美貌を、彼は持っていた。
凛々しく一線に伸びた眉毛。
伏せられた瞼を縁取る、豊かなまつ毛。顔の中心をまっすぐ通る鼻筋に、色はないが形のいい唇。
男はまるで彫刻のような、妖艶で、芸術的な顔立ちをしていた。
そしてもう一人、男と並び立つ女もまた、類まれなる美しさだった。
彼女、アリアネル・ガーデンの容姿は、もはやこの世に存在するどのような言葉でも表せないほど、突出したものだった。
あるいは美という言葉は彼女のためだけにあるといってもいい。
藍色の髪は絹のように滑らかで、日の光のないこの場でも、真夏の日差しを受けたかのような光沢を放っている。
つるりとした陶器の肌は、白くきめ細やかだ。
顔の造形は男と同じ芸術品で、非の打ちどころのない完璧な形をしている。
簡素な平服からのびる手足は、華奢だがやはり美しく、産毛の一つ生えていない。
大きくはないが形のいい胸と、細く薄い腰の均整は抜群だった。
アリアネルの容姿はすべてが調和した美しさだった。
彼女の容姿に唯一欠点があるとすれば、その瞳の輝きがあまりにも強烈であるということだろう。
こぼれんばかりの大きな瞳は、宝石をそのまま埋め込んだような輝きを放っている。
その瞳に目を奪われないものなど存在しない。
彼女の前に立つ若い国王もまた同じで、彼女に見つめられる彼は、その目に狂気と熱を浮かべて叫んだ。
「約束通り、今日からお前はおれのものだ!」
国王はそう言い放つと、アリアネルに向かって手を伸ばした。
パシンッ!
しかしその手は払いのけられてしまう。
他でもない、アリアネル自身の手によって。
「触らないでください」
「……!」
国王は絶句する。
アリアネルはそれを見てくすくすと笑う。
そしていたずらを思いついた子供のように、無邪気に目を細めた。
わずかな隙間からのぞく瞳は、眩い金色の光を放っている。
月光を反射する水面のように。
光り輝くダイヤモンドのように。
国王だけでなく、その場にいる誰もが、彼女の笑顔に釘付けになる。
アリアネルはそんな視線などまるで気にも留めず、あくまで柔和な口調で、言い放った。
「貴方のものになるなんて、冗談じゃありません」
会場は凍り付く。
アリアネルは花が綻んだような甘くとろける笑顔のまま、畳みかける。
10年前、国王に言われた言葉を、そのまま突き返してやる。
「貴方みたいな醜い人、視界にもいれたくない!」




