第319話 内憂外患
やっぱちょっと生活が安定しないんで次の更新も読めないです……( ;´・ω・`)
片腕片翼から夥しい量の血をびしゃびしゃと飛び散らせるライ。
「お前さえっ……居なければぁっ……!」
それすら出ていない、肘から先を消滅させたシキ。
「くっ……ははっ……! 喚んだのは自分の女だろうがっ……!」
両者、力尽きたように倒れながらも口数は減らず。
「違うっ、マリーじゃないっ……あの国だっ……イクシアが魔王討伐を目論んだっ……!」
「そこに聖神教の影が無かったとは言わせんっ……奴等が最初に俺の大切な人達を奪ったんだっ……!」
そんな彼等を押し潰さんと、元は天井だったのであろう巨大な瓦礫が落ち始めるが、二人は尚も文字通りの這う這うの体で続ける。
「だからってっ……やって良いことと悪いことがあるだろっ……」
「自分達さえ良ければそれで良いというのはまさに俺のやろうとしていることだっ……大義もなく、野心すら持ち合わせちゃいないお前が……現状維持を望むのはその悪いことに他ならないっ……」
〝人間は決して悪い生き物じゃない筈だ〟
という、言外の浅い心情を汲んだ上でシキの返答は一つ。
〝そう信じているからこそ前に進むんじゃないか〟
例え血と死体の山の上に築き上げた未来であろうと、平和は平和。
これを否定するのなら地球の歴史はどうなる。犠牲として、礎として尊い命を散らせていった人々はどうなる。
と。
「あまりにも人が死に過ぎたっ……聖神教は終わりだ……! 良いだろそれでっ、もう気が済んだろっ……!? お前は人々から心の拠り所さえも奪い、世界に今まで以上の犠牲を強いると言うのかっ、これから死んでいくのは一般人なんだぞ……!?」
「何を今更っ……それを、そしてゼーアロットや俺の存在を許したのが人族の傲慢で、見て見ぬ振りをしてきたのが他種族の怠慢だっ……大衆に含まれる毒は浄化せねばっ、それこそ取り返しが付かなくなるっ……! 構造上、水が漏れ、土台となる地面に空洞が出来つつあるこの現状を何故そのままに出来る……!?」
落ちてくる質量の塊が迫る直前。
全てを出し切り、本音をぶつけ合った二人はルゥネの【以心伝心】を介することなく全てを伝えきった。
そして、最後までわかり合うことなく矛を納めることになる。
「ユウ兄っ! 後は私にっ……!」
「ライっ、勇者ライ! こちらへ!」
間一髪、動けずにいた双方は双方の味方の手によって窮地を脱した。
それぞれが専用のMFAでもって二人を救い、支え、浮く。
「このバカ兄貴!」
「狂魔帝シキ……!」
ガラガラと辺りが本格的に崩れていく城内。
帝国の勇者であるメイはキッと睨み付けるような視線を、白髪白目白肌の聖騎士にして聖女であるノアは殺意に満ちた目を、互いの〝王〟に向けた。
対するシキとライは虚勢を張った半笑いで、あるいは顔を歪めて返す。
「おう、白騎士……今再び新たな戦争の引き金を引いた気分はどうだ……? くくっ……ど、どうせまた神とやらに操られて暴れたんだろう? いつも、そうだな……学習能力のない猿は流石……ロベリアに見下されるだけはある……」
「メイか……そ、ソイツは自分を偉いと……自分には世界を変えられる力があると……勘違い、し……世界のそのものの自浄システムに……成り代わろうとしている男……だ……イカロスの神話を知らないのか……?」
シキはズタボロの雑巾状態、メイは魔力の枯渇で青い顔のまま。
ライは飛べもしない上に城の『呪い』に妨害されて回復魔法が使えず、ノアはそもそも戦力外。
両陣営、仮に手を出そうものなら共倒れも考えられる状況にあった。
「「「「…………」」」」
無言で相手を見つめ、ゆっくりと……しかし、確実に離れ始める。
一触即発にありながらも見逃し、見逃されるのが最善ということはその場の誰もがわかること。
メイは確実にノアを殺れる。
ライは確実にシキを殺れる。
故に、何もしない。
痛み分けを選ぶ。
「敢えて言うぞバカ共っ……次だっ……次こそ決着を付けるっ、覚えていろ……!」
「〝力〟だ……やはりまだ足りなかった……次で終わらせる……!」
呆気なく、情けない別れではあったものの。
シキは子供のように震える義手の指を差し向け、ライは虚空を見つめ、再度聖剣をその手に呼び寄せて脱出していく。
たった一人の男の奇襲から始まったパヴォール帝国の事実上の滅亡はこうして幕を閉じ……
宿命と因縁絡まる最終決戦は持ち越されることとなった。
◇ ◇ ◇
勇者と聖女の帰還を皮切りに連合艦隊が撤退していく。
元々、彼等が帝国へ来たのは独断専行したライを止める為。思いの外の戦果に思い上がった結果が戦争への介入である。
対するメサイアは元来それを止めたかった勢力。ライとノアらの暴走を目の当たりにしたからこそ前者の艦隊と同様の行動を取らせた。
加えていつの日か必ず来る二度目、三度目の衝突をわかっていながら統領であるマナミが追撃戦に移らせなかったのも主な停戦理由だろう。
そうして両陣営が争いを止め、数時間後。
軍の人間が消化や救助活動に注力する一方で、シキ達は完全に崩れ去った帝城の庭に立っていた。
「ご、ごめんねシキ君……」
「……間に合わなかったものを今更どうのとほじくり返すのは無能のやることだ。反省して、次に繋げりゃあ無駄ってこともない」
涙と疲労で酷い顔のココの頭を静かに撫でてやったシキが辺りを見渡す。
元の美しい花畑は何処へやら。
城壁の崩壊した一帯は焼け野原と化し、レールガンや艦砲射撃の被害で穴だらけになっていた。
焼け朽ちたのか、瓦礫の中に埋まっているのか、ルゥネの遺体は見当たらず。
ヴォルケニスも修復が不可能なレベルにまで破壊されている。
「でもっ……ボクが間に合ってたらディルフィンはっ……」
「もしたらればの話は嫌いだ。何も撃墜されたわけじゃない。死人だって少しで済んだ。そんでこの惨状……上々だろうさ。そう自分を責めるな」
親友を失うという精神的なショック……謂わば一時の感情から艦を守るという指示すら満足にこなせかった。
それをさせようとした男は戦っていたのに。
張本人ながら、その罪悪感は凄まじかろうと察し、シキは静かに息をついた。
義手を回収しにいく道中、航行不可能になったディルフィンの様子は見てきた。
ジョン達やフェイといった人的被害は最小限だったものの、足がないのは致命傷。
執拗に狙われたらしい軍人達に、優先的に破壊されたらしい軍事施設、魔導戦艦と犠牲は多くとも、全てではない。特にルゥネ直下の技術者はかなりの数が生き延びている。『天空の民』出身者も含めればその影響力は凄まじく、置いて行くわけにもいかなかった。
百歩譲って切り捨てたとて、メイの転移魔法を頼っても、あるいはシキ一人で戻ったとしても数日から一週間は掛かる見通し。メサイアのような仮想敵組織には預けられない上、今はどうにかなっても技術や知識の流出は後々に響く。
連合艦隊が軍の再興にどれだけの時を必要とするかはわからないというのも大きい。
今なら攻められるとこのまま魔国に向かっている可能性もあればライの治療の為に天空城へ戻っている可能性だってある。
どこを見ても絶望的と言える状況。
「ユウ君、わかってると思うけど……」
そう水を差してきたのは怪我人や支援物資の『再生』には力を貸すが、魔導戦艦、兵器、城のように戦争に活用出来るものには何もしないと名言して左腕と角を治してきたマナミ。
帝国に続き、魔国が滅ぶのも嫌。
下手に荷担して戦火を広げるのも嫌。
出来れば連合軍と魔帝軍が共倒れになったところをかっさらって事を収めたい。
そんな卑しい考えを隠そうともせずに接触してきた彼女はシキにとって何とも扱いに困る存在だった。
「……なら言うな。死にたいのか?」
「私を殺せば生き残った人達は助かるの? 気は済む? 戦争は終わる? メサイアの人間には私が人質に取られたり、艦を強奪されたら撤退……それか魔導砲でこの都を吹き飛ばしてと警戒させてある。通信で情報も撒いた。今のユウ君に出来ることはないんじゃないかな」
小賢しいことを言う、と内心で舌打ちをしつつ、思考を張り巡らせる。
(こいつを拷問して言うことを聞かせることは出来る……が、代わりに帝国は完全消滅し、魔帝軍は救援に来た組織にも噛み付く狂犬になってしまう……)
そうなってはもう歯止めが効かない。
シキにはそのように思えてならなかった。
(現状ですら国が興っては消え、誰もが奪っては殺し、犯しては暴れを繰り返す世の中……仮に奴等に勝利し、統一を成したところで……本当に〝力〟だけで動いて……後発の政権は果たして後の世に現れるであろう反乱分子に対応出来るか……?)
解体予定の軍隊だとて、魔帝軍にはこれまで一切の略奪を禁止させている。破った際の処罰は一律で処刑。支配下に置いた国に関してもただ植民地にするのではなく、帝国からは古代技術の普及を、魔国からは援助を強制していた。
前提となる『絶対法』は『付き人』のような規格外の化け物かルゥネの【以心伝心】のような嘘偽り誤魔化しを許さない能力を必要不可欠とするシステム。
それが今や目の前の帝国城同様とあらば思わぬ事態を呼び寄せることがあるかもしれない。
(俺がトップでいられる間は良い。軍の暴走だって止められる。しかし……)
軍の規律と〝王〟の掲げる思想こそ恐怖政治に根差したものでありながら、実際はある程度矛盾した甘さも孕んでいる。
全てはムクロが戻ってきた際、人々に彼女を真の救世主として祭り上げさせたいが故。
無論、余計なものは徹底的に排除し、地上の人類全てに戦争や殺し合いに対する恐怖を植え付けるつもりではあるが……
絶望という毒は人から気力と優しさを奪うが、希望は僅かでもあれば善性を保たせる聖水というのがシキの見解だった。
詰まるところ、やり過ぎてもいけないのだ。
ルゥネの死は既にそれら全ての根底をひっくり返している。
もし粛清し過ぎた場合。
マナミの助け無しで人々がやり直せるだろうか。
もし魔帝軍が増長してしまった場合。
マナミの助け無しで事を収められるだろうか。
ライが言ったように、魔帝軍はトドメを刺されたに等しい状態なのである。
「もう兵の暴走や裏切りは抑えられないよ」
「……黙れ」
「もう国も領地も治められないよ」
「黙れっ」
「もうシャムザを守れないね?」
「黙れっ……!」
そのマナミに痛いところを尽く突かれ、心が荒む。
怒りに飲まれて手が出そうになる。
「欲を出した人間が他人を自由のない檻に閉じ込めようとし、あまつさえ自分は更に感情で動く……ユウ君はユウ君が言う間違った人間そのものだね」
「黙れってんだよッ!!」
何をどうしても詰み。
そして、マナミに怒気と殺気をぶつけても何も変わらない、冷たい現実が返ってくるだけだと頭では理解していても、声を荒げずにはいられなかった。
「わかってるさっ……わかってるんだよそんなことっ……! だから相応しくないんだっ、死ぬべきなんだっ……もう止まれない……! 何があっても止まっちゃならないっ……皆、俺のせいで死んでいったのにっ、今更ッ……!」
好き勝手やってきた自分はムクロの意思に関わらず、いずれ投獄されるか処刑される身。
今が辛いから、未来が暗いからと歩みを止めるのはそれこそ死者への冒涜で、最も許せない自己矛盾。
これだけ殺し、これからも殺していくのだからせめて当初の願いは成就させたい。
シキは身を震わせながら膝から崩れ落ちた。
「それでも何とかしなくちゃっ……奴等だけでも道連れにしなくちゃっ……何も考えてない、自分の人生すら他人事の馬鹿共に現実を『教え』なきゃっ……誰も浮かばれないじゃないかっ……!」
「し、シキ君……」
悲痛な面持ちで寄ってきたココの隣。枯れたと思っていた涙を仮面の隙間からボタボタと流して呟く。
「何人死んだよ……えぇ……? あいつが産んだ子供の無事もわからないんだぞっ……! 勝ったところでどうしようもない……? だからって諦められるかよ……!」
ルゥネ一人、あるいは帝国そのものに依存してきたツケが回ってきた。
魔国の民や獣人族にも先導者たれと焚き付けてしまった。
物が壊れたからと、必要最低限の歓待の席すら用意出来ずに何が〝王〟か。
ココと同じ悲しみと辛さに加え、現実路線の葛藤がシキを苦しめ、悩ませる。
「何それ。ギャンブル中毒者みたいな言い訳で自分を正当化するの? そんなちっぽけなプライドの為にこれからも人を殺すの?」
マナミの心底軽蔑したような視線や態度は無視出来る。が、ではどうするのか、という答えには行き着かない。
その代わり……ではないものの、ココが反応した。
「キミねぇっ、文句言うならキミが何とかしなよ!」
「……私がどんな思いでいるかも知らずに無茶を言うね、フクロウさん? 私の能力は【起死回生】……物体の『修復』しか出来ない。本当なら私が止めなきゃいけないんだよっ……ユウ君もライ君も私の……!」
声を震わせ、顔をくしゃりと歪ませるマナミにツカツカと鳥脚で向かっていく。
「漁夫の利を狙うだけのハイエナが偉そうにっ! 普段はどっち付かずのくせに都合の良い時だけ口出ししてっ……!」
「金魚の糞に何を言われてもね」
「何ぃっ!?」
「違うっ!?」
後ろがヒートアップしたお陰で逆に冷静になれた。
そして、いつの間にか無駄なことを考えていたことに気が付く。
(……そうだ、何を悩む必要がある……? やることは一つだ。どうあっても連合の存在は認められない……これだけは確かなんだ。ムクロが望む形の平和じゃなかったとしても、俺には世界を乱した責任がある。俺個人の感情なんて関係ないじゃないか)
遥か先の、それも自らが生み出した架空の未来に惑わされ、自分から最も嫌う動物的な人間の思考を持つとは何という皮肉か。
そう一人で納得し、仮面を外しながら立ち上がる。
(人は追い込まれないと動けない怠惰な生き物だ。だから……俺の役目は何が何でもこの世界を地獄に変え、差別や戦争なんて続けていたら滅んでしまうような……嫌でも協力せねば生きていけない、背水の陣の状況を作り出すこと。その為に聖神教を断つ……俺達が召喚された意味……邪神や『付き人』が言っていた運命とは…………)
これまでのイクスでの出来事が脳裏を走馬灯のように駆け抜け、消えていく。
唯一……。
シャムザで見た古代史の遺跡のことだけが引っ掛かったが、それもこれからを思えば細事に過ぎない。
ごしごしと涙の痕を拭うと、ちょうど二人の口論も佳境だった。
「どいつもこいつもっ、自分で世界を変えようという気概も野心も代替案もないくせにさ! それが後部座席から人の運転にケチつけてくるようなもんってわからないのっ!?」
「はぁ? 学生の時に召喚されたから知らないよそんな例え! 仮にわかったところで、明らかに間違った運転の仕方をしていれば苦情の一つだって言いたくなるし、代わってくらい言うでしょ!」
第三者からすればターイズ連合軍も魔帝軍も自分を正義と信じて疑わず、我先にと世界の舵を取ろうとする。
成る程言い得て妙だと内心頷き、仮面を被り直しながら口を挟む。
今度は人前で情けなく泣き喚く弱者としてではなく、強者、あるいは魔帝……否、人々が恐れ忌み嫌う『絶望』の権化、狂魔帝として。
「何を企んだところで……貴様のような偽善者と魔王様とでは〝王〟としての器が違う。人助けをすることで我等との間に一線を引いたつもりなのだろうが……戦争に参入した事実には変わらん。〝力〟のない人間達の目にそれがどう映るのか、見物だな?」
いつもの形状へと仮面を変え、そう嘲笑うと、マナミは眉をひそめて返してきた。
「斜に構えて格好付けて、世の中の全てを知ったような態度してさ。それがユウ君の本当にやりたいこと? 自分の顔も心も誤魔化し隠すような人が言う平和なんて私は信じないよ」
既に覚悟は決めた。
怯むこともない。
故に、シキは肩を竦めて言う。
「ふむ……理想主義者は何かと己が見方こそが真に正しい、正義の道だと思い込む。そんな貴様には同じ穴の狢という言葉をプレゼントさせてもらおう」
ライ、ノア、ロベリア、マナミ……そして、自分。
形は違えど、誰もが一方的な価値観で生き、世界を己が思い描くものへと変えようとしている。
地上で多くのものを見てきたムクロだけがその発想を持っていなかった。
ただ悲しみ、備えようとしていた。
「人を救いたい、幸せを分かち合いたいという慈愛の心や矢面に立って戦える自己犠牲の精神、他者を纏められる先導力……黙っていれば魔王様と並べたものを」
ムクロと同じ素養を持ち合わせておきながら、ロベリアと同じように〝王〟の器を自ら捨てた者。
それが嘗ては友人として、親友として大切に思っていたマナミへの率直な評価だった。
「だから……その魔王様を私達はよく知らないって言ってるんだよ、ユウ君……自分達の在り方は疑って指摘出来るのに、何でその人のことだけは信じられるの? 他の誰でもないユウ君自身が肯定する人をどうして私達や一般大衆の人達が認められると思えるの……?」
狂信者を、ゼーアロットを見るような……恐怖と諦念に満ちた瞳を向けられても心は動かない。
そして、そんな彼女を黙って睨むココの頭を再び撫でたシキは「人類の選別をしようという悪漢に道理を説くとはナンセンスだな」と嗤って話を切り上げた。
ゴゴゴゴゴゴッ……!
と。
突如として地面が揺れ出し、あっという間にその場の全員が立っていられなくなるほどの震動に達したのはその直後のことである。




