第43話 「新世界」の謎
「本当に、ユウとシェンズは大丈夫なの。必ず目を覚ますのよね」
メラニーは大人達に喰ってかかった。
二人が洞窟で意識を失ってからだいぶ時間が経っていた。その間、名前を呼んでも、顔を叩いてみても、二人が起きる気配は全くなかったのだ。
顔を強張らせて見上げる少女を、オリガは静かな声で宥めた。
「心配ない。二人の状態は正常だ。外傷も打ち身や擦り傷ばかり。見た目ほど酷いものではないよ」
呼吸もあり、脈拍もやや遅いが安定している。深い眠りに落ちていると言えばそれまでだ。
メラニーは未だに納得いかないようで、唇を尖らせていた。
今度は、その小さな頭をカールの大きな手が無造作に撫でた。
「大丈夫。今はちょっと二人の魂がここを離れているだけだ。直に戻って来るさ」
メラニーをあやすための言葉だったが、これに喰い付いたのはオリガだった。
「今、魂が離れたとおっしゃったかな。それは二人の状態の事を言っているのですか。何か知っているんですね。さあ、知っている事があるなら包み隠さず全て話してください」
忙しなくカールに詰め寄る。こんな時でもオリガの本質は変わらない。
大木の枝の様な掌でオリガを制しながら、カールはその場に腰を下ろし、大きなため息をついた。
「特段隠し事がある訳ではない。あいつらの意識がここにない事を『魂が離れている』と言っただけだ」
「本当にそれだけ。貴方の口調にはもっと別の含意がありそうな気がしたが……」
オリガは疑いの目をカールに向ける。
「オリガー、ここでは嘘はつけないのよ」
ジュリアが茶々を入れても、嘘をつけなくとも隠し事の一つや二つ容易いと言って取り合おうとしない。
あまりにオリガがしつこいので、最後はカールが折れた。
全て推量の域を出ないと前置きしてから、カールは「新世界」の謎について語り始めた。
「ユウとシェンズの持っている石を見ろ。あれは太陽や炎の強い光がない場所、密閉された空間では輝き方が変わるのだ」
二人が身につけている鉱石の欠片は、青白い光をぼんやりと放っていた。
「あの状態の石の近くで意識を失うとな、『世界の狭間』に意識を持っていかれる事がある」
「その『世界の狭間』というのはなんだ。こんな言葉を使いたくはないが、地獄とかそういう場所か」
すかさずオリガが疑問を呈する。
「彼岸でも、あの世でも、天の国でも、好きに呼べばいい。お前さん等も此方に来る前に一度居た事があるだろう。あの暗闇の事だ」
人々の間からざわめきが起きた。皆その場所に覚えがあるのだ。
周囲の動揺に目もくれず、オリガは追及を続けた。
「何故あの場所に『世界の狭間』などという珍妙な名を付けた。あそこはどういう場所なんだ」
オリガは次第に早口になっていた。口調は厳しくなり、言葉にもいつになく熱が籠る。
「あんたも存外に失礼だな」
カールは呆れ顔で呟くと、咳払いを一つしてから続きを始めた。
「あそこはな、この世界を創った時に出来た木っ端、切れ端みたいなものだ。それが世界の外側に未だにくっついている。こちらとあちら、境界が不安定になると、あちらに引っ張り込まれる事があるんだそうだ」
「いまいち要領を得ないな。貴方は何故そんな考えに至った」
「あそこには主がいる。奴らに色々と聞かされたのさ。殆どはお前さん等が既に気付いている類の事だがね」
「話が可能という事は、その主というのは人間なのか」
オリガの問いに、再びざわめきが起こる。
普段は冷静なフレデリックが興奮気味に割って入った。
「我々以外の人間が、まだ生きているのですか」
「そんな事は知らん。それに話せるわけじゃない。頭の内で十数人がてんでバラバラに喋るのが聞こえるだけだ。ただ、途中から妙な事が起きてな、バラバラだった奴らが段々と同じ事を言う様になった。最後は合唱するみたいに全ての声が揃ってな、個々の意思が消えていくようで不気味だった」
カールは巨体を震わせた。
「これで『世界の狭間』について儂の知っている事はあらかた話し切った。もっと細かく聞きたければ、別に機会を設けてやる。今日はもう疲れたわい」
そこまで言うと、カールは冷えた壁に背を預けて黙ってしまった。
静まり返った洞窟の中に、地面を踏みしめて歩く湿った音だけが響く。
音の主はカールの前で立ち止まると、彼の袖布を引っ張った。
「それで、ユウとシェンズは帰って来られるのよね。おじいちゃん」
厳しい表情を崩さないメラニーに、カールは目を細めてみせた。
「なあに、心配はいらんさ。あそこは人が長居出来る場所じゃあない。二人ともすぐに戻って来るだろう」
それを聞くと、初めてメラニーの顔から不安の色が消えた。
「最後に一つだけ聞きたい事があります。構いませんか」
オリガの口調は落ち着きを取り戻していた。
「儂の知っている範囲でならな」
カールは静かに首を縦に振った。
「感謝します。貴方のおっしゃっていた狭間の主、その正体に心当たりがおありだろうか。もしそうなら考えを聞かせて頂きたい」
カールは腕を組んだまま頷いた。だが、少しの間何も話さなかった。
皆がカールの答えを待って黙り込む。
「正直、あれが何なのか見当もつかなかった。人かどうかも怪しいものだ。だが、昨晩のあんたの言葉で一つ思い至った事はある」
「それはどういう意味です」
「つまりな、『世界の狭間』にいた幾人もの声、あれは最初にこの世界にやってきた連中の成れの果てではないか、という事だ」
静かにゆっくりと、それでいて明瞭な口調でカールを言葉を紡いだ。




